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夢幻の塔  作者: ねぴあ
【新緑の塔】
5/19

大樹の王

 右手で起こる爆砕音を聞きながら、大剣を振りかぶる。下段から腰を捻り、右後ろ側へ。そのまま斧で木を切り倒す要領で直径二メートルほどもある幹に叩きつける。相手の攻撃の間を縫って、何度か切りつけて樹皮が剥げていた部分。おそらく核があると予測したそこに斬撃を集中させていたが、外皮が想像よりも固く、未だ弱点は露出しない。


 バロウはもう一度剣を振りかぶり……しかし、眼前の幹から何かが生まれる音を聞いて、攻撃をやめて離脱する。次の瞬間、バロウの顔があった位置に人の腕ほどの小枝が勢いよくせり出してきた。

 この攻撃が厄介だ。大型のモンスターは小回りが利かないやつが多いため、潜り込むのがセオリーとなる。だが、突然どこからでも飛び出してくるこの枝の一撃のせいで、密着し続けるということができない。

 じくじくと痛みを訴える左肩を擦る。通常のトレントではしてこないこの行動に対応できず、初見で貰ってしまったのが痛い。足に貰って機動力が下がるのを免れただけましではあるが。


 《キング・トレント》は通常のトレントと同じく高耐久で低機動力のボスだ。人の体ほどもある腕のような枝による叩き付けや、取り巻きよりも範囲のある葉の刃による面制圧など大型モンスターの例に倣った、威力、範囲を持つ攻撃を繰り出してくる。しかし、先ほどの体のあらゆる所から枝を生やす攻撃、地中からの根の一撃など意外にも取り回しの良い攻撃方法も持っているため、ただの鈍重なボスだと油断していると痛い目を見る。

 それでいて大型ボスの強みである耐久力はそのままであるので、倒すには大人数で相手の意識を散らしながら、攻撃を叩きこみ続けるしかない。

 だが、現在はバロウ一人である。最初はバロウとギルでボスを抑え込んでいたが、取り巻きを相手にしているイリーナ達の悲鳴が聞こえたので、ギルには様子を見に行ってもらった。


 《キング・トレント》との戦いが始まって五分ほど。ギルがいなくなってから二分ほど。

 既にバロウ一人でボスを抑えるには限界を迎え始めてきた。


 ボスの攻撃パターンはおそらくそのほとんどを見た。だから、落ち着いて見れば大規模の攻撃には対処ができる。実際に腕の振り回しなどの当たったら致死性のある攻撃には当たっていない。しかし、細かい攻撃は別だ。


 ボスモンスターというのは通常のモンスターよりも遥かに大きなリソース、エネルギーを持っている。その膨大なエネルギーを注ぎ込み、続けざまに叩きつけられる攻撃をバロウ一人で捌き続けるには限界があった。面制圧の攻撃や大量の根による叩きつけの攻撃は意識していても避けられない瞬間が存在する。それを裏付けるようにバロウの全身は血と蚯蚓腫れで覆われていた。


 そしてさらに不可解なことが一つ。

 今しがた空から突如出現し、広場の周りに存在する赤色の鎖のことだ。謎の鎖は今もまだ退路を塞ぐように広場を囲っている。


「バロウ!」


 油断なく大剣を構えていた所に切迫した声。そちらを確認するとギルとイリーナが駆けつけてきた。


「ギル!?取り巻きの方はどうなった?」


「……そっちはリヒトが抑えてくれてる。だがあの赤い鎖がある限りもう逃げることができないってリヒトが……」


 撤退ができない。その一言で焦りが広がる。正直今のこの状況を打開するイメージが湧かない。

 その上今取り巻きをリヒトが抑えていると言った。それは、つまり……


「リヒトが?一人でか?」


「……ああ」


 問い直した後、その言葉を聞いて胸に確かな衝撃が走る。先ほど悲鳴が聞こえた時から嫌な予感はしていた。それに何かを言い難い様子のギルと表情を失ったイリーナ。その上で一人ということはそれが意味することは…。


 無理やり思考を断ち切る。

 パーティリーダーは自分だ。それが例え形式上であろうとも役割は果たさなければならない。

 

 逃げられないなら倒すしかない。あの鎖のことは気になるが、今は生き残るためにやるべきことをやるしかない。


「……相手の攻撃は基本的には雑魚と同じだ。ただ地中からの攻撃、葉による遠距離攻撃の物量、範囲がまるで違う。あと体のあらゆるところから枝を生やして奇襲してくる。そこだけには注意しといてくれ」


「バロウ…」


「イリーナ。今は目の前のボスに集中してくれ。頼む」


 虚ろな目をしたイリーナがバロウに何かを言おうとするが止める。

 こいつらは今までのモンスターとは違う。攻撃力も耐久力も攻撃の多彩さも。そしてプレイヤーへの殺意(・・)も。

 感情に飲み込まれて集中できなかったら間違いなく全滅する。ただでさえ今は三人しかいないのだ。

 それに時間制限もある。


「ギル。取り巻きは何体残ってる?」


「……六体だ。正確には一体倒したはずが復活していた」


 六体。通常種よりも格段に強いトレントが。

 ギルが話した情報に顔を顰める。

 しかも復活したというならば、もしかしたらボスを倒さない限り永続的に減らない可能性もある。そんな状況を一人で抑え込むなど長く持つわけがない。無駄死にするだけだ。

 だから今すぐにでもリヒトを助けに行かなければならない。せめて一人でも手助けを。


 だが、先ほど二人で戦っても厳しかったことから考えると三人でも余裕はない。その上取り巻きが復活する可能性を考えると、ジリ貧にならない為にもボスを早急に倒す必要がある。

 それを考えると……。


 唇を痛いほど噛む。情けないが取り巻きはリヒト一人に任せなければならない。

 まだ二十にも満たない、親元も離れていないだろう少年に。


***


 不思議な少年だった。

 無造作に伸ばされた黒髪に、同年代の身長を下回る線の細い体つき。それに、青年と呼ぶにはいささか早すぎるような、あどけなさが残る顔立ちも相俟って、下手に触れれば壊れてしまいそうな印象を受けた。

 バロウのリヒトという少年の第一印象はそのようなものであった。


 リヒトとの出会いは二週間ほど前。

 この【新緑の塔】に来て一週間程度経過した頃だった。その日の攻略を終えた後、【ルガー】の近くを一人で散歩している時。


 月明りに照らされて、林の向こう側から歩いてくる人影が見えた。

 警戒しつつ目を凝らすとその人影の様子はどこかおかしかった。何か杖のようなものを手に全身を引きずるように進んでくる。

 そして目に捉えたのは……血まみれの少年。


 酷く衰弱したその少年を慌てて宿へ連れ帰って休ませた後、話を聞いた。

 

 少年の"名"はリヒト。バロウと同じ”プレイヤー”、連れてこられた人間であるということ。前のステージをクリアした後、扉に入ったらこのステージへと繋がっていて、彷徨っていたこと。前のステージは一人でクリアしたこと。リヒトはそのようなことを語った。


 最初バロウはこのような少年が一人で塔を攻略したことを信じられなかった。しかし、語るリヒトの瞳は真剣でとても嘘を言っているとは思えなかった。


 そして数日後。

 リヒトはしばらく休んで怪我を治した後、自分も攻略をすると言い出した。それも単独で。

 バロウとしては、まだ成人もしていない少年に戦いをさせるのは酷だと思ったので止めたのだが、リヒトは聞かなかった。ただ「大丈夫」と言うだけだった。慣れてるから、とも。


 そこから数日間、バロウがパーティメンバーと攻略を進めている間、リヒトとは顔を合わすようになる。もっぱら会うのは攻略を終えた夜の町の中であったが、リヒトも攻略はバロウとは違うルートで進めているようだった。

 危険だから何度かパーティメンバーになるように、もしくは一人の攻略をやめるように進言したが、少年は困ったようにやんわりと、だがはっきりと否定した。


 それが何故なのかはわからない。別にリヒトは俺たちのことを拒絶するわけではなかった。少し人見知りの気はあるように見えるが、こちらが話しかければ応答するし、過度に遠ざけようとはしていなかった。


 だが、近づくこともせず、そして、パーティに入ることだけは頑なに拒んだ。


***


 この世界はゲームの世界に酷似している。それはここに来てからすぐに感じたことだ。

 ステータスやスキルの概念、アイテムの自由な出し入れ、そしてステージの移動など。このようなあからさまな要素を見ればそう思うのは当然である。

 だが、普通のゲームにあるべき要素がなかったりもする。


 その一つがレベルだ。

 ゲームの代表的な要素にレベル制というものがある。よくある仕様だと、戦いを重ねるごとに経験値を取得してレベルを上げることで、基礎パラメータが上昇してキャラクターが成長したり、スキルを選ぶためのポイントがもらえたりする。

 RPGなどではほとんどのゲームが採用しているといっても過言ではない。というのもこれがなければ自身のキャラクターの成長度合いを示せないからだ。


 しかし、今いるこの世界にレベルは存在しない。メニュー画面に『ステータス』という欄は存在するが、そこにレベルという項目はないのだ。あるのはプレイヤーの能力値を表すパラメータと取得しているスキルのみである。


 パラメータは以下の六つ。『CON』『STR』『AGI』『TOU』『INT』『POW』、それぞれ、体力、筋力、敏捷、頑強、知能、魔力を表している。これらがプレイヤーの能力値のパラメータとしてステータスに現れている。


 そしてパラメータを上げる方法は……現実世界と同じである。

 もし現実世界で筋力を上げるならば筋トレをするだろう。体力をつけたいならばランニングをすれば良い。この世界でも同じだ。

 筋トレをすれば《STR》……筋力が上がり、ランニングをすれば《CON》……体力が上がる。

 RPGのように経験値を稼ぐだけでレベルが上がり、各パラメータが底上げされるといったことはこの世界では起こり得ない。


 スキルも同じである。今バロウは大剣を扱っているが《大剣》というスキルを取ってから、扱い始めたのではない。身の丈ほどもある巨大な剣を使い始めてしばらくした後、《大剣》というスキルが発現したのである。


 つまりこの世界のパラメータやスキルというのは『プレイヤーに能力をもたらすもの』というよりは『現在のプレイヤーの能力を可視化したもの』と言った方が近い。


 この世界に来て初めて見たパラメータ、つまり初期パラメータはそのプレイヤーごとに異なる。例えばバロウだったらCON(体力)、STR(筋力)、TOU(強靭)が他のものよりも高かった。これは現実世界でも実際に体格が良くスポーツをやっていたバロウだからだろう。つまり初期パラメータはおそらくその人物の現実世界の能力をそのままパラメータ化したものであり、大体が1-10程度の値を取っている。


 しかし、度重なる戦闘の末、バロウのステータスはもう初期のそれの二倍以上となっていた。特にSTRは大剣を使い始めてから大きく伸びたので、既に常人では考えられないほどの筋力を有する。



 だが、その成長した膂力を擁しても《キング・トレント》の防御は崩せない。 


 バロウは質量の暴力とも言えるその大剣を振り下ろす。《アイアン・ソード》と銘打たれたそれはありふれた名前の通り何の能力も持たないが、その重さは並の剣とは比べ物にならない。

 大剣は《キング・トレント》本体の幹に吸い込まれる……前に横から分厚い枝がせり出してくる。重力の影響も相まった強力な一撃は一本、二本、三本と阻んだ枝を折り、しかし四本目の枝に半分ほど食い込んで止まった。


「チッ!」


「バロウ!後ろだ!」


 背後から飛び出してくる根をバロウの背後に飛び出してきたギルが左手に持つ盾で間一髪防ぐ。続けざまに飛び出してくる根をバロウはステップで避け、ギルは剣で弾きながら、悪態を付く。


「硬すぎるだろこいつ!潜り込むのも簡単じゃねえっつうのに!」


 三人での戦闘開始から約十分が過ぎた。

 ギル達が助太刀に来てくれたことで何とか戦いは均衡を保っている。バロウがメインのアタッカーとなりギルがその補佐。イリーナが援護をしてボスの攻撃を散らすことで何とか戦えてはいる。

 しかし、それだけだ。


(こいつを倒すには核を壊すしかない。だが、俺の大剣を叩きつけようにも枝にせき止められる。ちょっとずつダメージは与えてはいるがこんままじゃ俺たちの体力が尽きる……!)


 イリーナの弓では《キング・トレント》の外皮は貫けない。ダメージは稼げるが致命傷にはなりえないため、近接攻撃でまず核を露出させる必要がある。そのためにはバロウの大剣やギルの片手剣を叩きこむ必要があるが、それは飛び出してくる枝が防いでしまう。


 何が厄介かというとその意識の割り振りである。いや怪物に意識などあるかはわからないが、明らかに警戒度が違う。イリーナの弓は致命傷になりえないのだと知っているのだろう、明らかにバロウ達への防御の方に重きを置いている。


 核に届きうるこちらの重い一撃は確実に防いでくる。それを突破するには防いでくる枝ごと叩き切る威力の攻撃か、相手の意識に防御の穴を生み出すための攻撃の手数がいる。

 しかし、前者は今のバロウの力量では足りず、後者はこの少人数では困難だ。


(こうしている間にもリヒトが……!)


 焦りが募る。冷静になれと何度も呼びかけていた脳にノイズが走る。

 焦るな、落ち着け。大剣を振るいながら考え続ける。

 パーティリーダーは自分だ。この極限の状況下で指示を出している頭が混乱してしまうことだけは避けられない。自分が冷静さを失えば忽ちパーティメンバーは全滅してしまう。

 だが、今更どうすれば。もう既にメンバーはほとんど……。


「きゃあ!!」


 後ろ向きになりかけた思考に叫び声が割り込む。背後を見るとイリーナが地中から飛び出た根に足を取られて転倒していた。


「イリーナ!」

 

 叫ぶギルが駆け寄る。しかし、遅い。弓を取りこぼし瞳に恐怖を宿したイリーナに、蛇のようにうねる根の追撃の一撃が吸い込まれる。その光景はさながらスローモーションのようにバロウの瞳に映り…。

 

 見覚えのある両手剣がその攻撃を断ち切った。


「……え?」


 迫る一撃に瞬間的に目を瞑ったイリーナはゆっくりと目を開く。

 眼前には見覚えのある両手剣が突き刺さっていた。イリーナの命を奪う寸前だった根を断ち切って。

銀色のシンプルな刀身に黒の握り。鍔も握りと同色である無骨なロングソード。それはパーティメンバーの……ロットの装備。

 無事だったのかと視線を上げる。しかし、そこには見慣れた赤髪の青年ではなく、黒髪の少年―――リヒトが立っていた。



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