なんで僕はここにいる?第二部
「は?外の話?」
「そうそう。俺しばらくココでひとりぼっちだったからさ、話し相手に飢えてんのよ。」
「いや、しかし…ドライアドとアリアドネですよ?」
どちらも冒険者か騎士連中しか取りにいくことができない、希少素材だ。それゆえ、高価である。ルネは宮中に入った記念で研究所から支給されたものであり、個人だったら手に入らない。
「あてはあんのよ。で、どうする?断っても、ある程度回復するまでおいてはやるけど、その、あすた?直すのは手伝わんぞ」
「いやいや、正直好条件すぎて怪しんでます」
「えー、信用されてないの俺。助けてやったのにショックだわ」
子どもの嘘泣きのような真似を男はし始めた。うごくわざとらしく、ルネは鬱陶しく感じた。
「わー、いや、あの、すみませんでした!僕なんかのお話でよければしますので、是非ご協力くださいませ」
アスタが折れているのは本当にルネにとって致命傷なのだ。背に腹はかえられない。が、命の恩人なのにこんなに恩を感じさせにくいこの男の態度はなんなのだろう。ルネは自分が薄情者なのではないかと心配になった。しかし、ルネの言葉を聞いた男はそんなルネの心配はすぐに吹っ飛ばすような態度を取った。
「だよなー!俺命の恩人だしな!しかも、その棒っきれを直してやろうという、いい人だもんな!そんな人の頼み聞けないような薄情もんは世の中いないよな!」
「あー、うん…そうですね…」
「だよなぁ!じゃあ、暫くよろしく!」
「はい、よろしくお願いします…僕、ルネです。」
「俺はヘルマだ」
いい笑顔でヘルマは手を差し伸べた。握手を求められているのはわかったが、応じたら手がへし折れるだろう。ルネは笑顔で交わして、ヘルマに尋ねた。
「あの、僕の荷物の中に紙はありませんでした?あと、インクとペンも…」
「紙か。うーん、明日見てきてやるよ。俺、食うもの以外あんま興味なくてそのまんまにしてきたんだわ」
「あぁ、そうですか…では、明日お願いしますって、今日じゃダメなんですか?」
「図々しいやつだなー、外見ろよ、もう夕方だぜ?取りに行ってたら日が暮れちまうよ」
ルネは外を見た。あんまに日が差してたのに、もう光は茜色になりつつある。そんなに時間が経ってたのか。
「とりあえず、脚痛いだろう?痛み止め飲んで寝とけよ。明日日が昇ったら取りに行ってやるからさ」
ヘルマはそう言って、ルネに急須と小さなコップを差し出す。
「俺さ、こういう薬を作るのも得意なのよ。独り身だとなんでも捗るよなぁ」
ルネが独り身であること前提の発言である。しかし、図星なのでルネはぐうの音もでない。
ルネは急須とコップを受け取り、
「ありがとうございます、いただきます」
と返事をした。
「おう、いいってことよ。んじゃ、俺は引っ込むから。今日はそのまま皮にもたれかかって寝とけよ。起き上がるの大変だろうし、天井見たまんまもつまんねぇだろ」
そう言ってヘルマは部屋を出て行った。
1人残されたルネは急須から薬を出して、コップに注ぐ。日が翳っているのも相まって、薬はやたらドス黒く見えた。
「うげ、不味い」
ルネは一口薬を口にすると、ぼそりとぼやいた。明日、筆記用具を持ってきてもらったら、回復の陣を書いて脚を治そう。じゃないと、貧弱な身体がより貧弱になるし、この薬の世話になり続けるのは辛い。
薬を一気に煽った。不味さから気持ち悪くなってきた。そのまま目を回してルネは気を失うように寝た。
---------------------------
ルネはその夜夢を見た。
目を覚ますと、ルネの近くに少女が座っていた。こちらの様子を伺っているらしい。こちらの様子をじっと見た後、少女は薬や食器を手にして、部屋を出て行った。
---------------------------
次の日、扉の音に目を覚ますとヘルマが部屋に入ってきたところだった。手には頼んでいたものが抱えられているようだった。
「お、起きたか。お前さー、箱に入ってるなら箱にあるってちゃんと言ってくれよな。探すの手間取ったわ」
ルネはすっかりどこに筆記用具をしまったか忘れてしまっていた。どうやら、ヘルマは片っ端から探してくれたようだ。
「なんか妙な紙が貼りついた箱があったから、仕方なく剥がして中を確認させてもらったぞ」
紙やインク壺など汚れたり壊れたりする事を防ぐ護符を箱に貼って保管していたようである。
「すみません、お手数かけちゃって…」
「まぁいいさ!ほれ!」
ルネはヘルマから筆記用具を受け取る。改めて確認したが、すべて無事なようである。
「で、これでなにすんだ?」
「アスタが壊れているので、代わりに魔法陣を描いて脚の治療をしようと思います」
ルネの世界で魔術を使う方法は3つある。1つはアスタを使うこと。これが一番効率よく省エネで魔術を使うことができる世の中のスタンダードだ。もう一つが護符。紙に一定の魔力を込め、呪文を書いて対象物に貼る。これで、紙の魔力が切れるまでその効果を発揮してくれるのだ。これも魔力がない人にも使えるので割と普及した使い方である。そして、最後の1つが魔法陣である。アスタが普及した今、全く使われていないに等しい方法であり、その存在を知らない魔術使いも珍しくない。ルネは古典魔術の憧れから魔法陣の研究を主に行なっていたので知っている。上司からは役に立たないとの評価しか得られず、職場でも肩身の狭い思いをしていたが、そんなことはルネにとって些細なことであった。
ルネは紙を太ももの上に広げ、陣を紙に書き込んでいった。書きにくい事この上ないが致し方ない。ヘルマはそんなことを気にせず、目を輝かせてルネの手元を見ている。
「…見ていて楽しいですか?」
「楽しいとも!俺見た事ないもん、こんなの。これは今何を書いているんだ?」
「時を戻す魔法陣ですね」
「時を戻す?治療じゃないのか」
「えぇ。治療というより、状態を指定の期間まで戻すって感じですね。大昔の大戦では治療に使われていた方法らしいですよ」
そういいながら、ルネは陣に書き込みをしていく。
「ここが時に干渉する事を表す記号、ここは時を戻す事を示しています。で、ここにいつまで戻すか書くのですが…僕はここにきて何日くらいたっていますか?」
「そうさなぁ…7日目ってところか」
「そんなにここに居たんですね…では発見していただく前のことも考えて10日前に戻すことにしましょうか」
必要な事を書き終えて、ルネはペンを置いた。そして、1番怪我がひどいと思われるふくらはぎまで紙を寄せた。
「これでもう魔術が使えるのか?」
「ええ、そうです。後は魔力をこめるだけなんですが…ヘルマさん、お願いをしてもよろしいでしょうか」
「ん?なんだ」
「これは先ほども言った通り、時間を戻す魔術です。癒しではないので、骨が元の位置に戻ったりすることにより大変な痛みを伴うことが予想されます。あと、アスタを使わないで魔術を使うので、魔力もかなり消費することが見込まれます。なので、たぶん僕は魔力切れか激痛で気を失うと思うので、その時は介抱をお願いしますね」
「わかった。痛がっているようだったら、あのゲキマズ痛み止め口につっこんでやっから安心しな」
全く安心はできなかったが、寝床から転がり落ちたりするよりマシである。ヘルマに任せておくしかなかった。
ルネは魔法陣の上の方に手を翳し、魔力を放った。思った以上に消耗が激しいのか、脂汗が額を伝うのがわかった。
「おいおい、大丈夫か…」
「はなし、かけないで…」
ヘルマは口をつぐんだ。ルネは集中を切らさないように魔力を注いでいく。すると魔法陣の書いてある紙が燃え始め、魔法陣自体は光の線で描かれたようにルネの掌の近くに残った。その様子を確認したルネは手を脚の近くに下げていく。それに伴って、魔法陣もルネの脚の方に降りていき、ある程度近づいたかと思ったら、そのまま吸い込まれるように消えた。両脚からパァッと光る。魔法陣はうまく動いたようである。ルネが安心して息を吐くと、パキッという音が脚から聞こえた。どうやら時の逆行が始まったようである。安心したのも束の間、ルネは激痛に襲われた。グッと堪えたが、魔力の消耗が激しかったせいか、意識が今にも飛びそうである。もう一度バキっと音がしたかと思った瞬間、ルネは気を失ってしまった。ヘルマはルネをそっと支え、脚を動かさないようにして寝床に寝かせた。そこから1日、ルネの意識が戻ることはなかった。