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1-04 メドウグリーンの墓守は、そうか公園の跡地に立つ

夏休み。高校一年生の樹絵里じゅえりは、そうか公園のバス停に向かう途中で異変に巻き込まれた。

気づけば宙を跳ばされ、牧草緑メドウグリーンへと落ちて行く。お気に入りの公園だった場所は、なだらかな丘となり、草と五つの不気味な巨大トピアリーだけが存在していた。


接する道路には公園内の金属類が一切合切吐き出され、大量の車や金属スクラップが積み重なって大渋滞を引き起こしている。


「オイラは、カジャ。メドウグリーンの墓守だ」


ダークエルフっぽいカジャに樹絵里は一目惚れ。


カジャは墓守を辞めたいと妖精王に願い出たが、墓ごと人間界へと追放されたという。

そうか公園は妖精界へ行ってしまった。



トピアリーの根は悪霊を封じている。枝葉を刈り続けなければ悪霊が復活する。



人間界で枝葉は、ぐんぐん伸びた。

カジャは慌てて刈り込みにかかる。


世間は、異世界から悪霊が送り込まれたと大騒ぎだ。


 あんなに賑やかだった蝉の声が、消えている。

 

 高校一年の夏休み。こうさか樹絵里(じゅえり)は図書館に通うため、そうか公園のバス停に向かっていた。そこで異変に巻き込まれた。

 

 そうか公園から何もかもが放り出されているようにみえた時、樹絵里は反対方向に宙を飛ばされていた。

 公園で過ごしていたテニスウエアーの者たちも、ドッグランの犬たちも、宙を舞って公園から弾かれている。

 

 あれ、わたし、どうして空を飛んでるの?

 死んじゃうの?

 車にはねられ、飛ばされたのかとも考えた。

 レースがふんだんな白い半袖のワンピースの裾がひらひら揺れている。

 クルッと身体が回転し、前髪ありのショートボブが乱された。

 新品の白い靴がぬげちゃいそう。花柄のトートバッグ、しっかり持って落とさないようにしなくっちゃ。

 高い所を飛ばされながら色々考える時間的余裕は、なぜかあった。たっぷり怖さを感じるヒマも。

 

 見下ろせば、樹絵里に馴染みな公園のことごとくが消えていた。メタセコイアの並木、季節には紫陽花が美しいお気に入りの散歩コース、不定形な池、どれもない。

 弾き飛ばされたクラブハウスの大きな建物は交差点の真ん中に落ちている。

 駐車場から飛ばされて積み重なる車や、あちこちから弾きだされた金属スクラップや自販機で道路は覆いつくされていた。

 

 南のそうか公園通りと、それに交差する広めの道は大交通渋滞だ。当分通行止めだろう。図書館に行くためのバスも動かない。

 

 そうか公園だったところは、牧草に覆われたなだらかな丘に変わり、巨大で不気味な形のトピアリーが五カ所ほどそびえ立っていた。立派だったメタセコイア並木の樹よりも大きい。

 

 高く飛ばされていた樹絵里は、牧草緑(メドウグリーン)の草原に、真っ逆さまに落ちて行く。

 

 でも、地上近くでふわりと浮いて、誰かの腕に抱きとめられた。姫抱きにされている。

 うわぁぁ! どうしよう?

 顔が真っ赤になったとわかる。

 あわわっ、と焦ったが、しっかりした腕の中で怪我もなしだ。

 

 抱きとめてくれたのは、ダークエルフっぽく見えた。樹絵里は首を傾げたが、実物など見たことはないから確証はもてない。頭の後ろのほうへと長く尖った耳。浅黒い肌。異様に整った顔。短めな灰褐色の髪。印象的な緑の眼。男性だと思う。

 

「あの……あなたは、だぁれ?」

 

 問うと、彼は奇妙な表情を浮かべた。

 

「××××、×××、×××」

 

 聞き取れない、というか、全然聞いたこともない響きの言葉だ。キョトンとしてしまうと、彼は、樹絵里の身体をふわりと下ろして立たせた。そして、唇に尖った爪の先で触れてくる。

 パァぁぁっと、光がほとばしった。

 

「これで、言葉、わかるか?」

 

 ダークエルフっぽい彼の言葉が心地よく聞こえた。質素な服装の彼だが、細いベルトには宝石が飾られてお洒落だ。

 

「あ! すごい! わかる、わかるわ!」

「オイラは、カジャ。メドウグリーンの墓守だ」

「わたしは、樹絵里(じゅえり)。墓守? お墓なんてどこにあるの?」

 

 樹絵里はきょろきょろと辺りを見回す。だが、牧草の丘には不気味なトピアリーしか存在していない。

 

「巨大なトピアリー。あれが墓だ」

 

 カジャは顎先で示しながら応えた。

 

「どうしてここ、お墓になったの? そうか公園は?」

「そうか公園?」

「ここに在った公園よ?」

 

 カジャは思案気な表情を浮かべる。

 

「ここは人間界か。どうやら、オイラは墓ごと妖精界を追放されちまったらしい」

「え、追放?」

「旅に出たいから墓守を辞めたいと申し出たんだが、妖精王の怒りを買っちまったんだな」

 

 カジャは墓地らしきを眺めて感慨深げだ。

 

「だからたぶん、そうか公園とやらは代わりに妖精界行きだ」

 

 樹絵里が絶句していると、カジャはそんな風に言葉を続けた。

 妖精界に行ってしまったなら、もう、そうか公園での散歩はできない。ちょっと寂しい。

 

「公園に在ったものを弾いたのは、カジャさんなの?」

 

 今は不思議と外の喧噪が聞こえてこない。丘の外の景色は霞んでよく見えなかった。

 だが、大騒ぎになっているはずだ。そうか公園は消えてしまった。

 

「いいや? オイラにゃあ、そんな力はねぇよ。妖精王の仕業(しわざ)だろう」

 

 そうか公園と妖精界の墓地を交換したり、そうか公園の物や人を道路に弾き出したり、妖精王は強力な力を持っているようだ。

 樹絵里は気が抜けたように、草地に座りこんだ。ふわりとワンピースのスカート部分が瞬時ふくらむ。

 牧草は、とても気持ち良い。

 

「わぁ、素敵。最高の座り心地よ!」

 

 座って見上げると、巨大なトピアリーはとてもグロテスクに見えた。

 馴染みだったメタセコイアの樹より高く、ヘンな形だ。

 

「お墓、どうして、こんな怖い形なの?」

 

 樹絵里は首を傾げる。今にも襲いかかってきそうな凶悪な姿だ。

 

「根元には悪霊が封じられている。その悪霊の姿だな」

 

 悪霊の姿だと言われて、ぞぞっと寒気がした。根元に封じられた悪霊ごと、不気味な墓は人間界に来てしまった?

 

「カジャさん、怖くないの?」

「怖くなどねぇさ。刈り込みを止めて枝が伸びたり、木を切り倒したりしなけりゃ安全だ」

 

 カジャは胸を張って主張した。

 刈り込みを止めたり、切り倒したりすれば、悪霊が出てくる?

 樹絵里は怖い想像をしてしまって夏なのに寒くなって震えた。

 

「ヤバイぞ、ここはトピアリーの成長が早い」

 

 不意にカジャが緊迫した声を出す。確かにトピアリーの枝葉はぐんぐん伸びている。

 

「まずい! 悪霊がでてきちまう」

 

 カジャはどこからか大きな枝切りバサミを取り出し刈り込みを始めた。梯子(はしご)を掛けているけれど、トピアリーはずっと高い。カジャは宙に浮いて刈り込んでいる。

 

 だが、浮き上がり張り切って刈り始めていたカジャは、すぐに脱力して草地に落ちてきた。

 

「ダメだ。なぜここは、こんなに疲労が激しい?」

 

 ひとりごち、思案している。

 

「人間界は、そんなに環境違うの?」

 

 近くに落ちてきたカジャに樹絵里は訊いた。

 

「力がでねぇ。なんだ、この感じは? 刈らなきゃまずい、ってのに力がでねぇ」

「お腹すいてるの?」

「空腹? そんなバカな!」

 

 カジャは驚きに緑の眼を見開いているが、やはり空腹そうに見える。

 妖精界では空腹にならないのかしら?

 

「もしかしてご飯たべないの?」

 

 樹絵里は思わず驚いた声を上げた。

 

「妖精界では基本、食べる必要はないな。たまに蜜を舐めたりはするが」

「え~それって、愉しみの大半を捨ててるよぉ」

「そうだろう? だから旅に出たかったんだ」

「お弁当、食べる?」

 

 樹絵里はごそごそと花柄のトートバッグから母に持たせられた包みを取り出した。

 この様子では今日はバスは来ない。出掛けるのはあきらめた。

 

「生き物の肉か! すごいもん喰うんだな」

 

 お弁当の包みをといてフタを開けると、カジャは吃驚(びっくり)と同時に歓喜した表情で叫ぶように声を上げた。

 母特製の唐揚げ三つに、甘めの卵焼き、ぬかづけ四種、しゃけのほぐしたものが乗せられたご飯。

 ゲテだ、と、呟きながらも、食べる気満々な様子だ。

 樹絵里が、お弁当箱とフォークをさしだすと、おっかなびっくりな様子で受け取る。

 

 カジャはフォークを握り、唐揚げを突き刺すとパクリと口に放り込んだ。緑の眼を嬉しそうに輝かせながら咀嚼(そしゃく)している。

 

「ウホッ、こいつはゲテだ! すげぇぞ、生き物の肉だ! こんなゲテが喰えるとは!」

 

 ゲテ、ゲテ、言っているが、どうやら最大級の褒め言葉らしいことは理解できた。

 

「お肉食べないの?」

 

 普段肉を食べないらしきに、肉類が大好きな樹絵里は不思議そうに瞬きする。

 

「妖精界にいるのは、みんな妖精族だからなぁ。仲間を喰うわけにはいかねぇぜ?」

 

 次は卵焼きにフォークを刺す。まぐまぐと味わって美味しそうに食べながらカジャは言った。生き物の肉を食べることは、どうやら妖精界では有り得ないらしい。

 

「くぅぅぅっ、信じがたい美味だ!」

 

 食べ進めるうちに、カジャにはだんだん力が戻ってきているように見えた。最初に逢った時より、元気になってきている。

 

「空腹……で力が出なかったのか。腹が減るなんぞ、初めてだ」

 

 小さなお弁当箱だったが、全部食べる頃には満腹になったらしい。

 力がみなぎっているようだ。

 

「今も旅に出たい?」

 

 小首を傾げて樹絵里は訊いた。

 

「いや? ここは旅先みたいな感じだ。俄然(がぜん)、墓守を続けたいぜ」

 

 改めて大きなハサミを手にして、カシカシさせながらトピアリーの枝葉を刈り込みに行こうとしている。

 その時、そうか公園の入口だったあたりの人混みがぼんやり見えてきて、その中に特徴的な制服姿があることに樹絵里は気づいた。

 

「警察の人が来てるよ? あ、ほら、呼んでる」

 

 霞む景色の向こうで、こちらに向けて手招きし何か叫んでいる。

 

「どうして、入って来ないのかな?」

 

 樹絵里は不思議そうに呟いた。なんとなく景色は霞んでいるけれど、草原は何かにさえぎられてはいない。

 

「普通、墓には入れないぜ? それより、ジュエリ、お前はなんで入って来れたんだ?」

 

 そういえば、と、カジャは不思議そうに樹絵里に訊いた。

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