第6話 形のない贈り物3-4
そのとき、黒猫が見えた。
キャラバンよりも少し離れた茂みの方だ。
黒猫があのぐらいまで大きくなれるのはまれだろう。
もしかしたら森から街に来てしまったのかもしれないな。
リードのランキング話を聞き流しながら猫を目で追っていくと、黒猫はあろうことかオレンジのドレスを着た女に近づいていった。
「ダメだ 殺されてしまう。危ない!」
心の中でそう叫んだが、走って間に合う距離じゃない。
だけど女はしゃがみ込むと逆に黒猫を呼び込みエサをあげ始めた。
「ニャー」
「少ない食料を?」
猫も懐いているようで甘えているようだった。
女は立ち上がると匂いこそしなかったが花が咲いたような素顔を見せた。
かき上げる髪は日の光を吸って金色に輝いている。
その胸に掲げるペンダントはガーネットだ。
オレは初めて宝石を好きになった。
オレの好きな宝石はガーネットだ。
金髪も好きだ。
明るい笑顔も大好きだ。
「何か御用ですか?」
見とれているうちに近づきすぎて気づかれてしまった。
周りには誰もいないし、猫もどこかへ行ってしまった。
気まずい。
「やあ、オレはアイビー。なあ オレと付き合ってくれ」
「あ、私、トレニア。はい、付き合います」
なにを言ってるんだオレは?
口が勝手に動いてしまった。
いいや、それよりもトレニアは何て言った?
よく聞こえなかったが念のためにもう一度聞いたほうがいいのか?
そんなことをしてもいいのか?
背中から手が回り、リードがオレと肩を組んできた。
「美しい、ランクSSの女を始めてみたぜ。何を話してたんだ?」
告白したなんて言えないぜ
「ギルドの道具屋が夜逃げをしてやってみないかって話をしていたんだ」
「なんだ。アイビーお前顔が真っ赤だから勘違いしたぜ。
俺は商会をやっているリードって言うんだ。アイビーとは友人さ。
本当はウチで働いてほしいところだけど、アイビーの働いているところはギルド内にある店だからバザーなんかと違って確りしてるんだぜ」
リードは小さな声でオレに耳打ちをした。
「うまくいったら この子、オレに紹介してくれ」
別に胸が特別大きいわけじゃない。
目が特別にパッチリしているわけじゃない。
容姿が整っているというだけだがそれが一輪の花のように美しい。
「私がお店やるってホント?詐欺じゃないですよね?」
「詐欺じゃない。ギルドに一度来てみるといい。今からでもいいぜ」
「でも、私には心配事あるし、ギルドには行く用事があるから、待っててくれる?」
告白がどうなったのかはわからないが、リードの前で聞き返すのも気まずいので適当な雑談をして別れた。
そう言えばリコリスはまだ 泣いたままなのか?
アイツは朝飯も食べなかったじゃないか?
仕方がない。
帰りにバザーにでも寄って、子供が食べられそうなものを探すことにした。
「なあ アイビー、俺は決めたぜ。トレニアちゃんに告白する。
そのためにも、やらなきゃいけない事ができたぜ。
商会まで付いてきてくれないか?見届けてほしいんだ」
「なにをだ?」
オレはバザーに寄ってから商会へ行くと話をすると、準備があるからと先に商会へ帰ってしまった。
バザーには掘り出し物が眠っている。
武器はもちろん食べ物から動物まで売られているし武器屋のオレもバザーで仕入れや発注をすることがほとんどだ。
もちろん観光目的の旅人なんかは、見た目ですぐにわかっちまうから、ぼったくられて財布はスッカラカンになっちまうだろう。
甘い匂いがするテントが増えてきた。
バターの匂い。
ラズベリーの匂い。
パンが焼けるいい匂いがする。
「いらっしゃい」
「なあ 子供の大好物ってないか?」
「うちの店のお菓子なら子供は大喜びさ」
「じゃぁ そこのパイみたいなヤツをくれ」
「パイみたいなヤツじゃなくて アップルパイさね。そうだぁ、子供がもっと喜ぶようにトッピングもしていかないかい?」
店の女主人はテントの奥に潜ると小瓶を持ってきた。
「トッピングってなんだ?」
「おやおや 知らないのかい?金粉だよ。子供は金粉が大好きなのさ」
「そうなのか?じゃぁ 頼む」
「あいよ。毎度あり」
まさかこんなに高くつくとは思はなかったが、これはオレの善意だ。
今日のキャラバンを見ててリコリスの旅が用意じゃなかったと思った。
街についてようやく安心して眠ることが出来たところで、わがままの一つくらい言いたくなるのは当たり前じゃないか?
子供なんだから。
「酒が飲めない リコリスにはアップルパイだぁ!でも 魔導ガンの事はゆるさないがな。がははは」
バザーに来たついでに道具屋に必要なポーションといくつかのアイテムを購入した。
アイテムを仕入れに来たついでに、アップルパイを買ったことにしようと思う。