11.買い物
買い物ついでに森でなくしてしまった帽子を買いにレジーとエミリオは帽子屋に来ていた。
「レジー、その腕どうしたんだ?それにその子は?」
「大した怪我じゃないよ。この子はエミリオ、ボクと昨日から暮らし始めたんだ」
ノクチルカの街を歩いているだけで声をかけられたが、そのすべてにレジーは曖昧に笑って返す。その度ぐっと眉間に皺を寄せるエミリオの背中をぽんぽんと叩いた。
人見知りの同居人はぺこりと頭をさげて挨拶をした。
いくつも並ぶ帽子を見ているとなくしてしまった帽子を思い、ため息を吐きたくなる。あの帽子はシェーネが買ってくれた帽子でレジーのお気に入りのものだった。
「そう落ち込むなよ。これなんてどうだい?王都では人気らしいぞ」
しょげながら帽子を見ていたレジーに店主は気づいていたようで、帽子をひとつ取ってレジーに被せた。鏡をみれば、黒髪の頭に造花がついたツバの広い帽子が乗せられていた。レジーの瞳のような紫の造花は中央にビーズがついており、実に華やかである。
しかし、それはどうみても女性用の帽子ではあった。
「よく似合ってるぞ」
「嬉しくない!」
「レジーに似合ってるけど」
「エミリオまで何言ってるのさ」
胡乱な目つきで店主とエミリオを見ながらレジーは帽子を取り店主に押し付ける。エミリオは何が悪かったのかときょとんとした顔をしている。本音で言えば、その帽子はレジーの好みで値段も高くなく買いたいものではあったが、女物を身につける訳にはいかない。行き場のない気持ちに、帽子を押し付ける手に力が入ってしまった。
「男にしとくのはもったいないってのになぁ」
「と、とにかく、出来れば前のと同じのがいいんだけど」
ちらりともう一度帽子を見た後、唇を尖らせていうと店主が顎を擦りながら店内を吟味してくれた。どうやら今度はレジーが望むものを出してくれそうだ。ただ待ってるだけというのは暇なもので、レジーとエミリオも自身で店内を見て回る。
先ほどのようなツバの広い帽子や、ハンチング帽など店主の好みから実用性のあるものまで揃えられている。シェーネが買ってきてくれた帽子はキャスケット帽で、男女共に使えることもあり、レジーは気に入っていた。
「これとか、エミリオに似合いそう」
カーキ色の毛糸で編まれたニット帽をエミリオに被せてみる。渋い色合いではあったが、金色の瞳が引き立っているようで、レジーは満足げに眺めた。
「うん。似合う」
「なんかちくちくするんだけど……」
せっかくだから買おうかとも思ったが、毛糸が気になるのか、帽子を触っている様子を見て棚に戻す。合間にチラリと先程の造花のついた帽子を眺めてしまった。買うわけにもいかないそれをレジーはため息を吐く。気を取り直していくつかエミリオに帽子を被せて遊んでいると、店主が奥からいくつかの帽子を抱えてきた。
「前のと似たようなやつで……これとかどうだ?」
「うーん、じゃあこれにしようかな」
店主が持ってきた帽子にはいくつかキャスケット帽があり、悩みながらも1つ選び購入した。レジーが購入している間、エミリオはふらふらと店内を見て回っているようで、帽子に興味がないわけではなさそうだ。
「その腕で大変だろ?大丈夫か?」
「大変なことはあるけど、大丈夫だよ。エミリオもいるし」
着替えるのが1番大変だったが、こればかりは助けを求められないので、レジーはふるふると首を振った。心配そうにする店主に、不謹慎ながら誰かに心配されることのありがたさを感じ、綻ぶように笑ってみせる。
「そんだけいうならいいけどな。シェーネにも頼まれてんだ。何かあったらいってくれ」
「悪いね。ありがとう」
あまり大きくない街で、唯一の薬師だったシェーネは顔が広い。ここ以外にも頼まれてる人は多いだろう。しかし、ここの人達はそれだけで自身を心配してくれるわけではないとレジーだってわかっている。
ここの人達は優しいのだ。
「あのさ、エミリオも不慣れだと思うけど、見てやって」
「おう」
買ったばかりの帽子をレジーに被せた店主はにかっと笑った。
その言葉に嘘偽りもないのだとレジーは知っている。
――エミリオもこの街を好きになってくれたらいいな。
顔を隠そうと帽子を深く被れば、照れ隠しだとわかっている店主は何も言わないでいてくれる。店主に手を振り、エミリオの元へと移動した。
「さ、行こうエミリオ」
「うん。あ、ちょっと待ってて」
レジーの元から離れたエミリオは店主の元へと歩いていった。気に入った帽子があったのかと思ったが、手には何も持っていない。立っているところからは店主とエミリオの会話は聞こえなかったが、何やら話しているようだった。
「――お待たせ」
「なにか気に入ったのあった?買おうか?」
「ううん。そのうち自分で買うから」
「遠慮しなくていいのに」
暫く話していたようだったが、エミリオがぺこりと頭を下げて話はおわったようだった。何も手に持っていなかったが、店主がやたらと良い笑顔でレジーを見てきて、首を傾げるしかなかった。
「昨日レジーは僕に寂しかったって言ったけど」
「う、うん」
昨日のことを掘り返されて、レジーはほんのりと顔を赤らめた。今思い出すと小っ恥ずかしかった。
「僕も寂しかったんだと思う。だから、レジーが僕を拾ってくれてよかった」
「そっか」
胸が酷くむず痒くて、レジーはそれしか言えなかった。
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