第09話
「どうしたんですか~、冬樹さん。そんなに慌てて」
階段を駆け下り、リビングに飛び込んできた冬樹に、リビングでくつろいでいた紅葉が質問を投げかける。
「葵が久しぶりに話してくれたんだ!今から、葵の好きなものを買いにスーパーに行ってくる!」
「葵さんがお話をしてくれたんですか‼それはおめでたいです~。でも…どうしたらそこからスーパーに行くことになるんですか。それもこんな時間に」
紅葉は壁に掛けられた時計を見ながらそう冬樹に尋ねた。冬樹は慌ただしく準備しながら
「葵は俺に心の支えになってほしいらしいんだ。だから、急いで葵の好きなみかんゼリーを買いに行ってやろうと思って」
「はぁ…?」
紅葉はさらに首を傾げ、冬樹の話をほとんど理解できていないそぶりである。冬樹は身支度を続けながら
「紅葉さんも何か欲しいものある?ついでに買ってくるけど」
「そうですね~…。特にないですけど、何か欲しい気もします…」
「どっちなんだよ…」
「何が欲しいのか自分でもよくわからないので、スーパーに行ってほしいものを決めようと思います。ということで私も身支度をするのでちょっと待っててください~」
「おっ、おう…」
(紅葉さんはほんとに自由奔放な人だよな…。今みたいに急に行動し始めるし、自分の事自分でもよく分かってないみたいだし)
冬樹はショルダーバックに、財布やエコバックを入れて、チャックを閉じた。
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「まだ遠くの方の空は明るいんですね~。もうすぐ8時なのに~」
「まぁ、夏が近いからな。だんだん日も長くなるよな」
閑静な住宅街を歩く二つの影。二人はたわいもない会話をしながらスーパーまでの道を行く。冬樹は、隣を歩く紅葉の姿をちらりと横目で見た。
(出会ってからあまりまじまじと見る機会なかったけど、きれいな子だよな…。髪は栗色で、同じシャンプーとリンスを使っているはずなのに、とってもすべすべだし、肌も真っ白で日本人じゃないみたいだよな。身長は、葵よりも全然高いし、まさにモデル体型ってやつだな。ただ、胸がちょっと)
「どうしましたか、冬樹さん?私何かへんですか~?」
「いっ、いや!なんでもないんだ。ごめんな」
紅葉の事を少しいかがわしい目で見てしまっていた冬樹は、紅葉と目を合わせるのが気まずくなり、咄嗟に目をそらした。
「そうですか?」
紅葉は、どうして冬樹が自分と目を合わせないようにしているのかさっぱり分からない様子できょとんとしている。
「ほっ、ほら!スーパーについたぞ」
冬樹は次は目をそらしたことに対する気まずさからか、話を全力で逸らしに行った。
「うわぁぁっ!ここがうわさのスーパーですか」
「うわさのって…。スーパーに初めてくるわけでもあるまいし」
「わたし多分ですけど、スーパーに来るの初めてですよ~」
「…まじか」
「まじです~!」
(紅葉さんはかなり世間知らずというか、人と違って独特な人だなと思ってはいたけど…。まさかスーパーに行ったこともないなんてな…。…記憶をなくす前の紅葉さんって何者なんだ)
「とってもたくさん食べ物がありますね~!これは迷っちゃいそうです~」
「慌てて出てきたから、財布にあまり入っていないんだよな。買ってもいいけどほどほどにお願いします…」
「わかりました~!」
カゴを取りながら冬樹が紅葉にお願いしているのに、紅葉は元気いっぱいの空返事で勢いよくスーパーの中に走って行ってしまった。
「う~んっ!このウインナーとってもおいしいです~!」
「急に止まったと思ったら…」
勢いよく走りだしたはいいものの、紅葉の足はすぐにウインナーコーナーの前で止まってしまった。コーナーの辺り一帯はウインナーの香ばしい香りが漂っている。
「あっ、冬樹さん~!冬樹さんもウインナー一緒に食べましょうよ~‼このウインナーとってもおいしいですよ~」
ウインナーの試食コーナーでウインナーに舌鼓を打っていた紅葉は、後から追いついてきた冬樹の姿を見つけると、手招きし、ウインナーの試食を進め始めた
「あら、彼氏さん?一緒にお買い物なんてラブラブねぇ」
「かっ、彼氏⁈ちがいますちがいます」
「違うんですか~?一緒に住んでいるのに~」
「あら、同棲してるの!お盛んねぇ」
「だから違いますって!いやでもまぁ一緒に住んではいるけど…。でもそんな関係じゃないです」
「そういうことにしておきましょうね、うふふ」
「冬樹さん!このウインナー買ってください‼」
「紅葉さんも少しは否定してくれ…!」
ゴシップ好きのおばさまの質問攻めに合い、疲弊した冬樹はとっさにウインナーを入れ、紅葉の手を掴んでウインナーの試食コーナーを後にした。
「どうしたんですか、冬樹さん~。そんなに慌てて~。もう閉店時間ですっけ~?」
「いや、閉店まではまだ時間はあるが、あのままウインナーの試食コーナーにいたら俺の体力が持たなかった…」
「試食コーナーって体力奪われるんですか⁉」
「普通なら奪われないよ…。って、紅葉さんは俺とカップルって間違われてもよかったのか⁈紅葉さんも全力で否定してくれよ!変なこと言うから、おばさんのマシンガントークに拍車かかっちゃったし、途中から話全く聞いてなかったし…」
「私は冬樹さんと間違われてもいいですよ~」
「…⁉」
「だって冬樹さんウインナー買ってくれますし~!」
「……」
「…んっ?どうしたんですか~、なんだか顔怖いですけど…」
「まっ、紛らわしいこと言うなぁっ!」
「ひぃっ、ごっ、ごめんなさい!」
(急にあんなこと言われたら…、勘違いしそうになるじゃないか…)
「とっ、ところで冬樹さん!」
ひときわ大きな声で紅葉が冬樹の事を呼んだ。冬樹の怒りを逸らそうとしているのがもろばれである。
「んっ、ん?どど、どうした?」
「葵さんのゼリーを買わないと!私はもう少し探索してきます~!」
そういうと紅葉は、緩まっていた自分の腕をつかむ冬樹の手を振りほどいて、まっしぐらに鮮魚コーナーに走っていった。
「まぁ、鮮魚コーナーに試食はないし、放っておいても大丈夫かな…」
元気いっぱいな紅葉の後ろ姿を見送りながら、冬樹はゼリーを打っているコーナーに足を向けた。
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「いやぁ、お会計が冬樹さんの財布の中の全財産をオーバーしたときは焦りました~。危うく捕まるところでした~」
「いやまぁ、捕まりはしないだろうけどな…。奇跡的に500円クーポン券が合って命拾いしたな」
「ですね~」
両手いっぱいに荷物を抱えた冬樹と、その横をスキップしながら楽しそうに歩いている紅葉。どうやら予定外の出費が多かったらしい。
「ところで、冬樹さん?」
「はっ、はい⁈」
「なんで声が裏返ってるんですか~」
紅葉は育ちの良さが一目で分かる、右手を口元に添え、クスクスと上品な笑いをしながら、続けて
「葵さん、冬樹さんに心の支えになってほしいって言ったんですよね~?」
「あぁ。私のこと支えてくれる?って感じだったぞ」
「なるほど…。それで、改めて聞きますが、冬樹さんの考える心の支えとは…」
「みかんゼリー‼」
「…」
紅葉は少し駆け出し、冬樹のはるか先でピタッと止まり、風を斬るようにくるっと回って、
「冬樹さんはおバカさんですねっ~!」
と舌を小さく出しながら言った。そう言った可愛らしい小悪魔は月明かりに照らされ、神秘的であった。
遅れてることに関しては、活動報告の方を見ていただけると幸いです。
次も書き始めていますので、お待ち下さい。