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第一章1話「大嫌いなだけなので」

夕日の射す部屋に、少年と女が相対していた。


―さて、彼女はどんな理由で此処を去るのか。

それは、少年の愉しみの1つである。

ここで働く者が「ちゃんとした話をしたい」と言えば、それは辞職の旨を聞かされることに他ならない。少年はオフィスチェアーに腰掛け、足を組んで下から女を見上げていた。机の上には紅茶と山のような資料。女は、その資料をどけて、少年をしかと見つめ、大きく息を吸い込む。


「私、中田鏡子は研究所を辞めさせていただきますっ!!」


目の前にいる女―中田鏡子は言い切った。想像していた通りだった。問題は、その理由なのだが。キョウコは、瞳を潤ませながら続ける。

「もう、あなたには着いて行けません!!逆によくここまでやって来ましたよ私。あなたと二人っっきりで!!」

少年は落胆した。ただ、純粋に。以前去っていった者たちと少しも違わない理由だったからだ。少年は己を指さして念の為問い返す。


「………つまり、原因は俺か?」


「……は?」

キョウコは呆気にとられたように声を漏らした。そして、少年を指さした。

「当ったり前でしょう!?私、何回ここで死にかけましたか!?あなたみたいな人についていけるのなんて相当狂ってる人しかいない!あなたと同じように!!」

キョウコの目が、もう限界だと訴えていた。もっともな意見である。自分は狂って見えているという自覚が少年にはあるのだ。少年は真意を伝えようと切れ長の目を細め、口元を歪める。


「安心した。魔術研究に意味を見いだせなくなった理由(ワケ)ではない、という事だからな。もっとも、俺の人間性を見誤っているというのは少々残念だが」


真正面からそれを受けたキョウコは、頬を真っ赤に染めた。そして、慌てて首を横に何度も振り、話題を逸らそうと必死になる。

「あなたも、まだ高校生なんだから、もう少し、子供っぽく、したら、どうですか!!」

言葉を細かく区切り、大きな声で告げられた。少年はこの手のことを言われる度に、年の功など関係ないと反発したい気持ちに駆られる。しかし、決してしない。ここで反論してはそれこそ子供だ、と少年は思いとどまるのだ。

「よく言われる」

そのような時は適当に葦らう。無駄な言葉は尽くさない方が良い。


***


「もう明日からここへ来る必要は無い」

「え?もう来なくていいんですか?」

研究所は「辞めたい」と言えば、すぐにでも辞職ができるかなり自由な職場だ。研究所の経営は少年の両親だが、キョウコの上司に当たるのは少年である。だから、少年が許可を出せばキョウコは明日から研究所の魔術師ではなくなるのだ。無論、そこからキョウコが魔術師を続けるか、一般人に戻るかは本人の自由となる。魔術に関する事柄は全て限られた者しか知ることが許されていない。仮に一般人に戻る選択をするなら、魔術に関わる記憶を消される。

「最後に、選択肢を与える。記憶の消去か、それとも……」

「しませんよ。私は研究を続けます」

キョウコに食い気味に言われ、少年は少々驚きつつも瞼を閉じて頷いた。

「わかった。好きに続けてくれ」

それを聞いたキョウコは、これまでに見た事がないくらいに、それこそ咲き誇る花のように、満面の笑みで皮肉っぽく言う。

「はい。ありがとうございました。私、魔術研究は大好きのままですよ。あなたが大嫌いなだけなので」 

キョウコはくるりと少年に背を向け、扉の方に向かう。見つめていた少年はふと横目で窓を見て、キョウコを呼び止めていた。

「最後に、一ついいか?」

同時に、ドアノブを握っていたキョウコが訝しげな表情で振り返る。如何にも、不審がっているという感じだ。      

「何です?」

外はすっかり日が落ちて三日月が浮かび、辺りを照らしていた。少年はキョウコに視線を戻し、人差し指を立てる。

「夜道には気を付けろ」 

キョウコは呆然と、少年と目を合わせた。

「……本当に、そういうところですよ」

言い終えたあとキョウコは軽く一礼し、部屋をあとにした。


***


―とうとう独りになってしまった。

この研究所で研究がしたいと言う者は、ほとんどが少年の祖父を崇敬している。祖父は「魔術」を創り出した張本人であるからだ。ただし一ヶ月も経たずに少年の人間性へ見切りをつけ、辞めていく。心底、残念である。少年は()研究員全員に限りない興味があった。対して、研究員共は祖父である「大和川柘榴(やまとがわざくろ)」の事しか目になかった。これでは噛み合うはずもない。祖父と少年は血が繋がってこそいても全くの別人だ。皆、その辺を履き違えている。少年は求人募集の貼り紙を作成していた。一人でいることが苦痛という訳ではない。少々不自由なだけなのだ。


「求人は1人……2人だな」


魔術を施した貼り紙は才能のある者しか視認できない。最寄りのコンビニの窓にでも貼り付ければ自然と目に付く。

「おい、これをそこのコンビニに……」

振り返り、ようやく気づく。誰も居ないのだった。少年は、オフィスチェアーから立ち上がり、小さな声で呟いた。


「さて、次はどんな刺激が俺を待ち受けているのやら」


少年は、「大和川翡翠(やまとがわひすい)」は嗤う。希望に満ちる瞳を嘲り純粋な笑顔を軽蔑する、狂った独りの魔術師(マジシャン)である。






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