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完結済作品

音で奏でるラブレター

作者: 聡子

音楽に疎い作者が書いた物語ですので、ツッコミどころ満載ですが、

ファンタジーの一種として読んでいただければ幸いです!

話はかなり急展開に進み、場面もコロコロ変わりますのでご注意くださいm(_ _)m

 「ええ?本当に?」

 「ははは。あほや~ん!!」

 「いや、無神経過ぎない?さすがに…」


 うう…。皆引いてる…。やっぱりそうよね。

 私もめっちゃ後悔してる。バカで無神経で愚かな行為だったと。


 「でも、言っちゃったから…。皆にも、その…。協力してほしいです…」


 「「「どうやって!?!?!?」」」




 今、皆からボロクソ言われているのが、私、音羽。今年から高校生になったばっかりのピッカピカの一年生。中学からの友達とガールズバンドを組んでいる、どこにでもいる普通の高校生の女の子。


 私、音羽の担当はボーカル。言葉がちょっと汚い短髪のイケメン女子風のミカはギターで、艶やか黒髪にいつも天使の輪を光らせているおしとやかな女の子のチエはピアノ。そしてボブヘアーの小動物系女子のサチコはドラム。


 これは、そんな仲良し四人組バンドの中の私、音羽の恋の物語。



*****



 事の始まりは今年の二月。高校受験の当日の朝。

 あの日は前日からの降雪の影響で、いつもは雪が積もらないこの地域にもほんの少しだけど雪が積もっていた。

 『明日は早めに出発しなさいよ』

 前日の夜にお母さんにそう言われていたのにも関わらず、緊張で緊張で…。前日あまり寝られず、少し朝寝坊してしまった私は、この日、駆けるように時間ギリギリに家から出発したの。

 自転車で通える距離の高校だったのに、なぜか受験日の今日に限って【徒歩或いは交通機関の使用のみ可】なんて受験票に記載されていたから、あまり普段は使用しないバスで行くことに。


 腕時計の針はとっくにバスの到着時間を指していた。だけど、雪のせいなのかバスがなかなか来ない。


 「どうしよう、どうしよう…」


 もしこのままバスが来なかったら、受験会場に遅れるかもしれない…。

 不安を抱えながらバスを待っているときだった。


 「きゃっ」


 車道の向かい側で歩いていたおばあさんが一人スリップして転んでしまったのだ。


 「あっ!!!」


 大丈夫かしら?誰か、誰か…。

 周りを見渡す。だけど、誰もいない。

 どうしよう?ここは私が行くべき??

 でも、もしこの間にバスが来てしまったら?

 まだ右手からは車の気配なんて全くないけれど、向こう側に渡った瞬間に来る可能性だってあるし…。

 どうしよう?どうしたらいいの?

 ああ!もう、何でこんな時に限って誰もいないのよ!


 転んでしまったおばあさんは足を痛めてしまったのだろう。立ち上がることをせずに、左足を痛そうに抱え込んでいる。


 - どうしよう、どうしよう…。


 あたふたと一人焦る音羽。


 プップー


 右手から音がした。あ、バスだ!しかも、24の数字が光っている。ずっと待ってた高校前に止まるバス!

 あれに乗らないと遅刻しちゃうかもしれない…。

 でも、おばあさんが……。

 ああ、どうしよう?何が正解?


 一人でパニックになっているときだった。後ろに気配を感じた。はっと振り返る。そこには音羽より頭一つ分以上も背丈のある男の子が立っていた。彼の右手には音羽と同じ用紙の受験票が握りしめられている。


 あれ?この制服…。隣の中学の……。

 この子も同じ受験生なのかな?


 綺麗な彫刻のような男の子の横顔に少し見とれながら、ぼんやりとそんな考えが頭をよぎった時だった。


 バッ


 その男の子は向かいの歩道で倒れているおばあさんを視界にとらえた瞬間、何も躊躇することなくそのまま道路を飛び出して、おばあさんのもとへ走り寄っていった。


 「え!?危ない!」


 バスはもうすぐ傍まで来ていた。

 私は驚いて力の限りそう叫ぶ。…。だけど、心配無用だったみたい。

 長い脚のおかげなのか、私が声を上げた時にはもう既に向かいの歩道に男の子はいたから。そしてそのままおばあさんと身振り手振り会話しながら、介抱し始める。


 

 恥ずかしかった。足が全く動かなかった自分が。


 悔しかった。受験の心配が勝って、おばあさんの元にすぐに駆け付けられなかったことが。


 羨ましかった。男の子の躊躇のないその勇気に。



 音羽は逃げるように到着したバスに乗り込み、受験会場まで向かった。

 でも、受験会場に着いてからもずっとあの男の子のことが頭を過って、何度も不安に駆られた。


 おばあさんは大丈夫だったのだろうか?

 男の子は受験に間に合ったのだろうか?


 罪悪感でいっぱいだった。テスト問題がなかなか頭に入ってこない…。

 ただ、ただ、願っていた。


 おばあさんが無事でいますように、と。

 あの男の子が受験に間に合っていますように…と。



 でも、三月の合格者発表の時も、四月の入学式の時も、ついにその子姿を見つけることは叶わなかった。




*****




 だから運命だと思ってしまった。

 

 九月。サチコの彼氏の通う高校の文化祭。それに一緒についていった時だった。


 「サッチー。前に私が言ってた人覚えてる?」

 「ん?受験の時に会ったっていってた王子様のこと?音羽、中学卒業してもずっとその人の事ばっかり話すから、嫌でも覚えてるわよ。でも何で?」

 「いたの。彼、さっきあそこに…」

 「ええ!?うそ!行こ行こ!どのへん!?」


 サチコの彼氏との待ち合わせ場所に向かう途中、階段を上るあの男の子の美しい横顔が目に入った。

 見間違うはずがない。だって、毎日あの男の子のこと考えていたんだもの。

 もし再会したら、あの時はごめんって謝って、ありがとうって感謝して、どうだった?っておばあさんの話をしようって。あの男の子のことを思い出すたびに、頭の中で毎回その時の為に予行練習していたんだから。


 身長の低いサチコはぴょんぴょんと飛んで、人ごみの中からその男の子の影を追う。「あ、あの人じゃない??」私の視線の先にある一つの背中を見つけた彼女に腕を引っ張られながら、その男の子の後を追う。


 ああ、やっぱり間違いない!


 ふと見えたあの男の子の横顔。ドキンと胸が高く鳴る。あの時のおばあさんを追いかけて行った彼と同じ美しい顔立ちだった。


 「あの!すいません!あの!」

 サチコが私の代わりに何度か大きな声を出してあの子を呼ぶ。

 けれど、その男の子は振り返らない。

 「す、すいません!」

 人が増えて来た。沢山の人たちに埋もれていく私たち。もしかして声が届いていないのだろうか?だって彼は全く気付く素振りさえ見せないのだもの。

 それに加え身長差の違いが決定打。脚の長い彼は歩くのが極端に早く、私たちの距離は全く縮まってくれない。それどころか、みるみるその背中は遠ざかっていくようにさえ感じる。


 「ちょ…っと…、ちょっと!!」


 私が力の限りに伸ばした右手。ようやく彼の肩に少し触れた!

 彼はピクンと肩を震わせ驚いて振り返る。

 「あの!少しお話を…」

 ようやく目が合った。バクバクと心臓が早打ちし始める。

 ああ、うるさいうるさいうるさい!鼓動の音で自分がちゃんと言葉を発せているのか分からなくなってしまう。


 だけど…。

 残念なことに、私が満を持して話しかけた途中で彼はニコリと微笑み、そのまま会釈しすぐに立ち去ってしまった。


 「はぁ、はぁ。何よ、彼…」後から追って走ってきたサチコが後ろからため息交じりに文句を垂れる。「話くらい聞いてくれてもいいのに…」


 「お、サチコ、大翔ヒロトと知り合いなのか?」


 二人で茫然と男の子が去っていくのを見ていた時、隣の教室からガラリと窓が開かれ、そのまま見慣れた声で話しかけられる。


 「わ、ゆうくん!知り合いっていうか、ほら音羽の…」


 その声の主はサチコの彼氏のユウトだった。サチコは身振り手振り、ユウトにことのあらましを説明する。


 「ええ!?卒業式の日までずっと騒いでいたあのイケメン王子様!?あれって大翔のことやったん!?」ユウトの声にコクリと音羽は首を縦に振る。「うそやん!うっわぁ。じゃあ、あれもホンマやったんや!」

 「「??」」

 二人で首をかしげる。あれって何?

 「大翔が第一志望校落ちたのって、受験に遅れたからって」

 ユウトの言葉に私の思考は止まる。え…、今なんて??

 「ちょ、ゆうくん!!!」

 傷つく音羽の表情に気づいたサチコは、ユウトの腕を引っ張りながら少し咎める。

 「ごめんごめん。ま、音羽が気にすることないって!」慌てるユウト。「てか、大翔と喋りたいんならちょっと後でもいい?俺、今ブギーボート持ってないんだわ」

 「??どういう事?」

 音羽とサチコはお互いの顔を見合わせ、首をかしげる。


 「あれ?知らんの!?」マジかよ、とユウトは吐き捨てる。



 「大翔、耳聞こえないんだよ。いわゆる、ろうあ者ってやつ」




*****




 家に帰ってからもずっと上の空だった。ユウトの言葉がまだ耳に残っている。


 『ろうあ者なんだよ』


 彼、耳が聞こえなかったんだ…。

 なのに、おばあさんを助けるために迷うことなく走り出していったんだ…。バス、来てたのに…。事故っていたかもしれないのに…。


 『まぁ、噂で聞いた話だったんだよ。本当は公立進学したかったのに、当日人助けして間に合わなかったって』


 やっぱり…。彼は受験会場に来れなかったんだ。

 自分のせいだ。だって、あの時私の方が先におばあさんに気づいていたのに…。もし自分が先におばあさんのもとに駆け寄ってたら…。


 けれどそう反省する一方で、なぜだか温かい気持ちが胸いっぱいに広がって、目頭が潤み始めて来た。

 

 人として、なんてかっこいいのだろう。

 だって、耳が聞こえないハンデなんて関係なく、躊躇なく人助けできるって、もうそんなの…!!!

 

 彼の背中を、横顔を、そして目が合った一瞬の瞬間を思い出す。そわそわとして、胸も足元も落ち着かなくなってきた。


 なんだ?この感情…。尊敬ってやつ?


 いや、それよりもっと彼に近づきたくなるような、もっと彼を知りたいような、もどかしい感情。泣きたくなるけど、笑いたくなるような…。何故だかチクチクとした痛みも少し感じる。


 これって何?この感情って何?


 もしあの男の子に会えたら、謝罪して、感謝して、あの時の事をもっと話したかったの。でも今は、彼自身の事をもっと知りたい。そしてあわよくば彼と仲良くなりたい…。だから…。


 【ゆうくんから聞いたんだけど、大翔君って中学の時も、ろう学校とかじゃなくて、うちらの隣の普通の中学校に通ってたみたい!】


 ピコンとスマホが鳴ってサチコからメールが届く。私はドキドキと高鳴る初めてのこの感情を抑えきれないでいた。だからこう返信することにした。


 【駅で大翔君を出待ちする!だから、手伝って!!!】




*****




 「で、何でウチなん?」


 ミカの不機嫌そうな低い声。でも、怒ってない。もともとこの子はこういう声質。


 「だって、一人だと恥ずかしかったから…」

 「サチコは?」

 「ユウトと一緒に尾行中」

 「チエは?」

 「今日、ピアノ教室の日」

 「…。じゃあ、しょうがないか…」


 電車の改札口前。


 【学校でた】

 【電車乗った】

 【乗り換えた】


 ユウトとサチコのメールを見ながら、ミカと一緒に大翔君が出てくるのを待っている。


 「でも、本当にここが最寄り?」

 「うん。サッチー情報によると、大翔君は隣の中学出身だって。バス停も同じところだったし、多分だけど校区が違うだけで家は近いと思うの…」

 「ふ~ん。そっか」納得するミカ。「ま、もしその子が来たとしても、ウチは近くで見守っとくだけやから。話かけには一人で行きや」

 「え?一緒に来てくれへんの?」

 「当たり前やん!!知らん女が出待ちしてるだけでもビビるもんやで、普通は。しかもそれが二人とか、ウチやったら怖くて無視する。ま、ちゃんと後ろで見守っとくから、二人・・で話しいや」



 うう。話しかけに行くっていうのがめっちゃ緊張もんやし、恥ずかしいからミカについてきてもらったのに…。



 「ほら、サッチーからメール来たで」ミカがそう言ってスマホを私に向ける。

 

 【次の駅】




*****




 「あ、来た…」


 電車の到着を告げる音楽が、改札の外にまで流れてくる。

 後ろを見るとミカはいつの間にかいなかった。息をのんでもう一度改札口に顔を向け、じっと目を凝らして人込みを観察する。何故だろう?一際輝いている。音羽は簡単に大翔君を見つけることができた。

 それにしても、誰かを探しているのだろうか?周りをキョロキョロと見渡している。


 【彼女と会う前にさっさと話しかけに行きなさい】


 スマホが鳴る。確認すると、それは先ほど消えたミカからのメールだった。

 ミカはもう大翔君の探し人を彼女と勝手に断定している。


 

 ドキドキと鼓動があり得ない速さで鳴り響く。それでもうるさく鳴り響く胸をなんとか押さえながら、大翔君の所までゆっくりと向かっていく。


 心臓が口から飛び出そう。足も尋常じゃないくらい震えてるし…。うぅ…。やばいやばい!!!


 一人緊張でぎこちなく動いている音羽の目の前を、大翔君が颯爽と急に横切る。


 「わ、わ!!!」

 

 急な接近に頭はパニック。つい考え無しに彼の裾を引っ張り、引き留めてしまった。少しよろけしまう大翔君。ご、ごめん!

 振り向いた彼の顔はとても困惑していた。え、君、誰?って顔。

 そこで気づく。あ、どうしよう…。ここから全然考えてなかった…。


 周りは改札口から出て来た人たちでザワザワしている。

 だけど、今の音羽にはそんな喧騒の音なんて何一つ聞こえていなかった。大翔君と同じ無音の世界にいた。


 グイっと今度は彼を掴んでいた腕を引っ張られる。そんな仕草にもドキドキする私。あぁ。重症。

 彼は何か手で合図をしている。何を言いたいんだろう…。手話なんて分からない…。一つも知らないの。ごめんなさい。もっと作戦を練ってから話しかけに行けばよかった…。

 でも後悔してももう遅い。だから鞄からスマホを取り出して、メモ帳の画面に急いで文字を打ち、それを彼に見せ、自分の想いを伝えることにした。


 【急にごめんなさい。話したいことがあって】


 恐る恐る彼を見上げる。その画面の文字に少しビックリした顔はしていたものの、すぐにニコっとした笑顔を見せて、首をかしげる。まるで、”何?”と聞いているよう。


 【私、以前ヒロトくんに会ったことがあるんです】

 彼は私のスマホの画面を見つめ、そして触る。何かを彼も伝えようとしてくれている。

 【俺の名前はどこで?】

 「あ、ごめんなさい」つい、言葉が漏れ、すぐにハッと我に返る。彼は音が聞こえないのだ。急いで文字を打ち再度画面を見せる。


 【以前、〇〇高の文化祭に行ったときに友達に教えてもらったの。大杉優斗。知ってますか?】


 彼はその名前を見て『ああ』という口と表情で私に伝える。知ってるよ、と。


 駅のホームの端。二人きりで言葉を一切交わさずにスマホ画面を触りあっている様子は傍から見ればかなり変に思われたかもしれない。でも、そんな他人の視線なんて今の私には全く苦痛になんて感じなかった。むしろ憧れてた、”王子様”と呼んでいた彼とこんな風にお喋り・・・していることが、まるで夢のようで…。この無音の世界に愛しささえ感じ始めていた。


 【それでどうしたの?】

 彼の問いに私の指は震える。ずっと彼に伝えたかった事を言えるチャンスだ。

 【半年前の△△高校の受験の日に、バス停で会ったの。ヒロトくんは迷うことなくおばあさんを助けに行ってて、私、ずっと謝りたかったの。あの時、私の方が先にあの場にいたのに、足が動かずに眺めているだけだったから…】

 その文字も見た大翔君は、スマホと私を交互に見る。視線が絡み合い、私は恥ずかしさで顔から火が出そうになる。一方で大翔君は手話で何かを伝えようとしてきた。でも、ごめんなさい。やっぱり何も分からない……。


 【ずっと言いたかったの。ごめんなさいと、ありがとう、を】

 口に手を抑えて私を見る大翔君。

 私は耐えきれなくなって地面へと視線をおろす。あまり見つめないでほしいな。恥ずかしさと嬉しさとが相まって、今度は訳もなく目が潤み始める。


 【おばあさんは大丈夫だった?】

 彼は自分のスマホを取り出して私に見せる。

 【大丈夫。心配しないで】


 「よかった」

 安堵のため息と共に声が零れてしまったけど、どうやら彼は私の表情でそれをくみ取ってくれたみたい。大翔君のにこやかな笑顔にほっと安心する。


 二人だけの温かな時間。ずっとこのままでいたいな…なんて思った時だった。


 トントン


 大翔君の後ろからすら~っと手が伸びてきて、それが彼の肩に触れた。

 急な出来事に私たちは二人ともビクリと肩を振るわせ驚く。

 大翔君の背後からひょっこり顔を出してきたのは、少し気だるそうな顔をした男の子。彼は私と目が合ったものの、完全に私の存在を無視して、そのまま大翔君と手話で会話し出した。


 ???


 手話を一つも知らない音羽は二人の会話に入っていけないでいた。そんな状況に少し寂しくなる。二人の手話をぼ~っと眺め、服の擦れた音をただ何となく耳に入れていた。

 けれど何となくではあるものの、茫然と見ているだけだったのに、音羽は二人の空気が少しずつ変わっていくのを感じ取り始める。彼らの表情や雰囲気で、そろそろ帰ろう、みたいなことを言っていると、確かな確信がもててしまったのだ。


 - どうしよう…。


 このままこれで終わりだなんて…、そんなの嫌だ…。

 まだ大翔君と他愛ない話を他にもしたいし、もっと彼を知りたい。兎に角、何が何でも彼と縁を繋いだままにしておきたかった。


 だから…まだ帰ってほしくない。大翔君を呼び止めていたい。そんな一心で…



 「わ、私バンドしているの!!!」



 音を認識しない大翔君に対してつい叫んで、彼の関心を私に再度向けさせようとしてしまった。


 「あ゛??」


 もちろん、そんな音羽の声に答えてくれたのは大翔ではなくて後から来た男の子のほう。


 「お願い。彼に伝えてください!!」


 威嚇しているのか、友達の声はとても低くて怖かった。逃げ出してしまいたくなるほどに。

 だけど音羽はめげずに再度声を出す。視界の隅で困惑している大翔君の表情が目に入った。そりゃそうだ、だって彼には音羽の声が理解できないんだもの。


 彼が私に協力してくれるかなんて分からない。だって、初対面だし、正直今から伝えることはとても厚かましいお願い。それでも、音羽は意を決して大翔の友人に話を続ける。



 「うちの高校は十一月に文化祭があるの。私、バンドするから、よかったら来て!絶対に後悔はさせない!」



 言って後悔した。何で音のない世界にいる大翔君に、音楽の話をしてしまったのか…。彼が音を楽しめるはずなんてないのに…。

 自分がどうしようもなく、アホで間抜けに思えた。

 どこからか誰かのチクチクとした強い視線を感じた。きっとミカのものだ。

 私は自分のそんな発言に居た堪れなさを感じ、そのまま逃げるようにしてその場から立ち去った。私を心配して見守ってくれているミカのもとへと…。




*****

 


 

 で、今。みんなに責められている私、音羽。

 


 「お願い。やっぱり私には音楽しかないの!皆協力してよ!」


 「はぁ!?何言ってんの!?耳が聞こえへんって人に音で気持ちを届けたい♡とか鬼畜過ぎ。それ、ありがた迷惑やで!!無神経すぎ!」と怒るミカ。

 「うん、嫌われるかもしれないよ。考え直した方が良いって…」と諭すサチコ。


 ううう。分かってる。分かってるよ…。

 でも、私の取り柄って音楽しかないんだもの…。


 「一つ提案があるといえばあるけれど…」

 「え!?本当に!?」

 迷いながら声を出したのはチエ。藁にもすがる思いで彼女の手を取る音羽。

 「ええ。でも、色々練習もしないといけないし、第一それが上手く行くかなんて保証はないわ…」

 「??どういうこと?」

 「〝音〟って耳以外にも響くとこ、楽器によってはあるでしょ?それを利用したらどうかな?」

 「あ~ね」

 チエの提案に納得するミカ。でも、サチコと私は分からない。

 「どういうこと?」

 「ほら、私たちのバンドに足りない楽器がまだあるでしょ?」

 「ん??あ!あぁ~!!!確かに、それなら音は分からなくても、リズムでなら楽しめそう」

 サチコも理解したみたい。

 でも音羽の頭の中はまだ疑問符だらけ。いったいどうやって音無しで音の楽しさを伝えるというのか。

 「ま、言い出しっぺだし、音羽にしっかり練習してもらうとして…。でも、楽器持ってる奴なんている?先輩に借りる?しかも後二ヶ月足らずでものにしなきゃだから、誰かいい先生を直ぐにでも探さないと、やで??」

 ミカはポンポンと音羽の肩を叩いて話を進める。

 「一人だけ心当たりがあるの…。私のピアノ教室の先生の息子さん。楽器全般なんでも得意だし、多分頼めば教えてくれるかもしれない…。楽器が借りられるかは、交渉次第だけど…」

 チエはそう言ってスマホを触りながら、誰かに連絡を取り始める。

 「ねぇねぇ!一体何の楽器の話をしてるの??」

 「この…バカ!!!皆で協力してやってんだから、もっと頭働かせろ!」

 ミカの声にサチコは苦笑する。

 「ベースだよ。独特なあの音を体育館いっぱいに響かせたら、音は分からなくても振動で楽しめるかもでしょ!」

 「それに、ベースヴォーカルも別に珍しいものではないしね!」チエはグットサインを音羽に向けて微笑みながら続ける。「向こうも良いって了承してくれたわ!さ、音羽!早速今週末から特訓よ!」




*****




 「「あ゛」」


 週末。チエに連れられてある家に来ていた。それは、チエのピアノ教室の先生のお家。


 『先生の息子さんがベースもプロ並みに演奏できるの。優しい子だし、指導してもいいよって了承も降りたし、さ、行くよ!!!』


 そう言ってたからチエについてきたのに…。


 「音羽、この子がショウ君。で、ショウ君。この前話した女の子がこの子、音羽」


 ショウ君と紹介された男の子。

 会うのは二度目だった。だってソイツは大翔君といい感じで話をしていた時に現われた空気の読めない奴。あの気怠そうな顔つきの男の子だったから。




*****




 『ほら、これ』素っ気無い声と共にショウが音羽に手渡したのは、一ヶ月の練習スケジュールのメモ。ぎっしりと丁寧な文字で埋め尽くされており、更にどの動画を見ながら練習するのが効果的なのか説明まで付いていた。意外とマメな奴だな、と感心する。『あと、これ。貸してやるから、暫く家で死ぬ気で練習してろ』

 



 ショウに借りた使い古されたベースを手に、その日以降から放課後毎日、学校と家で指の練習にあけくれる音羽。基本的な指の運動と指定されたコードでのルート音の反復練習。一日一日丁寧に。一音一音心を込めて。


 「音羽、今週末あいてる?ショウ君が練習どんな具合で進んでいるのか見たいって!」


 突然のチエからの提案。びっくりしたけど少し嬉しかった。だってまだ楽譜を演奏することは、変な癖が付いたら困る、とかで、許可が下りていなかったから。自分の練習の成果を見せて先の段階へと進めるチャンスだ。


 「土日どっちも空いてる!合わせるよ!!」


 だから当然二つ返事でそう答えた。



 二日後の土曜日の朝。音羽はチエと再びこの家へとやってきた。

 変な緊張感が音羽を襲う。正直、ショウが音羽に直接ベースの指導をしてくれるなんて、少し意外だった。なぜなら音羽はショウに嫌われていると思っていたから。怖い顔して低い声でしか言葉を発さない、ぶっきらぼうな奴だったから。


 けれど直接指導なんて、こんなにもありがたい話なんてない。だから、嬉しくもあった。

 YOUTUBEやネット上にアップされている動画を見て自分なりに練習をしてはいた。けれど、今自身が演奏している弾き方が、音の出し方が正しいかどうかなんて誰も教えてはくれない。やっぱり一番は経験者から直接指導されるに越したことはないのだ。


 「意外とちゃんと練習してたんだ」


 一ヶ月ぶりに再会したショウに指の使い方は褒められた。だが、喜べたのもほんの一瞬。


 「楽譜スコアのコピー練習にでも移るか…」

 

 何曲か試しに演奏してからが地獄だった。


 「だ~か~ら~そこの手の使い方が違う」

 「もっと早く鳴らさないと」

 「お前それ本気なの?」


 ショウは鬼のような形相で音羽の演奏にケチをつけてくる。まだ、バカとかアホだとかいう罵倒は許せた。けれど、それ以上に「お前、ちゃんと練習してたのか?」「お前、ベース向いてないよ」だとかいう今までの努力を否定されるような心を抉られる言葉たちには随分と堪えた。

 けれどもそれでも音羽は歯を食いしばって、ショウの特訓についていく。だってこれは自分が言い出したことなのだから。途中で投げ出したくなんかなかった。どうしても大翔君に自分の演奏を聴いてほしいから。ただそれだけだった。ただそれだけの願いの為に、ショウのキツイ言葉に目を瞑り、厳しい練習についていっていたのだ。




 「なぁ、一つ聞きたいんだけど…」


 『お前は簡単なコード以外無理。今度の学祭で披露するのは諦めろ!』そう本日何度目かのきつく怒鳴られた私を気遣って、チエは『一旦休憩しない?私、皆の飲み物買いに行ってくるね』と外に出て行ってしまった。この防音部屋には私とショウ、二人きり。正直チエがいないと、めっちゃ気まずい…。

 ショウも同じことを思っていたのだろうか?気まずい空気の中、そう彼は音羽に声をかけてきた。


 「お前はなんで大翔にそうちょっかいだすんだよ?」

 「ちょっかい?」

 「ほら、あの駅でさ。学園祭に、しかも自分の演奏するバンドを見に来て、だなんて。大翔をどうしたいわけ?」

 「それは…。ただ仲良くなりたいだけで…」

 「イケメンと仲いい私はカースト上位の人間です♪ってか?友達に自慢したかったのか?」

 「違う!!ただ、本当に…」

 怪訝な顔で音羽を睨むショウ。ため息を吐きながら言葉を紡ぐ。

 「大翔がな、ろう学校に行かずに、普通の学校に通ってる意味を考えたことあるか??」音羽は首を振る。「将来を見据えて、何だとよ」

 「将来?」

 「あぁ。社会にでたら、耳が聞こえないっていう個性はただの足手まといになる。だから、自分に何ができて何をどう工夫すれば、できないことをできるようになるのか…。今のうちに知っておきたいって…」

 「そうだったんだ…」

 そんな先のことまで考えているんだ。大人な人だな、と感心する音羽。

 「だからな、俺は嫌なんだよ。顔だけで近づいてくる女なんて信用できねぇ。アイツの覚悟を無駄にしないためにも、お前、もう大翔にちょっかい出すのは金輪際やめろ…」

 「顔じゃない!」

 「は?」

 「私が大翔君と仲良くなりたいのは顔がいいからじゃない!」つい大声で否定する。確かに、綺麗な顔をしていると思う。でも、私は大翔君がカッコいいから仲良くなりたいんじゃなくて…「私は好きなの!好きな人の事知りたいって、もっと仲良くなりたいって、それのどこがダメなの!?」


 ガチャ


 タイミング良くチエが扉を開ける。

 「あ、お邪魔だった?」

 ポカンとした顔のショウ。でも、スッキリした。そして何か満たされた感じもする。

 自分でも理解できなかったこの感情の正体が何なのかようやく分かった。声に出したことで、それがすっと腑に落ちてきたのだ。


 そっか。私、大翔君に恋に落ちていたんだ。




*****




 あの後、チエから事の成り行きを聞いたショウは謝ってくれた。

 「ごめん。俺、お前の事またアイツの顔目当てで近づいてきた女かと思った」

 「私、顔見たことないけど、その子ってそんなにカッコいいの?」

 「うん。俳優さんみたいに整ってるよ」

 「ま、チエ。このバカ女の好きな奴だから。友達と取り合いとか揉める原因になるだけだし、それ以上詮索するのはやめとけ」


 チエが大翔君に対して興味を示すと、途端に真っ赤な顔して早口に何かを説得しだすショウ。

 はは~ん。そうだったのか。だから、嫌いなはずの私に直接指導するなんて無茶なチエの頼みをこの男は承諾してあげていたのか。下心アリアリだな、この男は。

 ニヤニヤと不気味な笑みを浮かべる音羽を視界にいれたショウは急いで話を逸らす。

 「だけど、マジでコイツにはまだ複雑なコードは無理だ。もっと簡単なものにしないと」

 「でも簡単な曲に変更したとして、ミカやサっちゃんが納得するかよね~」

 「ごめん…」

 自分の不甲斐なさに情けなくなる。もっと早くからベースを学んでいれば皆にこんなに迷惑なんてかけなかったのに…。


 「あ、あの…」


 でもここで諦めたくない。

 私の大好きな音楽を大翔君と共有したい。そしてあわよくば、伝えたいの。私のこの気持ちを。


 「うまく行くか分からないんだけど…」






 「お、お前、何言ってんの??正気か!?」

 「……」


 私の提案に二人は絶句する。

 そらそうだろう。だってこれはたった一人だけ。貴方にだけしか伝わらないメロディー。


 「そんなバカなことして、こんなの音楽にならんだろ!」

 怒るショウ。でも、チエは私を見つめていくつか質問する。

 「リズムは?そんなことしてちゃんとボーカルとして歌えるの?」

 「うん。死ぬ気で練習するし。ドラムに迷惑かけないように演奏するから!!!」

 「バンドとしては成り立つと思う?」

 「それは…正直分からない。だけど、学祭にプロなんて来ないでしょ?吹奏楽の子たちは、あれ?ってなるかもしれないけど…。今私にできる最善な方法なんて、これしか思い浮かばないんだもの…」

 「結局、成功するかは分からないけど、とにかく挑戦したいってこと?」

 「ごめん…。でも、お願い!どうしても今回はこれをしたいの!!!」



 チエは暫く考えていた。そして目を瞑り、頭の中で音をイメージしだした。



 「いいわ」

 「チエ!」

 ショウの焦る声。


 「いいと思わない?ショウ!こんなこと誰もしたことないだろうし、考えたことなんてないと思うわ!だって全く無意味だもの!音楽の新しい挑戦よ、このカオス演奏は!私、やってみたい!!!」


 お淑やかな雰囲気に似合わず、冒険心に溢れるチエの興味に火がついた。こうなったらもう誰にも彼女を止めることなんてできない。


 「音羽の望むリズムになるように、ベースの楽譜スコアを調整するわ!ショウと一緒に!!」

 「おい!!!」

 でもそんなショウの咎める声も何のその。チエは彼の両手を取って「お願い!ショウだけが頼りなんだから!」なんて目を輝かせると、簡単にこの男はチエの無茶ぶりにも首を縦に振る。

 「ただね、音羽。音羽がちゃんとミカやサっちゃんを説得するのよ?言い出したのは音羽なんだから!」


 


 私の無茶な提案。だけどミカもサチコも文句も言わず意外とのってくれた。


 『まぁ、楽しんでくれるなら、それもありなのかも』とミカ。

 『音羽の長年の思い人の王子様の為だもんね!全然協力するわ!』とサチコ。


 こんなにも友達が心強いものだなんて…。改めて実感する。


 この時点で、学園祭まであと残り数えるほどしかなかった。

 だから、私たちのバンドの最終的な音が完成し、人に聞いてもらえるようなメロディーになったのは文化祭前夜。本当にギリギリの事だった。




*****




 文化祭当日


 「やばい。どうしよう…」


 心臓が痛い。お腹が痛い。またトイレにでも駆け込みたい。うぅ…。緊張で死にそう…。


 「ま、大丈夫っしょ。予行通りいけば問題なし!」とミカ。

 「皆があれ?ってならなければ成功!くらいの意気込みで」と、サチコ。

 「私たちを信じて!」とチエ。


 「これも、ショウとチエが何度も楽譜を手直ししてくれたから…。本当にありがとう」


 本当は皆この新しい無謀な挑戦に緊張している。だって皆笑ってるけど、どこか無理した顔してるから。だてに長年友達をやっているわけじゃないのよ?そんなウソすぐに見破れるんだから!だからお礼を今のうちに…と思ったのに。


 「おい、成功してから言えよ」


 ポンと後ろから頭を叩かれる。


 「あ、ショウ……と!大翔君!?」

 「俺を見てあからさまに嫌そうな顔すんじゃねえ」


 後ろから声をかけてきたのはショウだった。なんと私服姿の大翔君が隣にいる!うわぁ。光ってる。かっこいい♡♡♡


 「おい、バカ女。そんな腕前で緊張とか百万年はえ~ぞ」


 大翔君の突然の登場に目を輝かせている音羽に、ショウは呆れた声で続ける。それにしても、ショウってやっぱり気が利くな、と思う。私たちに話しかけるときも大翔君が一人のけ者にならないようにずっと手話をしながら話をするのだから。


 手話で何かをショウに伝える大翔君。もう少し、手話を勉強しなきゃ、本当に何言ってるか分からない。


 「大翔君なんて??」

 「はぁ、お前、もっと手話勉強しろよ…」

 「ごめん。で、なんて??」


 「”緊張せずに、楽しんで”って」


 その声にぱっと顔を明るくする音羽。


 だってあんなにも練習頑張ったんだもの。

 そして、皆の協力で完成した曲。

 大丈夫!きっとあなたの心に届けて見せるから!


 親指を突き出して、グッドサインの手を作る。そしてそのまま自分の胸へ持ってきて、トントンと胸を叩いた。


 「もちろん任せて!」


 満面の笑みでそう大翔君に伝える音羽。


 ???変な顔してた?あれ?どうしたの??

 特別変なことなんてしていないはずなのに、目の前にいる二人の表情がおかしい。

 大翔君は困惑した顔をしているし、ショウは口角をピクピクさせてこちらを睨んでいる。


 「え…??」

 音羽も不安に駆られる。本番前に何か気に障ることでもしてしまった?

 ショウは軽くため息をついて「ま、分かるけど…」と言葉を落とす。

 「????」

 「いやな。それ、手話だと全然意味が違うんだよ。」

 「どういうこと??」

 「お前な本当に、真剣に手話を勉強しろよ。サムズアップした手を胸元でトントンって…。それはな、〝ゲイ〟って意味だかんな!!!」


 ぎゃああああああ。穴があったら入りたい。

 知らなかっただけなの!ホント!!

 全く、そんなこと思ってないんだから!?だって実際そうだったら困るし…。

 わぁあああ。何でそんなことをしてしまったの。私のバカバカバカ!!!!


 後ろでケラケラ笑っているバンド仲間たち。音羽の顔には血が上り、まるでリンゴのように真っ赤になっている。ライトも当たっていないのに、とにかく熱い。だらだらと汗が至る所から流れてくるのを感じていた。


 「ま、わかるけどな、顔の表情と話の流れ的に…」

 

 ショウの慰めも今は聞こえない。


 「キャハハハハ。緊張なんかどっか行ったわ~!!!」


 皆が大声で笑うから、もう大翔君の顔なんて見れなくなってしまった。




*****


 


 放送部の子が紹介してくれている私たちのバンド名。いよいよ私たちの演奏の番。

 真っ暗な体育館。私たちいる舞台上だけがスポットライトで照らされている。


 音羽の初めてのベースヴォーカルとしてのデビュー。

 そして私たちの初めて挑戦するメロディー。


 不思議。始まる前にはあんなに胃の中のものを全て吐き出してしまいたくなるほど緊張していたのに、今はすごく穏やかな気分。

 本番前にあんなに恥をかいたから?それともあんなに声に出して笑ったから?


 顔を上にあげる。真っ暗な体育館。観客の顔なんて一人も見えない。だから、大翔君がどこにいるかなんて分からない。


 - 予行の時のように、上手に上手く皆にこの音が響けばいいのだけど…



 サチコのドラムの合図で私たちの演奏が始まる。



 届け!届け!届け!

 私たちの音。


 響け!響け!響け!

 あの時のあなたに、伝えられなかった思いを…。



 この暗闇の中で無音の世界にいる貴方へ。

 貴方にだけ伝わるように。そう願いを込めて歌を歌い、ベースの音を震わせる。


 貴方の事だけを想って演奏する。




 これが私の考えた 音で奏でるラブレター






~side of ショウ~




 はい、と大翔に紙を渡す。


 ”何?これ?”


 大翔は首を傾げ、不思議そうに俺に尋ねる。

 そらそうだろう。だって渡された紙は、【ー】と【・】の二つの記号が並んでいるだけの暗号用紙だったのだから。




 『モールス信号を音に変換することってできないかな?振動を伝えるなら、簡単なコードでも指の動きでカバーできるし…』




 音楽で気持ちを伝えるって、俺はそれは良いことだと思う。例えそれが楽器の持つ美しい”音”ではなく、楽器の放つ”振動”だとしても、だ。

 モールス符号とベースの放つ音の振動を絡める異次元なあのバカ女の発想。正直、ほぼ無理ゲーの楽譜スコア調整だと思っていた。


 でも、大翔のことを思えば、なぜだか次から次へとアイデアが浮かんで来た。

 早く、あいつにも音楽の楽しさを知ってもらいたい。あいつの楽しんでいる顔、驚いた顔、そんなのを見て見たい!!!

 チエが一緒に考えてくれているからだなんて関係なかった。ただ純粋に一人の人を想って楽譜を作ることがこんなにも楽しいものだとは今の今まで知らなかったのだ。


 ま、チエと俺の手にかかれば朝飯前だったけど…。あとはあのバカ女がリズムを間違えず、歌を丁寧に歌えるかどうか。それにかかっている。


 ただ…。ただ…な?


 モールス符号なんて、何で誰も彼も皆知ってると思うんだ?

 何も事前準備もなしに、奇妙な振動を一方的に与えられて、『わ、これってもしかして!?』なんて理解してもらえると思ってるんだ??


 本当はあのバカ女の協力なんてこれ以上何もしてやりたくはなかった。が、折角チエと一緒に考えたんだ。お前に伝わらなきゃ意味がねぇ。

 だから予め用意していた紙を大翔に渡した。それには、どんな風に振動が大翔に届くのか。そして、何を表しているのか。あとで調べたら簡単に分かる暗号文が書かれている。


 ”それな、モールス信号”

 ”モールス??なんで??”

 ”女の演奏と関係あるんだよ”

 ”どういう事??なんでこの記号が演奏と関係あるの?”

 ”ま、演奏が始まりゃ分かるから”


 不安そうな顔を浮かべる大翔に俺はにやりとした笑みを浮かべる。

 

 ”始まり・・・が分かればいいけど…”

 

 大翔の固唾をのむ音が聞こえた。

 そりゃコイツもコイツなりに緊張するか。

 招待されてきたとはいえ、何かしら感想をあのバカ女に伝えないと…なんて考えてでもいるのだろう。

 無音の世界の人間にどうやって音を伝えるのか?

 大翔自身分からないだろうし、もし伝わらなかったら自分のせいだと、激しく落ち込むことになるかもしれないし…。


 さ、バカ女。

 お前だけじゃねぇ。大翔だってちゃんと音を受け取れるか心配し、緊張してるんだ。

 絶対に間違えるなよ。練習通りに…。いつもの通りに…。


 体育館が暗くなっていく。

 隣で座る大翔の緊張が俺にまで伝わってくる。


 ”大丈夫だから”


 大翔の肩を叩き、俺がそう伝えたとほぼ同時だった。

 力強く、そして適度な長さの振動が体育館全体に響き渡ってきた。


 演奏が始まった。それと共に、あのバカ女の綺麗な歌声が体育館に広がる。


 もったいないな、と思う。大翔にもいつか本物の音を聞かせてやりたい。


 俺は大翔の様子を横目で確認する。大翔は目をまん丸にさせて、俺を見ていた。


 ”ナニコレ?”


 だから俺は渡した紙を指さした。これを、見てろ、というように。


 ”帰ったら、調べてやってくれ。女からお前に送るメッセージだから”





 紙にはこう書かれていた。

 三つの塊に分かれた【ー】と【・】。振動の響き方を表す記号。

 そして音羽からのメッセージ。

 



(あ)ーー・ーー

(り)ーー・

(か)・ー・・

(゛)・・

(と)・・ー・・

(う)・・ー


(さ)ー・ー・ー

(い)・ー

(こ)ーーーー

(う)・・ー


(ひ)ーー・・ー

(ろ)ー・ー・

(と)・・―・・




*****




 ”ショウ?一つ聞きたいんだけど…”


チエのバンドは大成功だった。明るさが戻った体育館で、大翔はスマホ片手に早速モールス符号の意味を調べていた。


 ”何??”

 ”他に何かメッセージあったでしょ??”

 ”どんな?”


 大翔はそう言って俺の渡した紙の裏に、自分で感じた振動を同じように符号で書き記して俺に見せてくる。


 ”他にもこの音を感じた”


 【・ー・・・・ー・・・ー】


 さすがだ。音のハンデがある分、大翔にはより正確に振動を感じ取る能力が備わっているらしい。


 だけど、ここでとぼけて見せる。


 ”こんなのあった?”

 ”あった。でも、意味が分からない。せめてどこで区切るかが分かれば…”


 スマホ画面に映るモールス符号の一覧表を見ながら頭をひねらせる大翔。


 そりゃそうだ。分かるわけない。

 だって最後の音だけは、俺とチエ、二人の意志であえて日本語の符号にしなかったんだから。


 俺は知ってた。だけど、教えてやんない。

 だってそれは俺たちのアシスト無しで、あのバカ女が直接大翔に伝えるべき音だと思っているから。

 まぁ、これは俺なりの優しさってこと。




 音羽からの贈られたもう一つの音。


 ・ー・・

 ・・ー

 ・・・ー

  


 アルファベットでLUV。

 ”好き”って音。


 - FIN -


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― 新着の感想 ―
[良い点] 青春ですね! 最後の方こっ恥ずかしすぎて、おばちゃんは片目で読みました(笑) [気になる点] モールス信号で音楽って、マイナーな知識持ってきましたね!アイディアすごいです! けど説明読んで…
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