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1-14 呪いはマナを、やぶれない~復讐したい闇堕ち元王妃は、偽りの家族愛に屈しないっ!~

公式上の第一王子でありながら、王や王妃から見放された幼い王子アネモス。

彼の侍女として潜入したリコリスは、アネモスの命を狙っていたが…。

「母上ー!」

「私は、母では! ありません!」

なんと、王子に慕われてしまった!?


名と姿を偽って復讐の機会を伺うリコリスの素性は、悪魔の手を取り失踪した元王妃だった。

彼女の潜入の目的は、本来の第一王子である亡き息子の無念を晴らすこと。


しかし、リコリスは王子の世話を続けて暗殺の機会を窺う中で、我が子の姿を重ねて少しずつ絆されてしまう。

頼る者の少ない王子も彼女を次第に慕い始めた上に、王子を唯一気に掛ける王弟までもリコリスに接近!

こうしてリコリスの復讐劇は、彼女の思わぬ展開に!


葛藤の先で、彼女は復讐を果たすか…。それとも、隠された愛情の行方に気が付くか。

愛を奪われた者たちが家族の愛を求めて彷徨う、異世界ファンタジー!

 ここは、王城から若干距離のある離宮の、王族の住処にしては質素な内装の子供部屋。

 背の低いテーブルを囲んだ王弟と五歳の王子を前に、部屋の隅で控える侍女リコリスは複雑な感情を胸に震えていた。


 何故ならば……。


「母上、あーん?」

「……」


 王子アネモスが、紫紺の痣がある手でスプーンに乗せたゼリーをプルプルと震わせて、彼女に差し出しているからだ。

 母上と呼ばれたのは、侍女であるリコリス。

 現実逃避しそうになった彼女は冷静さを装うために空を仰ぎ、胸に手を当て息を吸うと吐き出すように応えた。


「私は、王子の母ではありません」

「でもリコリス、お母さんみたいだから……」


 手だけでなく顔の左半分も痣で覆われている王子が、揺らぐゼリーの光の反射を真似るように桃色の瞳を潤ませた。

 今は衣服で隠れて見えないが、彼の華奢な半身に同様の痣があることを、侍女は日々の世話を通して知っている。

 そして痣には、どのような意味があるのかも。


 幼い王子の寂しそうな姿に彼女は怯むが、すぐに咎めるように口を開く。


「……そんな顔をされましても、母ではありません」

「ふふ、随分と懐かれたな」

「公爵さまも何とか仰ってください。誰かに聞かれでもしたら……」


 彼女に公爵と呼ばれた王弟が、何かに想いを馳せるようにアネモスの藤色の髪を撫でると、王子は痛ましい痣のある顔を穏やかに緩ませた。


「ふふ。主が求めているなら応じてやるべきじゃないかな?」

「うん。いっしょにゴハンたべよう? おいしいよ?」

「美味しいに決まってるさ。リコリスが作ったんだから。な? アネモス」

「ねー」


 王子の髪から手を離すと最後にポンと頭を撫でた王弟が、悪戯っぽく首を傾げて甥に同意を求める。

 王子も倣うように同じ方向へ首を傾げ楽しそうに応えた。

 二人の緩やかな空気とは裏腹に、リコリスは無意識に拳を握り締める。


「それに保護者の私としても、他の目がない間だけでも構ってやってくれると嬉しいよ。漸くアネモスが心を開いてくれたんだから」

「しかし……」

「母上……」

「ですから、母ではありません」

(……両親から蔑ろにされているこの子を見ていると、調子が崩れるわ)


 彼女は手の力を抜いて息を吐くと、仕方ないとばかりに王子の隣の椅子に腰を下ろした。


「……畏まりました、同席致します。しかし、王子が食べ物を手ずから他人に与えてはなりません」

「うんっ。じゃあ、僕にあーんして?」

「仕方ありませんね……」


 リコリスは口では抗議を示しつつ、フルーツソースの掛かったゼリーをスプーンで掬い、王子の口へ運ぶ。


「むぐむぐ……。えへへ、おいしい」

「食べながらお喋りしてはいけません。ほら、頬にソースが付いています」

「はーい」


 リコリスは王子の顔を覆う痣を恐れずに、微笑む彼の頬と口元をナプキンで丁寧に拭う。

 甲斐甲斐しく世話を焼く彼女の姿を、王弟が目を眇めて見守っていた。


「ごちそうさま!」

「すごいな、全部食べられたじゃないか」

「うん! 叔父上と母上がいっしょにいるからだよ。だからぼくには、父上なんて……いなくても……」


 嬉しそうな声色が少しずつ沈んでいく。

 一方、()と言う言葉にリコリスが顔を顰める。

 王子の父は当然国王だ。そして……。


(悔しいわ……。腹違いのこの子は生きていて、私の子は……)


 リコリスが歯を食いしばり、ナプキンを両手で握り締める。

 すると彼女の憤りに同調するように、王子の痣が突然淡く怪しい光を発し始めた。


「あっ……!」

「アネモス!?」

「うぐ、かっ……ごほッ!」


 彼は苦痛で顔を歪めて左手で顔を掻き、右手を喉元に当て咳き込み始めた。


(私は、あの子の……ロゼルヴェルヴェーヌために、復讐しなければならない……)


 吐血した甥の様子に王弟が慌て始め、平穏だった空気が一気に緊張に包まれる。


(なのに! この子の苦しそうな顔を見ると、今を生きるこの子まで酷い目に合わなくても……と、決意が揺らいでしまうなんて……!)


 自身がリコリスの復讐対象だと知らない涙目のアネモスが、葛藤する彼女に救いを求めて手を伸ばした。



――五年前。

 嘗てのリコリスであった王妃が、王宮で誕生したばかりの赤子を愛おしそうに抱く。

 これは、彼女が永遠に忘れることのない、息子の生誕の出来事。


「レンデンス。尊き王家の血族に生まれた貴方の愛名(マナ)は、ロゼルヴェルヴェーヌ。貴方に女神の祝福がありますように」


 母が囁くと、神の祝福を受けて赤子が淡い光に優しく包まれた。


「無事に加護を授かれたわ……」


 この国の王家に生まれた者は皆、名とは別に愛名を親から授かることで女神の加護を得る。

 奇跡とも呼ばれる加護は、呪詛や毒の無効化だけでなく、あらゆる悪意を撥ね除けることが出来る。

 そのため、愛名を授かることが、陰謀渦巻く王家に産まれた子が健やかに成人を迎えるために必須とされていた。


 愛名は成人に達するまで、己に愛情を持つ者にしか告げてはならない。

 何故ならば、愛名を用いることで加護を破れるからだ。


 王妃も慣例に従い、息子レンデンスに愛名ロゼルヴェルヴェーヌを与えた。


「私は貴方を愛し続けるわ。私たちが陛下から愛されることがなかったとしても……」


 彼女はお飾り王妃と呼ばれ、王に愛されていない。

 世継ぎを求められて王子を授かることは出来たが、彼女は息子も王に愛されないと悟り、自分だけでも我が子を慈しむことを誓う。


 しかしある日、王妃と乳母が目を離した隙に王子が忽然と姿を消してしまった。


 そして……数時間後の夕暮れ時、損傷の激しい赤子の焼死体が発見される。


「いやあッ! どうして!?」


 赤子が息子だと思った彼女は、ショックで気を失ってしまう。

 数日間眠り続けて漸く目が覚めた王妃は、受け入れ難い現実と向き合うために赤子の行方を問うが、誰もが歯切れ悪く首を振る。

 そして、久しく王妃の元に訪れた国王に、彼女は問いかけた。


「陛下、レンデンスはどこへ……?」

「誰だ?」

「陛下と私の子です」

「さてな。記録無き者の末路など、私は知らぬ」

「!? どう言う、ことですか!?」


 夫の口から飛び出した不穏な言葉に、彼女は自らの耳を疑った。


「先日、側室が王子を出産した」

「側室、も?」

「勿論、国中に報せを出した。待ち望んだ第一(・・)王子の誕生に国が沸く中、惨たらしい姿へと果てた者の葬儀を行うなど以ての外だ。幸い、あれの存在はそなたに近しい者しか知らぬ」

「え……」

「そう、あれは最初から存在しなかったのだ」

「!?」


 残酷な処置を突きつけられた王妃は、部屋を飛び出した。


「どうして、ロゼル……!」


 口にしかけた愛名を最後まで言い切らず、王妃は我が子の部屋の扉を開く。

 しかし、赤子の装いに溢れていた室内には、愛すると誓った息子の面影は何一つ残されていなかった。

 息子に関するものは遺品どころか髪一本もない。拠り所の一切をなくし、母は悲しみにくずおれる。


「……ッ! あの子は確かに生を受けたわ! なのに、生まれたことすら認めてくれないの? 私の子だから? そんな馬鹿馬鹿しい理由で!? それが理由だと言うのなら……」


 孤独に思い詰める王妃の前に現れ、手を差し伸べたのは……。


「お前たちを蔑ろにした王家に、復讐したいだろう?」


 一人の悪魔だった。



――そして、五年後。

 第一(・・)王子アネモスは呪われている、と言う噂が上級貴族の間に広がっていた。

 半身を蝕む紫紺の痣が呪詛を受けたことを示しているが、王子は本来加護により呪いを撥ね除ける力を備えている。

 では何故、呪いを退けられないのか、と言うと……。


「愛名無しか、不貞の子じゃないか。だとさ」


 とある屋敷の一室にて、噂を語る悪魔が悪意に満ちた笑みを元王妃に向ける。

 元王妃は数年間、悪魔の元で復讐の機会を窺っていた。


「それで、呪いを掛けたのが貴方ですって? 残酷な悪魔」

「復讐を誓ったお前が非難出来る立場か? 嘆きの元王妃」


 互いを罵り合う中、不意に悪魔が小声で恨み言を漏らした。 


愛名()ある者に、呪われし()は付与出来ない。加護を破ろうにも、前半しか愛名が分からず呪いは不完全だ。クソが」

「なにか?」

「……独り言だ。そう言う訳で、お前の出番だ。第一王子に侍女として近付き、奴の息の根を止めろ」

「狙うのは王ではないのね」

「肩慣らしに丁度良いだろう?」

「……」


 不満を隠さない元王妃に、悪魔が近くの姿見を覗き込めと促す。

 前に立つと、火花を散らすような紅の髪に淀んだ金の眼差しの、二十代半ばの女性の姿が鏡に映し出された。


「元王妃は死んだことになっているが、顔を覚えている奴もいるだろう。認識阻害と変装の魔法を掛け、新たな名と身分を用意した」


 元の色は艶やかな金髪に穏やかな桃色(・・)の瞳だったかもしれない。

 比較しかけた彼女は、復讐に関係のない本来の姿を打ち消そうと頭を振る。


「第一王子を仕留められなかった時、お前は徐々に呪われ、命尽きる。絶対に、忘れるなよ?」

「構わないわ。あの子の無念を晴らせるのなら、私の命は惜しくないもの」


 彼女は決意と共に馬車に乗り、王都へと向かう。



「呪いは愛しき子の名(マナ)を破れない。マナが敗れることがあるとすれば、それは……」


 悪魔に唆されて復讐を成そうとする悲劇の元王妃を見送り、彼は嗤った。


「情を与えた者からの愛を、喪った時だ!」

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