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第一章4話「誰になんと言われようとな!!」

「……いい紅茶っすね」

カズハは、()()()()改め、大和川邸の応接室でいかにも高級そうな紅茶を飲んでいた。

「そう、美味しい?それは良かったよ」

目の前に座る美少女はコハクと名乗った。彼女は微笑みながら自身も茶菓子を口に運んだ。

「これも美味しいよ。ほら、あーん……なんて言うと思った?」

という具合に先程からカズハをからかっている。正直とても嬉しい。ずっとこの時間が続けばいいのに。少し気を抜くとすぐ頬が緩む。そして、姿勢の美しい騎士に睨まれる。コハクは彼女を騎士(ナイト)と紹介したが、本名は明かしてくれなかった。どうやら触れてはいけないらしい。


カズハは雇い主をコハクだと勝手に思い込んでいたが、違っていた。雇い主は外出中で、帰りを待つこと1時間。

「まーだかなー。そろそろ来ると思ったんだけどなー」

コハクはカズハに向かってウィンクする。

「ごめんね。うちの子、マイペースがすぎるよね。言っても直してくれないんだよ」

また顔が熱くなる。2時間程度の時間を共にしているが、まだ慣れない。コハクが動く度、甘い香りが漂う。彼女の一挙一動がカズハの心を揺さぶる。対して、客を1時間も待たせている『うちの子』という人物が雇い主なのだろうが、上手くやっていける気がしない。

「もう連絡はしてあるから、真っ直ぐ応接室に向かってきてくれると思うよ。あの子、君を見たらどんな顔するかなー……ふふ」

実に楽しそうである。『うちの子』はコハクの姉妹か何かだろうか。だとすると、美少女がもう1人現れる展開だ。コハクの親族と思しき人物だけでなく、廊下を歩く使用人でさえ容貌が整った者ばかりだった。雇い主がコハクでないと知ってショックを受けたが、他の職場は筋骨隆々の男や草臥(くたび)れた中年が多いので、ここでなら少しは心が安らぐ。それに、働くことになるならコハクに会うことはできるだろう。苦労した甲斐があった。


カズハがこれからの新たな日々について思考を巡らせていると、騎士(ナイト)が口を開いた。

「ご主人様」

「もしかして!!」

コハクが目を輝かせる。

「おかえりー!!」

応接室のドアに向かって歌声のような美しい声を投げかけた。カズハの鼓動は高鳴っていた。コハクの関係者。姉妹かもしれない人物。これから先の仕事仲間、上司、雇い主。

――ドアが開く。現れたのは、長髪に白衣、そして白衣という清潔な印象を(くつがえ)す金色の指輪、ピアスなどの装飾品を身につけた人物。少女というには身長が高く、ガタイが良い。そして、歪んだ笑みを浮かべていた。

「やあ、弟よ!この子が、君のところで働いてくれるってよ!」

現れたのは、同い年くらいの美形の少女―否、少年だった。

***

ドアを開けると、姉であるコハクと護衛の騎士(ナイト)、向かいのソファに目を見開きこちらを凝視している男がいた。コハクは誤解を招く発言をよくする。人をからかうのが好きなのだ。きっとこの男もヒスイをコハクの『妹』や『姉』だと誤認していたのだろう。コハクの思うつぼである。男が哀れに見えてきた。可笑しくて、つい目を細めて嗤う。

「やあ、弟よ!この子が、君のところで働いてくれるってよ!」

コハクが心から嬉しそうに言う。実に愉快だ。男は開いた口が塞がらないといった表情をしていた。コハクがソファから立ち上がる。足早に入り口に駆け寄ろうとして、


――(つまず)いた。


前のめりになる姉を抱き止める。男は「許せない」と言いたげだ。現実から逃げるため必死に目を逸らしていた。どうやらコハクに惚れているらしい。


「……そそっかしいな、姉」

こちらを見上げるコハクに吐き捨てる。コハクはなぜか誇らしげだ。どうやら演技だったらしい。

「だって、こうしないと抱きしめてくれないもんね」

抱き止めた、が正解だ。物事を自分の一番良いように解釈してしまうのがコハクの悪癖である。溜息をつき、コハクを離す。不服そうなコハクに、『お土産』を渡した。

「頼まれていた物だ」

手渡したのは、杖だ。ちょっとした改造が加えてある。コハクの左脚は義足なので、歩行の手助けに作ってほしい、と頼まれていた。しかし、コハクは義足であることを普段から隠せている。杖は必要ないのだ。武器を隠すために杖が最適だったのだろう。天然そうに見えて、実に抜かりがない、それがコハクという女だ。

「仕事が早くてよろしい」

杖を受け取って胸を張り、踵を返すコハク。ソファに戻っていく。コハクはソファに腰を下ろすと、

「どうしてずっと入口にいるの?」

と問うた。上目遣いでこちらを見つめている。ソファの後ろに控える女騎士が嘆息した。

「……勝手な男など相手にする必要がございません、ご主人様」


部屋をすぐにでも出ていきたい。ここで下手な言い訳を考えるのも面倒なので、真実をそのまま言の葉にする。身内に気遣うような性質(たち)でもない。

「そいつと2人きりで話したいからだ」

自分のことだと察したからか、男が立ち上がる。男を正面から見据えて目を細める。挑発するためだ。嗤われた、と認識してくれれば問題ない。人間性を推し量る際には、喧嘩を売るのがヒスイのやり方だ。人間は怒り狂うときに本性が現れる、というのが信じるところなのだ。


「一緒に仕事場に来てくれないか?」

親指で屋敷の隣、『研究所』を示した。表面上は話を進めなければならないのだが、内心胸が踊っていた。全く嫌になる性分だ。

「あの」

男が口を開いた。喧嘩を買ってくれたらしい。拳を握りしめ、憤怒の形相だ。

――ここからどうくるか。

自然と口角が上がる。


「俺のこと、採用してください」


――喧嘩を買ったわけではなかった。否、買おうと思ったが立場を(わきま)え、自制した。


男は軽く一礼し、顔に青筋を立てながら、笑んだ。怒りを極力抑えて、頬をひきつらせて、友好的な態度を装った、歪な笑顔。怒りを隠しきれていないが、よくやった方だと思う。頭の使えないタイプだが、感情をコントロールすることはできる。

「……いい(ツラ)だ」

誰にも聞こえないよう呟いた。女騎士の耳が動いたが、気には留めない。

「ああ、よろしく頼むよ。採用するのに理由は要らない。人手不足だからな」

目の前の男が安堵したように息をついた。


この男は面白い。いい玩具(おもちゃ)を手に入れた。


***

カズハは胸の内から湧き上がる怒りを悟られないよう、必死に笑顔を作っていた。媚びている訳ではない、と必死に自分に言い聞かせる。初めで問題を起こしては元も子もないのだ。少年はカズハの先を歩く。先導されながら、屋敷の外へ出た。少年は隣に建てられている簡素な白い建物へ向かう。煌びやかな屋敷とは違い、外壁に装飾はない。立派な銅像、美しい庭園などから明らかに浮いていた。無機質、という言葉がしっくりくる。少年は扉の前に立ちどまって振り返った。

「ここが『研究所』だ。お前の仕事場だよ」

口調、見下したような目、どこまでも神経を逆撫でされる。適当に頷いておいた。少年は気にした様子もなく、扉に左手をかざす。中に入るようだ。


――ふと、疑問が生じた。


扉にはハンドルも、引き手も、ドアノブも存在していない。それどころか、なんの部品も無い。少年は()()()()()()()()


瞬間、疑問は解決する。


「開け」


少年が静かに口にした3文字。呼び掛けに呼応するように、扉が淡く光る。


カズハが感じた非日常への気配は本物だった。


扉が開いてゆく。


今ここで、証明されたのだ。


「……すっげぇ」


思わず声が出る。聞こえてしまったらしい、少年が楽しげに肩を震わす。背中を向けられているので、表情は伺えない。


「そうか?ああ、初めてなのか、魔術を見るのは。いい反応だな」


――魔術。


小説や漫画でよく聞く単語。走って走って、憧れていたものにたどり着いた。『非日常』が待っていた。やっとスタートラインに立てた。当初の目的を忘れていく。金のことは頭から消え去った。家族のため、明日のため、自分のことは後回しにしてきた。夢を見るのも忘れて、毎日汗水垂らして働いていた。ずっと(くすぶ)っていた。毎日少しだけの休憩時間。就寝前のひととき。漫画を読みながらずっと憧れていた。


――大勢の中で光り輝く、『主人公』に。


社会の隅で細々と、家族を救うのも悪くはない。否、それが第一に望むべき形のはずだ。頭でわかっていても、本能には逆らえない。漫画のような体験がしたい。カズハの瞳は希望に満ちていた。


「……そう甘くないぞ。ここでの仕事は」


見透かされたように声がかかる。嘲りの色の滲む声が。


「関係ねぇよ。お前に……いや、誰になんと言われようとな!!」


雇い主への礼儀も忘れて、大嫌いな同級生に接するように声を大にして答えた。
























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