第63話
「ねぇ、冬樹…。何か近づいて来てない?」
「あぁ、もしかしたらさっき書庫に隠れている時に部屋の前を通って行った二人組かもな」
薄暗く、不気味なほど長い廊下を不安そうな眼差しで見つめる葵。そんな彼女の不安を煽るかの様に足音は大きくなり、近づいてくる。
「これ、本当にあの二人組の足音?すごくヘビーそうな音に聞こえるんだけど」
「たしかに…。」
嫌な、不吉な予感がする。冬樹は次第に大きくなる何かの足音を背に、元の見学コースへと戻り始めた。
「どっちみちここは見学ルートから外れてるから早いところちゃんとした見学ルートに戻ろう」
小走りで走る二人、しかしいつになっても見学コースとこの廊下とのT字路に突き当たらない。何かがおかしい、二人の顔には焦り、時間を重ねるごとに恐怖とさまざまな表情が塗り重ねられていく。
「冬樹、何かおかしい」
ここまで小走りで走ってきたが、先の見えない廊下、一向に来ないゴールに葵はとうとう足を止めてしまった。そんな葵を無視することもできず、冬樹も足を止める。
「もしも追いつかれても謝れば許してもらえるんじゃない?」
「さっき、この足音が本当に二人組のものかって言ったのはお前だぞ」
「そうだけど…。でも、きっとあの二人のものよ、きっとこの廊下の先に食堂があってお腹いっぱいになって帰って来てるんだわ」
きっときっとと現実逃避の言葉ばかり並べる葵、疲労と薄暗い廊下に居続けることが彼女の精神を徐々に蝕み、とうとう限界に達しつつあるようだ。それは冬樹も同じであった。
「そうなのかな…」
自身で思考することを放棄し、葵の考えたおとぎ話を信じてしまう冬樹。ふたりはとうとう廊下に重い腰を下ろしてしまった。
「というか、なんであたし達足音から逃げてるんだろうね。嘘をついて謝れば済むことじゃない」
「見学ルートから外れてしまって迷子になってしまいましたごめんなさいってな。なにから俺たちは逃げてたんだろうな」
人は、過酷な環境下に置かれ続けると、いつかその緊張の糸を張り続けることができずたわんでしまう。渋谷の事件から、常に緊張の糸を張り続けてきた二人のそれはついにここで限界を迎えようとしていた。
足音が、もうそこまで迫っていていた。一歩を踏みしめるごとに体が上下に揺られるほどの衝撃。まともな精神状態であれば、ここで異変に気付きそうなものだが二人は気づくことなくまるで家のソファで駄弁っているかのようにくつろぎながら話し込んでいる。
巨大な影が二人を見下ろす。この施設で収容されていた、魔物。どういうわけか(この理由もまともな精神状況ならわかりそうなものだが)廊下に解き放たれ、二人を見下ろしている。
「冬樹、なんか急に暗くなったわよね」
「確かに、電球がきれたのかな」
冬樹が上を見上げると、そこには忠犬ハチ公に似た巨体が二人を見下ろしていた。
(なんだ、この光景どこかで)
冬樹のなかで数か月前のあの光景がフラッシュバックする。血にまみれることになった渋谷、化け物の爪に挟まった小さな麦わら帽子、初めて目の当たりにした死、はじめて実感した「死」の恐怖。魂の抜けていた冬樹の目に灯りが再び灯る。
「葵、走れ!」
葵の手を引きながら、冬樹は勢いよく立ち上がり廊下を走っていた。
「ふ、冬樹?いきなりどうしたのよ」
「いきなりどうしたもこうしたもあるか、お前も覚えてるだろあいつのこと」
冬樹は遠のいていく後方の景色に視線を向ける。その視線を追う葵の目には、すでに自分たちのことを追いかけてきている二人にとって「すべてのはじまり」に似た「なにか」が映る。
「ひぃっ」
「死にたくなかったら、走れ」
「無理よ、どんどん近づいてくる」
「無理でも!!」
「っていったぁい!急に止まらないで、言ってることと行動が違うじゃない」
「葵、もうだめかもしれない」
「えっ…?」
冬樹の視線の先には、行く手を阻むように大きな口を開け鋭く血なまぐさい歯を見せつけている巨大なねずみのような「なにか」が立っていた。二人は、どこにも逃げ場のない長い廊下で化け物にはさみ内にあったのだ。
「いっ、いつもみたいに戦えば…」
「武器は?」
「このまま食われるのを待つの?そんなのいやよ!」
「それもそうだな…。俺たちらしく、最後まであがいてみるか」
背中を合わせそれぞれの敵に標準を合わせる葵と冬樹。これが彼らの最後の戦いになるかもしれないと思うと心臓が大きくはねる。そうだ、その運命に抗えばいい、その方が面白いのだから。
今年もご愛読いただきありがとうございます!
今年は中だるみで投稿が疎かになっておりましたが、来年からペースを戻せるよう努力してまいりますので、これからも読んでいただけると嬉しいです!
それでは、来年お会いしましょう!
良いお年を!




