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1-12 豊穣のぬりかべさん

 新里銀平、現在二十四歳、独身、どこにでもいそうな男子


 幼いころに両親を亡くし、農家をしている母方の祖父母に育てられたが大学在学中にふたりが他界

 祖父母が守った田んぼを引継ぎ農家となるため、大学を中退する

 引き継いだ田んぼは約十町歩(≒ヘクタール)

「農家だって定時出社定時退社したい、けど農業を一人でやるのはきつい、でも安定した収入が欲しい」

 欲張りだけど、個人でやるにはきついと実感

 ならばいっそ

「農業をホワイトな企業でやればいいじゃん」

 と銀平は考えた

 どうせやるならと、ベンチャー企業と共同で、会社としての大規模農業へのチャレンジを開始した

 数千万円の借金を背負って


 それから三年

 順調に借金を増やしながらもなんとかやってきた今年の田植え時期

 ぬりかべと自称する餅のような未確認生物と邂逅した


 農業やろうぜ! 

 厳しいけど楽しいぜ!

 と言うお話

 第一話「未確認生物(UMA)ぬりかべさん」


 二礼、二拍手、一礼

「今日の田植えも、()()()()順調にいきますように」

 朝の五時。神棚への挨拶は、新里銀平の一日の始まりだ。

 五月の連休が過ぎても早朝の空気は冷たく、眠気覚ましにはちょうどいい。

「さーて出勤するかな」

 銀平は神棚の下におかれていた赤い巾着袋とタブレット端末を手に持った。神棚のある八畳の和室から縁側を抜け外へ。明けつつある空を見上げ庭を横切りそのまま納屋に入る。

「会社に到着。通勤時間二十秒で超快適。あなたもうちで農業やりませんか?ってCMでも流したら人がきてくれるかなぁ」

 こないよなぁと銀平はため息をつく。

「朝五時出社なんてありえないもんなー、我ながらよく続いてるよ」

 君らもそう思うよねえ、と銀平は納屋の中に声をかけた。

 納屋には、収穫を待つリンゴ色の六台の田植え機が並んでいる。奥にはマッシブなコンバインの姿もある。

 田植え機に輝くメーカーのエンブレムの横には、【AIによる同時多数田植実験実証機】とプリントされた文字と、高い位置で縛ったポニーテール少女の大きな萌えイラストがあった。

 農業をテーマにした深夜アニメの主人公コノハナノサクヤビメで、銀平最推しのキャラだ。

 見た目強気少女だけど実は神様で年齢は四桁っていうロリBBAがいいんだよ、と力説する。

 豊作を願う意味もあったがそれは後付けで、単に銀平の趣味だ。

 これら田植え機は銀平の愛車【サクヤちゃんず】である。

「さて、点検点検っと」

 銀平はじっくり三十分ほどかけて点検を終え、用意してあった苗を流れるようにセットしていく。

「異常ナシ、苗のセットヨシッ!」

 指差し確認をした銀平は持ってきた赤い巾着袋に手を入れ、中身を取り出した。

 田植え機に描かれているコノハナノサクヤビメの小さな二頭身フィギュアが六体。

 古典的田舎娘の着物姿で、足を前に伸ばしてぺたんと座っている、とてもかわいらしいフィギュアだ。

 ちなみに銀平は、農家の正装と思い込んでいる青いつなぎに長靴。銀平はそのサクヤビメフィギュアを田植え機の運転席に置いていく。

「今日も見張りを頼むね、サクヤちゃん」

 田植え機たちの前に立った銀平はそうつぶやくと、左手に持ったタブレットをポチポチとタップしはじめた。タップの度に田植え機がブルンとエンジンを始動していく。

 タブレットには六つのウィンドウが広がり、そこには銀平の姿が映っている。

「視界の共有化もおっけー。サクヤちゃん初号機から陸(※1)号機まで、お仕事にレッツゴー!」

 銀平の合図でゴトゴトと田植え機が動き出した。運転席に座っている小さなフィギュアが操縦しているようにも見え、銀平のテンションもあがる。

 田植え機は納屋を出てたあたりで二列縦隊になり、田舎の農家には標準装備の門へ向かった。

「今日こそは、なにもトラブルがありませんように」

 銀平は門の先に広がる田んぼに向かって歩き始めた。


 新里銀平は幼いころに両親を事故で無くし、同時に一人娘を失った母方の祖父母に引き取られ育てられた。

 祖父母は米農家として生計をたてており、広大な田んぼに囲まれて育った銀平にとって、農家とは身近な存在だった。

 地元の高校を卒業した銀平は土地を離れ都会の大学に進学。だが、二十歳を過ぎたときに祖父が倒れ、追いかけるように祖母もこの世を去った。

 急ぎ帰郷した銀平を待っていたのは、農家ゆえの難題だった。

 諸々の手続きでバタバタしたほかに、田んぼをどうするのかという問題を突きつけられた。そして、今後の身の振り方だ。

 育ててくれた祖父母を失った悲しみよりも、待ったなしの現実が優先されてしまっていた。

 農業を引き継がなければ、約十町歩の田んぼを資産とした相続税も払わなければならない。だが農地法に絡めとられた田んぼは自由に売買できなかった。

 しかも、植えられている米は白米用ではなく米粉用だった。小麦アレルギー持ちの銀平がパンを食べられるようにと、当時では売り上げになりにくかった米粉用の品種を植えていたのだった。

 祖父母の育てた米で作ったパンは、銀平の大好物だった。

「もういや、疲れた……」

 慣れない手続きの連続にボロボロになっていた銀平は素直にそう思った。だが、葬儀を終えてひとりぼっちになって、夕焼けに染まる田んぼを見て、銀平は立ちどまった。

 幼いころから見てきた景色。

 育ててくれた祖父母と一緒に眺めた田んぼ。

ここ(田んぼ)がなくなると、僕の帰る場所と思い出がなくなっちゃうのか……」

 胸を締め付けられる想いに、銀平の心は決まった。

 担当してくれた税理士は「一切を売却してほかの土地で暮らすことも可能ですよ」と言ってくれた。

 が、銀平は丁重に断った。

 大学は中退した。必要なお金はJAに頼みこんだ。先の困難さは、あえて考えなかった。


 サクヤちゃんず六台がそれぞれ担当の田んぼへ散り、田植え作業を開始して三十分ほどたったころ。タブレットにピコンと音声メッセージが届いた。

 ――お疲れ様です参号機です、動けなくなって困っています、助けてください

 メッセージのこの方式は、銀平のテンションを上げるための処置だ。推しが助けを求めていれば必然的に動かざるを得ない。銀平は自分をよくわかっていた。

「他の子は、大丈夫そうだね」

 銀平は、タブレットで残りの五台が順調に田植え作業をしているのを確認して、参号機がいる田んぼへ農道を急ぐ。

 目的の田んぼには、ビービーと警報音で泣いているサクヤちゃん参号機がいた。

「うーん、田んぼのど真ん中かー。よしいくぞ! サクヤちゃん、待っててねー」

 ざぼっと田んぼに突入し、文字通り泥に足を取られながらサクヤちゃん参号機にたどり着いた。リンゴ色のボディが少しだけ傾いている。

「水平異常かー。代掻き(しろかき)(※2)はしっかりやったつもりだけど、甘かったかなー」

 銀平は運転席に鎮座するサクヤちゃんフィギュアを手に持ち、よっこいせと田植え機に乗り込んだ。

「安全マージンの取りすぎかもねー、あとで相談しよ」

 リセットボタンで警報音を消した銀平は、コンソールのボタンをいくつか押す。ブオンとうなりを上げた田植え機は何かを乗り越えるような挙動し、停止した。

「さーてお仕事再開ですよー」

 またざぼっと田んぼに立った銀平は、サクヤちゃんを運転席に載せた。

「じゃあよろしくね!」

 参号機に背を向けた瞬間、タブレットにピコンと音声メッセージが届く。

 ――我陸号機、緊急連絡、我UMAと会敵、指示願う

 参号機と口調が違うが、これも銀平の趣味だ。なお、AIによる同時多数田植実証実験の予算はベンチャー企業と銀平の折半で、その一定の割合が銀平の趣味に費やされている。

 専用AIだけあって陸号まである田植え機それぞれ性格が異なる。ポンコツ軍人タイプから優等生委員長、歳上幼馴染まで各種取り揃えられているのも銀平の趣味だ。

 ベンチャー企業の社長からは呆れられながらも自らのモチベーションのためと銀平が押し通した結果、彼のやる気アップにつながっている。これがなかったら早晩くじけていたかもしれない。

 その銀平が困惑していた。

「UMAってナニさ。モニターには何も映ってないけど」

 銀平はタブレットで陸号機の位置を確認する。

「サクヤちゃん陸号機は、竹平さんとことの境界か……」

 竹平さんとは一番近い隣の農家のお爺さんであり、銀平が農家を継いだ時に親身になって手取り足取り教えてくれた大恩人でもあった。だが、先月亡くなった。

 銀平はぎゅっと目をつむった。

「……ともかく、いかないと」

 銀平は長靴を踏み鳴らして目的の田んぼへ向かった。

「なんだこれ」

 現地で銀平が見たのは、陸号機の前に立ちはだかる、手のひらサイズの餅のような、灰色っぽく薄汚れた四角い物体だった。

 ――我理解不能、我理解不能、発砲許可求む

 陸号機からは悲鳴のようなメッセージが続く。

「うーん、僕もわかんないや。でも発砲はやめてね」

 鳥避けとして、一二〇ミリ滑腔砲の爆音を轟かせる空砲機能がある。もちろん銀平の趣味だ。

 なんだか理解できないがこのままでは田植えが止まってしまう。日々の予定もあり、また作業遅れで田植え時期を逃すわけにもいかない。田植えのスケジュール厳守はマストだ。

 銀平は腹に力を入れ、じゃぼじゃぼと陸号機の前に向かった。

「うーん、なんだこれ、餅? うちは米粉専業で、餅米は植えた記憶はないんだけどなー」

 餅のような物体がぱちゃっと跳ねた。

「……跳ねた」

 銀平は首を傾げた。

『はぁ、今どきのニンゲンはこんなんじゃ驚いてもくれないねえ』

「あーよく言われるよ。借金がデカすぎてさ、なんかこう、驚くことがなくなっちゃってね」

 銀平は眉尻を下げたあとに目を瞬かせつつ、ふむと顎に手を添えた。

「……餅がしゃべった」

『いまさらかい。まったく。アタシは竹平爺さんとこの塀()()()ぬりかべってもんさ。ちょいとアンタに頼みがあってさ、聞いてくれないかい?』

 餅、もとい、ぬりかべが何やら話を持ち掛けてきた。表情以前に顔すらないが、声色は切羽詰まっていると銀平は感じた。


 注釈

 ※1:六

 ※2:田んぼに水を入れ、土を砕いて均平にしていく作業



 ――次回予告――

 突然現れたぬりかべさんは銀平にある相談を持ち掛ける

 それは「いっぱい儲かって銀平の家の塀を増築してほしい」という、よくわからない話だった

 次回「ぬりかべさんの事情」

 みんな、米食べようよ、米!

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表紙絵
― 新着の感想 ―
[一言] 様々な妖の物語は散々書かれていて出尽くしたものと思っていましたが、この物語はまた少し新しいものを感じました。 この丸いものが『ぬりかべ』だとは……。 てっきりお米のあやかしだと思ったので意表…
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