1-20 転生したら弱キャラに偽装することになりました
異世界に転生した主人公のショウはいきなり「スキル測定会」に参加させられる。
そこは魔法と剣の能力を測定され、身元引受人とマッチングする場所だった。
「転生してまで就職活動することになるとは思わなかったな……」
そう思いながら、彼は測定器の台に乗る。
数字は「001」と表示された。
最低の能力値をたたき出した彼の身元引受人になろうという者はおらず、恥ずかしさと悔しさで逃げ出したくなるショウ。
しかしそんな彼に手を差し伸べる者がいた。
「私はストラディウス家の当主のレイアよ。ショウ君、私の下で剣を学ぶ気は無い?」
女神のように美しい彼女の屋敷で剣を学びながら暮らすことになって、幸せを感じるショウ。
しかしそこで、彼は自分が異常な強さであることに気づく。
それはショウにとって不都合な事実であった。
この世界で一番強い生き物は何だろうか?
それは象でもライオンでもない。
――ドラゴンだ。
今、俺はそれと山の中で対峙していた。
巨大な体は硬い鱗に覆われていて、翼が羽ばたくたびに風圧で飛ばされそうになる。
牙が並んだ真っ赤な口から咆哮があがると、大気がびりびりと震えた。
緊張で毛穴がぞわっとする。
俺は足を踏ん張って剣を構え直し、意識を剣に集中させた。
両手を伝って淡い光が剣に流れ込み、刃からオーラが立ち昇る。
こちらの殺気を理解したのか、ドラゴンは俺を食い殺そうと襲い掛かってきた。
だが、もう遅い。
「悪いな、一番強いのは俺なんだ」
跳躍して、頭部に生える二本の白い角を確認し、剣を一気に振り下ろす。
弾力のある肉と骨ごと巨体を真っ二つに切り裂いた。
鱗に覆われた体から勢いよく真っ赤な血が噴き出して、周囲に飛び散る。
「さて。さっさと目的の物だけもらって逃げるとするか……」
俺はドラゴンの角を切り落として丁寧に皮の袋に入れた。
翼や爪なども貴重な素材なのだが、解体する時間は無い。
「血も流しておかないと……」
近くの川で急いで水を浴び、返り血を落として血まみれの刃を布でぬぐい、町へと戻った。
町の外れにある屋敷の一室が、俺の住まいだ。
裏口からこっそり入って、自分の部屋で新しい服に着替えた。
鏡に映る姿はどこにでもいる普通の青年だ。
「よし、大丈夫だな」
俺はドラゴンの角の入った皮袋を持って、主の部屋のドアを叩いた。
「――これは、ドラゴンの角⁉」
「レイアさんが、前に欲しいって言ってたから。もらってください」
「えっ、いいのかしら⁉」
屋敷の主である金髪碧眼の美女は、思いがけない贈り物に驚いている。
――レイアさんは綺麗だなぁ。
純白のドレスに鎧を合わせ、腰に細身の剣を差しているその姿は、まさに戦乙女だ。
「でも、こんな貴重な品をどうやって手に入れたの?」
「いやぁ、ものすごい強い冒険者の人と知り合って、その人がたまたま持ってたんで分けてもらったんですよ、ラッキーでした!」
「まぁ! そんな親切な方がいらっしゃるなんて!」
苦しい言い訳かと思ったが、彼女は素直に信じてくれたようだった。
「ありがとう、ショウ君!」
あぁ、レイアさんが清らかな声で俺の名前を呼んで微笑んでくれた。
それだけで俺は幸せだ。
――彼女との出会いで、俺の運命は大きく変わった。
俺はいわゆる異世界転生者だ。
転生前は普通にサラリーマンだった。
しかし会社が倒産してしまい、次の就職先を探してもなかなかうまくいかなかったのだ。
暗い気持ちで面接会場に向かって歩いていたら交通事故に遭い、意識が無くなった俺は、気が付けば異世界に立っていた。
「おお、また転生者が来たぞ」
「ようこそ、異世界へ!」
戸惑う俺に、周囲の人が愛想よく話しかけてくる。
彼らは親切にこの国について説明してくれた。
俺が転生した国は特に転生者が多いらしい。
なぜか転生者は高スキルで役に立つ人材ばかりなので、国としても積極的に囲い込みたいのだそうだ。
「まずは、あんたの能力を見ないとだな!」
「神殿で転生者のスキル測定会が開催されているからね、お兄さんも急いで行くといいよ!」
「はぁ。神殿、ですか」
俺はわけがわからないまま神殿に連れて行かれて、スキル測定会に参加させられた。
神殿では俺と同じ境遇の人たちが列に並んでいて、なぜかその周囲には裕福そうな格好の人たちが大勢集まっている。
いったい何をさせられるんだろうかと思いながら最後尾に並んでみると、前方で歓声があがった。
「おお、魔法スキルが300もあるぞ! これは逸材だ!」
どうやら先頭に並んでいた人が優秀な人材であることが判明したらしい。
「さぁ、こちらの男性の身元引受人になる者はいないか⁉」
白いローブを着た神官と思われる人が、高らかに声をあげると、見物人が何人も手をあげて反応した。
「ぜひうちのギルドで預かりたい!」
「ワシの研究の助手に!」
「うちの魔法兵団でスキルを伸ばすべきだ!」
手をあげた人たちが前に進み出た。
神官は男性と何か話している。
数分もしないうちに、彼は最初に声をあげたギルドの人と契約し握手を交わした。
契約が決まった彼らは親しげに話しながら神殿を去っていく。
能力を見られて、契約を結ぶ。まるで就職活動だ。
「転生してまで就職活動することになるとは思わなかったな……」
俺は転生前の自分を思い出して苦笑いした。
まぁでも、転生者は高スキルで役に立つ人材らしいから俺もすぐに身元引受人が現れるだろう。
実際、列に並んでいる人たちは次々と受け入れ先が決まっていく。
ついに俺の番がやってきた。
目の前には体重計に似た感じのメーターの付いた台が二つある。
右が魔法の能力値で、左が剣の能力値をそれぞれ表示するらしい。
「まずはそこに乗りなさい」
神官は、右の台を指差した。
観衆が見守る中、俺は恐る恐る台に乗ってみる。
……何も起きない。表示は0のままだ。
「魔法のスキルは無いようだね」
「いやぁ……俺、魔法より剣の方がやりたいと思ってたんですよ」
「じゃあ次はこっちの台に乗って」
魔法の才能が無いことに内心がっかりしつつ、もう一方の台に乗ってみた。
台が反応して読み取れない速さで数字が回転する。
これはもしかして期待できるのでは……!
しかし、数字は「001」と表示された。
「たった1しか無いだと⁉」
神官は驚いている。
「どういう意味でしょうか?」
「普通の人でも10はあるもんだよ。つまり君は人並み以下、ということになるね」
俺の剣の能力は人並み以下。
それだけでも辛いのに、さらに辛い出来事が俺を待っていた。
「さて、この男性の身元引受人になる者は……?」
神官の問いに、先ほどまであんなに活気付いていた周囲が沈黙している。
「さすがに1しか無いのはなぁ」
「無能は要らないな」
「マジありえねぇわ」
ヒソヒソとそんな声が聞こえてくる。
まさか異世界でもこんな惨めな扱いを受けるなんて。
恥ずかしさと悔しさで、いたたまれない。
――俺はそんなに誰からも必要とされない人間なのか。
いっそ、この場から逃げ出そうかと思ったその時。
「私が身元引受人になりましょう」
気品のある声がして顔を上げると、女神のように美しい女性が俺を見つめていた。
「あなた、お名前は?」
「……翔です」
「私はストラディウス家の当主のレイアよ。ショウ君、私の下で剣を学ぶ気は無い?」
「でも、俺。その、1しかなくて、人並み以下で……」
俺がしどろもどろになりながら答えると、レイアと名乗った女性は優しく微笑んだ。
「私は、数字よりも本人がやりたいかどうかの方が大切だと思う。もしあなたが剣を学びたいのなら、一緒にいらっしゃい」
周囲がざわめく中、俺は彼女と握手を交わしてレイアさんの弟子になった。
後で知ったのだが、彼女はとても強い剣士で国が主催する剣術大会で何度も優勝しているすごい人らしい。
そんな彼女の弟子になれた自分は幸せだと思った。
――だが数日後、実際に剣を握ってみて自分の体に違和感があるのに気づいた。
素振りをしてみたら重いはずの剣も簡単に使えるし、動作にキレがあって体が軽いのだ。
自分は人並み以下のはずなのに、どうしてこんなに簡単に剣が扱えるのだろうか。
そしてある日、決定的な出来事があった。
町外れの草原で俺は素振りをしていた。
いつもならレイアさんが様子を見にくる頃なのだが、今日はギルドに呼ばれたので不在だ。
そろそろ帰るかと思った時、獣の声が聞こえた。
振り返ると巨大な熊がこっちに近づいてきている。
熊は目の前で立ち上がった。
「うぁぁぁぁぁ! くるなぁぁぁぁぁっ!」
熊がこちらに飛び掛ってきたので反射的に剣を振るうと、熊が真っ二つになった。
「……お、俺がやったのか?」
周囲には誰も居ないし、俺の剣には熊の血がべっとりと付いている。
間違いなく俺が倒したのだ。
「どういうことだ……?」
少し考えて、あることを思い出した。
スキルを測定したときに、ものすごい速さで回転していて数字が読み取れなかった。
その時、表示されたのは「1」ではなく「001」だった。
「つまり、あの測定は3桁までしか表示できないってことだ。仮に俺のスキルが1001だったとしたら、表示できる数字の限界を超えて001と表示されるんじゃないだろうか」
それなら簡単に剣が扱えるのにも納得がいく。
「実は俺がこんなに強いってわかったら、引く手あまただろうな……」
それこそ王宮で剣士として腕を振るったり、冒険者として活躍できるかもしれない。
だがその時、レイアさんの顔が浮かんだ。
「俺が強いってことは指導される必要も無いし……俺は卒業になるのか⁉」
それは嫌だ。レイアさんの傍を離れたくない。
周囲が自分を冷たい目で見る中、たった一人、手を差し伸べてくれた彼女は俺の心の支えだ。
「つまり弱い俺でいればレイアさんはずっと一緒に居てくれるってことか!」
――だったら、とことん弱いふりをしようじゃないか。
こうして俺の弱キャラ偽装生活は始まった。