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1-01 廃棄東京、からっぽのマキナ

2037年、東京は廃棄された。

第三次大戦へ導入された戦争兵器による空間汚染装置の暴走により、東京の約八割が一日で廃墟と化した。

世界を崩壊させた戦争から半年。

廃墟好きの高校生、佐藤舞浜は廃棄東京へと忍び込み、日課である探索をしていた。

偶然見つけた廃校に立ち寄り、いつも通り廃墟を楽しんでいた佐藤だが、教室の中で、得体の知れぬ少女と出会う。

彼女はほぼ全ての記憶を失っていながらも、自分についてこう答える。


「識別名、マキナ。そんなデータが残っている気がします」


廃墟のような少女と出会った佐藤は、マキナの「自分探し」として、歴史の裏に隠されたマキナの過去を辿る旅が始まる。


全てが終わった後の東京で。

壊れたセカイの歯車が、再び動き出す。

 廃墟が好きだ。

 空になってしまった亡骸から、そこにあった確かな命を感じられるからだ。


『やっっっほーー!! 廃棄東京の探索は順調ですかね、佐藤舞浜調査員!』


 佐藤は瓦礫の山を進んでいく。

 今回の探索では、劣化の少ない廃校を見つけたのが僥倖だった。

 屋上までの経路もあり、足場も比較的安定している。


『半年に渡る最悪の人災、第三次世界大戦の終戦からもう半年。人類の歴史に深く刻まれたこの戦争を、歴史研究部である私たちは直視しなければならない!』


 瓦礫を椅子にして腰かける。

 屋上からの景色は壮観だった。

 首を傾げるように崩れた高層ビルに、哀愁を感じる穴だらけのマンション群。

 廃墟好きとしては、不謹慎だと分かっていても素敵だと思う気持ちが抑えられない。


『最も私が注目しているのはこの東京さ! 新型の戦争兵器によって、日本はこの戦争で負けることはなかった。だが、その引き換えに、だ!』


 遠くには、かつて世界一の高さを誇っていた自立式電波塔が見える。

 残念ながら、当時の高さにはほど遠く、複雑に折れ曲がって倒壊してしまっているが。


『たった一日で、東京は滅んだのだ! 空間汚染という最悪の置き土産を残して!』


 佐藤は時計に視線を落とした。

 その秒針は、普段の倍の速度で時を刻んでいる。


『空間を加速させ、異常な速度で劣化を早める戦争兵器が、未だ東京に残っていると私は考えている!』


 廃棄された東京に忍び込んでから約二時間。身体的な負担を考慮しても、経験上、あと二時間が探索の限界だろう。


『君と私の利害は一致しているのだ! 私は無類の廃墟好きの君が廃棄され立ち入り禁止となった東京に忍び込む手伝いをする、君は私が追う歴史の真実を追求する。ギブ、アンド、テイク!!』


 帰りの時間を考えるのなら、そろそろこの廃校を去らなければならない。

 名残惜しいが、体調に支障が出てはいけない。

 注意を払いながら、下の階へと降りていく。

 ここでようやく、佐藤は独り言を続けるスマホを胸ポケットから取り出した。


「あー、こちらただの歴史研究部員。廃墟が綺麗です。これから帰ります」

『ギブ、アンド、テイクだと言ってるだろうがぁああ!』


 あまりの轟音に、佐藤はスマホの音量を限界まで下げた。


『散々無視するからこれでもかってぐらい喋ってやってこの仕打ちかい!?』

「何を言われたって、何にもないんですって、部長。東京も米軍による攻撃だって正式に発表されたじゃないですか」

『与えられたものを素直に受け取るだけが歴史を学ぶことではないのだよ! 君の目の前にあるものが、真実なのだ!』

「それならより、陰謀論なんて信じるつもりはないですよ。隠蔽された兵器も、潜んでいる米軍もいないですから」

『いるのだ! あるのだよ! 人々の目に触れることなく、歴史の陰に消えていった真実が!』


 半年もの時間が流れ、空間汚染が弱まった今でさえ、東京の時間は倍速で経過している。

 そのせいか、空腹が訪れるのも普段よりかなり早い。


「俺、腹減ったのでここらへんで。ちょうど学校にいるんですよ、今。教室でぼっち飯でもします」

『ん? 待て待て! 今、学校って言ったかい!? せめてどの学校かくらい教えてくれても——』

「劣化してるので、学校名までは分からないです。でもまあ、さっきスカイツリーが見えたので墨田区の方じゃないですか?」

『ちゃんと調べておいてくれよ! 非常に大事なことなのだ! もう一度言うよ! 非常に大切な——』


 佐藤は通話終了のボタンを押し、うんざりした顔でスマホをポケットに突っ込んだ。


「二回言うのは大切なことそのものでしょ。大切って言葉を二回言ってどうすんだよ、アホ部長」


 佐藤は机と椅子を求めて、適当な教室に入る。

 いつものようなぼっち飯が始まると思っていた、のだが。

 教室には既に誰かがいた。

 が、しかし。

 それを女の子と呼ぶには、あまりにも無機質だった。

 腕や太ももからは血管の代わりに配線が生肌から顔を出していて、赤色の瞳の奥の瞳孔がなぜか不規則に動いている。

 人と明確に違う部分があるからこそ、佐藤は情報を処理しきれなかった。

 ボロボロだが、着ているのはセーラー服だし、くたびれているが履き物はローファーだし、顔立ちも整ってはいるが幼さも残っていて、どうみても女子高生なのだ。


「えっと」


 関わらない方が身のためだと、本能が警告していた。

 普通ではない。廃棄された東京で教室に座っているというだけでも異質なのに、人ではない部分を隠そうともしない。

 すり足で、佐藤は教室から去ろうとするが。


「少し、よろしいでしょうか」

「え、は、はい」


 琴を優しく撫でたような声。

 機械的で単調な話し方が、より彼女の無機物さを際立たせる。

 不安だった。

 彼女は、そこらへんの高校生の自分が出会ってはならない存在ではないのかと。

 ただ、そんな迷いを上書きするように。


「何か、食べるものはありませんか? 食事を取れという警告のようなものが、お腹から鳴っているのです」


 ぐぅぅ。という可愛らしい音が、はっきりと聞こえた。

 普通ではない、が、しかし。

 その言葉と表情は、普通の女の子に見えた。


「……缶詰とかでいいんだったら、たくさんあるけど」


 佐藤はリュックの中に備えていた缶詰を机に並べ始めた。



「ありがとうございます。これでしばらくは動けそうです」


 空っぽになった缶詰の山をビニール袋に入れながら、佐藤は腹減ったな、とぼんやりと考えていた。


「まさか、三〇個全部食われるとは思わなかったけど」

「とっても美味しかったです」

「それならまあ、良かったよ」

 

 美味しく食べてもらえたのたのなら、缶詰も本望だろう。


「ところで、さ」


 ようやく、佐藤は本題へと向かう。


「君の名前とかって、聞いてもいい?」


 素性まで問いかけていいのか悩んだ挙句、控えめに距離を近づけるところから始めた。

 返答はすぐには来なかった。

 機械的な動きが主だった少女が、探るように答える。


「多分、マキナです」

「マキナ?」

「そういう識別名だったな、というデータが残っている気がしたので」

「記憶喪失ってこと?」

「おそらくは。どうして私がここにいるのかも、実は分からないのです」


 曰く、何も分からず学校にいたので、とりあえず座っていたらしい。


「うーん。汚染が酷くて、記憶に影響が出たのかな。そこらへんは詳しくないから、病院で見てもらった気が良い気もするけど」


 問題は、マキナの体の随所に見られる人から逸脱した無機物だった。

 目の前に存在する現実に佐藤はどうすべきが決めあぐねていた。


「あの」


 思考を遮る声。

 マキナの視線は、佐藤の足元へと移っていた。

 ふくらはぎの側面に、赤く湿った線が浮かび上がっている。

 瓦礫か何かで足を切ってしまったようだ。


「ああ、これくらいよくあるから平気だよ。帰ってから消毒して包帯でも巻いておけば良いから」

「痛く、ないのですか?」

「痛いけど、騒ぐほどではないよ」

「嫌ではないのですか?」

「まあ、嬉しくはないけど」


 この程度の怪我で、不快感は覚えない。

 だが、マキナには佐藤の意思など関係なかった。


「私はきっと、痛いのは嫌いでした。なら、あなたの痛みもなくなるべきです」


 マキナはその場で膝をつき、佐藤の足に指先をつけた。

 人肌の温かさが、優しく傷口を撫でる。


「全治二週間、といったところでしょうか」


 赤く透き通る瞳の奥が、ピントを合わせるように不規則な回転をした。

 それと同時。

 佐藤の周りの空気から小枝の束を踏みつけたようなパキパキという音が聞こえ始める。


「……空間、汚染…………?」


 見て分かるほどの速度で、足の怪我が治っていく。

 同時に、脳幹がねじ曲がるような目眩と溢れ出る吐き気が内側から襲いかかってきた。


「ご、ごめん……!」


 マキナから慌てて距離を取って、窓から顔を出して大きく息を吐く。

 この東京も、空間汚染によって廃都市と化したのだ。常に一定の汚染が東京全体を覆っているが、基本的に人体に大きな影響が出るわけではない。

 ただ今の汚染は異常だ。ほんの数秒で、時計の針が半日以上進んでいた。


「す————はぁぁああ」


 何度も何度も深呼吸をして、どうにか吐き気を収める。


「……あの、すいません」


 マキナの声が聞こえて、振り返る。

 不安そうな顔だった。

 自分がマキナの好意を突き返してしまったことを思い出した。


「あ、ごめん。ちょっと気分が悪くてさ」

「はあ、そうですか」


 マキナはどこか戸惑っているようだった。

 どうしたのかと心配そうな視線を送ると、マキナは「ところで」と切り出す。


「ここはどこで、あなたは誰でしょうか」


 ひゅ、と喉が閉まる感覚があった。

 今までの会話なんてなかったのではないかと思い込んでしまうほど、自然な言葉だった。


「君は、マキナだよね?」

「マキナ……? ……言われてみれば、そんな名前を付けられた記憶があります」


 不謹慎だと理性が伝えてきているのに。

 何もかもがからっぽの少女から、目が離せなかった。


 ほんのりと香る缶詰と薬っぽい甘い匂い。

 二回だけ折られた、校則に引っかからない程度に短くしたスカート。

 赤い瞳と、浮き出ている配線。


 中身が消えさってもなお、彼女に刻まれた歴史を前に、佐藤の鼓動が早まる。

 何よりも美しい廃墟のような少女は、真っ直ぐに佐藤を見つめていた。

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