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夢幻の塔  作者: ねぴあ
【新緑の塔】
6/19

大樹の王Ⅱ

 イリーナは呆けた顔で自身の命を絶つ寸前だった根を切り裂いた両手剣を見る。次いでその隣に立つ少年を。

 少年―――リヒトはこちらをちらりと見た後、突き刺した剣を引き抜きながら、周りを見渡した。


「リヒト?お前……どうして」


「向こうが終わったから助けに来た」


「は?」


 その言葉にバロウ達は向こう側、先ほどまでトレント達がいた場所を見る。

 そこには《トレント》だったと思われる残骸がいくつも転がっていた。

 根元からへし折れた枝、中央に何個も穴が開いた幹。核を失って灰になりかけている樹皮。まるで台風が訪れたときのような惨状がそこには広がっていた。


(は……?)


その光景を見て、もう一度脳内でも同じような呆けた声を出し、口を開けたまま驚愕に襲われるバロウ。


ギルの話だと取り巻きのトレントは六体居たはずだ。しかも倒したそばから新しい個体が補充されるというタイプの。


だからバロウ達もリヒトが取り巻きを何とか抑えている間にボスを倒すという算段だったはずだ。そうすれば取り巻きも同時に消滅するはずだから。


だが、目の前の惨状を見るに。


(……補充された分合わせて全て倒した?この短時間で?)


《トレント》の死体の数はどう見ても六体以上……二十前後はいる。つまりリヒトはそれらをバロウ達がボスと戦っている間に倒したのであろう。おそらく取り巻きの数に上限があり、それを狩りきったため、出現が停止したのだと考えられる。


だが、例えその個体数に上限があったとしても、まだ十分程しか経っていない。

その殲滅の速度はあまりにも常軌を逸していた。


「バロウ、敵の攻撃は普通のトレントと一緒?」


「あ……ああ、大体は」


「わかった。じゃあ俺が囮になるからその間に攻撃して」


驚愕しているバロウを尻目にリヒトは《キング・トレント》を注意深く観察しながら、話しかけてくる。バロウは慌ててその問いに答えると、リヒトは頷いて両手剣を手にして走りだした。《キング・トレント》の真正面に。


「ちょっと待て!そんな正面から……」


 真正面から堂々と突っ込んでくるリヒトに《キング・トレント》は雄たけびをあげ、枝の両腕を勢いよく振り回す。枝は二又、三又と分かれた後、鞭のようにしなり走りこんでくるリヒトを強襲。一本一本の枝が蛇のように不規則に蠢き黒髪の少年を刺し貫かんとする。


 しかし、リヒトはその表情に一つの焦りも滲ませず、ステップを繰り返し、潜り込むようにして避ける。

 一回、二回、三回目の叩きつけを避けたところで《キング・トレント》の前に辿り着いた。


(速い!?)


 バロウはその速度に目を見張る。《キング・トレント》まで十メートルはあったはずだ。その距離を相手の攻撃を躱しながら、ほぼ一息で詰めきった。

 敏捷…AGIが高すぎる!バロウの二倍…いや三倍以上もあるだろうその速度は、敏捷型が多い短刀使いだとしてもずば抜けている。


 攻撃を潜り抜けたと見てリヒトは両手剣を振りかぶる。流麗なまでの回避にバロウは言葉を失うが、しかし同時に危険な既視感を覚え、背筋が凍るような感覚が全身を走り抜けた。


「リヒト!そいつに不用意に近づくな!全身のどこからでも……」


 攻撃ができる、と叫ぼうとした時には既に悪魔のような顔の両側から、氷柱ように先が鋭く尖った枝が勢いよく飛び出してきていた。二本の枝は攻撃態勢に入っているリヒトの頭と心臓にそれぞれ狙いを定め、空恐ろしいほどの正確さで迫る。


 先ほどボスの攻撃方法を問われた時大体同じと言ってしまったが、この攻撃は《トレント》はしてこないため初見な筈だ。大型のボスである《キング・トレント》にとって初見殺しとも言えるこの攻撃にはバロウも反応しきれず、痛い一撃をもらった。


 頭が回らず不用意なミスをしてしまった自分を殴りたくなる。全身を掻き毟るほどの後悔が襲うがもう遅い。両手剣を叩きつけようと身を引き絞るリヒトに、枝が殺到し……。


 リヒトはそれをひょいと首を傾げただけで、一本躱した。


「え?」


 背後からギルの素っ頓狂な声が聞こえる。

 同時、リヒトはいつの間にか左手で握っていた短刀でもう一本の軌道を逸らす。攻撃は何もない地面に突き刺さり大きな砂埃を上げる。


 そしてリヒトはそれを気にも留めず右手一本で持った両手剣を《キング・トレント》に叩きつけた。


『ゴォォォォォ!?』


 クリーンヒットを貰い、この戦闘中初めての叫び声を響かせる大樹の怪物。リヒトは続けて、二撃、三撃と右手の両手剣での連撃を叩き込む。

 《キング・トレント》も苛立ったように振り払おうとするが、リヒトはステップと短刀でのパリイ(弾き)で攻撃をいなして懐に張り付き続ける。


 その光景を見て呆然とバロウ達は立ち尽くした。


(なんつう反応速度……)


 今の避け方はただ反射だけで行ったものではない。

 反撃の速度を高めるため、最小限の動きで紙一重の回避を行っている。それすなわち単純な反射行動による回避行動ではない。相手の攻撃を確認した上で自身の行動を完全に制御して行っている。

 知覚してからの思考速度、さらにそこから行動まで反映させる速度が尋常ではない。その上で単純な敏捷力も異常に高い。


 しかしそれ以上に驚愕するのが。


(なんだあの落ち着き具合は……)


 この世界で戦っているプレイヤーはそのほとんどが普通の人間である。少なくともバロウのパーティメンバーは戦いもない平和な社会で過ごした現代人であった。バロウも前は平凡な社会人であるため、命を賭した戦いなど経験したこともない。精々兄弟や同級生との喧嘩ぐらいだ。


 よって戦うことを選択するとき、大きな障壁となるのは、筋力や武器の扱い方などの能力不足、そして精神力(メンタル)の強さである。


 例え現代人に武器を扱えるだけの筋力を与え、武器の扱い方を教えた後、それでは戦ってくださいと言ったところで、土台無理な話であろう。

 恐怖心が邪魔をするからだ。


 相手の攻撃を避ける、ガードする、そしてその間を縫って反撃を行う。

 その全ての行動に単純に怖気づいてしまうのだ。


 当然である。本物の刃物が目の前に迫ってくるのは怖いし、銃や弓を構えられるだけでも足が竦む。戦いを知らない平和な社会で過ごしてきた現代人ならばなおさらだ。


 だからこそ、リヒトの異常さが際立つ。


 紙一重で攻撃を避け、躊躇なく刃を振るい、隙あらば懐へ潜り込む。そんな誰でも躊躇いそうなことを平然とやっている。

 これはもう能力云々の話ではない。


 彼には、恐怖心というものが見えない。

 致死となる一撃をギリギリで避ける、懐に潜り込む、そんな本能的に恐怖を感じてしまう行動を何でもないように行う。これが、すでに異常なのだ。だが、それでいて頭に血が上っているというわけでもない。ちゃんと周りも見えている。


 彼はまだ未成年の少年である。なのにここまでの落ち着きを見せているというのは、幼い頃……この世界に連れてこられる前からそのような戦闘経験をしてきたか、もしくはこの世界に来てから異常なまでの(・・・・・・)戦闘経験を積んできたかのどちらかである。


「……呆けてる場合じゃねえ。イリーナ!ギル!援護するぞ!」


 戦闘に見入っていたバロウは大剣を構え直す。イリーナとギルも頷きそれぞれの得物を持つ。

 今ボスの意識は全てリヒトに向いている。それはリヒトが全ての攻撃を避け、かつ致命傷とはいかないまでも自身の防御を潜り抜ける攻撃能力を有している為、脅威と感じているからだ。

 このチャンスを逃すわけにはいかない。


 そう意気込んでバロウは勢いよく踏み出した。



***


 何とか体制を立て直すことができた。俺は攻撃を再開したバロウ達を見て思う。

 

 取り巻きの数が予想通りで助かった。どうやら同時出現数が六匹で二十匹倒し終えたらそれ以上は湧かなくなるようだった。

 武器が《トレント》にあまり有効ではない短刀しか持っていなかったのが厳しかったが、落ちていたバロウのパーティメンバーのものを借りることで何とかなった。

 

 バロウ達からすれば亡くなった仲間の遺品を勝手に使用するのは複雑な心境であるだろうが、そんなことを言っている場合ではない。


 もうこれ以上誰も……。


 眼前の《キング・トレント》の腕の叩きつけが思考を中断させる。俺はサイドステップでそれを避けながらボスの全身を観察する。


 戦った感じ《キング・トレント》は《トレント》とほぼ同じ攻撃方法を持っている。が、その物量や耐久力は大きく向上している上に、小回りの効く攻撃も追加されている。


 この固く太い幹を切り倒すことは困難なので核を壊すのが手っ取り早い。バロウもそれを狙ったのだろう、核があると思われる幹の部分に何個か傷がついている。だが、《キング・トレント》に防がれたのであろう、周りに何本か強引に刃物で断ち切られたような枝が転がっている。


 それならば俺のやるべきことはバロウの攻撃を効果的に叩き込むために相手の意識を散らし、防御に穴をあけることだ。

 

 おそらく大剣という武器を扱うバロウは一撃の威力に関して俺よりも上であろう。大剣を扱うのに要求される筋力――STRは片手剣や短刀に比べてはるかに高い。

 俺が今手にしている両手剣も高いSTRがなければ扱うことができないが、大剣よりは要求値が低いので、当然、一撃の威力も大剣に軍配が上がる。


「バロウ、何とかして核を!」


「わかった!」


 右手に両手剣、左手に短刀を構えて俺は再度突っ込む。本来その名の通り両手剣は両手で扱うものであるため、片手で使用するとその分十全に扱うことが出来なくなるが、今はそれでいい。足りない火力はバロウ達が補ってくれる。


 腕の振り下ろし、地中からの根の攻撃、葉の飛び道具。俺は全てを至近距離で避ける。

 幸い回避は得意分野だ。ステータスもAGIだけでなくCONの伸びも良いので長期戦でも問題は無い。


「オラァ!」


「食らえ!」


俺が囮となっている間にバロウとギルがそれぞれの獲物で《キング・トレント》を斬り付ける。それに対し《キング・トレント》は鬱陶しそうに唸り声を上げ、二人を引き離そうと腕を持ち上げた。しかし防御の意識が逸れたその瞬間、イリーナが後ろから黒色の目を弓で射抜く。


『グォォォォ!?』


 トレントが有する顔は見た感じ眼球などは存在しないただの穴のはずだが、そこに攻撃すると何故かこいつらは怯む。つまり一応視覚は人間と同じく目から取り入れているのだろう。


 目を潰された《キング・トレント》は溜まらず悲鳴を上げながら、体の周りのあちこちに枝を生やして出鱈目に攻撃を行う。しかし、予備動作が大きかったため俺たちは冷静に攻撃範囲外へと引いていた。


「今だ!全力で攻撃!」


 当然だが一体のモンスターが一度に出来る攻撃は決まっている。というよりも一度に動かせるリソース、エネルギーとでも言おうか。

 今まではそのリソースに余裕を持たせながら俺たちの相手をしていた。そのためもし俺たちに懐に潜り込まれたとしても対応が可能であったのだ。


 だが、今の攻撃でその余裕分のリソースは使い切ったはずだ。おそらく次に相手が強力な攻撃をするまでに時間がかかる。

 バロウもそれがわかってかメンバーに指示を出す。


「ッ!」


 まず初めに俺が纏っていた木の枝を削るように両手剣で一撃を入れる。短刀は腰の鞘に納刀して両手で持っているため、先ほどまでよりも威力が高いはずだ。


 銀色のロングソードは不自然に飛び出していた枝をこそぎ取り、何度も攻撃を受け傷ついていた外皮にさらなる傷を重ねる。そこに続けざまにギルが片手剣を突き込む。さらに広がった傷口にすかさずバロウが大剣を振り下ろした。


『グォォォ!』


 バキッと一際大きな音が響き渡る。苦痛の悲鳴を上げる《キング・トレント》を見ると鋼のように硬かった樹皮が削り落ちて拳大ほどの穴ができていた。穴の先には鈍い緋色の光を放つ石―――(コア)


「核が出た!このまま一気に……」


「待てギル!?」

 

そのまま流れで核を壊そうと再度片手剣を振りかぶるギル。しかし、怯みから立ち直った《キング・トレント》はその表情を怒りで染め、手だと思われる枝を勢いよく地面に突き刺した。

 すると《キング・トレント》周りの地面一帯が勢いよく持ち上がる。


「うわっ!?」


 足を取られたギルは体勢を崩す。そこへすかさず追撃の枝の一撃がねじ込まれた。


「がッッ!?」


 ギルは何とか左手の盾を滑り込ませたが衝撃までは殺しきれない。枝を受け止めた体が持ち上げられ、後ろに勢いよく吹っ飛ばされる。そのまま二転三転しながら十メートルほど滑ってやっと止まった。ギルは完全に気絶してしまっているようで、停止した地点からピクリとも動かない。

 

「ギル!!」


「くそっ!!イリーナ!ギルを頼む!」


 慌てて駆け寄るイリーナにギルを任せ、俺とバロウが代わりに前に出る。

 イリーナがギルを連れて下がるのを見ながら俺は背筋に冷たい汗が伝うのを自覚する。


 ここで二人いなくなるのはかなりまずい。

 いや、このボスに二人で挑むのはいつでもやばいのであるが、特に今はまずい。相手のダメージ的にそろそろ……。


『グググググゥゥゥ……』


 俺の嫌な予感を肯定するように《キング・トレント》は、突如唸り声を上げる。そして、根を地面に突き刺した。先ほどと同じ足元の崩しを警戒して俺とバロウは身構えるが、何も起こらない。いや、これは……


「植物が……枯れている?」


 広場にある雑草や周りにある植物、樹木がどんどん萎れ、枯れていっている。いや、植物だけではない。先ほどまで肥沃で赤茶色をしていた部分の地面までもが白く、くすんだ茶色に。

 何かを吸われている?水分……栄養か?


「……!?やばいバロウ攻めるよ!」


 頭の中に嫌な予感が駆け抜ける。突き刺された根、何かを組み上げる音。

 さながらポンプのように根や手から何かが吸収されているのを見て、得物を手に突撃する。突き刺された根に向かって思い切り短刀を振り下ろす。

 短刀は狙い通り根を断絶するが、目的は達成したと言わんばかりに《キング・トレント》の体には既に変化が訪れ始めていた。


 メキメキと音を立て、幹や枝が内側から膨らむように肥大化していく。今まで普通の樹木と変わらなかった表面の色は茶色から墨汁を塗りたくったような漆黒へ。トレントの特徴である目や鼻の黒色の穴は血のような赤色に。


『ゴォォォ!!』


そして一回り巨大化した《キング・トレント》は一際大きな絶叫を響かせた。先ほどまでとは段違いの威圧感にバロウは冷や汗を足らす。


「おい……なんだよこれ!?」


「……ボスとかの一部のモンスターは追い詰められた時に強化されることがあるからその一種だと思う。多分攻撃力とか耐久力が全体的に底上げされてる上に一度の攻撃の物量も増してるはずだから気を付けて」


「聞いたことねえぞそんなの……。しかもあの様子じゃもしかしたらさっきの傷跡も……」


「塞がってる。ただ周りの樹皮が肥大化して塞いだだけだから傷跡自体は残ってるはず」


 ついさっき苦労して樹皮を剝がして核が露出した部分は、盛り上がった漆黒の外皮に覆われて塞がれている。だが、別に新しい外皮を纏ったわけではないため傷が完全に再生したとは思えない。


「……さっきまでと作戦は同じで行こう。俺が引き付けるからバロウは何とかして核に一撃を叩きこんで。中途半端に防御を考えてもジリ貧になるだけだから短期決戦で」


「……お前なんでそんなに……!?」


 作戦を伝える俺を信じられないような顔をして見つめるバロウ。それに疑問を抱くが、それよりも先に《キング・トレント》が唸り声と共にこちらへ向かってくる。


「ごめん話は後で!来るよ!」


「ッッ!?やるしかねえのかよ!」


 叫ぶ俺たちの声をかき消す咆哮。覆いかぶさるように迫ってくる影に俺たちは飛び込んだ。

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