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夢幻の塔  作者: ねぴあ
【新緑の塔】
7/19

大樹の王Ⅲ

 漆黒の一撃が頭上から迫る。ステップでの回避が頭によぎるが間に合わない。仕方がなく大剣を頭上に構えて衝撃に備える。一瞬の後、大剣に巨大な枝が衝突、途轍もない衝撃が体全体を襲った。


「ぐっ……!!」


 腕から伝わる重みに知れず声が漏れる。数分前よりも明らかに重みが増したそれは受け止めるだけで精一杯であり、何とか大剣を傾けて刀身の表面を滑らすようにして受け流す。押し付けられていた黒色の枝は派手な音を立て地面に突き刺さった。


 そしてほぼ同時に左上方から葉の刃が迫る。慌てて地面を蹴り範囲外へと身を投げるが、完璧には避けきれず、鋭い痛みが左足を襲った。さらに痛みに呻く暇もなく地中から出現した根が全身に絡みつこうと迫ってくるのを、大剣を振り回し纏めて切断することで防いだ。


 息継ぐ暇も無いほどの攻撃。休息もなく走り回った体にはあらゆる部位に乳酸が溜まり、休ませろと全身が悲鳴を上げているのがわかる。


 追い詰められて強化された《キング・トレント》。全身を黒色に変化させ、大幅に攻撃力、耐久力を向上させたモンスターはその表情を怒りに染め上げ、暴れ回っている。その苛烈なまでの攻撃にリヒトとバロウは防戦一方であった。


 身体能力の強化という理由もあるが、最も大きい理由は先程まで確かに存在していた攻撃後の隙がほとんどなくなったからだ。


 おそらく扱えるリソースも増えているのだろう、攻撃の頻度も範囲も威力も全てが向上している。よって攻撃と攻撃の間を縫うということが既に限りなく不可能に近いものとなっている。もう強化から五分ほど経つが、先程あれほど見事なカウンターを決めていたリヒトですら、まだまともな反撃を差し込めていない。

 

 打つ手のないまま体力だけがじりじりと減っていく。

 それと反比例するように絶望感が足元から湧き上がる。

 もう無理だと。勝てるはずがないと。頭の中で諦観の声が響く。武器を握っている指先が、ジクジクと痛みを訴える足先が、凍ったように冷たくなり、死のイメージが脳内を駆け巡る。


 だが。


「……バロウ。俺があいつの目を潰すからその間に核を」


 何故この少年はここまで落ち着いていられるのか。


 リヒトは全身から血を流しながらも、その目は力を失わず、その声はどこまでも冷静だった。


 バロウを鼓舞している訳では無い。励ましてくれる訳でもない。だが、一回りも下であろう少年が諦めるなんて態度を一ミリも見せていないという事実が、途切れそうなバロウの心を何とか繋ぎ止めていた。


「このままやってても嬲り殺されるだけだし一気に決めるよ、大丈夫?」


「……ああ!」


 自身を奮い立たせるように力強く返事をして大剣を構え直す。それに頷いたリヒトは一つ深呼吸をした後、全力で地を蹴って突貫した。


 右手にはロットの両手剣、左手には自身の得物である短刀。それらを使いながら迫り来る黒色の枝を捌いていく。後ろにいるバロウの為に回避よりも受け流し、パリィを多用しながら。


 そしてついに、《キング・トレント》の数メートル前に到達しその顔面に両手剣を振り下ろす……と思った瞬間、それを防ぐようにバツの字のように交差された黒色の枝が地中からの出現した。


 枝とぶつかった両手剣は数瞬の均衡の後、大きく後ろにはねあげられる。先程までなら断ち切れたはずの枝が硬度が上がったことにより切れなくなっている。

その事実に顔を潜めるリヒトがもう一度両手剣を振りあげようとしたその瞬間、地中から数本の根がリヒトの右手に絡みつく。


 そして根はそのままリヒトの右手からするりと両手剣を絡みとった。銀色の両手剣は勢いよく点に舞い上がり遥か後方に突き刺さる。その光景を見て《キング・トレント》はにやりと歪んだ笑みを浮かべた。


(こいつ……完全に狙って……!?)


 長期戦による握力の低下。攻撃が弾かれた後の力が抜ける一瞬のタイミング。本来両手で扱う武器の片手使用。

 諸々の要素が合わさって成された今の武器奪いを完全に狙って起こした眼前のモンスターにバロウは驚愕する。


しかし、その事実を確認する前にリヒトは左手の短刀を突き出していた。狙いは《キング・トレント》の血のように染まった瞳。


 だが、その一撃も突如出現した黒色の木に防がれる。


 短刀は木に突き刺さり貫通した後、《キング・トレント》の目の前数センチで停止した。

 それを見てますます笑みを深くする黒色の大樹の化け物。




 そして、その酷薄な笑みにリヒトの全身を使った回し蹴りが突き刺さった。


『ゴォォォォォ!?』


短刀をすぐさま離し、完全に無手になったリヒトから突如放たれた体術。予想外のその一撃に悲鳴を上げ、真っ赤な目を歪ませる《キング・トレント》。


 こちらの攻撃手段を完全に把握し、モンスターとは思えない知性を持つボスモンスターだからこそ虚を付けた一撃。その完璧なまでの攻撃は狙い通り《キング・トレント》の視界を奪うが、反射的に放たれた反撃の根の振り回しが、攻撃後の無防備なリヒトを打ち据えた。

 まともに攻撃を食らい、まるで車にはねられたように吹っ飛ぶリヒト。その姿に一瞬気を取られるが、このチャンスを逃すわけにはいかない。


「食らえ!!」


 ここしかない!千載一遇のチャンスにバロウは持っていた大剣を思い切り振りかぶる。


 狙いは顔面の右下。先程核が露出していた部分。現在は黒色の外皮に覆われて見えないが、ある部分だけこんもりと歪な形をしている。


 そこに思い切り大剣を叩きつけた。


『ゴァァ!!』


 叫び声を上げる《キング・トレント》は視覚を奪われながらも、バロウがいる位置に根による攻撃を仕掛ける。その何本かが体を強かに打ち付けるがバロウは歯を食いしばり、大剣に体重をかける。


 ここで決めなければ負けだ。

 全身を打ち据える攻撃に体が削られていく。脇に根が突き刺さり、足に葉が刺さり、顔面を枝に殴られる。


 だが、バロウは大剣を離さない。大剣はぎりぎりと外皮と拮抗しているが少しずつ、表面を削り、傷口を広げ、推し進んでいく。


 もう少しだ。もう少しで核まで届く。


「おおおおぉぉ!!!!」


 知れず腹から裂帛の声が迸る。先程までの恐怖心はもう欠片もない。全身を剣に預け、全ての力を大剣に注ぎ込んで……。


 そして、ばきりという音と同時に核が露出した。


 バロウの持っていた大剣が真っ二つに折れる音とともに。


「……は?」


 バロウは半分ほどとなった刀身を手に呆けた声を漏らす。黒色の樹皮と相打ちになった愛剣を信じられないというような顔で見て。


 そしてその無防備な体に《キング・トレント》の腕が叩きつけられた。


「がッッ!!」


 人の胴のほどもある太さの枝に蟻のように吹き飛ぶバロウ。二回転、三回転と視界が高速でぶれ、上空へ打ち上げられた後、乾いた地面上に打ち据えられた。とてつもない衝撃の後、肺の中の空気が強制的に押し出され、口の中が血の味で染まる。


 ぼやけた視界の中、佇む《キング・トレント》を見る。


 目つぶしによる怯みから既に立ち直った大樹の化け物は嗤っていた。

 剥きだされている、しかし傷一つついていない核をバロウに見せつけるように。


 もう武器はない。いや、あったとしても振るうどころか握るだけの体力もない。絶望に沈み、蹲るバロウに《キング・トレント》は嗤いながらとどめの一撃を放ち……。



 その剥き出しの核に銀色の槍が突き刺さった。


『……ゴォ?』


 もしモンスターの鳴き声に意味があるとしたら、何だこれは、とでも言っているのだろうか。そう思えるくらいの間抜けな声を出した《キング・トレント》はゆっくりと槍が飛んできた先を見る。


 そこには攻撃を受け、ダメージに吐血しながらも二本足でしっかりと立つ少年、リヒトがいた。

 銀色の槍……ジャミルの持っていた槍を投擲し終えた姿勢で。


 そしてその後、長さ1.5メートルほどの無骨な槍が突き刺さり、貫かれている自身の生命の元である核を見て。


『ゴァァァァァァァァァ!!??』


 そこで初めて気づいたように《キング・トレント》は絶叫を上げた。今まで聞いたことのない大音量に萎れた木々が揺れ、大地が震える。

 核はその絶叫と共に割れた硝子のようにひびが入り、広がっていく。それと同時に《キング・トレント》自身の体も崩れていく。真っ黒に染まった外皮はぼろぼろと剥がれ落ち、顔を模した赤色の穴の周りからは割れ目が広がる。崩壊の止まらない自身の体に《キング・トレント》は苦しむように体を震わせ、天を仰いだ。


 そのまま核はバキバキと亀裂が走り、ついに端までそのひびが広がった。そして、ぱきりと派手な音を立てて割れ……。


 ほぼ同時、《キング・トレント》の体も灰となって崩れ去った。











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