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キロ・クレアブル漫遊録  作者: マカロニサラダ
1/3

キロ・クレアブル漫遊録・前編

 交鎖十字も、高評価をいただきました。

 本当に感謝、感謝です。

 読者の方には、頭が上がらない思いです。

 誠に、ありがとうございました。

 では――キロ・クレアブル漫遊録、開始です。



     序章


 この物語はわたくしことキロ・クレアブルが、ただひたすらダラダラするだけの物語です。

 感動も無ければ笑いも無く、ハラハラドキドキもしない、わたくしの日常を描くだけです。

 予めご了承ください。


     1


 そこでわたくしことキロ・クレアブルは、長い黒髪を揺らしながら一念発起しました。

「ですね。ここは一つ――自分探しの旅をしましょう」

「………」

 わたくしがそう言い切ると、近くに居た褐色ロリっ子少女が眉をひそめます。

 彼女――フィン・ファンファーちゃんは、汚物を見る様な目でわたくしを見ました。

「……え? 何言っているの、おまえ? そんなニート発言が許されたのって、何十年前の話よ? というか、自分探しって何? 自分のバカさかげんでも、再確認したいの?」

 何時もの様に、ロン毛な美幼女であるフィンちゃんはわたくしを罵倒します。

 お蔭でわたくしの興奮は、とどまる事を知りません。

「やはり、良いですね。小学生女子に蔑まれるというのは。まだ社会の穢れを知らない少女がそれなのに世界の真理ともいえる悪態をつく。感情論ではなく、論理的にわたくしを論破しようとする。そのロリなボディとは裏腹な聡明さに、今日もわたくしはメロメロですよ」

「………」

 わたくしが正直な感想を告げると、フィンちゃんは地面に唾を吐きました。

「わかった。おまえがバカなのは良くわかったから、ちょっと黙ろうか?」

 いえ、わたくしも偶にはクールを気取りたい所なのですが、そういう訳にも行きません。

 わたくしは五秒前に思いついた壮大な構想を、ただ口にします。

「だから自分探しの旅ですよ、フィンちゃん。わたくしは全世界を徘徊して、自分が如何にちっぽけな存在か再確認したいのです。自分が如何に糞尿以下の存在か実感し、愉悦に浸って快感を貪りたいと言っているのです。それを成して、一体誰が迷惑を被ると?」

 わたくしが胸を張って言い切ると、フィンちゃんはまたも眉根を歪めます。

 彼女は何かを思い悩み、やがて結論しました。

「そう言えば改めて訊くけど、おまえどんな仕事しているの? 私等と戦う以外に、何か仕事らしい仕事とかしている……?」

 どうもフィンちゃん的にはかなりの謎だったらしく、彼女の口調は訝しげです。

 わたくしは一考してからバク転し、返事をしました。

「ハハハハ。面白い事を言いますね、フィンちゃんは。わたくしの仕事はこの地球と言う星に永遠の平和をもたらす事に決まっているじゃないですか。それ以外の事は考えた事も無く、今もただその為には何をするべきか模索中です。フィンちゃんとのお喋りは、その片手間で行っているにすぎません」

「それは私に対してえらく失礼だけどな。……え? ちょっと待って? おまえ、そんなこと考えていたの? 『頂魔皇』であるおまえが、世界平和? 本当に? 後、なんで今バク転した?」

「ん? 話した事ありませんでしたっけ? わたくしの最終目標は地球の絶対的平和です。ただの平和では無く、絶対的な世界平和です。わたくしは人間と言う生き物が如何にすれば平和に暮らせるか、常に試行錯誤しているのですよ」

 が、フィンちゃんは納得がいかないらしく、珍しくもわたくしとの会話を続けます。

「なら、おまえが自殺すれば良いじゃん。おまえさえ死ねば、いくらかマシな世の中になる筈だぞ。それは私が保証する」

 実に尤もな指摘です。わたくしもこれには、ぐうの音も出ません。わたくしが死ねば、少なくとも楔島の住人は喜ぶ筈なので。

「ですが、それでもわたくしのオリジナルは残りますからね。分身であるわたくしが死んだ所でやつが生き残っているなら、余り意味がありません。ならオリジナルを刺し違えてでも殺せと言う話ですが、今はそういう訳にはいかないんです。何せ、もうすぐわたくし達の目的が叶うかもしれないので」

 わたくしが遠い目をして彼方を見ると、フィンちゃんは首を傾げます。

「え? それって世界平和? もうすぐ世界が平和になると? 嘘つくな、バーカ」

 実に小学生女子の域を出ない、微笑ましい罵声を浴びせてきます。

 わたくしは更に興奮し、ハァハァ呼吸を乱したいのを我慢して彼女に応対しました。

「いえ、残念ながら本当です。少なくとも二つ程わたくし達はその方法を発見しました。実の所、わたくしはそれを実行する為に生み出された存在なのです。決して小学生女子と仲良くお喋りする為に、誕生した訳ではありません」

「いや、さっきから何ほざいているんだ、おまえ? 私達、小学校なんかに通った事なんてないぞ。義務教育とか受けた事なんて、一切無い。でも知っているか? 義務教育って言うのは子供が教育を受ける義務がある訳じゃない。保護者が子供に教育を受けさせる義務があるって事だ。その理屈で言えば、一体誰が私達を学校に通わせる責任があるんだろうな?」

「……え? わたくし、フィンちゃん達の保護者だったんですか? 言わば、わたくしはフィンちゃん達のママ?」

 わたくしが顔を輝かせて問うと、何故かフィンちゃんはニガニガしい表情になります。

「……いや、やっぱいい。今の話は忘れろ。つーか、バーカ! バーカ!」

 いえ、さすがのわたくしも意味がわかりません。何故わたくしはいま罵倒されたのでしょう? 偶に子供の思考は大人のソレを凌駕する事があるので、余りに謎過ぎます。

 なのでわたくしは思わずギャルピースをしながら、告げました。

「テヘ☆ わたくしはキロ・クレアブル。三百三十七億×七十兆歳です☆」

「何の挨拶っ? 一体誰に挨拶したのっ? てか、おまえ三百三十七億×七十兆年も生きているのっ?」

 あれ? 一体何を驚いているのでしょう、この子は? 正直、謎です。

 というか話を円滑に進める為にも、そろそろわたくし達が何者か語っておきましょう。仮に必要最小限でも、読者に情報を提示するのが語り部の務めですから。例えどんなに面倒でも。

 簡単に言えば、わたくしは――キロ・クレアブルというしがない者です。最近の悩みは背が若干低い事。職業は『皇中皇』兼『頂魔皇』で、今はダンボール暮らしをしています。いえ、割と温かいんですよ、ダンボール。因みに主食は、拾ったアンパン。

 それもこれも、前述したわたくしのオリジナルの所為です。たかだかやつの貯金から三千億円ほど横領しただけで、わたくしは追放されましたから。今は空飛ぶ城の屋上で冷たい風に晒されながら生活しています。

 なんでしょうね、これは? 一体どういう状況でしょう? わたくし一応『皇中皇』なのですが。〝皇の中の皇〟と書いて『皇中皇』です。そのわたくしが、お金がない人の様な生活を強いられている。この逆境を前に、私の欲情はとどまる所を知りません。こんな生活がこれ以上続いたら、すぐにでもイッてしまいそうです。ゾクゾクします。股間がゾクゾクしますよ。

 え? 自己紹介になっている様で、なってない? でも、わたくしの事なんて知りたい人など居るのでしょうか? ここはわたくしの知られざる性癖を五万字程にまとめ、公表するべきなのでは? いえ、これ以上語るとこの業界から消されかねないので、自重しましょう。

 で、何でしたっけ? わたくしの自己紹介でしたっけ? えっと、趣味はエロ小説を書く事です。女子なら万人が引く様な内容のエロ小説を、一月に一回のペースで書いています。因みに義理の娘であるヴェラドギナに話したら、珍しく悲しそうな目をしていました。あの子、どこぞの魔法少女並みにメンタルは強い筈なのに何がショックだったんでしょうね? わたくしには、まるでわかりません。

 ま、わたくしの自己紹介はこれ位にして次はフィンちゃんです。フルネームは――フィン・ファンファー。外見は黒髪褐色ツリ目美少女で、性格は特定のニンゲンに対してはデレデレ。彼女達は故あってわたくしを憎んでいて、毎日の様にケンカを売ってきます。ほかにも二人ほど仲間が居るのですが、本件では出番は無いので割愛させて下さい。

 いえ、ぶっちゃけ今日はフィンちゃんが単独行動をとっていて幸いでした。ここにモルガちゃんや羅羅まで加わったら、わたくしが大変な事になっていましたから。わたくしの労力が三倍になり、その苦労が私の子宮口を刺激して、確実に絶頂していました。それが避けられただけでも、良しとしようじゃありませんか。

 いえ、なんだか語り手とはしては、史上最悪な話題をふっている気がします。ですが先に警告していましたからね。この物語は、わたくしの日常をダラダラ描くだけの物だと。つまり、わたくしは先手を打つ事で見事免罪符を勝ち得た事になるのです。どんな話題をふっても、許されると言う。

 え? それでも限度と言う物がある? かもしれませんね。最近は規制が厳しくなってきましたから。特に未成年に対する。

 わたくしは女子高生にお金を払って不適切な事をするのがユメなのですが、それ犯罪ですから。知らない間に犯罪行為になっていましたから、自重するほかないんですね。

 というか、犯罪を助長させかねない話題は控えろ? いえ、そこはわたくし『頂魔皇』でもあるので、こういう話題もオーケーな訳なのですよ。何せ悪のトップですから。悪事を誘発すること位なら、進んでするべきだと認識しています。

 えっと、それで卑猥すぎるエロ小説を書くのって犯罪になるんでしたっけ? え? その話はもういい? ですね。わたくしの計算だと、そろそろ話を前に進めないと不味いので。

 ならば、喜んで起承転結の〝起〟を、完遂しようじゃありませんか。

「と言う訳で、わたくし自分探しの旅に出るので、フィンちゃんもついてきて下さい。主にツッコミ役として」

 が、フィンちゃんは何とも言えない目で、わたくしを見つめてきます。

「いや、前から思っていたんだけど、おまえ、その恰好で外に出ているのか? 頭に長い鳥の羽根を二本つけて、服は黒ポンチョとハカマで。正直、何人なのか理解不能なんだけど?」

「それは国籍の事を言っているのでしょうか? このわたくしにどこの国に所属しているか訊いている? では、答えましょう。ある高名なサッカー選手は、言っていました。自分はアースに住んでいると。国とか町とか村ではなく、アースに住んでいると。わたくしもその偉大な精神を引き継ぐべきだと思うのですが、これは誤り?」

「いや、住所をそう明記したら絶対宅配便とか届かないから! 寧ろ悪戯だと思われて、廃棄される危険性があるから良い子は真似しちゃダメだよッ?」

「そう、そう。わたくしが欲しかったのは、そのツッコミ力です。年上のお姉さんが相手でも臆せず、間髪入れずにツッコめるその瞬発力。全く今日までフィンちゃんを生かしておいた甲斐がありました。あのとき殺さなくて、本当に良かった」

「えっ? 私、おまえに殺されそうになってたのッ? それ、何時の話よっ?」

 フィンちゃんは全力でツッコんできますが、わたくしは残念ながらソレをスルーします。

 代りに、別の話題を彼女に提供しました。

「では早速ついてきてください。もう一人――同行者を呼ぶ予定なので」

 かくして、わたくしは意気揚々と彼女のもとに向かったのです。


     ◇


 で、わたくし達は早々に空飛ぶ城を出て、まず日本と呼ばれる国にやってきました。

 比較的栄えている駅前に佇み、この光景を前にしてフィンちゃんは顔をしかめます。

「……というか、アナタが加わっただけで、ますます色物感が増した気が」

 わたくしの義理の娘足るヴェラドギナに視線を向けながら、彼女は断言します。いえ、わたくしに対しするツッコミに比べると迫力が無いのは、仕方がない事でしょう。基本フィンちゃんは良い子なので、わたくし以外のヒトには礼儀正しいのです。

 例えそれが金ピカの鎧を纏った――身長百六十センチの仮面少女相手でも。

「そう? でも、確かに私と同じファッションをした人は周囲に居ないわね。……一体何故かしら?」

 心底から不思議がる様に、ヴェラドギナは首を傾げます。

 これにはわたくしも、閉口せざるを得ません。

「いえ、ヴェラドギナ、中世期は凡そ二百年前に終わったのです。騎士が鎧を纏い戦場を駆け巡っていたのは、今は昔の事。楔島の常識と世界の常識を混同されてもわたくしが困ります。おまえ何人だよと、ツイッターが大炎上です」

 因みに、わたくしはツイッターをしていません。

「おまえが言うな、おまえが。おまえこそ何者だよ? 清王朝時代の召使か何かか?」

 よほどわたくしの頭を彩る鳥の羽根が気に食わないのか、フィンちゃんはニガニガしい表情で睥睨してきます。そのゲロを見る様な視線にゾクゾクしながら、わたくしは首を横に振りました。

「いえ、これはわたくしのオリジナルのお古です。決してわたくしの趣味では無く、寧ろ燃やして捨てたいので、勘違いしないで欲しいですね」

「そんな物を着るな! そんなに厭なら、本当に捨てちまえ! 何だってそんなもの着ているんだよ、おまえっ?」

「いえ、これ以外に着る物が無いので。あと着る物があるとすれば、ダンボールで出来た洋服位でしょうか?」

「ダンボール製の服は服であって服じゃない! 寧ろそっちの方がゴミだ! つーか、ダンボール製の服とか、柔軟性無さすぎだろっ? どうやって関節部分、曲げ伸ばしするんだよ!」

 やはり良いですね。この小学生とは思えないツッコミ力。本当にあの時、殺さなくて良かった。わたくしがそんな事を考えているとは知る由も無いフィンちゃんは、尚も続けます。

「というか何でヴェラドギナさんを動員した訳? 正直、意味がわからないんだけど?」

 まるでこのヒトだけはチョイスしちゃ駄目でしょ、みたいな貌で彼女は嘆息します。どうも小学生にこんな態度をとられた事が無かったらしいヴェラドギナは〝え?〟みたいな目をしました。

「……わ、私、そんなに変? うまく空気が読めない、社会不適合者? いい加減この世から追放されちまえって、そう言っているの……?」

「いや、いや、いや! 決してそうでは無く! ……なんかヴェラさん、メンタル弱くなってない? まえ話した時は、もっと堂々としていたのに」

「いえ、小学生に真顔でダメ出しされるのって、結構ショックなのよ? あなたも、そこら辺は考慮しながら喋った方が良いと思う」

「……そうなんだ? いや、そこの史上最悪のバカは何時も平然としているから、全く気付かなかった。ごめんね、ヴェラさん。今後は気を付けるから」

 わたくしの時とは違い、誠実とも言える対応をフィンちゃんはとります。この態度の違いを前に、わたくしの膣内はギチギチ疼きまくります。呼吸もやっぱり、ハァハァ乱れそうです。

「……で、なんでヴェラさんを呼んだ訳? おまえ、一体何を企んでいる?」

 わたくしの答えは、決まっています。

「いえ。このままだとわたくしは、百合でロリコンという素晴らしい属性のヒトだと思われかねませんからね。それを阻止するべく、若干アダルトなヴェラドギナの協力を得た訳です。因みに百合とロリコンを極めた方をわたくしは敬意を込め〝ダブルマスター〟と呼んでいます」

「嘘つくな! 絶対敬意のけの字も抱いていないだろ、おまえっ?」 

 おやおや? 何故バレたのでしょう?

「というかヴェラさんアナタ、五分しか楔島の外には出られないって言ってなかった?」 

「いえ、母上に一日外出券をもらって」

「どこの不法地下労働者っ? ソレは何をすればもらえる物なのっ?」

「えっと、母上の気分次第?」

「本当にいい加減だな、このバカは! おまえの方こそいい加減、この世から追放されちまえ!」

 今日もフィンちゃん激しいツッコミの嵐が、わたくしの躰と心に浴びせられます。

 が、何故かわたくしではなく、ヴェラドギナの方が寂しげな表情を浮かべてきました。

「……え? 母上って小学生にこんな罵詈雑言を浴びせられる毎日を送っているの? それで心が痛まない? 表面上は平気なフリをして、実は深く傷ついているんじゃ?」

 いえ。誤解を招きそうなので先に説明しておきますが、彼女は普段こんなキャラではありません。『専制権公』の二つ名に恥じない、毅然とした少女です。

 そのヴェラドギナが何故こうもわたくしに甘いかと言うと、単に彼女がマザコンだから。お母さん大好き芸人だからです。偶に、わたくしの脇腹に蹴りを入れてきますが。

「いえ、問題ありません。寧ろこれはわたくしにとってご褒美だとだけ言っておきましょう。わたくしはガチで、百合でロリコンですから」

「認めたなっ? いま自分はヤバいヒトだって認めたなっ? いや、百合は別にヤバいヒトじゃないけど!」

 ですが、このツッコミはスルーして、わたくしは本題に入ります。

「でも、そうですね。確かにフィンちゃんの言う通り、このままではわたくし達は職務質問をされかねません。主に、フィンちゃんの所為で」

「私はまともだ! おまえと一緒にするな!」

 そこで〝おまえ達〟と言わない所が彼女の優しさ。

 そう感じながら、わたくしはヴェラドギナに目を向けました。

「と言う訳で、その仮面をとっちゃってください、ヴェラドギナ」

「んん?」

「は、い?」

 ヴェラドギナとフィンちゃんが、同時に首を傾げます。

 フィンちゃんは慌てた様子で、わたくしに応対してきました。

「……いえ、一寸待って。ヴェラさんの仮面って、そんなに軽々しくとって良い物なの? 貌に傷があるとか、他人には見られたくないナニカがあるとか、そういう訳があるんじゃ?」

 けれど、ヴェラドギナは平然と告げてきます。

「いえ。これは単に、男性から注目を集めたくないから被っているだけなのだけど」

「……男性に注目を? まさかヴェラさんって……そんなに美少女なの?」

 どこぞの金ピカロボさながらのヴェラドギナからは想像が出来ないのか、フィンちゃんは露骨に不審げな視線を向けてきます。この態度を見てヴェラドギナは一度だけ嘆息してから仮面に手をかけ、一気に脱ぎました。フィンちゃんの反応は、以下の通り。

「――な、何、この美少女っ? こんなロクでも無い流れでそんなネタバレしていいのっ?」

 それは、わたくしの娘とは思えないウェーブをかいた金髪の少女でした。フィンちゃんと同じツリ目で、ただ肌は驚くほど白い。赤い瞳はまるで血液の様な存在感を示し、目力があります。それはもうガチで百合なわたくしの乳首が勃起する程、美しい少女でした。

「というか、格好いい! 仮面を取った方が遥かに格好いいよ、ヴェラさん! このチビの娘とは思えない位に!」

 速攻で掌を返すフィンちゃん。先ほどまで完全に自分より下に扱っていたヴェラドギナを、彼女は褒め称えます。後〝このチビ〟って誰の事でしょうね? わたくし達の中でチビなんてフィンちゃん位の物なのでは?

「いえ、余談はここまでにして、そろそろ本題に入りましょう。わたくしは常日頃からこう思っているのですよ、二人とも。アニメや漫画だとどんなに清純なキャラでも、水着回は大胆なビキニを着こんでいると。普段は露出が少ない服を着ているのに、なぜ水着はあんなに大胆なのかと。わたくしには彼女達が一体どんな精神状態なのか、全くの謎です。加えてアニメや漫画だと〝ハレンチです!〟というのが口癖の風紀委員も制服はミニスカートですからね。全くどっちが風紀を乱しているんだよって話ですよ」

「……はぁ。相変わらず母上の思考はブっ飛んでいるわね。それとこの状況に、一体どんな因果関係が?」

 ヴェラドギナが問うのと同時に、わたくしは更なる持論を展開します。

 ここから少し長台詞になります。

「けれど――時代はやはりプリーツのミニスカートです。アニメや漫画やライトノベルでは女子の皆さんは当たり前の様にミニスカートですからね。例えそれが戦場であろうとミニスカートを穿いているのは当然です。事実、某戦車アニメでも、海軍育成アニメでも、剣をモチーフにしたデスゲームでも、聖杯を巡る戦争でも、ヒロイン達は皆プリーツのミニスカートですから。ミニスカキャラが出ていない作品など最早論外であり、民衆の支持を集められた物ではない。例えどの様な過酷な戦場でもミニスカを穿くのがヒロインの努めであり、義務と言って良い。〝いや、これ絶対スカート捲れてパンツ丸出しだろう?〟という位動き回っても、何故かパンツが見えないのがこの世界の理なのです。ならば、なぜ我々が臆する必要があるでしょう? つまり我々も誰かがミニスカを穿かないと、誰の支持も得られないという事です」

 わたくしが熱弁をふるうと、何故かフィンちゃんはポカーンとします。

「……え? 何言っているの、おまえ? 何なの、その中二男子的思考? 私達は、誰の支持を受けなきゃならないって……?」

 が、その全てをスルーして、わたくしは我が娘に視線を向けました。

 その上で、わたくしは彼女に提案します。

「なので、ここは一番世の男性達の心を射止めそうなヴェラドギナの出番です。一日外出券の見返りにわたくしがチョイスした服を着てもらうので、覚悟して下さい」

「……はぁ。それは吝かでは無いけど」

「吝かじゃないんだっ? 前から思っていたけど、どんだけこいつのこと大好きなのさ、ヴェラさんは!」

 と、今度はヴェラドギナがフィンちゃんをスルーし、話を続けます。

「言っておくけど私、絶対ミニスカートとか似合わないわよ。母上はそういう事とかちゃんと考慮して喋っている?」

 わたくしの頭をペチペチ叩きながら、ヴェラドギナは問うてきます。

 気持ちバカにされている気がしないでもないのですがわたくしは何とか平静を保ちました。

「いえ、そこら辺は問題ありません。何故なら、十代の少女なら絶対に似合う服をわたくしは知っているから。と言う訳で、早速その服を購入しに行きますよ。無論、ヴェラドギナの奢りで」

 何せわたくしの所持金は、二十五円を切っていますからね。

 誇らしげにそう告げながら、わたくし達三人は彼方に向け歩を進めたのです。


     ◇


 で、わたくし達は何の躊躇も無くその店に入り、目当ての服を見つけました。

 ソレをヴェラドギナに試着してもらい、わたくしは自説が正しかった事を実感したのです。

「ああ、やはり良いですね。古き良き、女子高生の制服」

 そう。ソレは正しく、どこぞの高校のブレザーでした。上着が黄色でスカートが紺と言う、些か目立つ色彩をした制服。それこそが、ヴェラドギナがいま着ている服です。

「ええ。一見、黒のハイソックスが優等生感を演出しています。ですが、その実穿いているのは膝上二十五センチという蠱惑的なミニスカと言うギャップ。優等生感とエロさが見事に融合した、正に神がかり的な服装と言って良いでしょう。これで葬式にも出られると言うのだからお偉いさんは一体何を考えているんだって話ですよ。全く」

 わたくしが思いのたけをぶちまけると、フィンちゃんは全力で気味悪がってきます。

「……うわ。マジで気持ち悪い。完全に女子高生を物色している変質者の目だ。これから盗撮しようと準備を進めている犯罪者の表情だ。というかおまえって、称えている様に見えて、最終的にはイチャモンつけているよね?」

「いえ、それはさておき」

「さておくな。というか、ヴェラさん、マジでこいつ今の内にやっちゃった方がいいんじゃない? ヴェラさんも、そんな格好させられて恥しいでしょ? ――って、まんざらじゃない様子だ! 寧ろノリノリで、制服姿の自分を楽しんでいるっ?」

「え? 何か言って、フィン? と言うか下半身がスースーするけど思いのほか可愛いわね、この国の制服という物は。……あ、いえ、私が言っているのは飽くまで制服よ? 私は別に自分が可愛いなんて言ってないんだからね!」

「おまけに一寸ツンデレ化している! 確かにこれは中二男子でなくても、萌えるかも!」

 いえ、フィンちゃん、最近は萌えという言葉も死語になりつつあるんですよ? 

 と、わたくしがそうツッコミを入れようとした時、異変が起きました。フィンちゃんのお腹から、可愛らしい音が鳴り響いたのです。それが何を意味しているかは、明白です。

「あら、フィンてばお腹が空いているの? そうね。もうすぐ正午ですものね。じゃあ、何か食べに行く?」

 けれど、フィンちゃんの反応は微妙な感じです。

「……えっと、その、そうしたいのは山々だけど、私、持ち合わせがあまりなくて」

「ええ。わたくしも全財産が二十五円を切りました」

「おまえと一緒にするな。私はこれでもモルガ達と一緒に路上ライブで稼いでいるんだから」

 と、この時になってわたくしは初めてその事に触れます。

「そう言えば、今日はなぜモルガちゃん達とツルんでいないのでしょう? フィンちゃんが単独行動とは、随分珍しいですね?」

「……別に。今日は偶々そんな感じなだけだ」

 フィンちゃんは素っ気なく返答しますがヴェラドギナは楽しそうな様子で言葉を紡ぎます。

「ははん。もしかして喧嘩でもした? 何だかんだ言って、あなた達も多感な時期だものね。そういえば、フィンってモルガと付き合っているんでしょ? じゃあ、所謂一つの痴話喧嘩という奴か」

 そう納得し、ヴェラドギナはフィンちゃんの耳元に顔を近づけ、小声で囁きます。

「もしよければ、お姉さんが後を引かない仲直りのしかた教えて上げても良いけど、どうする?」

「……うるさいなー。そんな事は別にどうでもいいのよ。それより私はどう頑張っても、ハンバーガーの一番安い奴しか頼めないわよ。それでも良いなら、つきあって上げても良いけど」

 対してフィンちゃんは、そっぽを向いて、ごにょごにょ言ってきます。ソレはわたくしに対しては絶対に見せない、小学生その物の表情でした。

 成る程。これはレアな感情表現です。ヴェラドギナが居るだけで、こうもフィンちゃんの態度が変わるとは。もつべき物は、良き娘と言った所でしょうか?

 いえ、わたくし本当は別に、百合でも無ければロリコンでもないのですが。単に小さい子を見ると呼吸が荒くなり、乳首が勃起するだけです。後、膣穴もジクジク疼きますね。え? それはもう聞いた? そうでしたっけ?

「いいわ、わかった。じゃあここはフィンのレベルに合わせましょう。――母上もそれで良い?」

 何時の間にかしきり出したヴェラドギナが、確認をとってきます。

 わたくしは普通に頷き、そのまま三人揃って駅前のファーストフード店に向かったのです。


     ◇


「というか、食物連鎖が正しいと思えるのは、単に人間がその頂点に立っているからにすぎません。仮に人間が捕食される側ならこれほど残酷なシステムはないと嘆いていた事でしょう。その証拠に、調理される動物と人間を置き換えてみて下さい。生きながら解体されているんですよ。魚やイカやカニとかは」

「………」

 私がそう言いつつハンバーガーを頬張ると、何故か二人は沈黙します。〝何言っているだこいつ〟、みたいな目でわたくしを見つめてきます。

 その蔑みを前にして、わたくしの興奮は高まるばかりです。

「いえ、母上、そういうのは食事時の話題じゃないの。せっかくの昼食が不味くなるから控えてもらえる?」

 やはり路上で同じ様にハンバーガーを咀嚼しながら、ヴェラドギナは嘆息します。今や通行人の注目の的と化したミニスカ女子高生である我が娘は、その事にも気付いていません。世の男性達が、舐め回す様に自分を見つめているというのに。

 いえ、かく言うわたくしも、ヴェラドギナのナマ足に目が釘付けなのですが。

「はぁ。わたくしは単に食物連鎖でさえこの世の悪その物だと言いたいだけなのですが。世界は不完全だと言う証拠の一つだと言いたいだけ。これが完全なる循環だと主張するなら、一度捕食される側の存在になってみる必要がある。それがどれだけの地獄か、体験するのも一興でしょう。要するにわたくしはあらゆる存在は生まれ落ちた時点で悪だと言っているんです。性善説ならぬ性悪説こそ、全ての生命の根幹と言えるでしょう。わたくし達は日頃から悪をなさなければ、生きてさえいけない存在なのです」

 するとフィンちゃんは、露骨に不思議な物を見る様な目でわたくしを見ます。

「……日頃から悪って、つまり食事をする事さえおまえは悪い事だって言っている? こんな当たり前の事なのに?」

「そうですね。わたくし達は毎日の様に、殺生をしていますから。例えば、そのハンバーグ。確かにソレは、わたくし達が直接手を下して食肉にした訳ではありません。ソレは食肉業者の皆さんが豚や鳥や牛や魚を殺し、解体してわたくし達に提供した物です。ですがソレを食しているならわたくし達は間接的にその動物達を殺しているのと同義でしょう。わたくし達は手を汚していない様で、その実、しっかり殺生という業を背負っているのです。毎日の様に何らかの生き物を殺し、生を繋いでいる。その事は、決して忘れて欲しくありませんね。わたくし達が毎日の様に食している物には、それだけの意味と価値があるのです」

 わたくしがキョトンとしながら告げると、ヴェラドギナは心底辟易した様な貌をします。

「……いえ、だからそういうアレな話は良いのよ。どう足掻いたって私達は、肉や魚を食べないと生きていけないのだから。仮に私がベジタリアンになった所で、大多数の人達は肉を食べる事をやめない訳だし」

 故にそれは無意味な理屈だと、ヴェラドギナは主張します。

 実にその通りなので、わたくしは食いちぎったハンバーガーをのみこみました。

「そうですね。というか、今のはシリアスな話もしておいた方が良いと思い言ってみただけ。深い意味は無いので、余り気にしないでください」

「んん? 益々意味がわからないのだけど? なぜ母上がここでシリアスな話をしなければならないの? 一体どんな脈略が?」

 彼女の問いを聴き、わたくしは思い出した様に手を叩きます。

「そう言えば、言っていませんでしたっけ? わたくしの思考や行動はみな文書化され、更新され続けていると。わたくしはわたくしの日常を自伝にして出版社に持ち込み、一山当てる予定なので」

「は……?」

「……へ?」

 そこでフィンちゃんは〝……そんな事企んでいたのかこのバカは〟みたいな目でわたくしを見ます。

 この非難がましい視線にわたくしがゾクゾクしていると、ヴェラドギナも眉をひそめました。

「……って、ちょっとその原稿見せて。いえ、いいから見せなさい、母上」

「はぁ。別に構いませんが」

 と、件の原稿を召喚し、わたくしはソレをヴェラドギナに渡します。

 ソレを食い入る様に読み出した後、彼女とフィンちゃんは露骨に貌をしかめました。

「……ちょっと、これは」

「ええ……余りにアホ過ぎるわね、これは」

 いえ、愕然としたの誤りでしょうか?

 とにかく二人はこの世の終わりでも見たかの様な表情で、わたくしを凝視します。

「……いえ、〝見たかの様な〟ではなく実際にいま見たのよ、この世の終わりを。これ、オリジナルの母上が読んだら、ガチで泣き出すわよ。〝こんな奴が私の分身なのか〟と」

「はい? わたくしこそ、やつにだけは言われたくありませんね。というより、わたくし何か変な事しました? 実にストレートな感情表現を、示しただけなのですが?」

 が、ヴェラドギナは最早なにも言わず、ただわたくしに原稿を突き返すだけ。フィンちゃんに至っては、今もわたくしを半眼で睨みつけるだけでした。

 んん? あれ? わたくし、そんな罪深い事しました?

「……てか、罵倒さえ快感に変えるって、おまえどれだけヤバいんだよ? 私どうすればおまえにダメージを与える事ができるんだ……?」

 それはわたくしにもわからないので、別の話題を提供するほかありません。

「ま、これで腹ごしらえもすんで、全ての準備は整いましたね。では、早速行きましょうか」

「へ? ……行くってどこに? そういえば訊くのを完全に忘れていたけど、おまえは、具体的には一体何をする気だ?」

 わたくしの答えは、もちろん決まっています。

「いえ、わたくし達はこれから、着の身着のまま――世界の果てを目指すだけです」

「は、い?」

 よってフィンちゃんは――もう一度亜然としたのです。


     ◇


 わたくし達三人がソノ路地裏に至ったのは、正午を三十分ほど過ぎた頃でした。

 わたくしは指を鳴らして、その門を露わにします。これを見てフィンちゃんは眉をひそめ、ヴェラドギナは真顔になります。彼女はその体のまま、口を開きました。

「これは、平行世界、いえ……まさか異界に続く門? 驚いた。まさかこんな所に、こんな物があるなんて」

「ええ。今から一億年ほど前に見つけました。あの頃はまだ知性体らしき物は居ませんでしたが、今は違うかもしれません。良い具合に進化を遂げ、或いはわたくしの目的に適した存在になっているかも。ま、足を運ぶだけの価値があるのは確かですね」

 が、フィンちゃんの反応は思わしくありません。

「は? いえ、ちょっと待って。そもそも異界の門って何? まさかライトノベルとかでよくある、ファンタジー世界に続く門って意味なの?」

「はぁ。正にそんな感じですが、それが何か?」

 ついで、フィンちゃんは更に緊張の色を高めます。

「……いえ、嘘でしょ? そんな物、この世にある訳が」

「いえ、それを言うならわたくし達の存在こそ、本来はありえない物なのですが? 普通の人間にしてみれば、わたくし達こそ異常な存在と言えるでしょう。要するに何が言いたいかと言えば、こういう事です。普通の人にとって異常な存在が居る以上、わたくし達にとっても異常な存在は存在する。端的に言えば、そういう事ですね」

「な、成る程。一理あるかも」

 珍しくわたくしに同意する、フィンちゃん。

 ならばとばかりにわたくしは、その門に腕を通し、前進を始めます。

「……って、本当にそんな訳がわからない所に行って、大丈夫なのかっ? その向こうに何があるのか、おまえはちゃんと把握しているっ?」

 わたくしの返事は、わかり切った物でした。

「いえ、実の所――全くわかりません。でもだからこそ意味があるのです。言ったでしょう? わたくしは自分のちっぽけさを実感したいから――自分探しの旅に出たと」

 故に、わたくしは躊躇なくその門を潜ります。正直、ヴェラドギナはともかくフィンちゃんはついてこないと思ったのですが違いました。律儀に彼女もわたくし達の後に続き、かの異世界に足を踏み入れます。

 そして、わたくし達はその広大な荒野を目にし――思わず息を呑んだのです。


     2


「というか、性善説が正しいなら、今頃社会主義がこの世界を制していたでしょうね。アレは人間が善なる者だという前提に立った思想ですから。人間は努力さえすれば皆平等になれる。そう考えていた哲学者が居た様ですが、残念ながら人間の本質は悪です。事実、大量虐殺を為しても、彼等はその思想を実現できなかった。ですが人の本性が悪では社会を築くのに都合が悪いので為政者は法と言う名の制約を設けた。その制約を以て疑似的な善性を得た生き物を、我々は人間と呼ぶのです。現に法的罰則が無ければ多くの人間はあらゆる禁忌を犯し続ける筈ですよ。殺人、殺戮、戦争、強盗、暴行、脅迫、恫喝、虐待、拷問、差別、詐欺、薬物摂取など数えきれない程の欲望を求める筈です。その方が、良識に従うより遥かに楽ですからね。いえ、そう言った事象を、彼等は悪と認識さえしなくなるでしょう」

 わたくしが朗々と語ると、フィンちゃんはジト目で此方を睨んできました。

「……え? それ、今の状況と何か関係ある?」

「いえ、全く関係ありません。ただ、言ってみただけ」

 が、ヴェラドギナは一人でシリアスです。

「母上、これって」

「はい。世の男性達は、皆わたくしにからかわれたいのです。もしくはイジられたいのです」

「わかった。それ以上、母上は決して喋ってはいけないのだと言う事が良くわかった。だから少しで良いから私の話を聴いてもらえるかな?」

 花の様な笑顔で、ヴェラドギナは提案してきます。

 内心、〝これはヤベエ〟と感じながらわたくしも笑顔で応じました。

「そうですね。この世界に来た途端、わたくし達のレベルは落ちています。フィンちゃん達が感じている通り、躰が重くなったのは恐らくその為」

「……ええ、確かに躰が重い。これってもしかしてアレ? ――この星の重力に何か関係が?」

 フィンちゃんがそう訊いてきます。わたくしは即答せず、別の事を試してみました。ヴェラドギナと手を合わせ、力比べをしてみたのです。結果――優劣はつきませんでした。

「やはりそういう事ですか。簡潔に言えば、こうです。どうもわたくし達の運動能力から膂力に至るまで――均一化されている。力と言う概念が――皆、平等と化した様です」

「……力が平等? それってアレか? つまり私とおまえが今戦えば、勝負がつかないと?」

 しかしわたくしは答えず、違った話題を口にします。

「おまけにどうやら〈精神昇華〉や〈体概具装〉も発動しません。つまり、わたくし達もこの世界のルールに取り込まれたと言う事。わたくしの力が、一グーゴルプレックス分の一未満なのはその為でしょう。全く、平等を旨とする社会主義をやり玉に挙げた途端これとは。皮肉交じりの、愉快な冗句としか思えません」

「……ぐーごるぷれっくす? なにそれ? 何かの単位か?」

「まあ、そんな所です。それより先ずは知性体を発見して、情報を集めるのが先決でしょう。仮にそれが叶わなかったら、早急にこの場を立ち去るしかない。コミュニケーションがとれる対象が居なくては、ここに来た意味がありませんから」

 すると、ヴェラドギナが真顔で首を傾げます。

「って、母上はここで何をする気? あ、いえ、やっぱり答えなくて良いわ。大体予想がつくから」

 最終的には心底ウンザリした様子で、彼女は会話を打ち切ります。

 その時――実に唐突に一匹の恐竜に似た小さな生き物が森の中から出てきました。身長一メートル程のソレは、一見すると子供の恐竜の様です。

 初めて見る生き物を前に、フィンちゃんの表情は見るからに輝きました。

「って、恐竜、恐竜だよ、ヴェラさん! うわ、うわ、うわ! 私初めて恐竜見た!」

 と、彼女の子供らしい様子にわたくしがハァハァ息を乱していると、それは起きたのです。あろう事か、子供と思われた恐竜は一気に肉体を肥大化させました。もっと具体的に言えば――その恐竜は身長二十メートル程にまで巨大化したのです。

 その恐竜を見上げながら、フィンちゃんはひきつった笑顔を浮かべ、問うてきます。

「……あのさ。あの大きいの、絶対私達の事、エサだと思っているよな?」

「かもしれませんね」

「……おまえ、まさかこの事を見越して、食物連鎖の話とかしたのか? 食べられる方の気持ちにもなれって、そう諭してきた?」

 わたくしの答えは、決まっています。

「いえ、全くそんなつもりはありませんでした。ま、何にしても、このままここに居るのは不味いでしょうね。普段なら別ですが、今のわたくし達は力が大幅にダウンしているので」

 つまり――普通に食べられる可能性が大です。

 そう言う訳で、わたくしはさっさと転身して取り敢えず全力疾走する事にしました。

 わたくしがさっさと逃げ出したのを見て、フィンちゃんは慌てた様子で後に続きます。ヴェラドギナもそれを追い、彼女は初めてソノ事に気付きました。

「って、この服、欠陥商品だわ! だってちょっと走っただけで、後ろから見たら絶対下着が丸見えだもの!」 

「いえ、そこははっきりとおパンツと言って欲しいですね。お上品におパンツと」

「……母上って本当に、偶に本気で殺したくなるわ」

 おやおや? いよいよ、マザコンを卒業する時が来ましたか? ヴェラドギナも、フィンちゃん派の仲間入りですか?

 わたくし達が必死に逃走する中、件の恐竜は当たり前の様に追撃してきます。意外と足が速く、このままでは後数分も経たない内に追いつかれそうです。

「ああ、そう言えば前に漫画で見たのですが、あの手の生き物は固い岸壁がある所まで誘導するのが良い様です。そこまで引きつけた後わたくし達は散開し、岸壁にあの恐竜の頭部をぶつけさせ気絶させる。今思いつく限りではそれがベターな戦略だと思いますが、誰か反論あります?」

「……確かに何かの漫画で見た事がある場面だけど、今はそれしかないか。良いわ、母上。それで行きましょう」

 故に、わたくし達は近くにある岸壁目指して逃走します。やがてそれは直ぐ目の前に迫り、わたくし達は予定通りギリギリまで引きつけた後、散開。例の恐竜がそのまま頭から岸壁に突っ込む様、誘導しました。

 思いつきで行った物のこれは成功に至り、件の恐竜は頭を強かに殴打され、目を回します。やがて頭から地面に倒れ、そのまま動かなくなりました。

「……って、まだ意識あるぞこの子! どうする? 今の内少しでも遠くに逃げるか?」

「んー、そうですね。それも悪くありません」

 と、わたくしは件の恐竜の頭に触れ、ある事をします。

 途端、件の恐竜は今度こそ昏睡した様でした。

「が、この方が、後腐れが無くて良いでしょう」

「え? ……何? いま何をした、おまえ?」

「いえ、簡単な実験です。仮定を実験によって立証しただけなので余り気にしない様に」

 にしても、アレですね。やはり原始生物しか居ないのでしょうか、この大陸には? なら、さっさとお暇するしかありません。

 そう思っていた時、事態は動きました。わたくし達が来た方向から馬らしき乗り物に乗った――人間らしき人達がやって来たのです。

 どうも彼等のお目当ては、この恐竜の様です。十人程いる彼等は警戒しながら、わたくし達を取り囲みました。

「ほう? この辺りでは、見慣れぬ顔だな? そなた等は、何者か? マジェスタやガラットの間者が、その様な目立つ姿とは思えぬし。とすれば、旅の者か何かか?」

 リーダーと思しき、銀の鎧を纏った少女が問うてきます。灰色の長髪と金の瞳を併せ持つその容姿は、正にヴェラドギナに劣らない美少女でした。

 お蔭でわたくしの呼吸は、乱れる一方です。

 いえ、話を戻しましょう。今の発言で読み取れる事は、まず言語が通じている事。それからマジェスタやガラットという勢力と、彼等が敵対関係にある事でしょう。

 加えてどうやら、人間に比肩する良識も持ち合わせている様です。問答無用で襲ってこない所を見ると、どうやら〝話せばわかる〟タイプの人達みたい。どこぞのテロ組織と違って。

「ええ、その通りです。とても信じられないでしょうが、わたくし達は異界よりこの国を訪問しました」

「……異界? それは、アレか? 神隠し的な事を言っている?」

「そうそう。逆神隠しと思ってもらえば、わかりやすいかも。その証拠に、わたくし達はこの世界の事が良くわかっていません。今の所確かなのは、この世界の住人は全ての力が均一という事だけ。そこで提案なのですがわたくし達に情報提供をしてもらえませんか? あなた方が獲物視していたこの恐竜を、あなた方の手を煩わせる事なく捕えた見返りに」

「へえ? どうも察しが良いのは確からしいな。我等の目的がその巨竜だと、事もなく見抜くか」

 というか、それしか考えられませんし。後、もう一つわかった事があります。

「それと、どうやらあなた方には――謎の力がある様ですね。でなければ、たった十人でこの巨竜とやらを仕留めるのは難しい。その困難を可能にする方法があなた方にはあるのでは?」

 わたくしがそう話をふると、彼女は真顔になった後、笑みを浮かべます。

「成る程。どうやらこの世界の住人では無いと言うのはあながちウソでは無いな。その様な常識を知らず、けれどそのカラクリを一目で看破するか。これは中々面白そうだ。良いだろう。ついてくるがいい。私もそなた等に、興味が出てきた」

 が、直ぐ傍にいた騎士らしき男性は、渋い顔をします。

「姫様――また御母上のお許しも無く、その様な勝手を」

「何、この様な面白き者達をマジェスタやガラットにとられる方がよほど深刻な損失だ。仮に私の予想に反してつまらぬ者達であるなら、そのとき始末すれば済む事。文句があるならそのとき言うがいい」

 事実、彼女は側近の助言を遮る様に馬を転身させます。

 わたくし達の歩調に合わせる様にゆっくり歩を進ませながら、彼女は振り向き様告げたのです。

「そう言えばまだ名乗ってもいなかったな。私は――ニーベル・ウーナ。そなた達は?」

「わたくしは、キロ・クレアブル」

「その義理の娘の、ヴェラドギナ・クレアブルよ」

「えっと、フィン・ファンファーです」

 わたくし達がそう挨拶を交わし合うと、ニーベルさんは眉をひそめます。

「……ヴェラドギナとやら、そなた、その矮躯の娘の義理の子と言ったか? これは奇異な事だ。どう見ても、そなたの方が年上に見えるのだから。それとな、ヴェラドギナ」

「はぁ、まだ私に何か?」

 そう首を傾げるヴェラドギナに、ニーベルさんは笑いながら訊ねたのです。

「そなた、露出狂か何かか? よくもその様なフトモモ丸出しの格好で外を歩けるな?」

「………」

 これにはヴェラドギナも――思わず沈黙するしか無かったのです。


     ◇


 が、彼女は直ぐに反論します。

「……いえ、私達の世界では、これが常識なの。学生と呼ばれている女子は皆、好んでこう言った服を着ているのよ。決して私だけが変わっている訳じゃないわ」

 珍しくブスっとした顔でヴェラドギナは、ニーベルさんを睨みます。

 対して、その彼女といえば楽しそうな様子でした。

「ハハハハ。許せ、許せ。私の悪い癖だ。若い娘を見ると、ついからかいたくなる」

「……まるでおっさんみたいな女騎士ね」

「んん? 何か言ったか?」

「いえ、何も。それより母上、私達がこの世界の住人じゃないって証明するのは、実に簡単じゃない。何せ彼女達にはあって、私達には無い物が明確に存在するのだから」

 ええ、確かに。今まで説明しませんでしたが――ニーベルさん達には尻尾が生えているのです。こう、悪魔に生えている様な尻尾が。やはり悪魔的な謎の力を秘めているから、そうなのでしょうか?

「だな。そなたが言う通り一見する限りではそなた等に尻尾が無い。だがどうだろう?」

と、ニーベルさんは馬から下り、何やらヴェラドギナの後ろに回り込みます。ヴェラドギナが眉をひそめる中――何と彼女はヴェラドギナのスカートを捲り上げたのです。

「ふむ。服に隠れているだけだと思ったがやはり尻尾はないか。……いや、それよりこれは」

「……ひぃっ? な、な、な、な、何をするのよ、あなたァァ――っ!」

 いえ、ナイスですニーベルさん。今この瞬間、どれほどの男性が拍手喝采した事でしょう。

 因みに今日のヴェラドギナのパンツの柄は――緑と白の縞々。

「……いや、待て。これは、もしや下着か? この様に短い腰巻を、下着の上に穿いている? それは服としての意味をもっているのか? 余りに無防備すぎて、もはや押し倒す気にもなれないのだが?」

「……こ、このド変態女騎士っ! いいわ、そこになおりなさいっ! 今から決闘よっ! もちろんどちらかが死ぬまで――っ!」

 このヴェラドギナの剣幕に、ニーベルさんは当然の様に怯み、謝罪してきます。

「い、いや、すまん。まさかその様に短い腰巻の直ぐ下が下着とは、私も想定していなかったのだ。しかし、その様な格好をそなた等の世界の女子は皆しているとは。称えるべきか、目の毒と言うべきか、悩ましい限りだな」

「……本当におっさんだわ、この女。もしかしてあなた……男性より女性が趣味? だとしたら、大いに身の危険を感じるのだけど?」

 が、ニーベルさんは明言せず、ただ快活に笑うだけでした。

 そんな事をしている間に、わたくし達はニーベルさんの居城へと行き着きます。例の巨竜は昏倒した時点で一メートルの大きさに戻り、荷台でも運べる様になりました。その為後方に居る騎士達が巨竜を広場に移送。わたくし達を見送る様に、その場に待機します。わたくし達はニーベルさん先導のもと城の中へと入り、客間らしき場所に通されました。

 ニーベルさんは上座で正座し、侍女の方がお茶を用意した所で口を開いたのです。

「では、改めて自己紹介といこう。私はニーベル・ウーナ。このウーナ国の第一王女で――第一王位継承権を有する者だ」

「ほう? やはりお姫様でしたか。道理で気品があると思いました」

「……どこが? ただのド変態じゃない、この女」

 未だ衆人環視のもと、下着を露わにされた事を根に持つヴェラドギナ。これもわたくしの知らない彼女の一面でした。いえ、部下の前でも、彼女はこの様な少女らしい姿は見せないでしょう。ヴェラドギナの側近である『突貫爆裂魔銃』辺りが見たらどう思うか? 興味がわく所です。

「アハハハ。ま、そう怒るなヴェラドギナ。で、話の続きだが先に――『真法』について説明しておこうか。キロが見抜いた通り、我等には肉体的な力以外にある超能力を有している。誰が名付けたかは最早知る由も無いが――それが『真法』と呼ばれる力だ。我々は先天的に一つだけ超常現象を引き起こす事が可能で、それが国の根幹に関わっている。その力がどういった物かによって、大陸の勢力図が一変する程に」

 ニーベルさんがそう説明すると、わたくしも首肯する事でこたえます。

「でしょうね。何せこの世界の住人は皆、肉体面の力が均等ですから。なら何を以て明確な優劣を分かつか? それはやはり、巨竜さえも数人規模で打破できるであろう『真法』とやらにある。有力な力をもつ者は厚遇され、戦場の最前線で活躍する事になるのは想像に難くない。逆に剣や槍で戦う業は、今や退化し切っているのでは?」

「だな。こういた物理法則がある為、我等もつい怠けがちになる。最近は剣を振るうのも億劫な位だよ。だが、どれだけ体を鍛えようとも、その意味をなさないのだ。どれだけ腕力を鍛えようと、力は一向に強くはならない。なら、体を鍛えるのは無駄だと思って『真法』の向上に心血を注ぎたくもなるさ」

 成る程。本当に社会主義の様な感じの世界ですね、ここは。少なくとも肉体面に関しては。

「とすると、あと重要なのは情報という事になるわね。どの国にどんな『真法』の使い手が居るか知らなければ、迂闊に戦争もしかけられないもの。或いは少数対多数でも、能力によっては前者が勝つ事だってある。あなたが言いたいのは――そういう事でしょ?」

 ヴェラドギナが、不機嫌なまま問いかけます。ニーベルさんは苦笑いしながら肯きました。

「そういう事だ。が、これは他国に揶揄されているのだが、ウーナ国には二つの過ぎた宝があってね。一つは――他人の『真法』を看破する事が出来る能力者が居る事。もう一つは――無敗の名軍師が居る事だ」

「……無敗の名軍師?」

 何ですか、その興味をそそる響きは? 漸く燃えてきた感じですよ、これは。その人物の器量によっては、ウーナ国こそわたくしの標的になりかねないぐらいです。

 そしてニーベルさんは、身を乗り出して告げました。

「そう。私の母は運だけは良くてな。本人は人が良いだけの凡人なのだが、何故か忠臣ばかりが集まってくる。おまけに何度敗走しながらも、常に生き残ってきた。加えて、母は今から三年前、遂にかの名軍師を幕下に加える事に成功したのだ。彼女は就任早々から頭角を現し、正に連戦連勝。その軍師の指揮のもと我々はほかの二国には劣るものの、それなりの勢力にまで、のし上がった。苦心に苦心を重ね、三国による三つ巴とも言える状態にまで持ち込んだのだ」

 熱っぽくニーベルさんは語り続けます。その様子は、まるで英雄譚をうたう吟遊詩人の様。

 けれど、彼女はまたも苦笑いして、遠い目をします。

「が、どうやら母の幸運もそこで品切れだったらしい。その軍師――モーザス・エイナは先月病で急死した。彼女は無敗のまま――天に召されたのだ。いや、本当に彼女らしくない呆気ない最期だったよ。そのモーザスの遺言が自分の死を一年はふせる事だったのだが、果たしてどうだろうな? 人の口には戸は立てられんと言うし、早晩、この事は他国にも伝わるだろう。要するに何が言いたいかと言えば、こういう事だ」

「つまり、現在ウーナ国は――存亡の危機に瀕している? ガラット国やマジェスタ国にいつ滅ぼされても、おかしくない?」

 わたくしが口を挟むと、ニーベルさんは楽しそうに笑います。

「ああ。それはもう、絶体絶命の窮地だ。明日、この国が終わってもおかしくは無い位の危機にある。その意味が、そなた等にわかるか?」

 このときヴェラドギナは、もう一度貌をしかめます。

「成る程。私達にそんな重要な話を聞かせたと言う事は、ただで私達を帰す気は無いのね? あなたは何だかわからないけど、私達に何かを期待している。――違って?」

 ヴェラドギナが問い詰めると、ニーベルさんはあっさり白状しました。

「そういう事だ。実の所、母も放浪中、偶然モーザスに出逢ったのだ。私が毎日の様に狩りに出かけているのも、そう言った偶然がまた起きないか期待しての事。ならば、私とキロ達の出逢いもあながち偶然では無いかもしれん。存外そなた達は、モーザスの再来ではないかな? いや、もっといえばモーザスがあの世から我等にもたらしてくれたのが、そなた達なのでは? 打ち明けてしまえば、そなた達が奇異な存在だと知った時、私はそう強く思った物だ」

 成る程。わたくし達が丁重に扱われているのは、その軍師のお蔭ですか。

 もつべき物は、偉大なる先駆者という所ですね。

「要するに、わたくし達にモーザスさんの穴を埋めろという事ですね? 弱小国に戻ったウーナ国の危機を何とか救えと、ニーベルさんは言っている?」

「ああ。無理な願いである事は、私も承知している。だが、私も母が病で倒れてから気弱になってね」

「わかりました――良いですよ」

「ああ。そうだろう、そうだろう。誰がその様な話を聞いて、我等の味方をしろというのだと呆れるばかりだろう。が、これは命懸けの仕事になる。そんな事に巻き込む以上、せめてこの国の実情を包み隠さない事だけが、私が示せる誠意だ。そう思ってくれると有り難いのだが――って、今何と……?」

「だからわかりましたと言いました。この国を――何とかすれば良いのでしょう? モーザスさんが亡くなった事でほかの二国に更なる差をつけられた――滅亡寸前のこの国を」

「………」

 ついで、ニーベルさんは絶句した後、笑いはじめます。

「ははは、ははははは! 何だ、そなたはっ? 本気か、そなたはっ? いや、だとしたら正気を疑うばかりだが、それ以上に愉快だ! やはり私の目に狂いは無かった! 能力の方はともかく、少なくとも度胸だけは一人前だな!」

 いえ、褒めているんだか貶しているんだかわからない事を、堂々と口にします。

 それからひとしきり爆笑した後、彼女はまた冷静になりました。

「だがヴェラドギナとフィンは、それで良いのか? それともこの二人を無事に故郷に帰す事が、キロが我等の味方になる条件?」

 そう訊ねるニーベルさんに、ヴェラドギナとフィンちゃんは嘆息します。

「いえ、母上が参戦するなら私も参加するわ。……主にこの国とその敵が心配だから」

「ですね。その女は、何時か必ず私が殺すって決めているんです。なら、私もここで引き下がる訳にはいかない」

「ぬ? 何やらキロにも、込み入った事情があるらしいな? が、深くは詮索しまい。取り敢えず、宜しく頼む。私としては――モーザスに劣らぬ活躍をそなた達に期待するばかりだ」

 不敵に微笑みながら、ニーベルさんはそう啖呵を切ったのです。


     ◇


「では、早速質問です。その『真法』とやらは、どうすれば自覚できるのでしょう?」

 そう。わたくし達もこの世界の法則に取り込まれた以上、件の能力は使える筈。〝体力の均一化=『真法』の獲得〟の筈なので、この推理は間違いないでしょう。

 で、ニーベルさんの答えは、こうでした。

「それは簡単だ。単に頭に意識を集中するだけで、そのワードが浮かんでくる。後は実際に使ってみる事だな。でなければ、どんな力かは私にもわからん」

 成る程。ほぼ〈精神昇華〉の様な物ですね。

〈精神昇華〉を単純化させた物が『真法』だと解釈して良さそうです。

 ま、それは後で試すとしましょう。

 その前に、わたくしは矢継ぎ早にいま知っておくべき事をニーベルさんに訊ねます。

 それが終わった頃には日が暮れかけ、既に夕暮れ時になっていました。

「というか、ヴェラさんはどっちにしろ、あっちの世界に帰る事になるんじゃない? 何せ、一日しか楔島の外に出られない訳だし」

 城内の広場に出た後、フィンちゃんは尤もな事を言います。が、わたくしは食肉として処理されている巨竜を眺めながら、首を横に振りました。

「いえ、それは問題ありません。――何せこの世界の一日は、現実世界の一秒に過ぎませんから」

「……へ? そうなの? じゃあ、まだ現実世界では一秒も経ってない?」

「はい。それより明日から忙しくなりますよ。なにせわたくし達の力が突出していない以上、これは完全な知略戦という事。力に頼りきって鈍りきった頭を叩き直すには、丁度いい舞台と言って良いでしょう」

「やはり、そう。それが母上の言う〝自分探しの旅〟なのね?」

「だとしたら?」

 わたくしが笑顔で問うと、ヴェラドギナは真顔で此方を睥睨します。

「言うまでも無いでしょう? 事と次第によっては、私も母上の敵にまわる。全身全霊を以て私は貴女を止めなくてはならない。ただそれだけよ」

 が、この圧倒的な敵意に対し、フィンちゃんだけが取り残されていました。

「……え? それってどういう意味? ヴェラさんは、何でそんなに気がたっている訳? ヴェラさんって、こいつの味方じゃなかったの? ……いえ、そもそも、ヴェラさんをそこまで怒らせるこいつの目的って何?」

「それは簡単。母上はただ材料を欲しているのよ。如何にすれば、現実世界の地球を平和に出来るかと言う。その手段になり得るヒントを求めて、このヒトはいま異世界にまでやって来た。新たな可能性、新たな自分を見つける為に――このヒトはかなりの無茶をしようとしている。或いはその目的を果たす為なら――ほかの世界なんて使い捨てる気でいるくらい」

「……なに? じゃ、じゃあ、おまえはウーナ国なんて実はどうでもいい? 所詮この国もあの楔島と変わらないって言うのか――?」

 ヴェラドギナに続き、わたくしに怒気を向けるフィンちゃん。

 それを遮る様に、ヴェラドギナは続けます。

「でも、以前言ったわよね? 貴女の実験材料にして良いのは『異端者』達だけだと。楔島やそのほかの世界に住む『異端者』だけが、貴女の研究資料。それ以外の者には、決して手は出さない。そう確約したからこそ、私は貴女に従っている。仮にこの約束を反故にする気なら、繰り返しになるけど私は貴女を潰さなければならない」

 と、憤る彼女に、わたくしは笑みを浮かべたままです。

 それが癇に障ったのか、ヴェラドギナは――正面からわたくしを見据えました。

「そうですね。確かにわたくしは――自分の可能性を試したいだけ。異なる物理法則を擁する異世界であろうと――何かを成し遂げられるか挑戦したいだけです」

「それは――宣戦布告と捉えて良いのかしら?」

 そう確認する彼女に、わたくしは真顔で告げました。

「ですが、一度〝何とかする〟と約束した以上、最低限の仕事はするつもりです。わたくしはわたくしなりに、このウーナ国の力になるつもり。言ったでしょう? わたくしは、この世界で何かを成し遂げたいのだと。その仕事が困難である程、わたくしにとっては好ましい。それを果たした後、自分がどんな境地に達しているか楽しみだから。ならば、余計ヤル気が増すと言う物です」

「………」

 すると、ヴェラドギナはいかにも胡散臭い物を見る様な目で、わたくしを見ます。

 それからもう一度嘆息し、まるで挑む様に告げました。

「だと良いのだけどね。いいわ、わかった。――なら早速その為の一歩を踏み出そうじゃない。『真法』についての、情報交換といきましょう。私達がどんな能力を持っているか、それぞれ確認し合うの」

 が、わたくしは露骨に貌をしかめます。

「えー。わたくし実は、もう眠いのですが? もうおねむの時間だと思うのですが、これは誤りですか?」

「当たり前だろうが! まだ日も沈んでないんだぞ! おまえは定時になったら徹底して仕事を切り上げるサラリーマンかっ? 今から寝るって、一体何時間寝る気なんだよっ?」

 ほんの二十時間程ですが、それが何か? わたくしとしてはそう言いたい所なのですが、とても言える雰囲気ではありません。ヴェラドギナとフィンちゃんはわたくしを取り囲む様にして見下し、仕事を強要してきます。

 何でしょうね、これは? 何でわたくしは、これほど人徳がないのでしょう? 義理の娘にいたぶられるとか、完全に失策によって立場を失った姑じゃないですか?

「わかりました。実に不本意ですが、賛成多数では仕方ありません。ここは多数派の意見を尊重しようじゃありませんか」

「へえ? 楔島の独裁者が、民主制を尊重するんだ? 中々滑稽な冗談ね?」

 そう毒づきながらも、ヴェラドギナは速やかに提案を実行します。彼女は意識を集中して、自分の『真法』を確認した様でした。フィンちゃんもそれに続き、わたくしも彼女達に倣います。結果――こういった事になりました。

「私の能力は『交換』とあるわ。具体的には、レベルが低いながらも自分の好きな能力と他人の能力を交換できるみたい。その定員は、五名」

「私は『逆転』みたい。どうも触れた対象の存在レベルを、文字通り逆転させる事が出来る様ね」

 と、フィンちゃんは近くにあった木に触れ、能力を発動させます。

 途端――緑が茂るその木の葉は、確かに枯れ落ちていったのです。

「で、おまえは? おまえは、一体どんなヤバい能力を手に入れたの?」

 完全な偏見を以て、フィンちゃんはわたくしの能力を危険視してきます。いえ、わたくし全くヤバくないですよ? 薬もやっていなければ、闇営業もしていない実にクリーンな独裁者です。なのに、何でしょうねこの扱いは? 益々股間がウズウズするでは無いですか。

「いえ、それはさておきわたくしの力は『健全』で、能力発動中は鼻がつまらないみたいです」

「……は? え? 今、何て?」

「だからわたくしの力は――能力発動中は鼻がつまらないと言ったのですが? 断言しますがわたくしの『真法』はそれだけの物で、ほかに応用する術は皆無です」

 何故か愕然としているヴェラドギナ達に、再度通達します。

 それから彼女は、爆発しました。

「なによ――それっ? 全く役に立たないアホ能力じゃない! 何でこういう時に限ってそういう爆笑必至のアホ能力を引き当てるのよ、母上は――っ?」

「いえ、わたくしに言われても困りますね。能力を決めたのは、この世界の物理法則なので。それと鼻がつまらないって、意外に良い物なのですよ? 昔両鼻ともつまって実に苦しい思いをした事があるので、よくわかります。二人は知らないでしょうが、ニンゲンって寝る時は鼻で呼吸した方が断然楽なんです。口で呼吸すると眠れた物じゃない。そんな訳でわたくしは耳鼻科に行って治療するまで、眠れない夜を過ごした物でした」

「………」

 え? なんでそこで、二人共もうこの国はダメだ的な表情をするのでしょう? 全ては終わったみたいな貌でわたくしを見るのか、意味がわかりません。

 そんな二人を余所に、わたくしは念の為ある事を試します。自分の頭をデコピンし、その事を調べてみたのです。結果は、わたくしの思った通りでした。

「成る程。やはり、そういう事。なら、それはそれで良しとしましょう」

「は? 意味がわかんない。おまえ、何でデコピンを? ついに昨日以上に頭がイカれたか?」

 が、わたくしはそのツッコミをスルーし――遥か彼方の地平線だけを眺めたのです。


     ◇


 やがて夜が明け、朝が来ました。普段は昼過ぎまで眠っているわたくしですが、見事にヴェラドギナに叩き起こされました。

 この世界に来て良かった事は食事が充実している事と、ひさしぶりに布団で眠れた事。だというのにヴェラドギナは、わたくしに満足な眠りさえ許さないと言うのです。眠いです、眠いです、眠いです、眠いです、眠いです。本当に、眠いです。

「……うるさいわね、母上は。いいから、シャキッとしなさい。昨日自分でも言っていたでしょう? 今日から忙しくなると」

「そう言えば、そうでしたっけ? ま、そうですね。早ければ今日一日で――全ての決着はつく筈なので」

「は、い?」

 ヴェラドギナが首を傾げる中――わたくしは早速ニーベルさんに会いに行ったのです。


「で、提案なのですがわたくしを使者にしてもらえますか。マジェスタとガラットに対する」

 わたくしがそう訊ねると、昨日の客間で正座をしているニーベルさんは眉をひそめます。

「そなたを使者に? それはそなたの意図にもよるな。一体何を企んでいる、キロ? よもやかの二国と、和平交渉でもしようと言うのか? 最悪、条件付きの降伏でもするとそう言っている?」

 が、わたくしは明言しません。代りに、別の事を願い出ます。

「なので、昨日言っていた瞬間移動が使える子をわたくしに貸して下さいな。流石に馬で移動すると、何日かかるかわからないので」

「何の答えにもなっていないな? 私は、そなたの意図を問うているのだが?」

 中々食い下がりますね、彼女も。ま、母国の命運がかかっているので当然ですが。

「いえ――降伏はしません。ただ敵のトップの顔を拝んで、わたくしなりの挨拶をするだけ。決してこの国にとってマイナスになる様な事はしないので、安心して下さい。その証拠に、今も惰眠を貪っているフィンちゃんを人質として置いていきます。わたくし達が帰ってきた後、あなたが気に食わない状況になっていたらご随意に扱って。彼女を――処刑でも何でもしてくれて構いません」

「ほ、う? 子供を人質とするか。つまり、そなたが言う通り、それだけの意味があると解釈して構わない訳だ?」

 わたくしは当然の様に頷き、ヴェラドギナは何故か貌をしかめます。

「わかった。ならば許可しよう。そなたのやり様を、高みの見物と洒落込もうではないか」

 と、漸く話は纏まり――わたくしはいよいよ仕事に取り掛かったのです。


     ◇


「時にヴェラドギナ、人間は何故、資本主義に目覚めたと思いますか?」

「……え? なにそれ?」

「ええ。人間が資本社会に順応できたのは、それが彼等の本能に沿う物だったから。元々人間はケモノであり、生き残りをかけた競争社会の住人だった。故に、彼等は無意識に自分達が繁栄する法則を理解していたのです。競争こそ、己や他者を最も手っ取り早く発展させる方法だと。他者に負けまいと言う思いこそが、文明の進歩に直結すると彼等は知っていた。他者と資本を競う資本主義こそ、人間にとって最も合理的な繁栄のあり方だったのです。正に野生の勘による導きによって、彼等はソコに行きつきました。ですが、その反面、中世期から前近代に至ってはその思いが悪い方向に向かってしまった。彼等は戦争による他国の侵略こそ、自国を発展させる一番の手段だと考えてしまったから。他者と競う手段を、彼等は致命的なまでに誤ってしまったのです。その所為で先の大戦では、随分な死者を出してしまった」

 わたくしがそう語ると、ヴェラドギナは半信半疑な様子で口を開きます。

「えっと、つまり母上はこの世界の国々も同じ過ちを犯していると言いたいの? 戦争による主導権争いより、貿易戦争という非暴力による争いの方が遥かに建設的だと言っている?」

 わたくしの答えは、もちろん決まっています。

「いえ、ただ言ってみただけ。深い意味は、特にありません」

「………」

 と、ヴェラドギナが横目で睨む中、わたくし達は瞬く間にガラット国に到着します。

 わたくし達を連れ、この国に瞬間移動してくれたラウナ・シトラさんは首を傾げました。

「えっと、それで本当にお二人は使者としてガラット王にお会いになると? かの王と会い、何をなし得ようと言うのです?」

 齢十六歳の少女は、その利便的な『真法』を有するが為ニーベルさんの側近扱いです。わたくしが見た所彼女本人は気弱な感じですが、何とか毅然に振る舞おうとしている。

 わたくしはそんな彼女に対し、フムと頷きました。

「ラウナさん、あなたは間違いなく、わたくし達の監視も任務に含まれていますね? わたくしがウーナの損になる事を口にしたら、わたくし達を連れ瞬間移動する気でいる。わたくし達を本国に強制送還し、ガラット国との交渉を妨げるつもりなのでしょう?」

「…………」

 が、彼女は答えません。ただ息を呑み、此方を見据えてきます。

「なので申し訳ないのですが、あなたは少しここで休んでいて下さいな」

「え?」

 わたくしが合図を送ると、ヴェラドギナがこれに応え、背後から彼女の首筋を殴打します。一撃で彼女を気絶させ、わたくしはラウナさんをヴェラドギナに預けました。

「では彼女の事は宜しく。一時間程したら帰って来るので、それまでここで待機して下さい」

 こうして話は前進し――わたくしは正式な使者としてガラット王と面会したのです。


 いえ、その前にガラット国とマジェスタ国について、少し話しておきましょう。

 昨日ニーベルさんに聞いた限りだと、この両国はまごうことなき大国と言う話でした。

 ガラットの国王――イッチェ・ガラットは五年前二人の兄と共に挙兵。大陸の東にある国々を、次々征服したのだとか。その勢いたるや正に怒涛の如くで――今やほぼ完全に東国の覇者になりつつあります。

 下の兄の名は――ベルフェス・ガラット。

 彼は体が弱いながらも智謀に長け、妹であるイッチェを良く支え続けています。

 上の兄の名は――フーヴァ・ガラット。

 彼はレアな『真法』を有し、ソレを以て東国の統一に貢献しました。

 そしてこの二人の兄を擁するイッチェ・ガラットは――上の兄よりの存在だとか。

 レアな『真法』を誇る彼女は、生まれながらの征服者だと親族から称えられていたそうです。

 その器量と希少な『真法』は、必ず彼女を為政者になり上がらせる。親族の老婆からそう予言された彼女は、やがてこれを実現。齢十八で王となったイッチェ・ガラットは、現在三つの国を従える覇者になり得ました。

 続けて、マジェスタについて。

 かの国は元々大国でした。先代の王アマンダ・マジェスタは聡明で、奇計を以て長年の宿敵であるウルグア国を打倒。遂に宿願を果たし、既に大国であったマジェスタを更に盤石の物にしたのです。

 ですがそのアマンダも二年前、六十二で死去。その後を、娘である齢二十五のマジェスト・マジェスタが継ぐ事になりました。

 けれど多くの国々がそうであった様に、聡明な王の後を継いだ者はえてして凡庸なもの。彼女、マジェストもその例にもれず、戦に出てもその多くが痛み分けで終わる事になった。精彩を欠き、彼女は先代の王とは異なり実に平凡な存在でした。

 が、その彼女は何時からか――人が変わったかの様に変貌したとか。

 戦に出れば全戦全勝。王でありながら常に先陣をきり、どの将軍よりも武勲をたてる。マジェスト・マジェスタは何時の間にか――母に劣らぬ偉大な王になり得たのです。

 因みに、ウーナ国、ガラット国、マジェスタ国の国力を数値化するとこうなります。

 二対三対五。

 だとすれば、この国力差を埋めていたモーザスさんが如何に偉大な存在だったか、良くわかります。ニーベルさんがわたくしという藁に縋りつきたいと思うのも、納得です。

 で、わたくしはいま正式な使者として、その二国の王に謁見する運びとなりました。

 これは順調に進み――わたくしは早くもガラット王イッチェと会見する事になったのです。


     ◇


「どうも! ウーナ国の使者である――キロ・クレアブルちゃんでーす!」

「………」

 王の間に通された後、わたくしは快活に挨拶します。すると何故か居並ぶ諸侯と、炎の様に赤い髪をしたイッチェ王は沈黙。暫くしてから、漸く白髪頭の青年が声を上げました。

「ほう? 中々面白い使者殿ですね。王に対しその様な挨拶をしてきた使者を、私はほかに知りません」

「はぁ、そうですか? わたくしの世界では、これが常識なのですが」

 いえ、嘘ですが。皆さんご存知の通り、全くのデタラメです。

「ほう? わたくしの世界? これはまた、奇妙な事を」

 端正な顔の白髪頭の青年――恐らくベルフェス・ガラットは、静かに微笑みます。

 わたくしは予定通り、話を進める事にしました。

「ええ。実はわたくし、この世界の住人ではないのです。異世界からやって来た者で、その証拠に皆様の様な悪魔っぽい尻尾は生えていないでしょう?」

 背後を向き、その事を強調します。

 ベルフェスさんと、王座に座するイッチェ王もこのとき初めて眉をひそめました。

「へえ? これは驚いた。まさか妖怪の類とも言える存在が、本当に実在するなんて。でも、どうやら異界の住人は思慮に欠けている様ね。まさかウーナ国の味方をするなんて、正直、自殺願望があるとしか思えないわ。それとも、ウーナの味方をする様に見せかけ、実は私達と内通を図るのがあなたの狙い?」

 瞬時にしてわたくしがしそうな事を、イッチェ王は見抜いてきます。

 それに感心しながら、わたくしは頷きました。

「ええ。わたくし、これでも余り死にたくないのでその手も考えました。ですがどう思案しても、そう言った真似をする必要は無いんですよ。何せわたくしが味方をする限り――ウーナ国が他国に敗北する事は無いので」

「ほ、う?」

「へえ?」

 この時、ベルフェスさんは意外そうな顔をし、イッチェ王は喜悦します。

 わたくしは、更に続けました。

「よって――ここに宣戦布告します。ウーナ国は今日中にでも――ガラット国を征服すると。ここはわかりやすく――戦場で決着をつけましょう。今日の正午、ウーナ国は全軍を挙げ、ヒーマ平原に陣を敷きます。これに怖れをなさないなら、どうぞ攻めかかって下さい。わたくし達は喜んで、あなた方を返り討ちにしますから」

「――面白い」

 イッチェ王が身を乗り出して、更に口角を上げます。

 それを見て、ベルフェスさんは嘆息しました。

「陛下、どうかその様な単純な挑発に乗らぬように。クレアブル殿とやら、私達は既にモーザス・エイナが死去している事を知っている。ならば、その様に敢えて挑発する理由は一つ。此方を警戒させ、少しでもウーナ国に対する侵攻を遅らせるのが狙いでしょう。時間稼ぎがあなたの目的で、今ウーナが出来る最善の策と言って良い。違いますか?」

「これは、ベルフェス殿らしからぬ事を。仮にそうだとして、わたくしが簡単にそうだと認めるとお考えですか? いえ、それ以前にその推測は誤りだと明言しましょう。なにせわたくしはこの後――マジェスタにも宣戦布告するつもりなので」

「………」

「そうなると、些かガラットは都合が悪くなるでしょうね。何せあなた方はマジェスタより早くウーナを落し、マジェスタに対抗する予定だから。でなければ、さすがの貴国も少し不利な戦いを強いられる事になる。マジェスタと覇を競うなら――ウーナを併合するのはガラットにとって必須と言って良いから。そうしなければマジェスタとの国力差は埋められず、早晩、ガラットは滅ぼされるかも。違いますか?」

 わたくしがそう問うと、ベルフェスさんは微笑します。

「つまりそれが厭なら、ウーナ国と和睦しろと? 同盟を結び、共にマジェスタを攻略しろとそう言って、いえ、脅迫している?」

 ですが、わたくしは答えません。ただ、先の言葉を繰り返します。

「では今日の正午、ヒーマ平原でお待ちしています。マジェスタにはその二時間後、戦闘を開始するよう通達するので、チャンスはその時だけ。この二時間の時間差を生かす以外ガラットがウーナを落す機会は永遠に無いでしょう」

 最後にそう大嘘をついて――わたくしはこの場を去ったのです。


     ◇


 と、わたくしが帰って来たのを見て、ヴェラドギナは目を細めます。

「それで、首尾は? 母上的には、上手くいったのかしら? だとしたら、ウーナ国は酷く危うい立場に追いやられた気がするのだけど、これは間違い?」

「うーん、どうでしょう? わたくしはただ、ガラット国にケンカを売っただけなので」

「……え? 今、何て? もしかして母上について行かなかった事を死ぬほど後悔する様な事を、口にした?」

 そう問う彼女に、わたくしは事の一部始終を説明します。

 その上で、此方の腹積もりを明かす事にしました。

「そう。これでガラットは、ウーナを無視できなくなりました。仮にマジェスタがウーナの挑発に乗れば、ウーナは落され、マジェスタに併合されるかも。そうなれば国力差が更に開き、ガラットがマジェスタに勝つのは至難の業になる。逆に万が一ウーナがマジェスタに勝っても同様の事が言えます。マジェスタの本隊を打ち破れば、ウーナが大陸随一の国になり上がる。そうなるとやはりガラットは困る事になって、とても此方の動きを静観できない。勿論、ハッタリだと主張する家臣も居るでしょう。ですが、彼等は既にわたくしが普通じゃない事を知っている。その事が要因になって、彼等は常以上の疑心暗鬼に囚われる事になる筈。少なくとも戦の準備を整え、ヒーマ平原に斥候を放つ事くらいはするでしょうね」

「ん? ちょっと待って。言っている事がよくわからない。母上は、最終的にはガラット国をどうしたいの? ガラットと組んだ方が、ウーナは生き残る可能性が高くなる。なのに今の言い方だと、母上はガラットと同盟を結ぶ気は無い様に聞こえる。寧ろ、ガラット軍をヒーマ平原に誘き出すつもりなのでは?」

「え? そうですよ。わたくしの狙いはガラット軍とマジェスタ軍を誘い出し――彼等を纏めて殲滅する事なので。だって二国とも敵に回して滅ぼした方が――後腐れが無いでしょう?」

「…………」

 すると、ヴェラドギナは謎の沈黙を見せます。

 わたくしはその間にラウナさんを起こし、次の行動をとる準備を整えました。

「ではラウナさん、次はマジェスタまで行ってもらえますか?」

「……って、ど、どういう事です? 私は一体、今まで何を……?」

「いえ、どうも貧血を起こした様で、急に気を失ったのです。そんなあなたに無理を強いるのは心苦しいのですが、これも全てはウーナの為。そう思って、頑張ってはもらえないでしょうか?」

「は、はぁ。……い、いえ、ちょっと待って! で、では――まさかキロ殿は、その間にガラット王と面会したとっ? だとしたら、私はとんでもない失態をおかした事になります! あなたから目を離すなという姫様の言いつけを、私は守る事が出来なかった!」

「いえ、問題はありません。全ての責任は――フィンちゃんがとるので。それより先の依頼を果たしてもらえますか?」

 わたくしが訊ねると、ラウナさんは何やら思案し、やがて結論しました。

「……えっと、仮に私の一存でそれを断った場合は?」

「ええ。ウーナ国は――間違いなく滅びます」

 今度は真顔で、事実を告げます。思ったより効果があったのか、ラウナさんはもう一度だけ閉口したあと漸く承諾の意を伝えてきました。

「で、では、行きます! けど、今度貧血を起こしても、その時は叩き起こしてでも私を同行させて下さいね!」

「ええ、勿論」

 ついでわたくし達は――マジェスタ国へと飛んだのです。


     ◇


 瞬く間に、わたくし達はマジェスタに到着します。

 それから直ぐに、今度はわたくしが背後からラウナさんに当て身を食らわせ気絶させました。

「では、また彼女のことお願いしますね、ヴェラドギナ」

「……そういう母上は、やっぱりマジェスタ王にもケンカを売りに行くのよね?」

 しかしわたくしは答えず、マジェスタ城へと向かい、マジェスト王に謁見したのです。


「はい。今日の正午、我等ウーナ軍はヒーマ平原で貴国を迎え撃つつもりです。その二時間後には、我等はガラット軍も殲滅します。既にガラット国はこの挑戦を了承し、我が軍と開戦する事を決めましたから。その事を踏まえ、マジェスト王も行動されるべきかと」

「………」

 わたくしはガラット王に対して口にした事を、今度はマジェスタ王に対しても告げます。

 ただ異なる点があるとすれば、開戦の時間。

 わたくしはガラットには、マジェスタとは午後二時に戦うと告げました。対してマジェスタには、ガラットと戦うのは午前二時だと話したのです。簡単に言えばそれは大嘘で、両国とも正午にヒーマ平原に来る様、挑発したのです。――加えて、もちろんガラットがウーナの挑戦を受けたと言うのも、大嘘。ですが、そう大嘘をつく事でマジェスタ側に焦燥感を与えられるも事実です。ガラットが動くなら、自国も動くしかないと彼女達は考える筈。

 するとウェーブがかかった黒髪のマジェスト王は、沈黙してからこう述べました。

「成る程。面白い手ですね。そう言われてしまうと、我等としてはあなた方の動きを無視する事は出来ない。仮に今の説明が本当なら、恐らくガラットがウーナを攻め落とし、我等の国力に比肩する。万が一ウーナがガラットを打破したなら今度はウーナが我等の国力に匹敵する。そうなると、我等としては少し困った事になりますね。しかも、今の発言通り本当にガラットが動くかは、私には確認出来ない。仮に使者を送り問おうとも、彼等が敵国である我等に事実を話す筈がありませんから」

 さすが、聡明と名高いマジェスト王。此方の狙いを、瞬時に見抜きましたか。

「ですが、それでウーナは何を得ると? 恐らくガラットが攻め込めば、ウーナは十中八九滅ぼされるでしょう。それではただの、自殺行為でしかない。まさか、あなた方には我が国とガラットを退ける秘策がある? それとも全てはハッタリで、私達を警戒させ、時間を稼ぐのが目的でしょうか? もしくは遠まわしに、我が国と同盟を結びたいと言っている? はたまた実はガラットとは既に同盟を結んでいて――彼等と共に私達を迎え撃つ気とか?」

「どうでしょう? 口が軽いと噂されるわたくしも、さすがにそこまではお答え出来そうにありません。後の事は全て、マジェスト王がご判断されるべき事かと。では、正午にヒーマ平原でお待ちしています」

 言いたい事は言ったので、わたくしは速やかに踵を返します。

 と、マジェスト王は、そんなわたくしの背中に声をかけてきました。

「あなた、使者を名乗っている割に、一度も頭を垂れませんでしたね? まるであなたこそ、この大陸の覇者の様な佇まいでした。もしや異世界においては、あなたこそが王なのでは?」

「………」

 この洞察力に、今度はわたくしが沈黙します。

 それからもう一度だけ振り返り、ただ事実だけを口にしました。

「まさか。わたくしなど今やただのホームレスです。故郷に帰っても、帰るべき家一つない」

 こうして胸裏に僅かな不安を抱きながら――わたくしはマジェスタ城を後にしたのです。


     ◇


 で、約束を反故にした事で完全にラウナさんに嫌われたわたくし達は、ウーナに帰還。直ぐにニーベルさんに会い、両国との会合の成果を報告しました。その結果は以下の通り。

「……はっ? 今、何と――っ?」

「ですから、マジェスタとガラットにケンカを売ってきました。上手くいけば、両国の軍隊が正午にヒーマ平原に現れる筈です。わたくし達は、それを迎え撃たなければなりません」

「…………」

 途端、ニーベルさんは微笑み、部下にこう命じます。

「あのフィン・ファンファーと言う少女を――処刑しろ」

「…………」

 あれー? 思った以上に、不興を買った様ですよー。

 即断でフィンちゃんの命を奪うつもりです、この人。

「いえ、それは困りますね。彼女はこの先、必ずわたくしの役に立つニンゲンなので。それとも、わたくしの策がそれほど信用出来ませんか?」

「策? 策だと? そなたはあのマジェストやイッチェの恐ろしさは知らないから、そんな事が言えるのだ! ……あの様な化け物どもと、正面から戦うだと? それでどうすれば勝てると言うのだっ?」

 うーん。これは、本当の事を説明しないと駄目ですかね?

 できればもう少し引きのばして、フィンちゃんに死の恐怖を与えたかったのですが。

「わかりました。ではニーベル姫に、我が秘策を明かしましょう」

 有言通りわたくしは自身の構想を披露しました。それを聞くと、ニーベルさんの興奮は徐々に収まっていった様です。逆に彼女は身を乗り出して、問うてきます。

「それは……まことか? その様な事が、可能だと?」

「ええ、恐らくは。どちらにせよ、これは一度しか使えぬ手。一度見せてしまえば、後はただひたすら警戒されるだけです。彼等の主力を打破する機会は、もう永久に訪れないでしょう。つまりこの策を成すには、彼女達を何としても正午にヒーマ平原へ誘き出す必要がある」

 後、懸念するべき事は……マジェスト王の器量。……あの方、もしかするとわたくしが思っている以上の器かもしれません。だとすると……少し厄介な事になるかも。

 わたくしがそんな事を考えている間にも、状況は刻一刻と進んでいきました。

 ニーベルさんは決意を固め――ヒーマ平原に軍を進める事にしたのです。


     ◇


 対して、ガラット国は現在ウーナ国の対処について話し合っていた。

 その最中、伝令係りより件の情報がもたらされる。

「ウーナ軍――宣言通りヒーマ平原に布陣しました! そのまま動かず、ただ時が来るのを待っているかの様な気配だそうです!」

 それを聴き、王の間に居並ぶ参謀格の将軍達は尚も議論を重ねる。

「まさか、本気で我等やマジェスタを敵に回す気か? その様な事があり得ると?」

「バカな。どうせハッタリに過ぎん。仮に本気だとしても何らかの罠があるに違いない。みすみすソレにのる意味など、微塵も無い。ここは徹底して、無視するに限る。マジェスタもそうするに決まっている」

「が、向こうには『真法』を看破する能力者がいます。つまりウーナ側も、イッチェ陛下の『真法』は知っている筈。私にはそれを防ぐ術が、彼等にあるとは思えません。だとすれば、何か別の意図がウーナにはあるのでは?」

 この尤もな意見を聴き、ベルフェスは一人思案する。

(そう。問題はそこだ。ウーナには必ず、何らかの策がある。とすれば、やはりこれは時間稼ぎ? ウーナは、マジェスタと裏で交渉している? ウーナの自治権を認める代わりに、ガラットの攻略に手を貸す。マジェスタと、そう密約を交わそうとしていると? これはその条約が締結されるまでの時間稼ぎだと、そういう事? いや、だとしたらあの娘は大したものだ。たった数分話をしただけで、我等をこうも混乱させているのだから。やはりウーナを完全に敵に回してでも、あの少女は始末するべきだった?)

 事態がここまで進んだ所で、ベルフェスは己の失策を痛感する。あの暗黒の少女こそモーザスの後を引き継いだ軍師だと知り、唯一の機会を逸したと感じる。自分は何としてもあの場で彼女を殺しておくべきだったと、彼は思い知った。

 更にその数分後、追い討ちをかける様な情報がガラットにもたらされる。

 伝令係りの少女は些か呼吸を乱しながら、こう告げたのだ。

「畏れながら、申し上げます! ヒーマ平原に、マジェスタ軍も『転移』してきました! かの軍はウーナ軍と対峙し、臨戦態勢に入ったとの事!」

「まさか――っ?」

 だとすれば、ウーナとマジェスタは、繋がっていない? ウーナには、別に何らかの策がある? もしそうなら、マジェスタは早まった真似をしたとベルフェスは思わざるを得ない。

 いや、それとも、マジェスタはウーナの策を見抜いた? その上で、こう動いたと?

 そうなると、マジェスタは間違いなくウーナ軍を破り、かの国を併合するだろう。となればマジェスタの国力は更に増し、ガラットは窮地に陥る。それを避ける手段は、一つだった。

「ならば、是非も無いわね。我がガラット軍も――かの地に赴くしかない」

 今まで無言で会議の経緯を見守っていたイッチェ王がそう告げた事で――全ては決まった。


     ◇


「と、まあ、マジェスタが動いた事でガラット側も動かざるを得なくなったでしょうね」

 馬上のキロがそう告げた途端、確かにガラット軍もヒーマ平原に『転移』してくる。

 それに反応して、マジェスタは左側面に陣取るガラットも警戒する。ガラットもウーナとマジェスタに睨みを利かせ、ここに三国による三つ巴は形勢されたのだ。

「……確かに、ここまではキロの言う通りになったな。正直、急展開すぎてついていくのがやっとなのだが」

 同じく馬上のニーベルがそう思うのも、無理からぬ事だろう。自分は数時間前まで、実に平穏な時間を送っていたのだから。

 だと言うのに気が付けば、自分は今マジェスタとガラットという大国に挟まれた状態にある。ウーナ軍より遥かに上とも言える兵を率いて、彼等は自分達を強襲し様としているのだ。それは、ニーベルの発想には無い現実だった。因みに、ウーナ軍は民兵まで動員して、二万。ガラット軍はその三倍で、マジェスタはその五倍である。しかもその何れも、今日まで苛烈な戦場で戦い抜いた百戦錬磨の強兵と言えた。――そのガラット、マジェスタ軍は先ず『探知』を使い大地を探る。落とし穴や罠の類が無いかサーチし、結果、ソレは皆無だと知った。

(ならば、余計ウーナの思惑が読めない。罠も無く、正面から我等と対峙する? 我が軍とマジェスタを、同時に相手にすると言うのか? ……いや、違う。彼等の目的は――我等に背水の陣を敷かせる事? 今にも開戦しかねない状況に我等を追いやり、その上で交渉する気か? その方が少しでも有利な条件で、同盟を結べるから)

 ならばとばかりにベルフェスはイッチェの許しを得て、その案を伝令係に託す。

 彼はすぐさま動き、ベルフェスの提案を伝えるためウーナ軍に接触した。

「恐れながら、ニーベル姫とお見受けします。我が主イッチェは、ウーナ国と同盟する用意があります。もしこれが叶うなら、ウーナ国に悠久の自治権をお約束いたしましょう」

 同様の申し出は、マジェスタ側からももたらされた。だが、キロはその何れも退ける。

「実に結構な申し出ですが、つつしんでお断りします。わたくし達の目的は飽くまで――ガラット、マジェスタの殲滅ですから」

 これを聴き、伝令係りの青年は息を呑む。

 キロという少女の正気さえ疑い、彼は彼女の言葉をそのままイッチェ達に伝えた。

「つまり、ウーナは玉砕が望み? 我等に皆殺しにされる事を覚悟して、あの場に居ると?」

 妹はそう告げるが、それは違う筈だとベルフェスは思う。どこの国の王がまだ余力がある段階で、そんな暴挙に出ると言うのか? 追い詰められた状態ならわかるがウーナにはまだ兵も食も住も十分にある。この条件で国力が勝る二つの国にケンカを売るなど本来はありえない。

 ならばどうする? 目の前でウーナ軍がマジェスタ軍に敗北する所を、傍観するか? 自軍を退け、彼等が潰し合うのを待つのが良策?

「ですね。それ以外にガラットが、マジェスタより優位に立つ術は無い」

 マジェスタ軍にウーナ軍を打破させ、マジェスタ軍が疲弊した所で叩く。単純すぎる策で、恐らくマジェスタにも読まれているが、ガラットとしてはそう動くほかない。仮にガラットがマジェスタに対し戦端を開けば、利を得るのはウーナだけだから。大国の主力同士が潰し合う事で両国は消耗し、ウーナがその隙をつくだろう。

 いや、或いは、それこそがウーナ軍の策なのかもしれなかった。

「ならば是非も無し。陛下、一時撤退を。先ずはマジェスタとウーナの動きを見極めてから、兵を動かしても遅くは無いかと」

 この進言は採用され、イッチェは自軍に後退を命じようとする。だが、その前にウーナが動く。彼等は微速ながら確実に――軍を進行させたのだ。


     ◇


 その最中、ニーベルは嘆息しながらキロに告げる。

「〝悠久の自治権〟か。恐らくモーザスなら、それで手を打つぞ、キロ? だと言うのに、そなたは飽くまで自分の構想に基づいて動くのだな?」

「ですね。それ以外、ウーナが生き残る術はありませんから。で、もう一度確認しておきますが、イッチェ王の『真法』は『優先』で間違いないと?」

 そう。それがイッチェ・ガラットの能力。彼女は――他人の自虐願望を優先させる。

 簡単に言えば、彼女は被術者を視界に収めるだけで、被術者を自殺に追い込まるのだ。その数は一度に百名で、標的に近づき視界がクリヤーになる事で、より能力の威力は増す。

 ニーベルがあそこまでイッチェを恐れたのは、その為。イッチェは以前、敵を操り、敵自らの剣を以て、その敵の体をバラバラにした事がある。その怖気が走るであろう事実を間者から聞いた時、ニーベルは心底からイッチェを恐れた。今も何時その破格の『真法』が自分の身に降りかかるか、気が気では無い。が――額から汗が滲む中、キロは更に確認してくる。

「で、マジェスト王の『真法』はなぜかわからない、と?」

「ああ。『看破』の『真法』を以てマジェストを探らせたが、不発に終わった。あの者はなぜか『看破』の『真法』が効かない。だが、噂ではあるがこんな話がある。何でも、ある戦でイッチェ本隊がマジェスト本隊に夜襲をかけたらしい。しかし、それは失敗に終わった。マジェストが最前線に立ち、イッチェ達を追い払ったというのだ。見ただけで敵を死に至らしめるあのイッチェをだぞ? ガラットがマジェスタを警戒するのは、だからだ。彼女達は力攻めだけではマジェスタに勝てないと知っている」

「……成る程。だとすれば、そういう事?」

 キロがそう呟く頃には、既にマジェスタ軍とガラット軍は三百メートルの距離に迫っていた。

 因みに『真法』とは、実の所、大部分の人間が同じ様な能力を持っている事が多い。強力な能力を持っている人間は希少で、戦力になる人間もまた稀有なのだ。加えて煙を起こす『真法』を以てその身をくらませ、進軍する手は通用しない。ガラット側もその事は承知の上で、その煙を吹き飛ばす『真法』の使い手を擁しているから。では、どうすれば勝てる? あの化物じみた、魔眼の持ち主相手に? その時――キロはこう指示を飛ばした。

「では『転移』の『無効化』を為してください。複数の『真法』や強力過ぎる『真法』を防ぐなら、一瞬で効果が切れるでしょう。ですが一つの、条件が厳しい『真法』を封じるなら五分はもつ。わたくし達はその間に、全ての決着をつければ良いだけです」

 常の笑みを消し、キロは淡々と彼方を見る。その上で、彼女は遂にその策を披露した。

 いや、その前に、彼女は意味がわからない事を口走る。

「ええ、そう。この世界にも宗教はあって、わたくしはその司祭殿に訊ねたのです。果たしてこの世界の人間はどうやって生まれたのかと。その答えはやはり〝神が直接創造なさった〟との事。わたくし達の世界の人々と同じですね。中世期においては、そういった教えこそが当たり前だった。ですがその教えを信じ切っていたが故に、あなた方はその可能性を黙殺してしまった。余りに重要すぎるその事に――あなた達は遂に気付かなかった」

 そうしてキロ・クレアブルは――満を持して謳ったのだ。

「ええ、そう。この世界の住人は――巨竜から進化したと言う可能性をあなた方は無視した」

 恐らくイッチェ辺りが聞いたら、世迷言だと一蹴した事だろう。だが、その証拠の一端とも言える物が彼等には存在していた。即ち――〝巨竜の尻尾の骨格に似た尻尾〟という物が彼等には生えているのだ。その事をキロは昨日、巨竜が食肉として解体されている時に確認したのである。故にキロは合図を送り、馬上のフィンにその能力を発動させる。『逆転』と言う名の悪魔の呪詛を――フィン・ファンファーは発揮した。

「……な、にっ?」

 ウーナ軍は、確かに劣勢にあった。かの国がガラットとマジェスタを同時に相手するなど、ただの暴挙だ。が、次の瞬間、それはただの無謀では無くなる。なにせ二万に及ぶ兵全てが――あの巨竜へと『逆転』したのだから。進化の逆は――退化。フィンは彼等の存在レベルを逆転させ、知能以外巨竜に退化させる。異形と化し、全長二十メートルにまで巨大化した彼等は高々と咆哮を上げる。そのまま彼等は一斉に駆け出し――マジェスタ軍とガラット軍に襲い掛かった。

「そういえばまだわたくしが名付けた、彼等の総称を語っていませんでしたね。今こそ確信するしかありません。彼等は――竜人。あの巨竜から――人へと進化した生き物です」

 かくして暗黒の少女主催の、一方的な虐殺は始まった―――。


     ◇


「ですね。ある戦争記には、こうありました。〝戦争とは、戦う前に勝利する為の条件を全て整えた者が勝つ〟と。〝戦略を以て敵を誘導し、袋小路に追い詰め、戦術を以て止めを刺せ〟と。つまりは――こういう事です」

 確かに、兵力では依然ウーナ国が劣る。だが、その兵は皆、巨竜と化しているのだ。彼等は人間の十倍以上に及ぶ怪物へと変貌した。その全てが一斉に肉薄する中、ベルフェスは自身の浅慮を恥じた。

「――まさかこんな手がっ? 陛下、直ぐに撤退を! 私の想像通りなら、この戦、我等に勝機はありません!」

「何をバカな。あんなのは、ただ標的が大きくなっただけでしょう?」

 酷薄な笑みを浮かべながら、イッチェは『優先』を発動させる。彼等を自殺に追い込むべくその魔眼を活用する。が、彼女はその光景を目撃する。自身の能力の力場を、あの巨竜達は弾き飛ばしたのだ。そのカラクリを、ベルフェスは痛いほどわかっていた。

「やはり変わったのは姿と力! ――彼等はあの巨体に比例した膂力と『真法』を有している! 十倍以上に及ぶ力と『真法』の威力を彼等は身に着けた! その力を以て、彼等は陛下の力を退けたのです!」

「……まさか、そんな事、が」

 いま初めて、イッチェ・ガラットが唖然とする。

 二万に及ぶ巨竜の群れが迫る中、彼女の思考はなぜか過去へと遡った。

 彼女が初めて人を殺したのは、十歳の頃。その人物に不快な思いをさせられ、その想いを両目に向けただけで、その人物は自殺した。自分の目の前で、自ら頸動脈を引きちぎったのだ。

 それを見て、直ぐ傍にいた二人の兄は咄嗟に彼女を庇った。嘘の証言をして、彼は自殺したという事にした。ただ一人、その事実を見抜いたのが彼女の祖母だった。或いはそういう『真法』なのではと彼女に問い詰めると、彼女は項垂れながらそれを認めた。

〝ならば、それこそが天命という事。お前はこの大陸を総べる力を、天から与えられた。お前はその為に生を受け、それを成す為にこれから人生を歩んでいく。それを成す事だけが、お前の贖罪だと思いなさい。この世界から戦を失くし、皆を幸せにする事が、お前に課せられた宿命なのです〟

 それを聴いた時、彼女の人生は決定的に定められた。もうそうするしか彼女には、その罪を贖う手段が思いつかなかったから。その悪魔の様な『真法』を以て――実の父を自殺に追いやった彼女にはそうするほかなかったのだ。故に、彼女は殺した。自分に敵対する者はその能力を以て、殺して、殺して、殺し続けた。自身の贖罪の為に、彼女はそうするしかなかったから。

〝あ? 何でそんな自分に手を貸すかだと? そんなのは決まっているだろう? 俺はお前についた方が良いと思っただけ。お前の味方をした方が、得だと思ってお前を利用しているだけだ。全く、そんな事もわからねえから、お前は実の兄にまで良い様に扱われているんだよ〟

 上の兄は真顔でそう告げ、自分に背を向けた。彼女はその言葉を、素直に信じた。

 だというのに、なぜ、いま自分達はこんな事になっているのか?

「――阿呆! はやく逃げろ、このバカ妹!」

「フーヴァ兄っ?」

 上の兄が咄嗟に馬ごと自分に体当たりをして、自分を弾き飛ばす。

 次の瞬間、彼は巨竜の一体に踏み潰され、彼女の兄は確実に致命傷を受けていた。

 その様を呆然としながら見送り、彼女はただ吐露する。

「……私の事を、利用しているだけだって言っていたのに。それなのに、何で……?」

「あ、ほ。あんなたわごとを、ほんきでしんじた、のか? だから、おまえは、ばかだっていうん、だ。おまえは、おれたちにとって、あいすべきいもうとで、ただひとつの、ほこりだった。だから、はやく、にげ、ろ」

 が、死の連鎖はとまらない。落馬した彼女目がけて、巨竜の一撃が放たれる。それを今度は下の兄が庇っていた。

 下半身を踏み潰された彼は、口から大量の血液を逆流しながらも、こう訴える。

「……どうか、撤退を、陛下。貴女さえ、お前さえ、イッチェさえ生きていれば、まだ、さいきはなせるから……」

「……ベルフェス兄……? ベルフェス兄ぃいいいぃ―――っ!」

 だが、既にガラット軍にまともな判断が出来る人間は、殆ど存在しなかった。騎士達は一斉に潰走し、残っているのは王を守る親衛隊のみ。その彼等も次々、命を失っていく。

「陛下、どうかベルフェス様の御指示通りに! 貴女様さえ御無事なら、ガラット国は必ず再興できます! ですから、どうか、おはやく!」

「……あああ、ああああああああ、ああああああああああ……っ!」

 その全てを目撃し、彼女の意識に亀裂が走る。

 それでも残った理性を総動員し、彼女は涙しながら吼えた。

「どうして撤退などできるものかっ! きさまはっ、きさまだけはっ、私がこの手で殺してやるっ、キロ・クレアブルぅううう―――っ!」

 そうだ。自分達兄妹は、ただこの大陸の人々を幸せにしたかっただけ。その切っ掛けになったのは父を死に追いやった事だけど、その想いだけは本物だった。彼女は自分の力が増すたびに、そのユメが近づいてくる手応えを確かに感じていた。自分を慕ってくれる彼等の笑顔を見る度に、彼女は確かに満たされていたから。

「なのにっ、それなのにっ、それなのにっ、それなのにっ――きさまはっ!」

 けれど、それが彼女、イッチェ・ガラットのサイゴの言葉になった。

 次の瞬間、彼女もまた兄達の様に巨竜に踏み潰され――その波乱の人生に幕を閉じたのだ。


     ◇


 故に、フィン・ファンファーは目を逸らしながら、彼女に問う。

「……こ、ここまでやらなくちゃならないのか? こんなのもう、戦争でも何でもないだろ? こんなの、ただの虐殺じゃないか――っ!」

 が、暗黒の少女は、その凄惨すぎる地獄から目を逸らす事なく答える。

「ええ。ウーナを〝何とかする〟なら、ここまでしなければなりません。仮に先の条件をのもうとも、それは恐らく今の王が職を退くまでの話です。新体制になれば、きっと方針が変わったとウーナに重税を課す。やがてその重税に耐えきれなくなったウーナは、反乱を起こす羽目になる。それを口実に他国は堂々とウーナに攻め込み、今度こそこの国を支配するでしょう。それを避ける手段は、ウーナがこの大陸の支配者になる事。それが、わたくしなりの〝なんとかする〟という事です」

 そこで一度言葉を切ってから、彼女は宣言する。

「ですが、これは現実世界の人間も辿って来た道です。万人に通用する法がまだ無い以上、戦争や略奪は続く。兵は戦場で次々死に、民は略奪によって不条理に命を奪われる。このままではこの乱世は数十年規模で続き、その犠牲者の数は莫大な物になるでしょ。今ここで殺されている、王や騎士や兵達の数を遥かに上回る人間が死んでいく事になる。なら、それを避ける為には――今を生きる人々に死んでもらうしかない。力ある者を排除し、更に力ある者を育て、絶対的な発言力を与える。それが――わたくしの大義です。ウーナを唯一の帝国にし、万人に通じる法律を制定して、大陸から戦争と略奪を無くす。それが――わたくしの大義。けれど、きっとどこぞの〝鎮定職者〟なら、気分を害しながら下策だと言い切るでしょうね」

 それから彼女は、尚も続けた。

「ですが、その戦争という過ちも、人間が持ちうるサガと言って良いでしょう。人の祖も所詮はケモノに過ぎませんから、力による支配を目指すのも野生の本能による物と言って良い。故に大抵の文明は先ず多くの戦争を得なければ、平和の尊さを実感する事がないのです。文明を発達させ、それに見合った理性を身に着ける事で、人間は戦争の愚かさを漸く悟る。例えばこの大陸の国々の様に」

 彼女がそう口にすると、ニーベルは鼻で笑う。

「成る程。が、我等を望まぬ戦争においやったのは果たして誰だったかな? 本当にこれで、もし負ける様な事があれば、そなたを八つ裂きにしても飽き足らぬ」

 だが、その言葉とは裏腹に、ウーナ軍は圧倒的優勢を保っている。ソレは、ガラットは勿論マジェスタ軍もただ恐慌する程だ。

 彼等は一斉に潰走し、何としてもこの場から逃げ出そうと足掻く。

 ここに暗黒の少女の構想通り戦況は進み、彼等はいま殲滅され様としていた。

「ん? なに?」

 いや――本当にその筈だった。

 けれど、ニーベルはその光景を目撃する。

 馬鹿げていると言い切れるその偉容を、彼女は真正面から見た。

「成る程。これがあなた達の策ですか。正直、驚きました。この様な奇策を以て、あのガラットに完勝するとは」

「まさ、か?」

「ですが、どうなのでしょうね? 果たして私に、この手が通用するのでしょうか? これは実に試し甲斐がある事だと思えるのですが、違いますか――キロ・クレアブル?」

 キロと同じく淡々と――マジェスト・マジェスタが謳う。かの巨竜の一撃を、あろう事か弾き飛ばしながら。そのままバランスを失った巨竜は地面に倒れ、この間にマジェスタの拳が炸裂する。たったそれだけの事で――その巨竜は昏倒していた。

「……二メートルにも及ばないちっぽけな人間が、全長二十メートルに及ぶ巨竜を倒した? 人間が膂力で巨竜を圧倒した、と? おい、キロ、私は夢でも見ているのか? だとしたら――何と言う悪夢だ!」

 が、そう恐慌するニーベルを余所に、マジェストは確実に巨竜達を打破していく。彼等の足を払い、横転させてから走りより、拳による一撃を頭部に加える。むろん彼等も反撃しようとするが、その全てをかの王は尽く受け流していた。

「……いや、違う。こんな事はあり得ん。我等の膂力は徹底して一定レベルに均一化されている。誰かがあの様に突出する事にはなり得ない。だというのに――何だあの化物じみた力はっ?」

 そう狼狽するニーベルに、制服姿で馬に乗るヴェラドギナが問う。

「ちょっと待って。何らかの『真法』で膂力をアップさせるという可能性は無いの? それなら、彼女のあの無双ぶりも説明がつくのだけど?」

 だが、ニーベルは首を横に振る。

「それもありえない。言っただろう? 我等の膂力は、徹底して均一化されていると。故に『上昇』の『真法』を以ても膂力の向上は叶わず、この能力の所有者は無価値とされた。なんの意味も持たない『真法』の持ち主だと、蔑まれてさえいたのだ。だとしたら……やつの力の根源は何だ?」

 ここまでニーベルが話した所で、暗黒の少女は漸く口を開く。

「簡単です。アレも『真法』の一端ですよ。彼女の能力は恐らく――『搾取』です。敵の膂力や『真法』を弱め、その分の力を己に加算する。敵の力を搾取する事で彼女は自分の力を強めているのです。つまり此方の力が強くなるほど――彼女の力は増すと言う事」

「……なっ?」

 ニーベルは訝しげな様子で驚愕するが、仮にそうだとしたら全ての説明はつく。

『真法』さえその能力範囲なら、イッチェの『優先』も無力化できる筈だから。

「……だが、なぜやつは膂力をアップできるっ? それはこの世界の理に反する事だ! 滝の水が逆流する事よりありえん! そなたはこの不条理を――どう解説するというっ?」

「それも簡単。彼女は世界がその反則に気付くより速く、能力を発動させているだけ。途轍もない能力処理速度を以て『真法』を発動させ、一瞬だけ膂力のアップを図る。それを連続して繰り返す事により、ああして彼女は超人じみたパワーを発揮しているのです」

「な、に?」

 果たして、そんな事が可能なのかとニーベルは思う。仮に可能だとしたらマジェスト・マジェスタはどれだけの修練を積んだと言うのか? それは既に、人の領域を遥かに超えているのでは?

「ええ、そう。アレは人が雨水を全て避けながら、前進するに等しい奇跡。人ではなし得ない奥義を彼女は披露している。だからでしょうね。マジェスト王が近年に至るまで、精彩を欠いていたのは。彼女はこの業を身に着けるまで、凡庸な女性だった。膂力のアップも為せない、脆弱な人間だったに違いありません。でも、彼女は変わったのです。あの絶技を身につける事によって――或いはこの世界の人間全ての頂点にたったから。仮に体力さえ搾取出来るなら、彼女はあの巨竜達を全滅させるまで止まらないでしょう。ニーベル姫が言っていた通り、マジェスト・マジェスタこそ本物の怪物です。彼女の能力を今まで看破しきれなかった時点で――わたくしの敗北は決定した」

 敗北? 今、この少女は自分が負けたと宣言したのか? ガラット軍をああも容易く打ち破ったキロ・クレアブルが、完敗した。

 ニーベルはそれを聴き、身を震わせ、大きく息を吐く。その上で、彼女は告げた。

「そうか。私達の負けか。ならば、そなた達は早々にこの場を去れ。そなた達の故郷に帰り、私達の事は忘れろ。後は――私達が何とかするから」

「な、何とかするって、そんなの無理に決まっているでしょう! 巨竜相手でも勝てないのにただの人間であるニーベルさんが何とか出来る筈が無い! そんな事、絶対不可能です!」

 フィンがそう叫ぶ中、ニーベル・ウーナは微笑んだのだ。

「いいユメを見させてもらった事、本当に感謝する。ありがとう、キロ、ヴェラドギナ、フィン。例えここで敗北し様とも、そなた達は私にとって――最高の救世主だったぞ」

 このとびっきりの笑顔を見て、ヴェラドギナが息を呑む。フィンも沈黙し、ただかの王女に視線を向けた。だが、暗黒の少女だけは前だけを見据える。

「そう。それがあなたの決意ですか、ニーベル・ウーナ。正直言えばわたくし達を囮にして自分だけ逃げ出すなら、本当に見捨てるつもりでした。ですがあなたがまだ戦う気を失わないなら、わたくしもこの場に留まるしかない様です。ええ、そう。確かにわたくしは破れました。できれば知略戦を以て、彼女を打ち破りたかったから。本当にこの様な肉弾戦で彼女を打倒するなど――わたくしにとっては敗北に等しい」

「……は?」

 意味がわからず、ニーベルは首を傾げる。

 その間にキロは馬を下り、歩を進め、『通信』を使って巨竜達に指示を出す。

「皆は、マジェスタ兵だけを狙って。わたくしが、マジェスト王と戦っている間に」

 戦う? あの超人じみた――マジェスト・マジェスタと?

 その意味を少し遅れてから理解したニーベルは、だから彼女を制止しようとする。

「待て、キロ! そなたの『真法』は既に聞いている! あんな『真法』ではどう足掻いてもマジェストには勝てん! そんなのはただの自殺行為だ! もういいから、私達の事はいいからそなた達はこの場から去れ――っ!」

「いけませんね。王女が軽々しく、自分達の死を受け入れるなど。それこそ為政者にあるまじき愚考そのものですよ、ニーベル姫」

 振り向かずに、彼女は告げる。その言葉にニーベルが戦慄している間に、キロはマジェストと対峙する。百体目の巨竜を容易に打破するその超常者に、キロは語りかけた。

「正直もう二度とお会いする事は無いと思っていたのですが、ここは再会を喜ぶべきでしょうか――マジェスト・マジェスタ王?」

「そう? 私は、またあなたに会えると確信していたのに? あなたの処刑にたちあえる事だけが、私の楽しみだったのだから。でも、そうですね。どうやらあなたは、私自らの手によって処刑される事を望んでいるみたい。きっと少しでも私を釘付けにして、ウーナ軍を撤退させたいのでしょうけど、無駄です。ウーナ国も、直ぐにガラット国の後を追う事になる。今日この日を以て、この大陸は統一される。私のそのユメを妨げる者は、もう居ない。でも、感謝しておきましょう。あなたのお蔭で労なくガラット軍を壊滅できたその事に関しては。だから、あなたは私が少しでも楽に殺してあげます――キロ・クレアブル」

 対して暗黒の少女は、静かに構えをとる。

「奇遇ですね。わたくしも出来れば一撃で、あなたを仕留める気でいたのだから。故に忠告しておきましょう。わたくしに勝ちたいなら、何があっても心が折れない様に腹積もりをするべきだと。わたくしはちょっとしぶといですよ――マジェスト王」

「言っていなさい。この史上最低最悪の――大量虐殺者が」

 微笑みながら、マジェストが地を蹴る。それが数分に及ぶ、死闘の合図となった。

 ヒーマ平原における最後の戦いが――いま始まったのだ。


     ◇


 いや、戦いは一瞬で終わった。瞬く間にキロの間合いに入ったマジェストの拳が、キロの側頭部に炸裂したから。それは――巨竜から『搾取』した力による一撃。ならば、その強襲を受け五十メートルは吹き飛ばされたキロが立ち上がれる筈も無い。ここに勝敗は決し、マジェストは踵を返す。キロ・クレアブルから一切の興味を失くした彼女は、巨竜の殲滅を続けようとする。そして彼女はそのとき感じ取る。背後から、誰かが此方に歩み寄ってくるその気配を。

「まさか?」

 そんなバカなとばかりに、マジェストが振り返る。

 そこに居たのは――土で汚れたあの暗黒の少女だった。

「なぜ、生きているのです?」

 けれど、マジェストはその事実に反して喜悦しながら問う。キロは答えず、ただ構えをとった。ついで放たれたのは巨竜さえ気絶させる蹴り。それをやはり避ける間もなく被弾したキロは、吹き飛ばされる。但し、今度は五メートル程。しかも少女はその場に立ったままだった。

(……明らかに、先ほどより防御力が増している? まさか、殴打を受ける度に守備力が向上する『真法』? いえ、違う。そんな気配は無かったし、何よりそんな能力が発動すれば私が『搾取』している筈。では、なぜ彼女は生きている?)

 その結論に至る前に、マジェストは更なる一撃をキロに浴びせる。だが、今度は、少女は吹き飛びもしない。その場に留まり、これを見てマジェストは更なる攻撃を浴びせた。後はその連続に過ぎない。マジェストはキロが屈服、いや、死亡するまで殴打を繰り返す。腹を、側頭部を、顎を、足を、鼻っ柱を、ただひたすら殴っては蹴り続ける。そこから感じるのは、確かに何かを殴打している感触だ。死に直結した手応えを、マジェストは確かに感じ取る。

(なのに、なぜ死なない? なぜ、この子は、今も私の前に立ちふさがっている?)

 百発目の暴力がキロに炸裂する中、それでも死なない少女を前に、マジェストは戦慄する。彼女はいま初めて悪寒を覚え、思わず後退しそうになる。

 だがそれを、彼女はよしとはしなかった。

(そう――私は今や無敵の王。あの頃の無力な私では無い。その私が退く? その私が、戦線を離れると? そんな事は――例え月が地に落ちようともありえない!)

 故にマジェストは更に喜悦しながら、暴力の行使を続ける。キロの顎を蹴り上げ、キロの腹に拳を突き立て、キロの側頭部に蹴りを入れる。

(なのに――なぜ死なないっ?)

 ついで彼女は、同じ疑問に行き当たるのだ。この少女はなぜ死なないのかと。どうして今もウーナ軍を庇う様に立ちつくしているのか、マジェストにはわからない。――いや、むしろ逆か。己の力を絶対的だと自負するが為に、彼女には理解できないのだ。これだけ殴打を与えながら、尚も死に至らぬこの少女のあり方が彼女にはわからない。

 その時――かの少女が初めて口を開いた。

「そう。あなたにとって、わたくしの生存はこの上なく不可思議な事でしょう。あなたの一撃を食らって、わたくしが生きている筈が無い。その考えに間違いはありません。わたくしもこの世界のルールに取り込まれ、一般人と同じ力しか用いていませんから。なら、わたくしの防御力を今のあなたが突破できない筈が無い」

 そう。その通りだ。自分と少女の力の差は、百対零に等しい。なのに、何故?

「ですが――このルールには落とし穴が三つあります。確かにあなた以外の、万人の膂力は互角でしょう。ですが、各々の戦闘技術は別。戦闘技術を極めた者には、このルールはほぼ無意味となる。平たく言えば、わたくしにこのルールを強いた所で何の意味もなさないという事。現に、わたくしはあなたの筋肉の動きを通し、次にどんな動きをするか見切る事ができる」

「な、に?」

 意味がわからない。この少女は、何を言っている? 戦闘技術も、何も無い。少女はその業を以て自分の攻撃を避けもしないではないか? しかし、暗黒の少女は尚も続ける。

「ええ、そう。それでもわたくしが、あなたの攻撃を避けるのは難しい。なので、ここはこのルールのもう一つ穴を利用させてもらいました。あなた方が、その事に気付いているかは知りません。ですが、昨日わたくしは自分の頭にデコピンをして試し、その事を確認したのです。即ち――自分に攻撃をする分には他者に攻撃する様な制約は無いと。自分自身に対してなら――わたくし達は本来の力で殴打する事も可能なのです」

「なんです、って?」

 が、それとこれがどう繋がる? その謎が解けないまま、マジェストはキロに対し、超絶的な殴打を続ける。その最中、暗黒の少女はやはり続けた。

「加えて、最後の三つ目の穴。それは――カラダと違い骨格や内臓は鍛える事ができるという事。ま、真っ当な人間なら臓器を鍛えるなんて発想は無いでしょうからそれも当然でしょう。つまりわたくしはあなたの攻撃が当たる度、自分の躰に攻撃を加え、その衝撃を相殺している。あなたの攻撃を食らって、肉が裂けないのはその為です」

「……は?」

 初め、意味がわからなくて、マジェストは呆然とする。だが、確かに良く見れば、少女が言っていた通りだった。キロはマジェストの攻撃が当たる度に、その逆側から自ら殴打を加え、大地を踏みしめる。それは肉をすり抜け、内臓に直接衝撃が届く業。その業を以て、少女は衝撃を体内に送り、マジェストの一撃を相殺しているのだ。それは一歩間違えれば、自分の躰を破壊しかねない凶行。ただの自殺行為と言って良い、暴挙の筈だ。

「なのに、それなのに――あなたはなぜそれを繰り返す事が出来るっ?」

 渾身の気迫と共に、マジェストが問う。少女の答えは、決まっていた。

「問うまでも無い、愚問ですね? わたくしは、ただ約束をしてしまっただけ。あの人が良いだけの凡庸な王女に、ウーナ国を〝何とかする〟と。あの脆弱極まりない精一杯の強がりを、わたくしは僅かでも認めてしまった。でも、あなたにとってはどうでもいい人間と交わした約束がわたくしには途轍もなく重い。それこそ――命を懸けるに値する程に。なら、こうして戦い続けるしか――わたくしにはほかに道が無いでしょう?」

「……キロ? キロ? キ、ロ? そなた、は……っ!」

 ヴェラドギナがキロの口の動きを読み、その言葉をそのままニーベルに伝える。

 それを聴き、ニーベルはただ涙した。

「そんな事で? たかだかそんな事で、あなたは命を懸けている? 昨日今日知り合った人間の為に、躰を張ってでも私を止めると? なら、そんな軽い命は私が望み通り消し飛ばしてあげます……!」

 それは――彼女の能力限界とも言える業。マジェスト・マジェスタは今巨竜千体分の力を『搾取』した一撃をキロに加え様する。――だが、彼女は気付かない。知らぬ間に、自分が一歩、退いている事に。知らぬ間に、自分の心が折れかけているその現実に、彼女は未だに気付いていない。この僅かな隙を見逃す――キロ・クレアブルではなかった。

 その時――マジェストは初めてキロの姿を見失う。

(くっ! まさか自分自身を攻撃して跳躍し――超加速を為したっ? 確かにこれなら膂力で動いている訳では無いので、私の力を上げずにすむ……っ!)

 事実、それはドリフトさながらの、超速移動の連続だ。

 キロはマジェストの側面に回り込み、また正面に向かってから遂に彼女の背後に至る。

 その瞬間――マジェスト・マジェスタの意識もまた過去へと逆行した。

 思えば、幼い頃から彼女は母の背中を追っていた。それ程までに、彼女は偉大な王だったから。彼女の策は何時でも奇をてらい、獲物を罠に誘い出す様に鮮やかだった。

 戦には常に勝利する条件を整えてから臨み、勝利に勝利を重ねた。幼い彼女にとって母は巨人の様な存在で、とても敵うものでは無い。ある日そう確信してしまった彼女に母は告げた。

〝いえ、それは違うわ、マジェスト。それは決して次の王になる者が認める事じゃない。王とは、常に強がりを張り通す存在なの。例えどれほど臣下が狼狽し様とも、王だけは心が折れてはいけない。わたくし達は常にやせ我慢をして、死ぬまで負けを認めてはいけない。わたくし達は最期のその瞬間まで王であり続けなければならないのよ。……いえ、まだ幼い貴女に対してこれは酷な要求ね。でも、わたくしは信じているの。貴女はきっとわたくしより偉大な王になると。今は小さな貴女だけど、きっと貴女は誰もなし得ない偉業を成し遂げる。ええ、そう。この貴女を信じるわたくしの心も――きっと生涯折れる事はないでしょうね〟

 そう告げた母の優しい笑顔を、彼女は今も覚えている。きっと生涯忘れる事は無いだろう。

 だから――彼女は気付いてしまった。

(ああ、そう、か。母様が言っていたのは、彼女が理想としたのは、このキロ・クレアブルという少女その物。彼女こそが、この折れない心こそが、私が目指すべき境地だった――)

 故に、決着は鮮やかに訪れた。彼女の後ろに回り込んだ暗黒の少女は、彼女の背に右手を添える。そのまま少女は、満身の力を込め、大地を踏みしめる。あの巨竜を仕留めた時の様に、彼女はただ一歩前進する。

 その衝撃は事もなく彼女の体内へと到達し――彼女の内臓を破壊したのだ。


     ◇


 そして、彼女は、吐血しながら問うた。

「あなた、一体、何者? 悪魔か、何か?」

 暗黒の少女は、真顔で答える。

「いえ、少し違います。わたくしの二つ名は――『頂魔皇』――。自国の領民を数千億人虐殺した邪悪な『皇』の分身で〝魔皇の中の魔皇〟という意味」

「なんだ。やっぱり、あなた、王以上の存在なんじゃない。母が認めた、存在その物だった。私がついに辿りつけなかった場所に――貴女は居た」

 それが彼女にとって最大の称賛だと理解した上で、少女は全く関係ない事を訊ねる。

「最後に訊かせて下さい。あなたをそのレベルまで押し上げたのは、誰? 恐らく――この世界の住人ではないでしょう?」

 けれど、彼女は答えない。ただ微笑みながら、最期に告げる。

「では、ははに、しかられにいくと、しましょうか。さいごまでおうになりきれなかったわたしのぶざまさを、きっとははは、おこるとおもうから」

 それだけ言い残し、マジェスト・マジェスタは音を発て、倒れ、息絶える。

 その亡骸を見つめながら、少女も最後に告げた。

「いえ、きっとあなたの母は、あなたを心から誇る事でしょう。自分でさえ行きつけなかった境地に達したあなたを、心底から自慢する。だから、貴女は胸を張って――マジェスト」

 そしてこの日ガラットとマジェスタの王は没し、ウーナ王だけが残ったのだ―――。


     ◇


 この無様な姿を見て、ニーベルさんは駆け出し、わたくしに抱きついてきます。お蔭で満身創痍なわたくしは、思わず横転しそうになったのですが必死に堪えました。ここで倒れたりしたら、メッチャ格好悪いので。

「勝ったのかっ? 勝ったのだなっ! 今度こそ我等は、勝ったっ! この愚か者め! 身体中ズタボロではないか――っ!」

 そう思うなら押し倒そうとしないでもらいたいのですが、わたくしは首を横に振ります。

「いえ、大変なのはここからです。ガラットにせよマジェスタにせよ、まだ本国が健在ですから。これを打ち破らない限り、真に勝利したとは言えないでしょう。故に巨竜軍を主力にし、ウーナ軍は速やかに『転移』の能力限界地点まで移動して。まずマジェスタを征服し、それからガラットを落してください。敵の残存勢力は本隊の二割ほどでしょうが決して油断も譲歩もしない様に。これに勝利したなら王族は勿論、主立った将軍は一族郎党みな処刑してください。逆に民衆に手を出す事は絶対にしない様に。彼等を厚遇し、断じて略奪行為には及ばないでください。速やかに民を守る為の法律を制定し、それを実行して。それから、この大陸全ての人間の『真法』を把握する様に努めてください。仮に『逆転』に類した能力を有する者が居たら、必ず幕下に加える事。今後生まれてくる子供にはどの様な『真法』が備わっているか調べる様にしてください。わたくしが言える事は、それぐらいでしょうか?」

 わたくしがそう進言すると、ニーベルさんは顔色を変えます。

「……王族や将軍達を、皆殺しに? それは……どうしても必要な事なのか?」

「はい。王の留守を任されたと言う事は本国に残っている将軍達は忠臣の中の忠臣という事。故に自国の王が殺されと知れば、彼等はその復讐心を滾らせるでしょう。仮に一時的に降伏したとしても、その恨みは生涯忘れる事が無い。彼等の憎しみは末代まで引きつがれ、ウーナ国を永遠に脅かす。この後顧の憂いを断つ意味でも、為政者の完全なる一新は必要不可欠です。それを怠った時こそ、ウーナは亡びると言い切れる程に」

 と、ニーベルさんが息を呑む中、わたくしは続けます。

「そして民には絶対〝嘗ての王家が統治していた方が幸せだった〟と思わせない様に。無意味な差別をなし、無下な扱いをすれば今度は民が敵にまわります。ですが、わたくしは人心を掴めなかった国が繁栄した例を知りません。故に何があろうとも、民こそが宝だと言う思いだけは忘れないで。商売の自由化を推奨し、各国に続く道の安全を確保して、貿易や産業を発展させてください。民が潤うよう努め、少しでも各国の国力を高めてください。人間は今が幸福なら大抵の恨みは忘れます。ですが自分達が不幸になれば、過去の憎しみを強く思い出す。そう言った事態を避ける為にも――民衆の繁栄は必要不可欠なのです」

「……な、成る程、わかった。そのことは確かに肝に銘じるが、解せぬ事もあるな。それではもうそなた達とは、お別れの様ではないか?」

「いえ。様では無く、本当にお別れです。わたくし達の役目は、終わりました。後はあなた方が自分達の知恵と行動を以て全てを決めて下さい。そう出来るだけの条件を整える事こそが、わたくしなりの〝ウーナ国を何とかする〟という事だから」

 わたくしが真顔で告げると、ニーベルさんは一瞬だけ沈黙した後、肯きます。

「だな。そなた達は本来この世界には存在しなかった者達だ。そのそなた達に甘えっぱなしでは私も立つ瀬がない。私はウーナ国の王女としての責務を、全身全霊を以て果たそうと思う。だが、もう一つだけ訊きたい事がある。フィンが帰ってしまっては、巨竜軍は維持できないのでは……? そうなると我等の戦力はガタ落ちして、とてもマジェスタ等を落す事は出来ぬぞ?」

「それも心配はいりません。ヴェラドギナに『交換』を使ってもらい、役に立たない能力者の『真法』を『逆転』に変えるので。後はこの策を敵軍に決して使わせないよう注意するだけです。そう出来るよう徹底して『真法』の管理を行って。それがわたくしの最後の忠告です。ではさようなら――ウーナの凡庸なる姫。貴女のツッコミはフィンちゃんに負けない程、素晴らしかった」

 わたくしが微笑みながら口にすると、逆にニーベルさんは渋い顔をしました。

「……全く褒められている気がしないな。寧ろ不敬罪を適用し、そなた等をこのまま一生ウーナ国に禁固したい位だ。だが、許そう。そんな事をすれば、私は本当に立場がない。いや、改めて礼を言わせて欲しい。そなた達は本当に私達ウーナにとって――軍神その物だった」

 ついで彼女は微笑みながらわたくし達に握手を求め、わたくし達もそれに応じます。それで――今度こそ終わりました。わたくし達はラウナさんに送ってもらい、現世に通じる門に向かいます。そのまま一度だけかの地を遠い目で眺めてからわたくし達はこの世界を後にしました。

 わたくし達のささやかな冒険はこうして幕を閉じ――現実世界に帰ったのです。


     ◇


「というか、本当にウーナ国は上手くやっていけるのかな?」

 フィンちゃんが心配そうな眼差しを、異界に続く門に向けます。

 わたくしは、普通に断言しました。

「いえ、無理でしょうね。ニーベルさんは恐らく情に負け、他国の王族を許す筈です。その事が要因になって、何れウーナは亡びるでしょう。わたくし達は僅かでも、ウーナ国の滅亡を遅らせただけ」

「……はっ? ちょっと待て。それは、本当にっ?」

「ええ、本当ですよ。なので、わたくしとしては、その破綻がニーベルさんの代で訪れない事を祈るだけです」

 わたくしが肩を竦めると、フィンちゃんは何故か貌をしかめます。

「……何だ、ソレ? じゃあ……おまえのあの戦いは何だよ? おまえはあそこまでして一体何がしたかったんだ?」

「いえ。あのままだとわたくしの心証がかなり悪いので、ちょっと格好つけてみただけ。正直言えばウーナ国もニーベルさん達の事も、ソレに比べれば二の次だったんです。何せわたくしは『頂魔皇』ですから。キラ☆」

 わたくしがピース混じりに言うと、ヴェラドギナが何とも言えない視線を向けてきます。

「へえ、そうなんだ? ま、良いわ。母上がそう言うなら、そういう事にしておいてあげても」

「………」

 なんでしょうね、この上から目線は? 何でこの子は、わたくしの頭に肘を置いて見下してくるのでしょう? その謎が解けないまま、わたくしは提案します。

「では――次の異界に赴く事にしましょう。今度は、そうですね。わたくしの心証が悪くならない、ラブリーな世界が良いですね」

「……は?」

 だというのに、ヴェラドギナ達の反応は思わしくありません。

 わたくしは、ハッキリ言ってやる事にしました。

「何を驚いているのです? まさかわたくしのイメージが最悪なまま、この旅を終わりにするつもりだったとか? そんな訳がないじゃないですか。では、早速べつの世界に赴くので二人もついてきてくださいな」

 それだけ告げ、わたくしは別の異界の門に向かいます。フィンちゃん達がついてくるかは定かでありませんが、きっと大丈夫。わたくしの旅は、まだまだ続く事でしょう。

 そう確信しながら――わたくしは彼方に向かって飛び立ったのです。


     ◇


 こうして、ガラット国、最初で最後の王は没した。あのキロ・クレアブルという悪夢によって、その人生は黒く塗りつぶされた。二人の兄を殺され惨たらしく王自身も抹殺されたのだ。

 いや、本当にその筈だった。

「と、お気づきですか?」

「……な、に? あなたは、一体、誰? 私は……どうなったって言うの?」

 息を呑みながら、彼女は身を起こす。

 見渡せばそこは見知らぬ草原で、そんな彼女に少女は囁いた。

「畏れながら、御身は私がお救いしました。ですがどう死力を尽くしても、救えたのはあなた様だけ。兄上方はお救いする事が叶わなかった事を、先ずお詫び申し上げます」

「…………」

 途端、彼女の脳裏にその光景がよみがえる。自分を庇い、命を失っていった二人の兄や騎士達の姿を思い出す。あの万人を嘲笑うかのような、暗黒の少女の微笑みを思い出す。

「……キロ、クレアブル。そう、よ。私は何があっても、あの女を、殺さないと……」

 彼女はそう呟くと、歯を強く食いしばる。それこそ血が滲む程、強く、強く。

 その様を見て、少女はただ瞳を閉じた。

「はい。私も王が、そう望まれると確信しておりました。故に、王が望まれるなら我が主に御引き合わせしたいと思うのですが、いかがでしょう? 我が主なら、或いはあの少女を打倒する術を知っているかもしれません」

「なん、ですって? それは――本当に?」

 彼女が見せたのは、少女でさえ怖気を覚える眼差しだ。

 この場から逃げ出したいという思いを自制して、少女は頷く。

「ええ――イッチェ・ガラット王。私はその為に――今ここに居ります」

「…………」

 ならば、彼女は、喜悦するしかない。

「あなた、名は?」

 その問いを耳にして、少女はもう一度頷く。

「はい――ラウナ・シトラと申します。王よ、ご心配には及びません。我が主が、あの少女を今もつけています。私共が必ず――王をあの少女のもとに導くでしょう」

 そう告げながら――ラウナ・シトラは初めて微笑んだ。


              キロ・クレアブル漫遊録・前編・了

 不穏な形で前編が終了したので、中編に続きます。

 この話も突然変異的に生まれた作品で、構想期間は十日程でした。

 執筆期間は二か月程だったのですが、誰かさんがやたら喋る為、文字数は過去最多です。

 更に中編から同程度喋るキャラが加わる為、文字数は十四万文字に迫る勢いでした。

 という訳で、中編からいよいよ奴が登場します。

 中編、後編もどうかよろしくお願いいたします。


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