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1-05 リカちゃんの人形

 根暗でボッチな高校生、東田コウキの楽しみは、小学四年の女の子・天王寺リカを隠し撮りすることだった。

「彼女を愛でている間だけ、僕は生を感じていられる──」

 そんな彼の歪んだ世界は、突如音を立てて崩壊した。 

「お兄さんのこと、わたし誰にも言いません。でも、それにはひとつ条件があります──」

 コウキのストーキングに気づいたリカが通報と引き換えに出した条件は、なんと『コウキでお人形遊びをする』ことだった。

 半ば強制的にコスプレをさせられることになったコウキは、リカに指示されるがままに様々なメディアに己の姿を晒していく。

 ネットで世界中に、怪しげな地下会場で濃ゆいマニアたちに。

 元々下地の良かったコウキはたちまち人気者となるが……。

「だーめ。お兄さんはわたしの『人形』ですから、他の誰にもあげません♡」

 これはとある少年少女の、倒錯極まる恋愛物語──

 友達はいない、彼女もいない。根暗で、クラスじゃいつもひとりボッチ。

 だけど僕には推しがいる。

 天王寺リカちゃん。聖ルーデル女学院初等部に通う四年生だ。


 母方にイギリス人の血の混じっている彼女は、控え目に言っても超美少女。

 綺麗なブロンドへアにパッチリお目々、まつ毛は長く手足はほっそり、肌の白さは雪のよう。

 読者モデルを務めるJS向けのファッション誌でも、ひと際強い輝きを放っている。


 見た目だけじゃなく、行動や性格面も完璧だ。

 いいとこのお嬢様らしい所作の美しさ、どんな相手にでも分け隔てなく接する優しさ。

 地区のボランティア活動などにも積極的に参加し、親や先生の覚えもめでたい。

 彼女の周りにはいつも人が絶えず、笑顔の花が咲き誇る。

 

 十歳という年齢でこれなら、二十歳になる頃にはいったいどんな女性になってしまうのだろう。

 アイドルか女優か女性実業家か、はたまた女神か? 

 崇敬の念を抱きながら、僕は推し活を続けている。  


「あ~、やっぱりデジタル一眼レフ、買ってよかったなあ~。スマホとは画質が違うよ、画質が」


 ある日の夜、僕は自室のベッドに寝転がりながら撮影データを眺めていた。


 リカちゃんが大きく目を見開いて公園の池の鯉を眺めているところ(目が大きい! 可愛い!)、友達と一緒に棒アイスを食べているところ(棒アイスになりたい!)、母親に抱かれている赤ん坊のほっぺをつついて笑っているところ(赤ん坊になりたい! ママぁー!)。 


「ズームしてもノイズが一切出ないし、今まで貯めてたお年玉全部飛んでったけどまあいいか。ふひ、ふひひ……」


 バレないようギリギリの距離から撮影したデータは、どれもこれも珠玉の傑作だ。

 あのリカちゃんが、僕が切り取った世界の中心で輝きを放っている。

 その事実に、僕はひたすら興奮していた。


 ひとつ残念なのは、この感動を誰にも伝えられないこと。

 だって、説明した瞬間通報されちゃうし。

 教師に説教されクラスでハブられ、親には……ダメだ。怖くて想像できない。


 たったひとりの、誰とも共有できない孤独な推し活。

 しかし僕は満足していた。

 これからも彼女と共に楽しい日々が過ごせるんだと信じて疑わなかった。

 あの日あの時、あの瞬間までは──




 それはある夕方のことだった。

 真っ赤な夕日に彩られた公園を、リカちゃんはひとりで歩いていた。


「こんな時間までひとりでどうしたんだろう。早く帰らないと家の人が心配するんじゃないかな?」


 紺地の制服ブレザーを着た彼女は学校帰り。

 いつも乗っているスクールバスには乗らず、友達とも早々に別れ、ひとりで公園の中をうろついている。


 比較的治安のよい地区だとはいえ、万が一ということもある。


「変な奴に襲われたらどうするんだよ……ああもう、ハラハラするっ」


 辺りを見渡しながら、僕はぶつぶつとつぶやいた。


 自慢じゃないが、僕はもやしっ子でケンカなんかまったく出来ない。

 彼女が誰かに襲われたとして、守れるかどうかは怪しいところだ。


「今どきの小学生なら防犯ブザーぐらい持ってるだろうけど、それでなんとかなるかはわからないもんなあ……」

 

 もしもの時は、誰か他の大人が助けに来るまでの盾になろう。

 そんな風に心に決めていると、リカちゃんがふっとわき道に入り込んだ。


「おっと、見失っちゃう……ってあれ?」


 僕は思わず立ち尽くし、首を傾げた。

  

「こんなところに家なんてあったかな?」


 目の前にあるのは周囲を白い柵に囲まれたレンガ造りの洋館だ。

 明治初期に建てられたんじゃないかってぐらいに古びてて、庭は手入れもされず荒れ放題で。

 幽霊屋敷と言われても信じてしまうような、個性的な外観をしてる。

 

 しかしリカちゃんは躊躇なく中に入っていく。

 半ば崩れた門をくぐり、庭に散らばる鉢植えや瓦礫をひょいひょい手慣れた感じで飛び越えて。


 ものすごい怖かったけど、僕はしかたなく彼女の後を追った。

 彼女が屋敷の中で危険な目に遭ったらと思うと、黙って見ているわけにはいかなかったんだ。


「オバケとかホームレスとか、廃墟マニアのウェイウェイ勢がいたら嫌だなあ……」 


 心配はしかし、杞憂に終わった。


 屋敷の中は意外と清潔。床に穴が開いてるとか窓ガラスが割れてるとかもなく、家具も普通にある。

 こまめに掃除をしているのだろう、埃のひとつも見当たらない。


「え、ここって誰か住んでるの? 見た目はどう考えても廃墟なんだけど……」

「──うふふ、こんなところまでついて来るなんて。お兄さんって本物の変態さんなんですね」


 ぎょっとして振り向くと、そこにいたのは紛れもないリカちゃんだ。

 壁際に設置された年代物のオットマンに腰掛けて、まっすぐに僕を見ている。


「え、や、その……僕はその、間違えて入って来ちゃって……」


 僕は焦った。

 小学生の女の子を追いかけて人の家(だと思う)にまで侵入するなんて、普通に通報案件だ。


「すぐ出るからね、ごめんね」


 慌てて退散しようとする僕の手を、何かがぎゅっと掴んだ。


 それはリカちゃんの手だった。

 細くて、白くて、綺麗な手。

 僕が非力なのか、彼女の力が強いのかはわからないけど、振りほどこうとしても振りほどけない。


「離してっ、間違いだから離してっ」

「うーそ、間違えてなんかいないくせに」


 言い訳を繰り返す僕の目を、リカちゃんは臆することなく覗き込んできた。

 綺麗な碧眼に映った僕の顔は、みっともないほど恐怖に歪んでいる。


 実際、僕は恐れていた。

 このままここにいたら捕まってしまう。

 学校や親に知られてしまう。

 僕の撮り溜めたコレクションを見られて、笑われて削除されて……それはさすがに耐えられない。


「無駄ですよ、逃げても。お兄さんがいつもわたしのことストーキングしてるの、知ってるんですから」

「え……?」


 一瞬、時が止まった。  

 ぐにゃりと視界が歪み、気が遠くなった。


「名前も知ってますよ。東田コウキ、神谷高校二年。お医者のせんせーの息子で勉強は得意だけどクラスでは目立たない方、彼女なし友達なしのボッチさん。ねえやに言って調べてもらったんだから」


 僕の推し活を知っていた?

『ねえや』とかいう人に僕のことを調べさせて、素性まで把握してる?

 この家に入ったのも、ひょっとしたら僕を捕まえるため?


「とーさつに不法しんにゅー。あはは、お兄さんもう終わりですね」

 

 何が面白いのだろう、彼女は手を叩いて笑っている。

 僕の大好きな天使の笑みが、メスガキのそれに変わってる。

 

「そ、そんなことって……」


 衝撃のあまり、僕は震えた。

 すでに手の拘束は解けているが、逃げたところで意味はない。

 ならば、今僕に出来ることは……。


「ごめんなさい、許してください。通報だけはしないでください」


 情けなくも泣き出した僕を見て、リカちゃんは目を丸くした。


「へえ~、高校生にもなってそんな顔で泣くんですね」


 ボソリとつぶやくと、なぜだろう頬を赤く染めた。

 僕の肘を掴むと、ねっとりとした調子で笑いかけてきた。


「あはは、大丈夫ですよ♡ わたし、誰にも言いませんから。お兄さんのこと」

「……え、ホントに?」


 もしそうなら助かる。

 なんとか普通の生活に戻ることが出来る。


 安心しかけた僕の目の前で、彼女は指を一本立てた。


「でも、それにはひとつ条件があります」

「じょ、条件って?」


 この際だ、土下座でもなんでもしてやる。

 お金が欲しいならめちゃめちゃバイトするし、裸踊りしろというならやってやる。


「わたしの人形になること」

「……え?」


 意味がわからず目をぱちぱちさせる僕を、彼女は近くの部屋へと連れ込んだ。


 そこは十畳ぐらいはあるだろう広い空間だった。

 全体的に薄暗くて、アロマのいい香りがした。


 中央にローテーブルがあって、PCとカメラ付きのモニタがある。

 人間をダメにしそうなソファや、ヘッドホンとマイクのセットがある。

 大量の衣装かけに吊るされているのは色とりどりの衣装、ウィッグや小物類。

 チェストもたくさんあって、その上には化粧道具みたいなのがごちゃっと置かれている。


 なんだろう、イメージ的にはゲームの配信部屋みたいな感じだけど……。


「わたし、みんなに言われるんです。リカちゃん可愛いねって、お人形さんみたいだねって」


 誉め言葉のはずなのに、彼女は唇を尖らせる。


「可愛いって言われること自体は嫌じゃないですよ? 今やってるモデルの仕事もまあまあ楽しいし。でも、人形って言われるのは嫌なんです。だって、名前がリカでしかも人形じゃ、それって例の人形みたいじゃないですか。わたしは血の通った人間なのに。でもみんなはわたしのことをお人形さんって言い続けて……。だからね、わたしキレちゃったんです。それならいっそ、人間を人形にしちゃおーって」

「え……え……?」


 怪しむ僕を、リカちゃんは人間をダメにしそうなソファの上に押し倒した。


「ちょ、ちょっとリカちゃん何を……っ?」


 僕の頬を撫で、腰を触り、ズボンの裾をまくり上げて何かを確認すると、リカちゃんはうんと嬉しそうにうなずいた。


「女の子みたいな骨格、あるかなしかの産毛。思った通り素質ありますよ。ねえお兄さん。わたしにあなたで、お人形遊び(・ ・ ・ ・ ・)をさせてくれませんか?」


 極上の笑顔で、とんでもないことを言い出した。

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