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1-08 元勇者の俺が魔王少女に転生した話 ~今世は女の子として“世界征服”目指します!

俺には前世の記憶がふたつある。

ひとつは、サラリーマンとして日本で生きた、二十七歳までの記憶。

もうひとつは、転生した剣と魔法の異世界で、魔王を倒した勇者だった頃の記憶――。


そして今回、生まれ変わったここは、かつて共に魔王を倒した勇者パーティーのメンバーが人々を虐げている世界。


だけど。

今度の人生は、なんとアリスという名前の“女の子”

しかも彼女は俺が倒したはずの“魔王”だという。

おまけに、殺されたはずの勇者の俺も別に存在して、しかも何故か、気に入られたみたいなんだが?!


と、とにかく。

俺は新たな仲間達と共に“魔王少女”として、冒険の旅に出た。

かつての仲間を倒し、平和な世界を取り戻すために――。

 ――くそっ、なんだよこの展開は。


 目の前の景色が突然色を失い、どんどん狭く、暗くなっていく。


 死ぬのか、俺。

 長い旅の末に、やっと魔王を倒した直後だっていうのに……。


 待って、待ってくれよ。

 楽しい異世界生活は、これから始まるはずだろ。

 前世でアラサーのサラリーマンだった俺がさ、ラノベ小説のような“剣と魔法の世界”に転生出来たのに。

 女神から授かった聖剣を、拾う力も……いや、立ち上がることすら、もう出来ないのか。


「あら、まだ生きてるのね。さすが勇者様だわ!」

「いいから、早く呪いの剣を突き立ててよ!」

「ごめんね、勇者くん……。最後はエレガントじゃなかったね」


 意識が薄れてきて……誰だ……誰の声なんだ……もう何もわからない。

 だんだん床の石の冷たさも感じなくなり、意識が……思考が……ゆっくりと消えていく……。


 ああ。せめて。

 この世界のみんなが、魔王のいない平和な世の中で……幸せに暮らせるといいな……。


 …………。


 ……。



◆  ◇  ◆  ◇



 気が付くと、十五歳くらいの少女が、不思議そうな表情でこちらを見つめていた。


 ゆるめのウェーブがかかったおしゃれなツインテール。

 うるんだ大きな瞳に長いまつ毛、小さな唇。

 まるで子猫のような可愛らしい顔立ちの子だが……。


 この子は誰だ?

 一体、何が起きたんだ?


 心の奥底にあった願望が、幻でも見せてるんだろうか。


 それにしても……この子。

 今まで見たことが無いくらいの、すごい美少女だなぁ。

 思わず頬をゆるめると、女の子も天使のような笑顔で微笑んだ。


 吸い込まれるようにそっと手を伸ばすと、鏡のような水面に波紋が広がり、ゆらゆらと波の中に消えていく。

 指に伝わってきたのは、水の冷たい感覚だ。顔を上げると、ここは大きな湖だった。


 ――湖? 水面? てことは……。


 再び女の子が映り始めたので、試しに両手を広げると、女の子も同じポーズを取る。


 …………。


「ど、どうなってるんだ、これ!?」


 聞き覚えの無い可愛らしい声に、驚いて口元を両手で押さえた。

 今の……まるでアニメのような萌え声じゃないか。


 …………。


 …………。


 ふぅぅ。


 待て。落ち着け……まずは冷静になろう。


 俺は……なんで大きな湖の前にいるんだっけ?

 俺は……ちがうわ、私は……あれ? え?


 ああ、今何が起こってるのか、だんだんわかってきたぞ。

 なにせ俺は、記憶の中に別の記憶が混ざるような不思議な感覚を……前にも経験している。

 つまり……。


「うそだろ? また“転生”したのか!! しかも今度は女の子!?」


 いやいや、こんな時こそ冷静になろう。

 勇者たるもの常にエレガントに、スマートに。

 よみがえれ、俺の? 私の? 記憶とアイデンティティ!!


 俺が両手でグリグリとこめかみを押さえた、その途端。


「アリスちゃん、アリスちゃんーーー!! えいっ!!」


 ――――え。


 何かが勢いよく抱きついてきて、おもいきり正面に……水の中に、落とされた。


「ぷふぁぁぁぁ。何だ、今度は何が起こったんだ?!」

「アリスちゃん、水浴びするなら、わたくしも付き合いますわ!」

「あの……アリスちゃんって、もしかして俺の事?」

「もう、他に誰がいますのよ?」


 小さなティアラをつけた水色髪の女の子が俺に抱きついたまま不思議そうに首を傾げたので、俺は咄嗟にごまかし笑いを浮かべる。


「あ、そ、そうだよね、あははは」

「ホントにどうなさいましたの? 言葉遣いも雰囲気も……いつもと違いますわ?」

「え? き、気のせいだよ」


 どうやらこの姿の俺は、名前を“アリスちゃん”というらしい。

 それで……こっちの女の子は?

 ダメだ。記憶が整理できない。


 それに、だ。


「アリスちゃん、顔が少し赤いですわよ?」

「な、なんでもないんだ!!」


 この水色髪の子も、とんでもない美少女だ。

 愛くるしい紫色の大きな瞳に、男心をくすぐるような仕草。

 今の俺と同じくらいの年齢で同じくらい可愛いぞ。


 頬が火照りだして、動悸が激しくなる。

 くそ、落ち着け俺。


 とりあえず今は“アリスちゃん”の記憶が戻るような情報を入手しなくては……。


「ふっ、可愛いらしいお嬢ちゃん。君の名前と、ここが何処だか教えてくれないかな?」

「……はい?」


 よし! 混沌とした状況でも、いつも通りエレガントに聞くことが出来た。

 ここで勇者必殺の流し目を発動!!

 これで手に入らなかった情報は無かったからな。


「アリスちゃん? ぷぷぷ……ぷぷ……」

「ぷぷって? あの、お嬢ちゃん? 情報を……」

「ぷぷ……あはは、わかりましたわ。それって、アイツの真似ですわよね?」


 きょとんとした表情だった水色髪の少女は、突然、涙を流して笑い始めた。

 何故だ? 笑う要素どこにも……。


 ……はっ、そうか。

 今の俺、勇者の姿じゃないよな!


 まずいぞ。

 とにかくここは、それっぽく話を合わせなければ。


「あはは、たまには自分以外を演じてみたいなぁなんて? みたいな?」

「やっぱり。まぁ、アイツは最悪ですけど、アリスちゃんが真似すると可愛くて、きゅんとしましたわ!」


 うわぁ、そんなに嬉しそうに顔を近づけられると……。

 ホント心臓に悪いからやめて欲しい。


「そ、それでさ、俺……私が真似した“アイツ”って誰だと思う?」

「え。だって、アイツですわよね?」

「うん、だから。本当に似てたかどうか、当ててみてよ?」

「その話し方とか表情とか……。もう! まだ真似をしてますのね? いいですわよ、どうせ当たってますから」


 彼女は少し俯くと、すねたような表情になった。


「……わたくしの元婚約者……勇者……“クルト・チェシャ”ですわよね?」


 へ?


 それ、前の俺と全く同じ名前なんだが?

 偶然の一致ってあるんだなぁ、まぁ、こんなに可愛い婚約者なんていなかったけど。

 でもそうか。この世界にも勇者がいるのか。


「ほら当たってますでしょ?」

「あ、ああ。あたりだ……わよ。それで、その勇者ってさ………」

「アリスちゃん!! そんな方法で気を引かなくても、わたくしの気持ちは三年前に出会ってからずっと変わってませんわよ?」

「出会いって、えーと……?」


 いきなり頭の中に映画のようなイメージが浮かんできた。

 ここは、俺が良く知っている……王都の街並みに似ている気がする。

 掲げられた旗のマークも、大通りも、兵士から逃げるために走った小さな抜け道も、立派な門も、炎上する大きな城も。

 全て……俺が知っている世界と同じだ。


 王宮の庭で、ドレスに不似合いな大剣を構えた少女が見えた。

 落城していく城の明かりが、俯く彼女を照らしている。

 これが出会いのシーンか。


 炎の中、何かを誓い合ったような……ダメだ、これ以上は思い出せない。


「せめて、もう少し……」

「どうかなさいましたの? あ、そうですわ! ちょうどいいですし、魔法で乾かしますわね」

「ちょうどいいって?」

「わたくしの誓いを聞いてもらえますもの」


 彼女は白い手を俺の頭に当てると、祈りの言葉をつぶやいた。

 温かい風と不思議な色の光が俺たちの周囲に広がって、二人の身体が空中に浮かんでいく。

 濡れていた髪も、お揃いの青いフリルドレスも、どんどん軽くなっていく。


 ああ、気持ちがいい――。


「……裏切り者達への復讐が、成し遂げられますように……」


 いや、待て!

 よく聞いたら祈りの言葉が怖すぎる!!


 術者の集中力を高めるための祈りの詠唱は、どんな言葉でも問題はない。

 あるのは、ただ一つだけの明確なルール。 


 “詠唱の言葉は本人にとって真実の想いがなければならない”


 言葉への想いが強ければ強いほど、魔法は完成度を高めていく。

 それが、どんな願いであっても、希望であっても。


「乱暴な森の女王、ソフィア・フォンに報復を」

「義理を果たさない妖精姫、リリス・メイナードに制裁を」

「理性を失った聖女、ロリーナ・リデルに鉄槌を」

「真面目で優しいお姉様をたぶらかしメロディア王国を奪い取った、勇者クルト・チェシャに復讐を」

「全ての不幸をあの者どもの元へ」


 復讐相手が全部、聞き覚えあるんだけど?!

 なにせ、全員が同じ魔王討伐パーティーにいたからな!!


 ……まさか。

 前世と同じ世界線に転生してるのか?

 ……でも。だとしたら、何故、勇者の”俺”もまだ存在してるんだ?


「わたくし、第二王女キャロル・メロディアの運命は、第十四代魔王アリス、貴方と共にあると誓います!」


 ……ん?


「ふぅ、完了ですわ」

「ねぇ、俺……ううん、私って、魔王なの?」

「ええ。アリスちゃんは立派な魔王ですわ!」


 湖畔まで運んでくれた光の玉が消えて地面に足が付くと、彼女は満足そうに再び抱きついてくる。


 俺は混乱した頭で、なんとか過去の事を思い出そうとしていた。

 魔王なら以前、俺達が倒しただろ!?

 それに十四代って……何?


「さぁ、帰りましょう、アリスちゃん」

「帰るってどこに?」

「どこって、わたくし達のお城にですわ」


 彼女が指さした先に見えたのは、見覚えのある建物。

 色とりどりの花で飾られ、可愛らしいパステルカラーに塗り替えられた“魔王城”だった。



◆  ◇  ◆  ◇


 ああ、俺……私は、この瞬間に。


 “途切れた勇者の物語”の先へ、“魔王少女”として、進み出したんだ。

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