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キロ・クレアブル漫遊録  作者: マカロニサラダ
2/3

キロ・クレアブル漫遊録・中編

 という訳で、中編です。

 本当は延々とギャグを続けたかったのですが、間が持てませんでした。

 見事に途中で挫折して、急遽、例のヒト達を異世界に送り込む事になった訳です。

 というのも、例のヒトはキャラ設定的に強すぎて現実世界だと殆ど敵がいないからです。

 しかし、異世界のルールに沿って戦うなら、それなりに話が広がるのでは?

 そう考え、異世界設定を投入したのですが、中編の〝魔法少女の世界〟はかなり大変でした。

 その苦労を嘲笑う様に、奴(※主人公ではありません)が全てを塗り替えます。

 では、中編をどうぞお楽しみください。

     3


 え? アレ? ……本当にまだ続くんですか、この話? 本当に別の世界に赴く事になったと?

 でも、おかしいですね? あの最後の文言は、締めのつもりで書いたのですが。皆様に良い最終回だと思ってもらう気で書いたのですが、何でしょうね、この状況は?

 というか単に原稿の枚数が規定の量に達していないので、仕方なく続けるしかないのです。正直、面倒になってきたのですが、これもわたくしが文壇デビューする為なのです。全ては賞金三百万円をゲットする為。

 ならば、例え本当に面倒でも、死ぬほど面倒でも、わたくしは前に進むしかない。

 そんな訳で、わたくしは別の異界の門までやってきました。意外にもフィンちゃんやヴェラドギナもわたくしに続き、後者はある事を要求します。

「その前に母上、もう一度あの駄文を見せて」

「駄文と言うと、わたくしの自伝小説ですか? ですが、あの金のなる木が駄文とは穏やかではありませんね?」

 そう言いつつも、わたくしはヴェラドギナの希望に沿い、件の原稿を召喚します。

 ヴェラドギナ達はそれを読み始め、またも貌をしかめました。

「……えっと、これイッチェやマジェストの心理描写まで書いてあるんだけど、どういう事? この小説って、母上目線で書かれた物じゃないの? なら、イッチェ達の心境とかわかる訳ないわよね? これ、とうぜん母上の勝手な妄想でしょ?」

「いえ、それは入念な取材を元に導き出した、事実に限りなく近い想像です」

「……だから、そういうのを妄想って言うのよ。後、一寸待って。何かイッチェが生きている事になっているのだけど、まさかこれは事実じゃないでしょう?」

「ええ。それはそうだと面白いなと思って、書いただけ」

 わたくしがそう断言すると、ヴェラドギナは更に眉をひそめます。

「じゃあ、私達が今つけられているって言うのも、母上の勝手な妄想? というか、ラウナの主って誰? 何かもう、ラウナは何時の間にか敵のスパイになっているし、私の予想を遥かに超えた展開になっているのだけど……?」

 わたくしの答えは、もちろん決まっています。

「知りません。寧ろ、わたくしが知りたいぐらいです」

「………」

「ま、そんな事はさておき」

「いや、そんな事じゃないだろっ? これが本当なら私等今そうとう不味い状況だぞ!」

「いえ、そろそろこの門を潜ろうと思うのですが、良いでしょうか?」

 わたくしが二人に問うと、ヴェラドギナ達は渋々頷きます。

「ま、良いわ。このまま旅を続けていればこれが事実かどうかはハッキリするでしょう。でもフィンまでつきあう事はないのよ? アナタまで母上のお守りをする必要は、皆無だわ」

 ですが、わたくしは真顔で忠告します。

「いえ、このままフィンちゃんと別れると、彼女は敵の人質にされます。その挙げ句、人権を無視された扱いを受ける事になる。それはもう、生きている事を呪いたくなる程の」

「――こわっ! 今までで一番怖い冗句だな、それは!」

 いえ、冗句では無くたぶん本当です。

「なので、このままわたくし達と行動を共にした方が、まだマシだと思うのですが?」

「今まだマシって言ったっ? つまりどう足掻いても、私はひどい目には合うのかっ?」

 いえ、前振り長すぎですね。そろそろ頃合いでしょう。そう言った訳で、わたくしはフィンちゃんのツッコミを華麗にスルーしつつ、件の門を潜ります。

 フィンちゃん達も後に続き――わたくし達は遂にその異世界へと至ったのです。


     ◇


 そこで、今度はわたくしが眉をひそめます。その理由は一つで、わたくし達は現在、街の路地裏と思しき場所に居たから。建物と建物の間から見える光景を見て、わたくしは首を傾げたのです。

「妙ですね。さっきから街を行く人々の中に、男性の姿がありません。いえ、男性だけでなく中年や高齢者の女性の姿も見られない。皆十代の少女ばかりで、ヴェラドギナの様なミニスカートを着用している。これではまるで、少女だけしか居ない街の様ではないですか」

「みたいね、今の所。良いわ。なら、さっさと状況確認に移りましょう。この世界がどんな場所か知らない限り、対策をたてられる筈がないもの」

 尤もな事を言うヴェラドギナ。そんな彼女に、わたくしはある事を試します。一割未満の力を以て、わたくしはヴェラドギナの顔面目がけて拳を放ったのです。

 けれど――それは見えない壁に阻まれ、決して彼女に着弾する事はありませんでした。

「え? 今のは、何? まさか、今度は暴力が徹底して排除された世界とか?」

 ヴェラドギナはそう推理しますが、わたくしは補足する様にある仮説を口にします。

「いえ、恐らくですが、ここは――〝魔法少女達が支配する世界〟です」

「……は?」

 わたくしの断言を聴き――フィンちゃん達はただ唖然としたのです。


     ◇


 路地裏を出て、通行人に混じる様にわたくし達も街を闊歩します。

 その最中、ヴェラドギナは何とも言えない貌で問うてきました。

「……魔法少女の世界? 確かになんかそれっぽい子達しか居ないけど、ソレ本気で言っている? 魔法少女が実在するって、母上は飽くまでそうイカレタ主張をする気?」

「ええ。わたくしはこれでも数多くの異界に足を運びましたが、暴力が無い世界は存在しませんでした。この経験則から察するに、ここは何らかの魔法だけが他者を傷つける手段なのでしょう。その魔法を以て、彼女達は何らかの争いを繰り広げているに違いありません」

 問題は、その魔法が何なのかと言う事。〈精神昇華〉や〈体概具装〉が発動しないので、わたくし達もその魔法は使える筈。『真法』が使えた様に〝この世界の暴力〟をわたくし達も行使できる筈です。それがわかるまでは、おちおち誰かにケンカを売る事も出来ません。

 ならば、ここは情報収集するのが先決でしょうか? それとも逆に誰かにケンカを売って、実際に魔法を使ってもらい、その正体を確かめる? 後者の方が断然面白そうですがヴェラドギナ達は反対するでしょう。そうなると、ここは穏便に事を済ませるべきか?

「そうね。街が形成されているという事は、その住人はそのレベルに適した理性を持っているという事。友好的に接すれば、大事には至らないでしょう。私達の正体を正直に打ち明けて話し合えば、きっと彼女達もそれに応えてくれる筈よ」

 ヴェラドギナが『専制権公』と思えない、牧歌的な提案をしてきます。フィンちゃんも何度も頷き、ヴェラドギナに賛同している様です。ならばとばかりに、わたくしは近くに居た少女に声をかけようとしました。

 ですがその時――街の広場から賑やかな声が鳴り響いたのです。

「はい、皆さんご注目! 『魔法少女女王杯』のエントリー終了まで――後一時間を切りました! 今からでも挑戦したい方は、お早く手続きを済ませて下さい! 我々は何時だって、有能な人材を求めています!」

「……『魔法少女女王杯』? 何ソレ……?」

 フィンちゃんが、露骨に訝しがります。小学生その物の、無理解力です。恐らくこれはそのままの意味なので、フィンちゃんラブなわたくしもそう思わざるを得ない。

「ですね。多分これがこの世界のトップを決める手段なのでしょう。トーナメント戦か、リーグ戦か、バトルロイヤルかは知りません。ですがこの戦いを勝ち抜き、頂点に達した者が――魔法少女達の王になる。これはそう言う意味でほぼ間違いないかと」

「わ、わかっているよ、そんな事は! ただ余りにシュールなお題目だったから、唖然としただけだ!」

 やはりいいですね、意地を張る小学生。見ていてほのぼのして、しかも股間がジクジクと疼きます。因みにわたくしの中では〝ほっこり〟という言葉は市民権を得ていません。なんですか、ほっこりって? ヘタすれば下ネタですよ、ほっこり。響きが紙一重ですから。

 と、わたくしが真剣に悩んでいると、一人の少女が目につきました。彼女はわたくしの様に悩ましげな瞳で『魔法少女女王杯』の説明を聴いています。

 これは何か一家言ありそうだと感じたわたくしは、彼女に声をかける事にしました。

「そこのあなた、一寸いいですか?」

 すると少女は露骨にわたくしを警戒しながら、それでも返答します。

「な、なんですか? 道でも訊ねたいなら、ほかを当って下さい。私は、この街の出身ではないので」

 フードを被り、ピンクの髪を後ろで纏めた少女の答えがこれでした。

 このツンデレっぽい受け答えに、わたくしの興味は惹かれる一方です。

「もしやあなたは『魔法少女女王杯』に出場するか悩んでいるのでは? 仮にそうならこういうのはどうです? あなたはわたくし達に、この世界について教える。その代りわたくしは――あなたを『魔法少女女王杯』で優勝させると言うのは」

「は……?」

「つ?」

 途端、わたくしを除く三者が眉をひそめます。

 ヴェラドギナに至っては、わたくしの耳に貌を近づけ、怒鳴る様に告げました。

「って、なにを無謀極まりない提案をしているのよ、母上は! 私達はまだ、この世界について何も知らないのよ! なのに『女王杯』で優勝させるですって? そんなの、安請け合いもいい所じゃない! いえ、それ以上の暴挙だわ、これは!」

 けれどその少女はわたくしが思っている以上に察しが良く、こう訊ねてきます。

「……あなた達、もしかしてこの世界の住人じゃない? まさか、異世界からやって来たと言うんですか?」

「ほう? 何故そう思うのです?」

 彼女の答えは、こうでした。

「だってあなたの格好――ダサいもの。この世界の住人とは思えない――ダサさだもの」

「………」

 いえ、わたくしもこの服が格好いいとは思っていません。ですが、ここまで痛烈な批判を受けたのは初めてです。が、その反面、実の所その事は察してもいました。だって皆さん、わたくしを見る度にヒソヒソ話を始めますから。まるで服を着たニワトリを見る様な目で、わたくしを見ていましたから。今になって、確信しました。あれはわたくしの服装がこの世界の常識から外れていたから、奇異な目で見ていた訳ですね――?

「そう。魔法少女にとって――プリーツのミニスカートは正装よ。万人が万人――身に着けている物と言って良い。なのに、あなたのその格好は何? フトモモは露出していないは、見ているだけで暑苦しいはで、良い所なんて無いじゃない。バカ? バカなの? フトモモを露出する事こそ――魔法少女の常識だと知りなさい!」

「…………」

 何だか凄く理不尽な事を言われている気がするのですが、気の所為?

 不当な理由で怒られている気がするのですが、わたくし、間違っています?

「その点、その金髪の人は素晴らしいわ。その長い足を惜しげも無く露出させ、尚且つ黒いハイソックスが優等生感を演出している。まさに魔法少女の可憐さと、危うさを見事に表現しているわ。通常状態でそれなら、変身後はさぞ可憐な衣装が身を包む事でしょうね」

「………」

 何か〝竜人の世界〟に引き続き、大絶賛を受けていますよ、我が義理の娘は。

 一体誰ですか、年頃の娘に、あんな無防備な格好をさせたのは? てへー☆ わたくしでしたー☆ しかもこの人、制服姿のヴェラドギナに対する感想が、わたくしとほぼ一緒。

「……いえ、悪いのだけどそこまでにしてもらえる? 何か私も……凄く恥しくなってきたから。それより自己紹介させてもらえるかしら? 私はヴェラドギナ・クレアブルで、この子がフィン・ファンファーで、彼女はキロ・クレアブル。で、あなたは?」

 ヴェラドギナが友好的な微笑みを浮かべると、少女はもう一度警戒します。

 が、それも束の間の事で、彼女はおずおずと説明を始めました。

「……自分から名乗り始めた? と言う事は、やっぱりこの世界の住人じゃない? というかあなた達、この世界の人に名前を明かしては駄目よ。敵に名を知られると、敵の魔法の威力が増大してしまうから。だから私も、名乗れない。私の事を呼びたいなら、そっちで勝手にあだ名をつけて」

「ほう? だとしたら些か軽率でしたね、ヴェラドギナ」

「……うるさいわね。母上だって止めなかったクセに。じゃあ――彼方。私達はあなたの事を――彼方と呼ぶけど、それで良い?」

「かなた? 成る程。悪く無い響きだわ。良いでしょう、それで手を打つ。で、この世界について知りたいんだっけ?」

 わたくし達が揃って頷くと、彼方さんは先ず結論を口にしたのです。

「そうね。簡単に言えばここは――〝論理を力に変える世界〟よ」

「は、い?」

 途端、フィンちゃんとヴェラドギナは――眉をひそめたのです。


     ◇


 故に、わたくしは告げます。

「いえ。民主主義にも、矛盾はありますからね。有権者は国民だというのに、彼等は政権と機密情報を共有できない。次の政権を選ぶ重要な判断材料になる要素を、彼等は知る事が出来ない。一見失策に見える為政者の判断を、そのまま捉えるしかないのです。或いは彼等が知り得ない情報に基づき、その政治家は動いているのかもしれないのに。そう動くに足る情報をもとに、為政者は政治を行っているかもしれないのです。ですが、繰り返しになりますが、有権者足る国民はその機密情報を知る事が出来ない。政治の基盤とも言える情報を知り得ない存在に主権がある。これは政治的に見れば、大いなる矛盾と言えるでしょう。そう。無知は罪では無いと言いますが、無知こそが本当の大罪です。世界情勢も知らず自分達の思いだけを優先させ、その結果国を滅ぼす事さえあるのだから。故に人として一番不味いのは、自分の知識が世界の全てだと思っている事。ただの想像を事実だと思い込み、行動に移る事こそ真に危うい事と言える。それを避ける為にも、わたくし達はまず知らなければいけません。一面的な情報ではなく、多角的な情報を集める必要があるのです。だからこそマスメディアは重要な仕事なのですが、それも事もなく時流に乗ってしまう。例え誤りでも権力者がそれを是とするなら彼等も正確な情報を民衆に届けない。いえ、そう考えるとメディアに関わる人間にこそ信念と命を懸ける覚悟が必要でしょう。その覚悟を多くの人間が放棄した時、きっと国は滅ぶのです」

 で、ヴェラドギナの反応はこうでした。

「はい、はい、そうね。で、〝論理が力〟ってどういう意味?」

 彼女も大分、わたくしの扱い方がわかってきた様です。雑に扱われているとも言えますが、それも一興でしょう。確かに今は民主主義の存亡より、彼方さんの情報の方が重要ですから。

「……えっと、教えるのは吝かでは無いのだけど、本当に良いの? 何かそのヒト、無駄に偉そうな事を言っていた気がするのだけど?」

「いえ、本当に無視して構いません。それより、続きをどうぞ」

 当事者であるわたくしが話をふると、彼方さんはやっと話を前進させます。

「では、手っ取り早く実践してみましょうか。あなた達、ちょっと街から離れるわよ」

 そうして彼方さん先導のもと、わたくし達は一旦この場を後にしたのです。


 それから街を出て、山や森が直ぐ傍にある平原に至ったわたくし達に彼女は告げます。

「じゃあ、三人共――変身して」

「……え? 変身……?」

 ツッコミ担当のフィンちゃんがその役を忠実に熟し、訝しげな視線を彼方さんに向けます。

 が、彼方さんはそれを事もなく受け止めました。

「そう、変身。私だって出来たのだから、あなた達にもできる筈よ。こう〝自分は誇り高き魔法少女だ〟って強く思いなさい! きっと世界は、その尊き想いに応えてくれるから!」

 なんか、凄くヤバい事を要求されている気がします。現実世界のサラリーマンが聴いたら、正気を疑うかもしれません。ですが、そう断言されては、ぐうの音も出ないのも事実です。わたくし達は半信半疑ながら、彼方さんの要求に応えました。

 その直後――確かに奇跡は起こったのです。

 先ずヴェラドギナの躰が光り輝き、宙に浮きました。ついで、マントやら杖やら王冠やらが彼女の躰を彩ります。次の瞬間――ヴェラドギナは制服魔法少女と化したのです。因みに彼女の変身時間は、一秒未満でした。

 続けてフィンちゃんも服が一新され、フードつきのマントをまといレイピアを手にします。わたくしにも変化が生じ、わたくしの頭を彩る長い鳥の羽根が一本増えていました。二本から三本に増え、非常にバランスが悪くなったのです。アレ? ちょっと、これ、マジですか?

「……成る程。やっぱり素質無いのね――ゲロ野郎は」

「……え? わたくし、魔法少女の素質が無いんですか?」

「ええ。残念ながら、全く無いわ。これ以上ない程、ないわ。恐らく世界一ないと思う」

 ダメ出しされました。わたくし、またダメ出しをされました。何でしょうね? わたくし、相性が悪いのでしょうか、この世界と?

「いえ。それはさておき、私も変身させてもらおうかしら」

 言いつつ彼方さんの体も光り輝きます。ですが服が若干派手になっただけで、彼女はフードを被ったままです。お蔭でやっぱり顔は良く見えず、見方によっては先程と余り大差ありません。けれど決めポーズをとった彼方さんは、そんな事はどうでもいいとばかりに、講義を続けます。

「で、漸く準備が整った訳だけど、私達はこの変身した状態を臨戦態勢と呼ぶわ。理由は、魔法を使う時は変身した状態でないと使えないから。つまり敵が魔法を使い始めたら、こちらも変身して対応するしかないの。で、さっきの続きになるけど私達は〝論理を力に変える魔法〟が使える。それは敵と論理を比べ合い、どちらが優れた論理か比べ合う場でもあるの。要するに私達の魔法は人に対して使う場合、第三者が傍に居ないと発動しないという事ね」

「論理を比べ合う? それってつまり、口喧嘩に近いって事ですか?」

 黒いミニスカートにニーソを穿いたフィンちゃんが訊ねると、彼方さんは頷きます。

「そうね。自分が如何に素晴らしい存在で、だからその自分が紡ぎだす論理に隙は無い。そう思いこめる魔法少女こそ、強大な力を発揮する。じゃあ、いよいよ実践ね。えっと、ヴェラドギナさん。あなた〝私の拳は万人を以ても止められない。なぜなら私は最強だから〟と唱えてもらえる? そのあと私に向け、実際に殴り掛かって」

「……良いけど、本当にそれで大丈夫?」

 ヴェラドギナは彼方さんの身を案じますが、彼女は力強く首肯します。ですがやはり彼方さんが心配なのか、ヴェラドギナは心許ない様子でその呪文を唱えました。

「〝私の拳は万人を以ても止められない。何故なら私は最強だから〟」

 かたや彼方さんは、こう詠唱します。

「〝私はその拳を容易に受け流す。なぜなら私はヴェラドギナより優れた存在だから〟」

 そして、それは現実となったのです。ヴェラドギナが放った拳は、容易く山の斜面に大穴を開けますが、彼方さんはそれを回避。詠唱の通り華麗に受け流し、ノーダメージでやり過ごしました。

「そう。この様に〝敵の名前〟と言う具体性がある物を知っていると、魔法の説得力が高まるの。あなたの〝最強〟に対し、私はこう詠唱したから。具体性のある、あなたの名を付与した〝ヴェラドギナより優れた存在〟と。そう説得力を持たせた事で、私はあなたの魔法を凌駕したのよ。加えて言えばあなたの〝最強〟には何の根拠も無かった。何の説得力も無い詠唱は所詮その程度の威力しか生まない訳。……いえ、その筈なのだけど、私が思っていたより遥かに威力があったわね? これ、子供だったら大ケガを負っていたかも。一体なぜかしら……?」

 が、わたくしは話をはぐらかします。

「成る程。世界からの魔力補正がかかっているから、これだけ単純な呪文でも威力は途轍もないと?」

「と、そういう事ね。因みに先手を取った場合、四十秒以内に論理を告げなくてはならない。でないと魔法は起動しないから。更に言えば、原則、その場に居る魔法少女が二人以上論理を詠唱ないと術は発動しないわ。何故なら私達の戦いは、論理の比べ合いだから」

「ん? だとしたら、後攻の方が有利なんじゃ? 先手をとった人間の術の対策がとれるんだし」

 フィンちゃんが首を傾げると、彼方さんは曖昧な表情を浮かべます。

「いえ。その場合魔法の威力が一割ほど落ちる上、十秒以内に論理を唱えないといけないの。仮にそれを超過した場合は、最低限の防御魔法しか展開出来ない。だから、有利か不利かは正直微妙な所ね。後、魔法は実体験した現象ほど力が増す。だから上昇志向の高い魔法少女は世界に点在する劣悪な環境に身を置き、力を高めている。ハリケーンが多発する場所とか、雹が降ってくる国とか、極寒の地とか、灼熱の砂漠とか。そういう所に赴き、実体験を重ね、力の増幅を図っているのよ」

 ここまで聴いて、わたくしは納得しました。

「お話は良くわかりました。では――帰りますよ、ヴェラドギナ、フィンちゃん」

「……は? 帰るって――まさか現実世界に?」

「ええ、勿論」

 余りに唐突過ぎる結論だったのか、フィンちゃん達は唖然とするばかりです。

 するとまたもヴェラドギナが、わたくしの耳元に口を近づけ質問を投げかけてきました。

「……って、何でそういう事になるのよ? 母上は魔法に関する情報と引き換えに、彼方を女王にする気だったんじゃないの?」

 わたくしの答えは、決まっています。

「だってこの世界を攻略するのは、簡単すぎるので。恐らくこの世界の科学力は、中世期のソレでしょう。台風の仕組みや、核融合を起こせばどうなるか彼女達は知らない筈。ですがわたくし達はそれを知っている。それを論理に乗せて唱えれば核爆発さえ起こせるでしょう。それを連発すれば楽に勝利できます。『魔法少女女王杯』と言う名の殺し合いも、苦も無く制する事が出来る。そんな無意味な戦いに身を投じて、何をどう楽しめと?」

 が、今度は彼方さんが眉をひそめます。

「……ころし、あい? ころしあいって、何?」

「は、い? 自分と敵が、どちらか死ぬまで戦うって事だけど? もしかして――この世界には殺し合いが無い?」

「……ある訳ないでしょう? あなた達の世界って……そんなに野蛮なの? 言っておくけど私達の争いで、死者が出た事は殆ど無いわ。というか――人を殺すとその殺した人も死ぬのがこの世界の常識なの。だったら――誰も人を殺せる訳が無いじゃない」

「………」

 人を殺したら――殺した人も死ぬ。なら前言撤回します。だとすると、些か攻略は難しい。そうですか。この世界は、殺生が禁止ですか。とすれば、わたくしも今度こそイメージを損なう事は無いでしょう。かえって好都合です。

「わかりました。では喜んで、わたくし達は彼方さんの力になります。『魔法少女女王杯』に彼方さんも出るつもりなのでしょう?」

 が、彼方さんは謎の沈黙を見せます。彼女は暫く思案してから、こう切り出しました。

「……それは私とパーティを組んでくれるって意味? 今まで魔法の理屈さえ知らなかった、ズブの素人であるあなた達が? それって私にとって何か得がある? ただの足手まといを背負いこむだけなんじゃない?」

 彼方さんがそう思うのも、無理はないでしょう。よって、わたくし達が彼女を説得するのは困難と言えます。なら、わたくしに残された手は一つと言って良い。

「〝スラリー爆薬一トンを召喚し――それを発火させ――この地を薙ぎ払いなさい〟」

 わたくしが近くの森に指をつきつけます。その途端、デイジーカッターと同じ爆発現象が発生。その木々は広範囲にわたって薙ぎ倒されたのです。それを見て彼方さんは唖然とします。

「……なに? 今……何をしたの? こんな魔法、見た事が無いのだけど……?」

「いえ、一寸した手品の様な物です。それとも――やはりこの程度の芸ではお気に召さない?」

「………」

 もう一度なぞの沈黙を見せる彼方さん。

 やがてそれにも飽きた様で、彼女は速やかに決断しました。

「……言っておくけど、今のは本戦で使わないでよ。その時こそゲロ野郎は、きっと敵と相打ちになる筈だから」

「了解です。では、そういう事で」

 話は漸く進み――わたくし達の『魔法少女女王杯』は始まりを告げたのです。


     ◇


 いえ。その前にわたくし達は、ささやかな雑談に興じます。

「そういえばこの世界に来てからまだ男性に会っていないのだけど、これってどういう事?」

 ヴェラドギナが問うと、彼方さんは小首を傾げます。

「……だんせい? だんせいって……何?」

「………」

 おやおや、これは中々面白い反応ですよ?

「男性が居ない? では、この世界の人々はどうやって子を生すのです?」

「えっ? ……そ、それはアレして……アレするのだけど」

 何だか良くわかりませんが、十八禁の臭いがプンプンします。きめ細かい描写をするとこの物語は破綻しかねません。なので、残念ながらわたくしはこれ以上の追及を断念しました。

「で――どうやって子作りするのです?」 

「全く断念してない! 寧ろ聞きだしたくてウズウズしている感じだ!」

 フィンちゃんが凄まじい形相でツッコムので、わたくしは今度こそこの話を終了します。

 代りに、ヴェラドギナがまたも彼方さんに訊ねました。

「そう言えば、彼方って何時の間にか母上のこと〝ゲロ野郎〟って呼んでいるわよね? 彼女の娘の私としては非常に痛ましく聞こえるのだけど、その辺りはどうなのかしら?」

「えっ? ヴェラドギナって、ゲロ野郎の娘なのっ? どう見ても、あなたの方が年上なのにっ?」

「あはははー。良く言われる。で、その根拠は?」

「……いえ。何となくだけど彼女は〝ゲロ野郎〟と呼ぶに値する存在だと感じたから」

「あはははー。良い勘してるー」

「そうなの? だとしたら、私って結構すごい?」

 どうもヴェラドギナはニーベルさんより彼方さんの方が、相性がいい様です。常に目の仇にしていたニーベルさんとは違い、若い娘同士他愛もない話に花を咲かせます。

 ですがそれも束の間の事で、ヴェラドギナは話題をガラリと変えました。

「それと『魔法少女女王杯』って何人位参加者が居るの? 何か参加資格とかあるわけ?」

 彼方さんの答えはこうです。

「そうね。『魔法少女女王杯』は――恐らく十万人以上は参加するわ」

「は? ……今、十万人って言った? 私達はその十万に及ぶ魔法少女達と戦い、その頂点に立たないといけない?」

 ヴェラドギナとフィンちゃんは愕然としますが、彼方さんは落ち着いた感じです。

「いえ、これでも人数は少ない方よ。何故なら『魔法少女女王杯』で負けた選手の村の税金は三割増すから。執行機関は有能な人材を求めていると謳っていたけど、私も当然そう言った誓約がある訳。これは少しでも自信が無い魔法少女をふるい落とすのが目的ね」

 ならば、わたくしやヴェラドギナは納得せざるを得ません。

「成る程。あなたが『女王杯』の参加に躊躇していた理由は、ソレね? いえ、きっとソレだけじゃない。あなたは恐らく――この世界の人間じゃない。そんな自分が――この世界の女王を目指していいか煩悶していたのでしょう?」

「……なっ?」

 今度はヴェラドギナが首を傾げると、彼方さんは息を呑む様に此方を見ます。

「……よくわかったわね。一体どうやって見抜いたか、訊いても良い?」

「ええ。彼方はさっき〝自分でさえ変身できた〟と言った。これはある意味、自分は特別だと認識している発言でしょう? では、あなたの何が特別なのか? 私達を容易に異世界の住人だと看破した事から、或いはそうじゃないかと思ったの」

 ヴェラドギナが淡々と語ると、彼方さんは不機嫌そうに頷きます。

「……そうよ。私もあなた達と同じで、異世界からやって来たらしいの。少なくとも、私の養母はそう語っていたわ。まだ赤ん坊だった私が、ある日黒い穴が開いた空から舞い降りてきたと。なのに、私の村の人達はとても良くしてくれたわ。私の様な得体の知れない存在を、とても大切に育ててくれた。私の様な無個性な人間も平等に扱ってくれたの。ええ。私は決して会って間もなく、女の子のスカートを捲り上げる様な変態じゃないもの」

「……例が具体的すぎる! それこそ心を読んだとしか思えない位に!」

 ヴェラドギナはそう絶叫しますが、彼方さんはクールに続けます。

「いえ、それはさておき」

「いえ、さておきじゃなくて、あなた実は心も読めるんじゃっ?」

「村の皆は私に魔法の資質があるとわかると、その才能を伸ばす後押しもしてくれた。私もその応援に応え様と、頑張って来たつもりだった。でも、情けない物ね。いざこの時が来たら尻込みしているのだから。私の様な存在が女王になったら、この世界に何か良くない事が起こるんじゃないかって感じている。そんな事……私は決して望んでいないのに」

「へえ? 彼方は、今から女王になった時の心配をしているの? それは豪気な事ね」

 そう茶化した後、ヴェラドギナは普通に言い切ります。

「でも、大丈夫よ、彼方。もしあなたが本当に危険な存在なら、その時はキッチリ私達が落とし前をつけて上げるから。あなたがそう望むなら、私達があなたを倒してこの世界を守ってみせる。だからあなたは――胸を張ってあなたの戦いに臨みなさい」

 ヴェラドギナが断言すると、彼方さんは驚きの表情と共に口を開きます。

「意外と怖い事を言うのね、ヴェラドギナは。……でも、何でだろう? 少し気が楽になったかも」

「それは結構。じゃあ、早速『女王杯』の参加手続きを済ませましょう! 私達の目的は、彼方をこの世界の女王にする事なんだから!」

 楽しそうな様子でヴェラドギナは歩を進め彼方さんは苦笑交じりでその後を追ったのです。


     ◇


 それから七日ほどかけ、わたくし達はその場へと赴きました。速やかに『女王杯』に挑むため、その会場へとやって来たのです。大会の開催地である、近くに森や山や海がある砂浜に到着すると、そこには大勢の魔法少女が居ました。――その数は彼方さんが言っていた通りで、まるでコ○ケ会場に居るかの様です。本当に軽く十万人は超えていますよ、これは。

「そうね。何せ約二百年ぶりの『女王杯』だもの。皆この時を待ち焦がれていたし、大会が開かれたこの時代に生まれた事を感謝している筈よ」

「え? 二百年って、魔法少女ってそんなに長生きなんですか?」

 フィンちゃんが眉をひそめると、彼方さんは複雑そうな表情を見せます。

「それは人によるかな。ぶっちゃけ、この世界の住人の寿命はまばらなの。五十年しか生きられない人も居れば、三百年生きる人も居る。実に不公平な話だけど、そこら辺はもう運命だって諦めているわ。でも諦めきれずに、その辺りの謎を紐解こうと研究している魔法少女も居るとか」

 と、そこまで彼女が語った所で、話は一気に進みました。

 小柄な魔法少女が現れたかと思うと、一斉にほかの魔法少女達が歓声を上げたのです。

「ん? まさか、あの十歳位の女の子が今の女王なの?」

「ええ。見かけは少女だけど、噂によると二百二十歳は超えているそうよ」

 その老齢足る魔法少女達の女王は、高らかに宣言します。

「変わらぬ温かいご支持を頂き、感謝の念に堪えません。ですが、その私も衰えました。間もなく寿命が訪れるのは間違いないでしょう。ならば、その前に私の後継者を選定するのが先達の最期の役目と言うもの。この場に居る全ての魔法少女には、私の後継者になる資格が等しくあります。貴女方にはこれよりバトルロイヤルを行ってもらい――最後の一人になるまで戦っていただく。上手い具合に一人だけ残るかは運命次第ですが、これがベストな選定方法でしょう。なにせ――この私が選んだ選定方法なので」

「………」

 なんかさりげなく自信過剰な事を言い始めていますよ、この人。

「いえ。各地で予選を行い、本戦に進める人を絞り込む案もありました。ですが、これは私の最期を彩るお祭りと言って良い。そして、お祭りは多人数の方が盛り上がるのも確かです。ならば私の死に花を盛大に咲かせる為にも、参加人数は無制限にするのが道理でしょう。一体何日かかるかわかりませんが、貴女方にはこの祭りを力の限り続けていただきます。では大会開始の挨拶はこれ位にして、これより――『魔法少女女王杯』スタート」

「……え?」

「は……?」

 参加者の多くが唖然としますが、それも当然でしょう。何せまだ、大会の詳しいルールをわたくし達は聴いていないのだから。だというのに、大会を開始すると言うのだから混乱するのも無理はありません。そうは思いつつもわたくしはさっさと変身し、こう詠唱します。

「〝わたくし達四名は、山の頂上まで転移する〟」

「ん! 〝私もそれに同意する〟」

「〝右に同じく〟」

「えっ? 〝えっと……私もそれに同意!〟」

 わたくしの突飛な行動に慣れてきた、フィンちゃんとヴェラドギナは咄嗟にそう詠唱します。彼方さんも一瞬遅れてわたくしの魔法を了承し、わたくし達は山の頂まで移動したのです。

「というか――中々面白い人ですね、現女王は。あの人――わたくし達にルール無用のデスマッチを提案してきましたよ」

「です、まっち?」

 殺し合いという言葉を知らない彼方さんは、当然デスマッチという表現も知りません。

 そんな彼女は僅かなあいだ思案した後、こう訊ねました。

「つまり、この大会には何の制約も無いと言う事? どんな手を使ってでも生き残った人間が勝利する、という意味?」

「恐らくそうね。何せ一番重要である命の保証に関しては、この世界のルールが担ってくれるのだもの。誰かを殺せば、その人も死ぬという担保がある以上、後は自由という事にしても問題ない。執行機関は、きっとそう判断したのでしょう。でも疑問は残るのよね。脱落者が出た場合、それを執行機関はどうやって知るのかしら?」

 ヴェラドギナの問いに、彼方さんはすかさず答えます。

「それは簡単。あの参加申込書は、契約書でもあるの。気絶したら自分の村に〝転送〟されるっていう魔法が仕込まれている。参加申込書はその時点で消滅するから、それで執行機関は参加人数の残りを確認できるわ。それより、もう一度確認ね。私達はキロをゲロ野郎と呼び、ヴェラドギナを制服と呼び、フィンをお子様と呼ぶ。そういう事で良い?」

「……お子様か。未だに納得しきれないけど、ま、良いです」

「私もオーケー。彼方のネーミングセンスは最悪だから、これ以上悪くなっても困るし」

「……うるさいわね。これでも自覚しているんだから、余計な茶々は入れない。で、ゲロ野郎はなんで山頂になんて〝転移〟したの? 何かの作戦?」

 彼方さんは拗ねた様子で、わたくしに訊ねます。それに萌えながら、私は首肯しました。

「ま、そんな所ですね。文字通り高みの見物をし、ほかの魔法少女がどう判断するか確認しようと思いまして。わたくしの様に瞬時にあの場を離れた魔法少女が、何人居るか確認するのがこの作戦の趣旨」

 有言通り例の砂浜にどれ位の人間が残っているか、覗き見します。すると、凡そ三万人程の魔法少女が戦いを開始し、面白い様に相打ちになっていきます。その巻き添えを回避できたわたくし達は、尚も遠方に視線を送り様子を窺いました。

「やはり七割程の魔法少女があの場から緊急離脱をし、体勢を整えた様です。皆、中々優秀ですね。砂浜に残っていたなら、あの悲惨な戦いに巻き込まれていたというのに」

 今も魔法少女達が仲良く潰し合う砂浜に、視線を送ります。

 あ、いま最後の二人が相打ちになって昏倒し、自分の村に〝転移〟した様です。

「成る程。そこまではわかった。でも……問題はここからね。これ以後どう動けば最善手なのか、それを考えないと」

 実にその通り。一番面白いのは浜辺に戻って名乗りを上げ、喧嘩を売る事ですが、そうもいきません。わたくし一人ならそれも良いのですが、此方の目的は飽くまで彼方さんを優勝させる事。その為にはわたくしもまた竜人の世界同様、小賢しくあるべきでしょう。何らかの策を講じる必要があります。

 いえ。それなら事前に考えておけよという話なのですが、まだルールを知りませんでしたから。まさかノールールだとは思っていなかったので、その辺はご容赦願いたい物です。

「というか本当に今更だけど、彼方はそのヒントになるような事は知らないの? 例えば優勝候補が何人居て、どんな人物かとか?」

 すると、彼方さんは真顔で歯ぎしりします。

「……そうだった。私とした事が肝心な事を教えて無かったわ。ええ。優勝候補というか、この世界で五本の指に入る魔法少女なら誰でも知っている。超哲学者――黄金の園。新哲学者――暁の帳。真哲学者――時の理。空想哲学者――天空の門。人愛哲学者――魔法少女の栄光。この五人こそ、この時代の魔法少女を代表する存在と言って良い。彼女達はそれぞれ言語を絶する過酷な環境に身を置き、ある種の悟りを開いているとか。その魔法理論は謎だけど、誰もが恐れる存在である事は間違いないわ」

「……何かフワッとした説明ね? 具体性が無くて、かえって不安を煽る感じだわ。ニンゲンって、謎の存在を怖がる物だから」

 ヴェラドギナがツッコミを入れると、彼方さんは不満げな顔を見せます。

「悪かったわね、役に立たなくて。でも仕様がないでしょ? 魔法少女にとって得意とする論理は、最大の秘匿対象なんだから。こればかりは、実際に戦ってみるしかないわ」

 彼方さんが説明を終えると、ヴェラドギナはわたくしに目を向けます。

 彼女はわたくしに、当然とも言える疑問を投げかけました。

「で、母上的には今の説明で、何か作戦とか思いついた? それとも、今度ばかりは母上でもお手上げとか?」

 わたくしの答えは、決まっています。

「そうですね。正直、現時点では情報不足です。ですが彼方さんの説明のお蔭で、ある程度、魔法少女達の動きが予想できました。先ず彼女達は徒党を組んで五大魔法少女に戦いを挑む組と、それを傍観する組に分かれる。前者は今も他の魔法少女達と〝通信〟で交渉し、有志を募っている事でしょう。後者はそれに巻き込まれない様、この一帯から遠く離れた場所に身を潜ませている筈。この一帯から出たら失格と言うルールも無いので、恐らくこれは間違いないでしょう。対して五大魔法少女側ですが彼女達も自分達がまず袋叩きにあう事はわかっている。ならばここは一時休戦してでも、五大魔法少女達は同盟を組むと考えるのが自然です。彼女達の交渉能力が高ければ〝女王になった暁には重要なポストにつける〟と約束し仲間を増やすかも。加えてもし彼女達に弟子が居れば、その戦力は少数ながら無視できない物になる。或いは、徒党派と均衡する程の戦力に達するかも。問題はそれを踏まえた上で、わたくし達がどの道を選択するか。徒党を組んででも五大魔法少女を打倒するか。傍観して様子を見るか。はたまた、五大魔法少女に味方をして恩を売ると言うのも面白そうですね」

 が、ヴェラドギナは鼻で笑い始めます。

「そうね。最後の案だけは、絶対無しね。だって五大魔法少女に生き残ってもらっても、意味は無いもの。徒党派の考え方は必然的だし、それを傍観したがる人間の心理も当然と言える。逆を言えば、誰かが五大魔法少女を打破しない限り膠着状態は続くわ。その間に現女王が死去でもしたら、この大会自体中止になりかねない。けど、私達が彼方を女王に据えたいなら、この大会こそ最大の好機と言える。ただの村娘が女王にまでのし上がる方法なんて、きっと『女王杯』位の物だもの。つまりここは――逃げ寄りの攻めが最良と言えるのではないかしら?」

「……逃げ寄りの攻め? もしかして、五大魔法少女とは戦わない? その代り傍観派の魔法少女を見つけ出して戦いを挑み、少しでも魔法戦の経験を積むという事?」

 どうも彼方さんは飲み込みがはやいらしく、ヴェラドギナの狙いを事もなく看破します。

 現にヴェラドギナは両腕を組みながら、首肯しました。

「ええ。仮に徒党派が全滅したら今度は傍観派が五大魔法少女に挑まなくてはならない。でも私達がイキナリそんな大物と戦うのは、如何にも心許ないわ。経験が浅い私達三人では、彼女達に勝てるかは怪しい。なのでここは実戦を積み経験を重ね、少しでもレベルアップを図る。先ずは魔法戦に慣れる事こそ、私達の急務だと思うの」

 尤もな意見ですが、わたくしはキッパリと口にします。

「実につまらない案ですね。わたくしの義理の娘とは思えません」

「言ってなさい、この人格破綻者が。殺し合いなら母上以上の適任者は居ないでしょうけど、今回は事情が異なるの。母上も知っての通り、殺し合いはご法度なのよ。いえ。もしかすればそれでも母上には何らかの策があるのかもしれないけど、ソレはまだ早い。生き残りが七万人居る状態でソレを披露したら、今度は私達が袋叩きに合うわ。それを避ける為にも、時間稼ぎは必須でしょう?」

「いえ、それは矛盾していますね。ヴェラドギナは先程自分で時間をかけ過ぎれば、女王の命が危ういと言っていたのだから。なら、ここはあなたの言う所の〝わたくしの策〟とやらに懸けてみるのも一興では?」

 わたくしが微笑みながら噛みつくと、ヴェラドギナは目を細めます。

 それから彼女は、彼方さんに視線を送りました。

「なら、ここはリーダーに決めてもらおうじゃない。彼方は、どうするべきだと思う? 逃げか攻めか、どう判断を下す?」

 と、話を振られた彼方さんは明らかに動揺しますが、直ぐに口を開きました。

「……いえ、その前に一つ訊かせて。何故あなた達は、私に肩入れするのか。良く考えてみたら、私、そんな重要な話さえおざなりにしていたわ」

「………」

 すると、ヴェラドギナはバツが悪そうに視線を逸らします。

 それから薄っすらと頬を赤らめながらも、ハッキリ明言したのです。

「……別に。私はただ、あなたみたいな人が好きなだけ。不器用なのに一生懸命になってその本質を覆い隠そうとしている、あなたみたいな人が」

「――はっ? それだけ? たったそれだけの理由で、あなたは私の味方をするの?」

「そうよ。悪い?」

 ならば、彼方さんとしては唖然とするほかありません。

 それから大きく嘆息し、彼女も視線を逸らしたのです。

「……とんだお人好しね。ぶっちゃけ、とんでもない愚か者だわ。私も落ちたものね。こんな感情論者に目をつけられるなんて。言っておくけどその論理では、どんなに弱い魔法少女でさえ打倒できないわよ」

「……はいはい、わかっているわよ。私だってバカな事を口にしているって思っているんだから。けどこの場合、例え一度だけでも本心を語っておかないと、フェアじゃないでしょ?」

「…………」

 やがて、彼方さんは決断します。

「ゲロ野郎。あなた、本当に何かの策があるのね?」

「ええ、まあ」

「わかった。でもそれを踏まえた上で、今回は制服の案を採用するわ。今は少しでも力をつける事に集中しましょう」

 こうしてわたくし達は主戦場から離れ――傍観組を狙い打つ事になったのです。


     ◇


 わたくし達が彼女達を見つけたのは、それから数分は経ってから。あの魔法の実践を為した森へとわたくし達が〝転移〟した後の事です。

 その森の中に潜んでいる魔法少女達五人をわたくし達は先に発見し、様子を窺います。彼方さんは、ここでもシンチョウでした。

「……五人か。此方より一人多いわね。経験を積むという趣旨を尊重するなら、かなり微妙な人数だわ。やはりここは、もう少し相手を選ぶべきかしら?」

「いえ。それでは何時まで経っても、話は進みません。多少不利な方が実験としては意味があるでしょう。彼女達を何とか打破し、わたくし達は自分達の能力に自信をつけるべきです。自信とは結局――困難な道を踏破した者にしか与えられない物ですから」

「……って、ゲロ野郎っ?」

 わたくしは身を潜ませていた木から、躰を晒します。それを確認した途端、既に変身済みの敵魔法少女達は杖を構え、臨戦態勢をとってきました。彼方さん達もやむなくにこれに応じ、わたくし達は初めての実戦に臨んだのです。先手をとったのは――敵魔法少女の一人。

「フっ! 〝我が周囲の空気は激しく渦を巻く! 何故なら私は、その脅威を体験しているから!〟」

 対して彼方さんが、即座にこれに対応。

「〝私の周囲からその渦は消失する。何故なら私はその脅威以上の脅威を知っているから〟」

 自分達の経験を元にして、二人の魔法少女がしのぎを削り合います。結果――軍配は彼方さんに上がりました。わたくし達の周囲には竜巻は発生せず、代りに極寒地帯と化したのです。

「って、寒いです、寒いです。彼方さんの冗談くらい寒いです」

「うるさいわね、ゲロ野郎は。仕方ないでしょう? これが私の得意な魔法なんだから」

 クールな人だと思っていましたが、その術も冷却系だった訳ですか? というか、これ多分、マイナス二百度くらいですよ? わたくし達はともかく、フィンちゃんは本気で凍死しかねません。実際、竜巻を発生させようとした魔法少女は、寒さのため気を失います。お蔭でその術も発動しません。

「ぎっ? 〝わ、私の躰は、適度に温まるっ! 何故なら私は、熱膨張で死んだ経験があるから!〟」

「な、に? まさか、そんな、事が……?」

 成る程。自分に魔法をかける分には、敵の詠唱を待つ必要はない訳ですか。お蔭でフィンちゃんは何とか生存します。逆に彼方さんの魔法によって、五人の敵魔法少女達は次々意識を朦朧とさせていきます。その止めは、ヴェラドギナが刺しました。

「〝私は彼女達を深い眠りに誘う事が叶う。何故なら私は、二十日間以上起き続けた事があるから。その時の負荷を、あなた達に生じさせる〟」

「な、はっ? 〝わ、私達はその魔法を凌駕する! 何故なら私達はそれ以上の時間、意識を保てるから!〟」

 が、今度こそ勝敗は決しました。恐らくそんな経験はない彼女達の魔法は不発に終わり、我が娘の魔法が優先されたから。

 敵魔法少女達は尽く意識を失い――その時点で故郷へと〝転移〟していきました。

「……って、死ぬかと思ったけど何時の間にか勝っている? 私達って実は結構強い?」

「みたいね。……それよりごめん、お子様。先に打ち合わせしておくべきだったわ。私が術を発動させたら、この場から〝転移〟で離れるようにって。というか、それもこれもゲロ野郎が作戦を立てる前に、ケンカを売ったのが原因なんだけど。しかもあなた、全く役に立っていなかったでしょう?」

 彼方さんが、わたくしを半眼で見つめてきます。わたくしは、頷くほかありません。

「よくわかりましたね。実にその通り。ですが、敢えて自己弁護しましょう。わたくしが最初の一歩を踏み出したからこそ、この勝利はあったのだと。彼方さんからすれば、あの一歩はとても大切な一歩だったのです」

「つ? ……本当に不愉快な人ね、あなた。でも……悔しいけどその通りかもしれない。結果だけ言えば確かにあなたは正しかった。けど、それとこれは別よ。今度独断専行したら、あなただけ故郷に帰ってもらうからそのつもりでいなさい」

「ええ。そしてあなたは、本当に素直な人ですね。余りに真っ直ぐ過ぎて、ヴェラドギナが気に入る訳です」

「なっ? ……本当にうるさいわね。良いから、次行くわよ。今度はもっとレベルを上げていくから、覚悟して!」

 わかりやすく憤る、彼方さん。かくしてわたくし達の魔法少女狩りは、尚も続いたのです。


     ◇


「〝彼女達の天より落雷が降り注ぐ! 何故なら私は、その場面を近距離で目撃した事があるから!〟」

 落雷の魔法を行使する、敵魔法少女。咄嗟に彼方さんが、それに反応します。

「〝その落雷は尽く私達から猛々しい木々に標的を変える。何故ならそれが、自然の摂理だから〟」

「くッ? 〝彼女達の大地は致命的なほど揺れ動く! 何故なら私は、この身を以てあの地獄を体験したから!〟」

 地動系の魔法。それをヴェラドギナが、すかさず回避します。

「〝いえ、それはありえない。何故ならこの地には地震が起こるメカニズムは欠落しているから〟」

「め、めかにずむ……?」

 敵魔法少女はそう言った単語を聞いた事が無いのか、明らかに反応が鈍ります。

 その隙をついて、フィンちゃんが止めの魔法を行使しました。

「〝あなた達の体は十メートル高所まで昇った後、一気に落下する。何故なら私にはそう言った経験があるから〟」

「つッ? 〝そんな事にはなりえない! 何故なら私達は、道を踏み外したことなど一度も無いのだから!〟」

 と、これは単純に経験の差でしょう。それ以上の高所から何度も飛び降りた事があるフィンちゃんの経験が、敵魔法少女達を凌駕します。彼女達の体は尽く浮き上がり、一斉に落下していきます。それで彼女達の意識は刈り取られ――ここに決着はつきました。

「って、今ので九組目でしかも敵は七人だったけど、それでも打破出来た。お子様が言っていた通り、私達って結構強い……?」

「いえ、結構じゃなくて、私達はかなり強いわよ、彼方。それこそあなたは、私達を誇りに思って良い位」

 ヴェラドギナが満面の笑みを浮かべると、彼方さんはソッポを向きます。

「……って、茶化さないの、制服。あなたの悪い癖は、そういう冗談を楽しそうに言う事よ」

「いえ、冗談じゃないだけどなー。私はこれでも、大真面目」

 小声でそう呟くヴェラドギナに対し、彼方さんは聞こえないふりをします。

 何でしょうね、この状況? あなたは一体何をしたいのですか、ヴェラドギナ?

「と、とにかく、この調子で行きましょう。後一組か二組打破出来たら一旦休憩して、その間に今までの戦いの反省会を行う。体力が回復次第、誰かに偵察に行ってもらい、今後の方針を決める。皆、そういう事で良い?」

「ええ、わたくしは構いません」

 が、真っ先に了承したわたくしに、何故か彼方さんはジト目を向けてきます。

「というかあなた、今まで一度も役に立っていないでしょう、ゲロ野郎?」

「と、またもバレましたか。これでもさりげなく、戦闘に参加しているフリをしていたのですが」

「……そうなんだ? でもお生憎様。私はこれでも、このパーティのリーダーなの。チーム内の人間がどう動いているか位、把握しているわ。その結果、あなたはただつっ立っているだけという事が判明した訳。それも九戦中九戦とも。これって明らかに、職務放棄よね?」

 けど、わたくしは遠い目をしながら、彼方さんの右肩に手を置きます。

「彼方さん――ヴェラドギナの事よろしくお願いしますね」

「は……?」

「ええ。この子は、それなりに部下は居るのですが、友達は一人も居なかったんです。わたくしは母親としてそれが心配でした。ですが、今日その懸念は綺麗に消え去ったと言って良い。彼女にもあなたという、心が許せる友が出来たから。あなたならきっと、ヴェラドギナを良い方向に導いてくれる。わたくしは、心からそう信じています」

「……って、一寸待ってッ? 母上は何を勝手な事を言っているのよっ? わ、私は別に友達何て欲しくないんだから!」

 本当に、こういう所はまだ少女のままですね、この子は。

 わたくしがそう呆れていると彼方さんは目を瞬かせてから、ヴェラドギナに向き直ります。

「……そう、なの? でも、ゲロ野郎の期待にそえられるかはわからないかな? 実は私も、友達は少ない方だから。けどそれでも、ヴェラドギナが良いなら、私はあなたの友達になってあげても良いのよ?」

「な、何よ、その上から目線っ? 後、そのニヤニヤ笑いも気に食わないわ! 何時になく余裕ぶっているし、まるで偉そうな時の母上みたい!」

「そう? なら、ハッキリ言うわ。私は――貴女と友達になりたい。いえ――友達になってくれるならとても嬉しいわ」

「…………」

 微笑と共に右手を差し出してくる、彼方さん。

 それを黙然としながら見つめるヴェラドギナに、フィンちゃんは真顔で告げます。

「ヴェラさん。こういう時は素直になった方が勝ちだよ。この先、後悔しない為にも」

 それで、ヴェラドギナはもう一度息を呑んでから、嘆息します。

「……言っておくけど、私達は貴女を女王に据えたら、この世界から出ていくわ。それでも良いの?」

「ええ。例えそうでも――ヴェラドギナが私の事を忘れない限り、私達はずっと友達よ」

「本当に……彼方は生真面目なんだから」

 漸く彼方さんの手を握る、ヴェラドギナ。彼方さんは屈託なく微笑み、ヴェラドギナはバツが悪そうに視線を逸らします。

 でも、それでも、きっと彼女は生涯、彼女の微笑みを忘れない。何時かの誰かの様に。

 そう確信しながら、わたくしはほくそ笑みます。柄にもない事をしたと苦笑いをして、彼女達から視線を逸らしました。

「……は?」

 その時、です。私と――ソレの目が、合ったのは。

 真っ白い髪を顎のあたりまで伸ばした、ノースリーブの白いワンピース姿のソレ。

 身長は百六十センチ程で、年齢は十七歳程である、ただの一般人その物な、ソレ。

 途端、ソレは微笑み、物語は反転しました。

 それのめをみたとたん、ばかげたことに、わたくしのしこうは――しんしょくされたから。


     ◇


 ヤッホー。皆、混乱させてごめんね。でも、訳あってここから先は私のターンなんだ。彼女にはその間、少し休んでいてもらおうと思っている。というか、少し時間を巻き戻すね。私達がこの世界にやって来た時まで。

 え? その前に、私が何者か名乗れって? 実に尤もな指摘だけど、この世界では本名を明かさないのが常識だから。なら、私も名乗る事は出来ないから、こう呼んでもらえると嬉しいかな。今も彼女と言う『魔皇』に対抗し続ける――『勇者』と。

「というか、本当にこんな所にあの女は居るの?」

 イッチェ・ガラット、いえ、赤髪がそう問うと、私は満面の笑みを以て答えた。

「うん、間違いないよ。彼女達は間もなく、この世界にやって来る。ただの直感だけで、私達の存在を薄々感じ取りながら。赤髪は彼女のそう言った異常性を、肝に銘じた方がいいかも。常識に囚われては、決して彼女には勝てないと思っていた方がいいよ」

「………」

 私が言い切ると、赤髪は値踏みするように此方を見た。まるで私が何者か、探る様だ。きっとその結果がつまらない物なら、彼女は私を斬って捨てようと考えている。

「でも、それは賢明じゃないかな? さしもの君もこの世界では、見ただけでは能力を発揮できないから。恐らく〝私は見ただけで敵を死に追いやれる。何故なら私にはそれだけの実績があるから〟と唱えないと力を使えない。しかもこの世界の法則を以てすれば、彼女ならソレを防げる。なら正面から彼女を相手にするのは、分が悪いかもしれないよ、赤髪」

「関係ないわね。それでも私は――あの女を殺すだけだから」

 なかなか頑固な人だ。わかっていたけど、彼女の頭の中はそれで一杯なんだろう。彼女の心の中は、自分の全てを奪った相手に対する復讐心以外何も無い。

 もしかすれば私もそう考える事ができたなら、こんな風にはなっていないのかもしれない。事実を話しただけで皆から正気を疑われる事には、きっとならなかった。

「勇者様。と言うことは、私達はこのまま彼女達を迎え撃つと?」

 ラウナ・シトラ、いや、貧弱がそう訊ねてくる。

 私は膝下まで伸びたスカートをなびかせながら、苦笑いした。

「どうやらこの世界でも、私は変人扱いされているみたいだね。竜人の世界では無防備な服装だと言われ、この世界では下半身の露出が少ないと思われている。やっぱり現実世界が一番しっくりくるのかな、この格好は?」

 自分が着ている白いワンピースを見せびらかす様に、体を回転させながら歩を進める私。その能天気さがお気にめさないのか、赤髪は更にムッとする。今にもプッツンして、街中で暴れ出しそうな感じだ。なら、こういうのはどうだろう? 赤髪や貧弱に、ミニスカートをプレゼントすると言うのは?

「うん。幸いこの世界のお金もちょろまかした事だし、有効活用しないのは損だよね。私は絶対ゴメンだけど、二人さえ良ければ私の好意を受け入れてもらえるかな?」

「……は? ちょっと、冗談でしょ? なんで私が、あんな危険な格好しなくちゃならないのよ? ……あれちょっと躓いただけで、腰巻の中が丸見えよ?」

「んん? 赤髪が今も彼女の命を狙えるのは、誰のお蔭だっけ? こんな事で貸しを返せるなら実に安い買い物だと思うのだけど、私、間違っているかな?」

「つ! なら約束して。今はいいけど、あの女と遭遇した時は私の勝手にさせてもらうって。一切あなたの言う事には従わないから、そのつもりでいて」

 赤髪が此方を睥睨する中、私は破顔する。話はそれで決まったとばかりに、私達は近くの洋服店に向かった。その結果が、これである。

「あぁ。やっぱり良いわね、年頃の少女のミニスカ姿。彼女は黒のハイソックス派みたいだけど、私はだんぜん黒のニーソ派ね。だって黒ニーソとか、見様によってはただの下着だもん。そのギリギリ感がたまらない~~!」

「えっ? 私達、今そんなヤバい格好してるのッ? 確かに下半身がスースーして落ち着かないし、太もも露出しすぎだけどそこまでヤバいっ?」

 うむ。私の故郷である日本はともかく、中世期のヨーロッパでこの格好は不味かろう。痴女と間違われるのが関の山である。

「というかよく怪物や幽霊がホラーの対象になっているけど、一番のホラーは世界史だよね。人の歴史ほど、陰惨な物は無い。歴史を紐解けば、人間が如何にケモノ以下の存在か良くわかるよ。ケモノはけっこう慈悲深いからね。食べる前にちゃんと止めを刺して楽にしてくれる。でも、人間は逆だから。ただ苦しめる為だけに、延々生かし続ける。昔は斬首刑が残酷な処刑法だと思っていたけど、それって間違いだから。上手く行けば一発で楽に死ねる斬首刑の方がよっぽど人道的だから。張りつけにされる方が余程酷く、アレは死ぬまで何度も何度も体を槍で突かれ続けるんだ。それを衆人環視の中で行うのだから、人間の残虐性というのは本当にとどまる所を知らないよ。しかも人間は、神の名を以てソレを行う事もある。神と言う免罪符を盾に、あらゆる惨劇を正当化する。人を焼き殺し、八つ裂きにして、生きたまま腹を裂く。宗教が全盛期だった頃は、敵対する勢力に対してならその全てが正義とされた。神の御心にそう行為だと、推奨さえされていた。その頃には神の声を聴いたとされる人達は、皆天に召されていた筈なのにね。そう考えると、結局人間は神様さえ道具として扱っている事になるのかな? 自分達の都合が良い様に、民衆を支配する為の道具に仕立てている。でも、それも仕方がなかったのかもしれない。何せ生産性が低かった時代の事だから。お偉いさんが裕福な暮らしをするには、多くの人達に貧乏な暮らしをしてもらう必要がある。お偉いさんを肥えさせる為に、多くの人は貧困に喘いだ。生産性が低いとはそういう事で、誰かが犠牲にならない限り、誰も救われる事が無いんだよ。その不平不満を鎮める為に宗教が持ち出されたのだけど、それも大量殺戮兵器でしなかった。魔女狩りで数千万もの人間を拷問した上殺戮した彼等は、それでも自分達の正義を疑わない。これが人間の縮図で、彼等の正体でもあるんだ。私達は神と言うファクターさえ利用し――世界を地獄に変える穢れた存在なんだよ」

「…………」

 微笑みながらそこまで語ると、赤髪が不可思議な表情を見せる。

 私が首を傾げると、彼女は真顔で問うた。

「……それは、誰かを犠牲にしない限り誰も救えない私達王族に対する批判?」

「いえ、今のはただの一般論だよ。少し世界史をかじった人間なら、一度は感じるであろう不公平感を語ってみただけ。別に君が悪いんじゃないよ。君が悪いんじゃなく、ただ君の世界の文明が未熟なだけ。その未熟さの犠牲になっているのが、力ない人々というだけの話だよ」

 けれど、赤髪の視線は鋭くなる一方だ。その上で、彼女はこう指摘する。

「正直言えば、あなたと初めて会った時、聖女というのはこういう物かと思ったわ。でも実際は違うのね? あなたはきっと誰よりも――人間と言う物を憎んでいる。私達を蔑み哀れんで決して認めようとしない。それこそが――あなたの正体なんじゃないの?」

「んん? そんな事は無いと思うけどな。私はこれでも、彼女という『魔皇』と敵対する『勇者』なんだから。そう。本物の『勇者』とは、人の暗部を全て知って尚人の為に尽くす者。そう言った意味では、私ほど『勇者』に相応しい人間はいないよー」

 自分の言葉がおかしくて、失笑する。両手を後ろに組みながら、私は後ろも見ずに後方へとステップする。その無邪気さをどうとったかは知らない。

 でも赤髪の目は、多分――どの時よりも疑念に満ちていた。


     ◇


「成る程、聖女様ですか。確かに勇者様は『勇者』と言うより聖女と言った方がしっくりきます。私がイメージする勇者とは鎧に身を包み、大剣を背中に携えた偉丈夫ですから」

 周囲の殺伐とした空気を察したのか、貧弱がフォローとばかりにそんな事を口にする。私はもう一度微笑んだ。貧弱がそう言ったのと同時に――彼女達もこの世界にやって来たから。となると、私達もこれから忙しくなりそうだ。ただ、その事は赤髪には――まだ内緒。

「ならそうね。ここは私達も――『魔法少女女王杯』に参加してみようか? 赤髪も彼女を倒したいならこの世界のルールに慣れておく必要があるし。その為には、問答無用でこの世界の住人にケンカを売れる『女王杯』は最適でしょ?」

 すると赤髪は目を細めて一考し、やがて結論した。

「確かにあの女を確実に倒したいなら、ソレは正論だわ。けど、一つ訊いていい? あなた、私の足手まといにならない自信はある訳? 言っておくけど、今の私に他人を気遣う余裕なんてないわよ」

「ん? どうだろう? 正直、それは返答しかねるかな。私、ケンカとか弱い方だと思うし。同い年の男の子を、何度か倒した事はあるけど」

 なら『女王杯』になど参加するなと言う話だが、それでは話は進まない。序章の彼女では無いが、このままでは本当に私達のダラダラした時間をお送りする事になる。それは私も避けたいので、何らかのイベントの発生は必須なのだ。――因みにこれも赤髪には内緒なのだが、マジェストに接触して彼女にアドバイスしたのも私だ。マジェストをあの世界の統一王に仕立てようと目論んでいたのも、私である。その理由は、それを知った彼女が一体どうやってマジェストを潰すか確かめる為。いえ、こう表現すると、私がマジェストを捨て駒の様に扱った様に聞こえるかもしれない。でも、それは悲しい誤解である。様では無く私はマジェストを全力で捨て駒にした。それはもう、清々しいほどに捨て駒にした。アレは彼女の力量を知る為には、どうしても必要な事だったから。ええ、犬死じゃない。あなたは決して犬死じゃないよ、マジェスト・マジェスタ。――と、かの王の親族に聞かれたら殺されかねない事を考えつつ、私は聞き込みを始める。近くに居た人に、この近辺に存在する村の名前を聞き出す。その村の名前を『女王杯』の参加希望用紙に書き込み、私達は準備を整えた。

 いえ、彼女に比べて、私のキャラが薄いと感じたそこのあなたには謝るほかない。でもさすがの私も幼女を見て股間が疼くみたいな事は言えそうにない。乳首が勃起するとか、呼吸が荒くなるとか、アレはもう彼女だけに許された特権だ。彼女以外のヒトがやったらそれこそこの物語は破綻する。もしかすると既に破綻しているのかもしれないが、そこら辺はご容赦願いたい。どうか大きな心で、私や彼女を受け止めて欲しいのだ。これから私はかなりの分量、人間のダメ出しをする予定だが、ソレも大目に見てもらいたい。

 と、良く考えてみたら、これも彼女から学んだ手法だ。こうして予防線を張っておくというのも彼女が始めた事だから。私としてはその予防線が、決壊しない事を願うばかりである。

「ま、これで準備は整ったね。じゃあ早速始めようか。私達の――『魔法少女女王杯』を」

 そうして、私達三人の――結果がわかり切った戦いは始まりを告げたのだ。


     ◇


 で、話は一気に進んだ。それはもう、『魔法少女女王杯』の開催日当日まで。

 その最中、現女王が挨拶と大会のスタートを告げる。同時に、私は咄嗟に魔法を詠唱した。即ち――彼女達が〝転移〟する以外の場所へ〝転移〟する様に。――具体的にはこうだ。

「〝私達は転移する。大敵が居ないその場所へと〟」

「〝以下同文〟」

「はっ? 大敵って――もしかしてあの女の事じゃないのっ? あなた、あの女から逃げるつもりっ?」

 が、私は笑顔でハッキリ告げた。

「いえ、私達の当面の大敵は五大魔法少女だよ(※大嘘)。決して彼女の事では無いから、安心してくれるかな(※大嘘)」

「…………」

 すると赤髪はまたも不審げな視線を私に向けるが、一応納得したらしい。正確には騙されたと言えるが彼女も私や貧弱に同意し、私達はその場所へと〝転移〟した。

「で、これからどうなさいます、勇者様?」

 森が茂る山の中に〝転移〟した後、貧弱が問うてくる。そう言えば、まだ説明していなかった。貧弱ことラウナ・シトラが私と接触したのは、マジェストの強化がすんだ後。ウーナ国の偵察がてら、観光に興じていた時である。王女の側近である彼女は、その主に命じられ薬剤を医師から受け取りに行ったらしい。病に伏せる軍師にのませる為の薬剤を、彼女は取りに行かされた。このとき私と偶然目が合ったのが貧弱で、その瞬間、貧弱は確信したと言う。

〝自分は私に仕える為に、生まれてきたのだ〟と。

 何とも胡散臭い話だが、それから貧弱は親切な事に、ウーナの情報を私に横流しした。モーザス・エイナが急死した事も、その日の内に私にバラした。人目のつかない廃屋で私達は密会を重ねたのだが、そこで私は流石に気付く。貧弱は、よほど私の信頼を得たいのだと。私に信用され、私の弱みを掴み――なんとしても私を抹殺する。私の懐に入り込み何れ隙を見て――私を謀殺する。それが――貧弱の真の目的。

 つまり私はそれほど貧弱に危険視されているのだが、今は貧弱を放置しようと思う。そこまで看破したなら、私としては見逃すのが自然な事とさえ思えた。――理由は簡単で、きっと彼女ならそうするから。『勇者』である私が『魔皇』である彼女の真似をするのは甚だ遺憾だ。けどそれも一興だと思える私が居るのも事実で、ならその流れに乗ってみるのも悪くはない。

 私は貧弱がどう私をハメるつもりかワクワクしながら、今を過ごしている。何れ訪れるその日が来るのを、今も心待ちにしている。――叶うなら、それは彼女と相対している時では無い事を願うばかりだ。それは最も――興が殺がれる瞬間でもあるのだから。

「えと、勇者様? 何時になく朗らかに微笑んでいらっしゃいますが、何か?」

「と、別に何でもないよ? ただ、今日も貧弱は可愛いなと思って」

「……そ、そういう冗談はやめていただけますか? ……特に今は決戦を前にした大事な時ですから」

 こう見ると、私もただのセクハラ親父だ。

 唯一の救いは、貧弱が本気で照れている芝居をしている点だろう。

「だね。じゃあ、私から提案。異議があったら、その都度口を挟んで。恐らくだけど、これから魔法少女は三つの派閥に分かれると思うんだ。五大魔少女連合と、その討伐派と、それを傍観する派に。討伐派は今も五大魔法少女連合を打破する為の戦力を集めている最中だと思う。傍観派は文字通り、それが済むまでこの件には関わろうとしない。寧ろ、五大魔法少女連合と討伐派が潰し合った隙をつくのが狙いだね。片や五大魔法少女連合はその能力を以て、この両派閥を打破する以外、生き残る術は無い。いえ、その後になって彼女達の本当の戦いが始まるんだよ。今まで同盟関係にあった身内である五大魔法少女同士の潰し合いが開始される。で、本題だけど、私は彼女達にそんな惨たらしい状況になって欲しくないと思っているんだ。身内同士で競わせるのではなく、ここは全く無関係な部外者が彼女達の息の根を止める。それが彼女達に対する、せめてもの情けじゃないかな?」

「ん? つまり、あなたは討伐派につくと言う事? いえ、まさかそれは、あの女もそう動くと見越しての提案なの?」

 赤髪が、半信半疑な様子で訊ねてくる。私は、常から浮かべている笑顔を以て首肯した。

「うん、そうだね。彼女ならきっとそうすると思うよ。何せ根っからの武闘派だから」

 いえ、これも大嘘だけど。彼女一人ならそう図る筈だが、恐らくヴェラドギナは反対する。ヴェラドギナの目的意識は、彼女より余程明確だから。なら、少しでも勝算を高くする為にも彼女達は傍観派の戦力を殺ぎに来るだろう。五大魔法少女と討伐派が潰しあった後に備えて。

 けれど私はその事実を伝えないまま、彼女と真逆の道を進む。ここはもし彼女が討伐派についていたらどうなっていたかと言う仮定のもと話を進めよう。私に彼女の代りがつとまるかは疑問だが何事も挑戦だ。我ながら凡庸な考え方だが、それも悪くは無いだろう。

 だって、ほら、多くの人から共感を得る考え方とか、凄く大事だし。

「わかった。なら、是非も無いわ。これがあの女と対峙できる好機なら、その提案に乗らない手は無い」

「オーケー。貧弱もそれで良いかな?」

 と、多くの人は誤解していると思うがこの〝貧弱〟というあだ名は私がつけた訳では無い。貧弱本人が率先してつけたあだ名だ。それを止めなかった時点で同罪かもしれないが、私の手は既に赤く染まっている。彼女を窘めなかった所で、余り大差は無いだろう。

「はい、勇者様がそうお決めになったなら」

「うん。じゃあ、行動開始だね。〝私達三人はこの周辺で魔法少女達が最も集まっている場所に移動する。何故ならそれが私達にとっての試練だから〟」

 私がそう詠唱すると、赤髪と貧弱も〝同意〟する。

 私達三人はこの地を離れ、ソノ詠唱が示す通り――かの戦地に向かったのだ。


     ◇


 で、実に唐突だが、その森についた途端――私達はその戦闘に巻き込まれた。

 魔法少女同士の――血で血を洗う戦いに立ち会ったのだ。

 せめてもの救いは、これが殺し合いでは無い事。誰かを殺した時点で殺した人物も死亡するこの世界では、殺人行為はご法度だ。自殺願望があるか、相打ちになってでも殺すと言う憎しみを抱いていない限り、ソレはありえない。だが、それでも討伐派の魔法少女達は致死させる気迫を以て、魔法を詠唱する。そうしなければ――敗北するのは自分達だといった様子だ。

「〝あなたの周囲は爆発する! 何故なら私はその現場を目撃した事があるから!〟」

「〝私に――その術は通用しない。何故なら私は――より過酷な環境に身を置いた事があるから〟」

「つっ?」

 直後、攻撃をしかけた魔法少女はこの場から消失する。恐らく今のは、術を防いだのと同時にカウンターも仕掛けたのだ。今攻撃した魔法少女を、その〝過酷な環境〟へと〝転移〟させた。更に、その魔法少女は続ける。

「〝天空から降り注ぐのは――数多の星々。それは彼女達の頭上に降り注ぎ――私達を救済する〟」

 同時に、その魔法少女達と対峙する多くの魔法少女達は口々に論理を詠唱する。

 防御魔法を展開し、何とかその魔法少女の術をやり過ごそうとする。

「と、これは一寸まずいかな。〝一時この場から撤退する。何故ならこのままだと、赤髪と貧弱が危険だから〟」

 やって来たばかりなのに恐縮だが、私達は再度〝転移〟して撤退を図る。これは何とか間に合い、私達はもと居た場所へと戻っていた。西の空を見れば、今まさに隕石群が降り注ぎ、大地を穿って、土砂を噴き上げている最中だ。きっと今の攻撃だけで、討伐派の総戦力は、二十分の一程は倒された。

「……なに? まさか今のは魔法……? あれが……五大魔法少女の力だと言うの?」

「いえ、あれはまだ児戯に等しいでしょう。彼女達はまだ、奥の手を秘めている筈だよ」

 五大魔法少女と思しき少女達の様子から、そう推測する。できれば外れて欲しい仮定だが、この場合あたっている確率の方が高い。ならば、どうする?

「私が何とか五人の中の誰かを自傷行為に追いやって、戦線離脱させる? いえ、その術を反射される可能性も捨てきれない?」

 赤髪が自問する様に呟く。どうやらあの五大魔法少女達は、赤髪が思っていた以上の脅威らしい。その勘はあたっているので、私は笑顔を浮かべたまま、手を後ろで組む。

「正解。あの五人は恐らく、自分の四肢を切断した経験を持っているよ。さっきちらりと見えたのだけど、それらしき傷が腕に残っていた。なら、赤髪の術も反射される可能性が高い」

「……何、ですって? 手足を、自ら切断……? 何で……そんなバカな事を?」

 私の答えは、決まっている。

「それが、あの人達の矜持なのでしょうね。ほかの魔法少女より、上位の存在でありたいと言うのが。故に、あの人達はその狂気に身を委ねた。一度四肢を切断し、その激痛すぎる激痛を体験した後、魔法を以て四肢を再生させた。その経験を積む事で、あの人達はほかの魔法少女達を遥かに凌駕する存在へと成長したんだよ。それが今私達が戦おうとしている人達の正体」

 いや、これは私にとっても想定外の事態だ。まさかここまでの怪物達だとは思わなかった。あの人達は正に能力的にも精神的にも、想像を絶する怪物と言って良い。

 彼女もそう思ってくれるといいなと感じながら、私は一考した。

「いえ、でも、考えるまでも無いかな。例えどうなろうと――私の策も一つだけなんだから」

 そう。ぶっちゃけて言えば、私と彼女の策は恐らく同じ物だ。なら、彼女の代りをつとめている私がその策を用いても、決して反則では無いだろう。――ただ、これは〝竜人の世界〟ほど緻密な策では無い。寧ろ、大技な力攻めである。或いは、万人の関心を失いかねない程の暴挙と言って良い。――それでも私は、嬉々とした。

「うん、そうだね。やはりここは討伐派も五大魔法少女達も――同時に消えてもらおう」

「……は?」

 意味が良く理解出来なかったのか――赤髪はギョッとした顔で私を見た。


     ◇


「……ちょっと待って。あなた、まさかそれは本気で言っている? 討伐派はおろかあの怪物達まで殲滅するって? それじゃあまるで――あの時のあの女その物じゃない!」

 マジェスタとガラットを同時に殲滅すると嘯いた彼女を思い出したのか、赤髪の視線に殺気がこもる。私は微笑みながら、赤髪を制する様に手を上げた。

「いえ、そこら辺は安心して良いよ。私は決して彼女とは違うから。けど、そうだね。君達は危ないから、ここで待っていてもらえるかな? ほんの五分程度の話だから」

 と、私は二人の返事を待たず、再度五大魔法少女達が陣を敷くかの地へ〝転移〟する。

 すると討伐派が態勢を整えている途中で、その間に私は手を後ろに組み、あの人達を見た。

「やあ。五大魔法少女の皆さん、はじめまして。私は『勇者』というしがない旅人だよ。今日はあなた達を何とか打破できないかと思って、やって来たの。で、物は相談なのだけど、このまま棄権してもらえないかな? あなた達の権威が、そこなわれる前に」

「んん? あなた、この世界の住人ではありませんね? この世界の住人が、その様な格好をしている訳がない。何より私達にそんな口を利ける魔法少女が居る筈もありません。異世界の者が、私達の王になる事を望んでいる? あなたの目的は、この世界に自分の居場所をつくる事ですか?」

「いえ、ちょっと違うかな? 私の目的はただの暇潰しで、時間を無駄に浪費する事だから。この大会は、その目的を果たす恰好の場だったよ。そうでもしないと、私の計画通り話は進まないからね。どうしても、私はそうするほかなかったんだ」

 そこで、五大魔法少女と思しき人物は初めて眉をひそめた。

「成る程。どうやらあなたは、人を不快にさせる才能だけはある様ですね。あなたが討伐派の時間稼ぎ役に選ばれたのも頷ける。私達の注意を自分に向けさせている間に、仲間の態勢を整えさせるのが目的ですか。ですが、少し口がすぎた様です。私達が己の名誉と人生をかけたこの神聖な戦いの場を、ヒマ潰しと称したのは暴言以外の何物でもない」

 ならばとばかりに、五大魔法少女の一人が杖を掲げる。

 それを見て、私は最後の雑談に興じた。

「いえ、神聖な戦争なんてこの世には無いよ。例えどう言い繕った所で、戦争は戦争だから。その過程も、その結果も、凄惨は物しか生み出さない。戦に勝てば、勝った側が負けた側の村や都市から略奪を始める。敗軍の将は晒し者にされた挙げ句、一族郎党皆殺しにされ、その死体さえ活用される。刎ねられた首は見せしめにされ、戦勝国の勝利の証しとされるんだ。仮に誰が聖戦と名づけ様とも、この業から人は逃れられない。聖地を取り戻す戦いだろうと、革命を守る戦いだろうと、平等な社会をつくり出す戦いだろうと、それは変わらない。例えどんなに美しく言い繕うとも、人が惨たらしく死ぬのが戦争なんだ。当事者達だけでなく、何の罪も無い一般市民まで巻き込んで、尽く殺戮されるのが戦争の正体。その過程は実に残酷だよ。何せ人が人として扱われないのだから。それがどれ程オゾマシイ事か、多分、私達の故郷の人々はほとんど知らない。この世界の美点はその殺戮がない事だけど、でもそれ故あなた達は違った所で酷薄になる。敵勢力を殺せない以上、徹底して敗者を差別するのがこの世界のあり方なんじゃないかな? そうして敗者を押さえ込み、発言権を一切殺ぎきって飼い殺しにする。でなければ生産性が低そうなこの世界の均衡は保てないでしょう? それがあなた達の正体であり限界でもある。魔法にこだわっている間は、この悪循環から絶対に逃れられない。あなた達は魔法以外の、別の可能性にも目を向けるべきなんだよ。例をあげるなら――科学と言う今は蔑視の対象とされている新しい分野とか」

 対して五大魔法少女の一人も、私に嘯いた。

「戯れ言はそこまでですか? まさかあの科学等と言う非常識な物が、私達の世界を変えるとでも? 全く妄想も甚だしい。その論理では私達はもちろん――幼子の魔法少女でさえ論破できない」

「そう? それは残念。私はこの場に居る魔法少女を、全て打倒するつもりなのだから。故に〝私は浮遊する。この一帯を一望する為に〟」

 飛翔する私に、訝しげな視線を送る魔法少女達。

 五大魔法少女達は私を見て、速やかに論理を詠唱する。

「〝この場で飛翔する者は速やかに地へと叩きつけられる。何故ならそれがこの世界の理であり、この私が論ずる事だから〟」

 そう。ここに私と彼女達の戦いは始まり――そして呆気なく終了した。

「〝否。それはありえない。何故なら私はこの場に居る中で――最も地獄を知る者だから。その一端を――今こそ発露する〟」

「……な?」

「は……?」

 ええ。こんな物は、策でも何でもない。私はただの経験を武器にして、彼女達を薙ぎ払おうとしているだけなのだから。

 けれど、もし私や彼女が最速で決着をつけたいなら、これは最低最悪の手段と言えた。

 事実、私が論理を唱えた途端、その呪詛が彼女達に牙をむく。一斉に彼女達は、防御魔法を構築するが、残念な事に結果は見えていた。

「ひぃっ?」

「ぎぃっ?」

 私の論理は尽くその防御を突き破り、彼女達を汚染して、その意識を殺いだから。

 彼女達は一気に故郷へと〝転送〟され、一瞬の内に――三万に及ぶ魔法少女達が消滅する。

「……なん、ですって? ……あなた、一体、なにを……?」

 流石、五大魔法少女達。今のを耐え抜いたか。でも、これでその他の魔法少女達は故郷に消えた。なら、次は五大魔法少女達のレベルに見合った攻撃が出来ると言う事。彼女達ならこのレベルでもショック死する事は無いだろう。予めそう計算していた私は追撃に移ろうとする。

 が――その時、事態が急変する。

 あろう事か――私と彼女の目が合ってしまったのだ。

「と、しまった。さすがに気付かれたか」

 その途端、この物語は、再度反転したのだ―――。


     ◇


『頂魔皇』を名乗る少女と――『勇者』を名乗る少女の目が合う。同時に、彼女は詠唱した。

「〝この身は彼女のもとへ。何故なら彼女は――私の半身だから〟」

「――不味い!」

 片やキロ・クレアブルの表情は、ヴェラドギナでさえ見た事が無いほど逼迫していた。現にヴェラドギナは、キロの挙動だけで事態が大きく動いた事を知る。いや、その不確定要素その物が、今この地に降り立とうとしていた。

 唐突にこの場へと〝転移〟してきた純白の少女は――微笑みながら謳う。

「遂に見つかっちゃったね。もう少し君とのかくれんぼを楽しむつもりたんだけど、こうなったら仕方ないかな? ちょっと残念だけど頃合いも良い事だし――話を進めようか」

「は? えっと、あれもおまえの知り合いか? それとも、彼方さんの知り合い?」

 未だに状況について来られない、フィン・ファンファーが訊ねる。一方、キロは内心、フィン達を逃がすべきか迷っている。結果、彼女は時間を稼ぐように口を開く。

「……成る程。まさか、存在を認識不能にさせる事さえ出来るとは。ええ、そう。少し考えればわたくしが誰だか看破出来ない時点で、正体はわかり切っていた。そう言った思考さえ妨げる事が出来るのが、あなたと言う訳ですか。ですが、少し意外でしたね。よもや本当に――完成品と出くわすとは。それだけであなたがどれ程の存在かわたくしには痛いほど良くわかる」

「それは称賛の言葉と受け取って良いのかな? だとしたら、非常に光栄だよ。かのキロ・クレアブルから、お褒めの言葉を頂くとは」

「く! ゲロ野郎の本名を知っている! やはり彼女も異世界の住人!」

 ただならぬ様子から、彼方も純白の少女を警戒する。

 それを見ても、彼女はやはり笑みを絶やさない。

「でも安心して良いよ。私が君の思考に干渉できるのは、君に見つかる前だけだから。こうして発見された以上は、君が脳内で書いている物語さえ覗き見る事が出来ないんだ」

「……つまり、あなたが母上の小説にあった、ラウナの主ね? いえ、私もおかしいと思っていたのよ。あの母上が〝正体はわからない。私が知りたい位だ〟なんて寝ぼけた事を言うんだから。けど、これで全ての謎は解けた。私も、いえ、きっと前世の私もあなたと会うのは初めてでしょうね。それ程までに、あなたという存在は生まれ難いと言える」

 ヴェラドギナが敵視すると、少女は頷く。

「で、そう言う君がヴェラドギナだね。そこの子が彼方で、その子がフィン。と、私だけ本名を隠していると言うのは、フェアじゃないかな。私の名は『勇者』と格好をつけたい所だけど実際は実に無害な日本人に過ぎないんだ。ただの女子高生で――鳥海愛奈と言うのが私の本名だよ」

「鳥海――愛奈」

 キロが、さりげなく一歩下がる。それを見て、今度はフィンが眉を曇らせた。何故なら彼女は散々毒づきながらも、キロの実力を良く知っているから。彼女に完敗する日々を送っているフィンは、だから漸くこれが緊急事態だと理解する。

「……待て。あの人、そんなにヤバいのか?」

 けれどキロは答えず、ただ愛奈に問う。

「それで何の用です、愛奈さん? まさかわたくしを殺しに来たという冗談を言う為に、姿を見せた訳ではないでしょう? なら、わたくしに宣戦布告でもする気とか?」

「んん? どうだろう? 一寸ニュアンスが違うかな? 私は君に一度でもいいから敗北を味わって欲しくて、やって来た訳だし」

〝頃合いも良い事だし――話を進めようか〟

「つっ?」

 それで、それだけで、少女が何をしたのかキロは気付く。ならば、彼女は咄嗟に動くしかない。キロ・クレアブルは彼女の肩に触れながら、ただ詠唱した。

「〝その身に隠された罠は尽く霧散する。何故ならこのわたくしがソレを拒絶するから〟」

「〝いえ、ソレは決して叶わない。何故ならソノ呪いは十七年という年月を以て成長した産物だから〟」

 この魔法の応酬を耳にし、今もキロに触れられている――彼方は息を呑む。

「……一寸待って。ゲロ野郎は一体何をしているの? 私の身に罠が隠されているって、一体どういう事……?」

「ま、まさか、あなた――彼方をっ?」

 ついでヴェラドギナがその事に気付き、純白の『勇者』は微笑みながら告げたのだ。

「そう。彼女はもともと現実世界の住人だよ。その彼女を余所の家からさらってきた私はこの時間軸がズレた世界に送り込んだ。その時、彼女を生きた爆弾に仕立てる術を仕込ませて」

「……何、ですって? じゃあ、私達の出会いは、偶然じゃない? それさえあなたが仕組んだ事だって言うの……っ?」

「そういう事になるのかな? ああ。因みに私が言った〝頃合い〟というのは、君達が彼女に情を覚えた頃合いって事。キロの小説を読ませてもらって、良くわかったよ。特にヴェラドギナは――彼方にご執心だって」

「くっ! あなたそれでも、あちら側の人間っ? 守るべき人間をさらった上に、爆弾に仕立てたですって……? 一体何をどうすれば、そんな結論に行き着くのよ――っ?」

 が、純白の『勇者』は、微笑みを絶やす事なく続ける。

「それも簡単。彼方のご両親は、それはもう酷い人達でね。生まれたばかりの彼女を玩具にして、陰惨な日々を送っていたんだ。彼女はあのままだと、後三日も経たない内に死んでいたと思う。だからそれを見かねた私が、彼女のご両親の息の根を止めてさ。それはもう、あの時は楽しかったよ。私が見た地獄の一片を彼等に投影して、どうのた打ち回るか観賞して。でも直ぐに〝頼むから殺してください〟って泣きついてきたから、普通に殺しちゃった」

「……あなた、はっ!」

 愕然とするヴェラドギナに、愛奈はやはり笑顔で語りかける。

「故に、できれば感謝してもらいたい位かな? 後三日で終わる筈だった彼方の命を、私は十七年ももたせたんだから。しかも彼女はその身を以て、人類史上最悪の『魔皇』に一泡吹かせられるんだよ? これほど世界に貢献出来る話が、ほかにある?」

「あなたはっ――どこまで腐っているのよッ!」

「腐っている? それは意味がわからないかな? 所詮人間が掲げる正義なんて偏執的な物なんだから。私達の正義は酷く限定的で、これを肯定しない者は排除するしかない。現にユメを語る二次元世界でも、主人公は自分の意思を貫き続けるでしょ? 己の正義を悪に押し付け屈服させ、自身の正しさを証明するしかないんだ。二次元世界でさえそうなんだから、現実世界ではもっとその正義の証明は大変に決まっている。己の正義を実現する為に、何かを犠牲にするのが人間と言う生き物だよね? 自国民を兵隊に仕立てて、死地へと送り出し、そうして彼等を間接的に殺していく。そう仕向ける人々は常に安全圏に居て決して矢面には立たない。私はそれに倣っただけ。この世界を形づくっている正義と言う物を模倣したにすぎないんだ。それの何が悪いのか、残念ながら私には理解できないかな?」

「く……っ!」

 このバカげた論理を聴き、ヴェラドギナが明確な殺意を以て地を蹴ろうとする。

 それを、キロが制止した。

「待ちなさい! わたくしは貴女を、あんな稚拙な挑発に乗る様な子に育てた覚えはありませんよ!」

 が、ヴェラドギナは首を横に振って、冷静にソレを拒絶する。

「いえ、母上。彼女は、この怪物は、ここで倒しておくべき存在よ。例えそれで私の命も消え様とも、それだけの意味はきっとある。だから母上は――彼方の事をお願い。彼女を絶対に――死なせないで」

「……ヴェラドギナっ!」

 彼方が、絶叫する様に叫ぶ。それを振りきる様にヴェラドギナは今度こそ地を蹴るが――その前に愛奈が動いた。彼女は後方に下がりながら――こう論理を組み立てる。

「それはちょっと困るかなー。〝よってこの場に赤髪と貧弱を召喚する。これを妨げる事が出来るのは赤髪の憎しみを凌駕する者だけ〟」

「く! あなたはっ!」

 が、ヴェラドギナが愛奈を罵倒するより早く、赤髪と貧弱がこの場に現れる。

 この時、赤髪――いや、イッチェ・ガラットは心から狂喜した。

「やっと……会えた。キロ・クレアブル―――っ!」

「イッチェ・ガラット!」

 対してキロ達は、酷く不利な状況に追い込まれていた。今キロが彼方に使っている〝術の遅延〟を止めれば、彼方は今すぐにでも爆発するだろう。逆に予め十七年もの間、彼方に呪詛を注ぎ込んでいた愛奈はフリーである。加えて彼女には、イッチェとラウナが味方していた。つまりヴェラドギナは一人で――愛奈とイッチェを同時に相手にする必要に迫られたのだ。

「〝私の視界に映る者は尽く自害する! 何故なら私にはそれだけの実績があるから!〟」

「くっ! 〝私達四人はその誘惑に屈しない。何故ならそれだけの地獄を、私達は見ているから!〟」

 彼方を庇いながら、ヴェラドギナが論理を詠唱する。

 それでイッチェの呪いは一時的に退けたが、間髪入れず愛奈が笑顔で謳う。

「〝いえ、そんな筈は無い。何故なら私はそれ以上の地獄を知っている〟」

「つっ? 〝ならば私達四人はこの場から離脱する! あなた達の目をくらませながら!〟」

「〝それも無理。何故なら私はそう言う存在だから〟」

 これは現実の物となった。確かに〝転移〟には成功したが、間髪入れず愛奈達もその場に現れたから。何故か? それは、鳥海愛奈は――キロ・クレアブルだけは見失わないから。

 その為ヴェラドギナはイッチェが放った魔法に従い、自身の指で頸動脈を切り裂こうとする。それに何とか抵抗するヴェラドギナだったが、この時点で彼女も半ば戦闘不能となった。少しでも気を許せば、その時点で彼女は自害しかねない。

「でも、それじゃあただの犬死だよね? それともイッチェと相討ちになる覚悟で、自分の頸動脈を切り裂いてみる?」

 直後、そうなった時のパワーバランスをヴェラドギナは計算する。だが、どう考えても自分とイッチェが死んだ所で、彼方達が有利になる事は無かった。フィンはラウナを押さえるので手一杯で、キロは前述の通り動きがとれない。せめてもの救いはイッチェもまた術に集中している為、その挙動が止まっている点だ。

 けれど、それを補って余りある――純白の『勇者』がそこに居た。

(……やっぱりどう考えても、戦力が足りな過ぎる! 母上が動ければ形勢逆転できるかもしれないけど、それだけは絶対にダメだから……!)

 今キロが戦線に加われば、その時点で確実に彼方は死ぬ。そう理解するが故に、ヴェラドギナは最早、煩悶するしかなかった。

〝果たしてどうすれば、この怪物を打倒できるのか?〟と。

(……いえ、違う、違った。そんなのは、きっと簡単な事。私が鳥海愛奈と相討ちになる魔法を構築できれば、或いはいける。彼女さえ打倒できれば彼方にかかった魔法もきっと解ける。そうなれば母上も参戦出来て、状況は好転する筈。なら、それ以上の事は考えるまでも無い。いえ、本当に笑えるわ。この『専制権公』がそんな死に方をするなんて。私の方こそ、鳥海愛奈を非難できる様な生き方はしてこなかったって言うのに)

 そう苦笑いして、彼女は最期にもう一度だけフィンとキロと彼方に視線を送る。いや、本当にそのつもりだった。キロ・クレアブルの――次の言葉を聴くまでは。

「彼方さん」

「え?」

「わたくし達の為に――死んでいただけますか?」

「なっ……? 母上っ!」

 そうしてキロ・クレアブルは――彼方の肩から手を下ろした。


     ◇


 それを聴き、彼方は一度だけ息を止め、それから直ぐに吐き出す。

 彼女はただ――今も死に瀕しているヴェラドギナだけを、見た。

「……ねえ、ヴェラドギナ、貴女も知っているわよね。私達が本当の名を告げる事は、決して無いって。私達の本名を知っているのは本当に親しい人達だけでそれ以外の人には秘匿する。私達が名前を教えると言うのは、凄く大切な意味があるの。でも、私はそんな重要な事さえ、忘れていた……」

「……待っ、て。……待ち、なさい」

「まだ私の本当の名前さえ、貴女達に教えていなかったわ」

「だからっ――待ちなさいって言っているでしょうっ! 母上も彼方を止めてっ!」

 けれど、彼女がその名を告げた時、ヴェラドギナは言葉を失いかける。

「そう。私の本当の名は――カナタ。カナタ・エイシャが――私の本当の名前」

「……カナ、タ?」

「うん。本当にすごい偶然だよね。貴女が、ヴェラドギナがつけてくれたあのあだ名は、私の本名その物だったんだから。でもだから私は貴女と友達になれて、凄く嬉しかった。私の本当の名を、苦も無く言い当てた貴女と友達になれて本当によかった。こういうのを運命って言うのかな?」

 彼女が、バツが悪そうにはにかむ。それを見て、ヴェラドギナはもう一度絶叫した。

「……つっ! だから、お願いだから、彼女を、カナタを止めてよッ、母上……っ!」

 が、その途端、その論理は構築されたのだ。

「〝私は、カナタ・エイシャは鳥海愛奈のもとに転移する。彼女を道連れにする為に〟」

「そうだね。きっと貴女ならそうすると思っていたよ、カナタ」

 ここにその願いは成立し、愛奈の直ぐ目の前に立ったカナタは彼女の両腕を掴む。

 その瞬間、彼女は愛奈に告げた。

「ええ、私はきっとあなたに感謝している。あなたが私を今日まで生かしてくれたお蔭で母や村の皆や、キロやフィンやヴェラドギナに会えたから。だから本当にありがとう」

「……そう。なら……良かった」

 本来なら憎むべき相手にさえ、カナタは微笑む。

 そうして次の瞬間――彼女の体は太陽の光さえ突き抜ける目映い閃光に包まれた。


     ◇


 だが、それはそれだけの事だった。

 カナタから発射された光は確かに爆発して彼女を吹き飛ばしたが愛奈はそれを躱したから。

 後方に大きく逃れた愛奈は、聖女の様な微笑みを消さなかった。

「けど、残念。私はまだ、死ねないから」

「……カナタ? カナタ―――っ?」

 内臓に深刻なダメージを受け、横たわる彼女にヴェラドギナが駆け寄る。

 その様を見て、イッチェは漸く状況を理解した。

「……まさか、その子を死ぬ様に仕向けたのは、あなた? なんで、そんな事を?」

「それも簡単。彼女は、キロ・クレアブルは、強すぎるんだよ。それこそ劣等感など一度たりとも感じた事が無い位に。でも、だからこそ私は知りたかったんだ。そんな彼女が挫折をした時、どんな反応を見せるか。味方にした人間なら誰も失う事なく勝利してきた彼女が、身内を犠牲にした時どう変わるか」

「……嘘、でしょ? そんな理由だけ、で?」

 愕然とするイッチェに、愛奈はやはり微笑みながら最後の論理を詠唱する。

「〝と、このままだと私もカナタを殺した事になって共倒れになるから、お暇しよう〟かな。今度はちゃんと殺し合おうか、キロ・クレアブル。もしよければ――〝神々の世界〟で待っているから」

 それは意味をなし――愛奈にイッチェ、それにラウナの三人をこの異世界から離脱させる。

 後に残されたのはキロとフィン、それにヴェラドギナと、微笑むカナタだけだった。

「……って、ちょっとかっこつげすぎよね。ほんとうは、わたし、しにたくなんて、なかったんだから。ほんとうに、いまさらだけど、わたし、しぬのなんてぜったいやだ……」

「だったら……何でっ?」

 今、自分がどんな貌をしているか知らないまま、ヴェラドギナがカナタの手を取る。

 彼女はやはり、笑みを浮かべたまま言い切った。

「でも、わたしはきっと、じぶんとおなじいしつなそんざいに、みとめてほしかった。ずっとじぶんだけが、このせかいのじゅうにんでないことに、さびしさを、かんじていた。だから、きっとほかのまほうしょうじょにはつうようしないけど、あなたのろんりは、わたしにだけはだいだめーじをあたえたわ。わたしみたいな、どこにでもいるにんげんを、すきだといってくれた、あなたのろんりは、ほんとうにわたしの、こころにとどいた」

〝私はただ、あなたみたいな人が好きなだけ。不器用なのに一生懸命になって、その本質を覆い隠そうとしている、あなたみたいな人が〟

「……あああぁっ、ああああああああぁぁぁ……ッ!」

 ならば、ヴェラドギナはこう言うほかない。

「……私、絶対に、カナタの事、忘れないから……。例えこの身が朽ち様と、その今際の時まで、貴女の笑顔を覚えている。私達は、ずっと、ずっと――友達だから」

「……うん。ほんとうに、ありがとう、ヴェラドギナ……。……わたしも、ずっと、わすれないから……。ヴェラドギナの……いうとおり、だった。あなたは、あなたたちは、ほんとうに、わたしのほこりだった……」

〝私は――貴女と友達になりたい。いえ、友達になってくれるなら――とても嬉しいわ〟

 自分に笑顔を向け、そんな言葉を投げかけてくれるのは――きっと彼女で最後だ。

 そう確信しながら、ヴェラドギナは、人生最後の友を見送った―――。


     ◇


 蹲る様に項垂れる、ヴェラドギナ。けれど、その彼女も一度だけ嗚咽してから立ち上がります。ヴェラドギナは先ず――わたくしに向かって拳を放ってきました。それが決して届かないと、知っていながら。

「……ええ。私も心の何処かではわかっていた。きっと母上がああ決断していなかったら私達は全滅していたって、それはよくわかっている。でもっ、でもっ、でもっ――!」

「そうですね。わたくしには、何も言う資格はありません。ですから、今後の事は貴女が決めて。このままこの世界にとどまり、カナタさんの墓標を守り続けるか。それとも――鳥海愛奈を討つか。どうするかは貴女が選んで下さい、ヴェラドギナ」

「つっ……!」

 わたくしから拳を下ろし、彼女はもう一度だけ項垂れます。

 けれど彼女は直ぐに貌を上げ、呪う様に告げました。

「……いま初めてイッチェ・ガラット達の気持ちが、わかった。どんなに無念で、苦しくて、やるせなかったか。私は本当に無知で、彼女達のそんな想いにさえ気づいていなかった。こんな私には何も言う資格は無いのかもしれない。でもそれでも――私は鳥海愛奈を殺さないと」

「……そう」

 ついで、フィンちゃんがわたくしに目を向けます。

「確かに、そうかもしれない。あの人が口にしていた言葉は、どこまでも危うかった。それこそ、おまえと同じ位に。そんな人を野放しにするのは、危険な事なんだと思う。けどだからこそ私は知らないと。あの人が何者で、一体何を考えているのかを。おまえはきっと、それを知っているんだろ、キロ・クレアブル?」

 彼女の問いに、わたくしは頷くほかありません。

 ただその前に、わたくしには一つだけ口にするべき事がありました。

「じゃあ、ヴェラドギナ、これが貴女にとって最後の魔法よ。どうかカナタさんのお墓を立てて上げて」

「……ええ、そうね。本当に、そうだわ」

 こうしてわたくし達は何も成し得ないまま、この〝魔法少女の世界〟を後にしたのです。


              キロ・クレアブル漫遊録・中編・了

〝魔法少女の世界〟編、終了です。

 奴が出てきたわけですが、はじめは軽い気持ちで設定を考えました。

『勇者』というイメージから、最も遠い外見にしようと企んだ訳です。

 まさかその奴と、今後も長い付き合いになるとは、この時点では思ってもいませんでした。

 という訳で、先に予告させていただきます。

 キロ・クレアブル漫遊録の次の話の主人公は、奴です。

 フォートリア同様、主人公らしからぬ思想の持ち主ですが、どうか温かい目で見守ってやってくださいませ。

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