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1-19 正義な推しアイドルに更生を迫られてる俺だけど世界征服は諦めたくない!

世界征服を目指した「ストロング・アーム」こと「鏡 哲也」だったが、長いブラック労働にキレて自分のいた悪の組織を壊滅させ、鬱憤晴らしに推しのアイドルグループ「リリックシンフォニア」の周年ライブへと繰り出す。

組織壊滅とライブ応援に全力を注いだ彼は疲労困憊、宿敵「リリギア・ブレイド」に完敗を喫してしまう。

燃え尽き症候群から「それもいいか」と死を受け入れるも、遺言代わりに推しの魅力を語った途端、宿敵に怒鳴られてしまう。

「私のファンならあんなクソみたいな出来に満足しないで!」

そう叫ぶ仮面の下から出てきたのはなんと、推しアイドルの「雪原 舞奈」。

正義のヒロインにしてアイドルの彼女は怒るあまり「あなたを更生させる」とまで言い張るが、哲也はあくまで悪として世界征服を実現したいし、推しに構われるのも解釈違い。

しかし、そんな二人のドタバタこそが世界平和を引き起こす……!

 喧噪の去った道のど真ん中。

 空には綺麗な星の数々。

 小さくも確かな輝きを大の字になって見上げる俺は満身創痍。

 戦闘用装甲服はズタボロ。

 無事なのはフルフェイスくらいで、それだってヒビだらけ。

 どうしてこんな事態になってるんだっけ、と振り返ろうにも、思考がふわふわして覚束ない。

 このまま転がってるとまずいのもわかってるけど、手足も鉛のように重かった。

 ロクに動けないけど、どうしようか。


『随分と呆気ないのね、ストロング・アーム』


 エフェクト強めの声が耳に届く。

 聞き覚えのあるヤツだ。俺は目を下に向ける。


『あなたがあの組織唯一の生き残りなのも驚きだけど、こんなあっさり勝てるだなんて。呆気なさ過ぎて信じられない』


 すらりとした女性的な体。

 それを覆う青色ベースのボディスーツと装甲。

 顔にはゴーグル調の仮面と鋼鉄のポニーテール。

 更に両手には二振りの剣。片方の切っ先はしっかりと俺の首を狙っている。

 そいつの名は、「戦闘異能少女リリギア・ブレイド」。

 長らく俺こと「ストロング・アーム」の障害として戦い続けてきた相手だ。


(……あぁ、そうだ。そういえば)


 飽きるほど見た宿敵を見るうち、ぼんやりと頭を転がり始めた。

 そう。今日はデカい出来事の多い日だった。



―――――――――



 一つ目。所属していた組織を壊滅させた。

 長年のブラック労働とハラスメントへの恨みつらみが爆発した結果だ。

 立ち去る後ろで本部を食い尽くす退勤の炎が上がっていたのをよく覚えている。

 ざまぁ見ろ。せいぜい地獄で後悔するがいい。


「まぁ悪の組織がマトモな地獄に落ちるはずねーけどなバーカ!」


 そうやって大いに笑い、去り際に中指突き立ててやったのも懐かしい。



―――――――――



 二つ目。推しユニットの周年記念ライブを満喫してきた。

 幕開けは最前列、モニター越しじゃないマジモノの生の表情がばっちり見えた。

 声援だって俺が最前。あらゆる歓声が背中から聞こえてくる。


「みんなーっ! お待たせーっ!」

「いぇええええいっ!」


 センターアイドルの煽りに乗って大歓声。

 会場全部を震わせる感情、その中でアイドルグループ「リリックシンフォニア」がフルスロットルで歌い上げるさまは、マジで最高だった。

 彼女達がこの周年ライブにかける想い、並々ならぬ熱意が伝わるからこそ、それに見合う丈の想いを返したい、とペンライトを全力で振り上げたのもよく覚えてる。

 本当に、楽しかった。



―――――――――



 三つ目。ライブの帰りにリリギア・ブレイドに襲われた。

 多分、ライブの余韻に雑念を入れまいと最速帰宅を試みて、戦闘用装甲服を装着したのがまずかったんだろう。

 一歩踏み込んだ時には彼女の蹴りが突き刺さった後で、そこからはなし崩しに戦闘へ突入していた。



―――――――――



 そして現在。

 笑えるくらいに見事なボロ負け状態で、宿敵に見下ろされている。

 いつもならあり得ないことだ。彼女とは常に拮抗状態を維持してきた。

 確かに不意は打たれたものの、それでやられるほど俺もやわじゃない。

 なんでだろう、と思ったが答えはすぐに出た。


(そうだよ。俺、限界じゃん)


 まず前提。長らく続いたブラック環境による心身の疲弊がある。

 次に、たった一人で組織一つを徹底的に潰す労力を費やした。

 更に、周年ライブ最前列の興奮から加減なしの全力応援ムーブで心を燃やしまくった。

 どれを取っても、それ一つで大きすぎる負荷になる。

 今の俺は、それを全部抱えている状態だ。

 いくら特別な力を持っていたってこれは無理。

 ついでに回復手段も在庫切れ。

 負けるのも、起き上がれないのも、当たり前すぎた。


「……あー……そうか、死ぬのか俺」

『珍しく諦めも早いのね。まぁむやみに抵抗されるよりはマシだけど』


 カチャリ、と切っ先が首元のガードに当てられた。

 リリギア・ブレイドのこぼすため息に哀れみが混ざる。


『望みどおりにしてあげる。今日でこの因縁も終わり。……遺言があれば聞くわ』


 遺言。

 何かあっただろうか。思いつかない。

 でも仕方ない。今の俺はなんか満足しちまってた。


「いいや。元所属は潰せたし」

『へ?』


 俺を使い潰したあのクソ組織は滅びた。

 少なくとも俺がいなくなった後にのうのうと生き延びる未来だけは訪れない。


「リリシンの周年ライブ、最前列で見られたし」

『え……ちょっ』


 記念すべき周年ライブは全力で楽しませてもらった。

 きっと俺がいなくなった後も彼女達の活躍は続くだろう。


「それに……」


 目を閉じればばっちり思い出せる。

 曲の進行ごとに激しく組み変わるフォーメーション、その中でも間違いなく一番目立っていた彼女の姿。

 青いメッシュの入った黒髪ロング。

 全体と比べて頭一つ抜けた長身。

 それに見合う長くしなやかな手足。

 可愛らしさと格好良さが両立した綺麗な笑顔。



 雪原ゆきはら 舞奈まいな、俺の最推し。



 その彼女が周年ライブで見せた、今までで一番のパフォーマンス。

 更にダンスの合間、観客席の俺と目が合った瞬間にやってくれたウィンク。

 あれを胸に死ねるなら成仏間違いなし。


「推しの、舞奈のパフォーマンス」

「……は?」

「過去イチだった」

「過去、イチ?」

「あれは最高点だった。アレ見た後で死ねるなら、それもアリだ」


 うん。

 自分で言ってて、すごくしっくり来た。

 俺は満面の笑み(もっともフルフェイスじゃわかるはずもないけど)で、長年の宿敵に呼びかける。


「さぁやってくれリリギア・ブレイド。今なら綺麗に終われそうだ」

『……』


 ところがどういうことだろう。

 急に刃が迷い始めた。

 切っ先の向こうでリリギア・ブレイドは一転して俯きがちに。

 まるでトドメを躊躇っているみたいだ。らしくない。

 やるならさっさとやってくれないだろうか。これじゃ綺麗に終われないんだが。


『……待って。あなた今、なんて言った? ライブ、最前列?』


 そこへ途切れ気味の声が響く。

 再びこちらを見据えたリリギア・ブレイドだが、どうも肩が震えている。


『それも、リリシン? まさかリリックシンフォニアのこと言ってる?』


 更に意図不明の疑問が出てきた。

 わけがわからないが、合ってるので肯定を口にする。


「それ以外、何がある。なぁ、さっさと――」

『うっさい。っていうか、舞奈? 舞奈のパフォーマンス? 過去イチ? 最高点?』


 遮る声、震えが大きくなる。

 あぁ、そうか。長年の宿敵からこんな俗っぽい言葉が出るなんて予想外だったんだろう。

 でもそんなの関係あるものか。さっさと終わらせてくれ。

 俺は目を閉じ、再び舞奈のパフォーマンスに想いを馳せる。

 長身に長い手足を活かした魅せ方。

 それでいて周りを殺さず、調和を意識した所作。

 誰が何と言おうと、彼女はリリックシンフォニアのナンバーワン。

 そう断言できた。


「あぁ、アレを見た今なら死んでも悔いは――」



『なぁにが過去イチよふざけんな!』



 突如、怒号が響き渡る。

 ぎょっとして目を開けると、リリギア・ブレイドが剣を投げ捨てるのが見えた。

 地面に刺さった二刀流を置き去りに腕が伸びる。

 胸倉を掴まれ、仮面とフルフェイスが強くかち合った。


『乗り越えるのはいつだって昨日の自分! 過去最高なんて当たり前じゃない!』


 仮面越しでもわかるほどの怒りが炸裂する。

 だが彼女の言ってることが全くわからない。

 とりあえず、自分のことのように怒っていることだけは理解できたが、一体どうしたのか。


『だけど今日はそれが半分も越えられなかった! 騙し騙しでいつもの状態を維持するのがせいいっぱいだった! なのにそれ見て「綺麗に終われそう」とかふざけるなストロング・アーム!』


 彼女の憤怒は加速する。

 俺の困惑も極まってくる。


『あなたの目は節穴⁉ いつもの洞察力はどこ行った⁉ おまけにそんなこと言ってるファンを殺すとか目覚め悪いにも程がある!』

「は? いや、待て? それはどういう――」

『察しが悪い! だったらしっかり見ろ!』


 挙句、怒りが頂点に達したらしい彼女は自らの仮面に手をかける。

 驚く間もなく剥ぎ取った、次の瞬間。



 月光に翻る、黒い髪。



「え」


 おそらく仮面に頭部ガードが格納されたのだろう。

 鋼鉄のポニーテールが巻き取られ、そこに収まっていた髪が勢いよく舞い上がった。

 だが、それはあまりにも見覚えのある髪型だ。

 黒髪ロング、アクセントに青いメッシュ。

 更に仮面の下から現れたのは、見間違えようのない顔。


「雪原 舞奈……?」

「そうよ!」


 思わず呟いた名前に、肯定が返ってくる。

 つまり、俺は。


「私はあなたの推しよ! その推しがずっと上のパフォーマンスができるって言ってんのよ! 勝手に満足して死のうとするな!」


 よりによって自分の推しに本人の魅力を語りながら介錯を頼んだ、とんでもない大間抜け。

 それを思い知らせるかのように、推しの顔は怒りと羞恥で真っ赤に染まっていた。

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