第60話
投稿日がさまよっている…
「えっと、もう近いと思うんだけどな」
手元の地図とスマホ上の地図アプリを交互に見比べ、目的の場所を目指す冬樹。ここは、渋谷のスクランブル交差点から少し離れた、とある通り。
「これか…?」
地図アプリは目的地に到着したことをせわしなく伝えるが、冬樹の目の前にある建物は壁一面コンクリートで看板や表札、窓ガラス1枚さえもないコンクリートの箱である。もっとも、いかにも怪しい秘密結社の隠れ家のような研究所を思い浮かべていた冬樹は、目の前にある謎の箱に戸惑いを隠せていない様子だ。
住宅街の一画に突如現れるコンクリートの箱は、周りにある色とりどりの家や緑が映える庭と比べて、そこだけ色彩を奪われた『モノクロ』の世界に迷い込んだかの様な感覚にされる。冬樹は色彩と想像との二つのギャップに困惑しながらも仕事である取材のために、スマホのカメラで外観を手早く写真に収め、入り口に近づき、箱に唯一取り付けられたインターホンを押す。
「えっと、ホームカミングデーに来たんですけど」
インターホンを鳴らし、週間ヌ~の田中から聞いた、今日この施設で開催されているはずのイベントの名前を口にする。インターホンで冬樹と会話している相手はいかにも訝しげに、続ける。
「えっと、君ひとりかな?ホームカミングデーは2人以上で参加するようにと伝えてあるはずなんだけど」
「えっ、そうなんですか…」
「ところで、君。本当にうちの関係者の家族?うちの関係者がこんな単純な伝達ミスをするとは思えないんだけど」
「えっとそれは…」
心臓の鼓動が速くなって行く。インターホン越しにこの拍音が聞こえているのではないか、冬樹の頭にはそんな突拍子もない考えも思い浮かんでくる。敵がたくさんいるかもしれない施設に意を決して乗り込もうとしたにも関わらず、出鼻をくじかれたのだ。冬樹の様子はますます怪しさを増していく。
「ちょっと君、冷やかしなら…」
「おにーちゃん!」
今にも追い返されそうになったその時、後ろから冬樹のことをお兄ちゃんと呼ぶ謎の声が聞こえてきた。振り返ると、身長こそ小学生だが胸がアダルトな少女、葵が立っていた。
「もうっ、おにーちゃんったら。私の支度が遅いからって置いていくなんてひどいよ」
ポニーテール風に髪を結び、腰に手を当てる少女はまさにブラコン。冬樹は突然の出来事に困惑し、一言も発せていない。
「えっと…」
「話合わせなさい。施設に入れないと何も始まらないでしょ」
いつもの声で、冬樹にしか聞こえないほど小さな声でそうささやいた葵は、すぐにブラコンモードに戻りインターホンに話しかける。
「ごめんなさい!おにーちゃんがわたしを置いて先に行っちゃうから。今日のイベント二人以上じゃないと入れないってお父さんに何度も言われてたのに」
「あー、妹ちゃんかな。やっぱり、うちの関係者があんな単純な伝達ミスをするとはどうも思えなかったんだよ。さぁ、扉を開けるからどうぞ中へ」
自動扉が自動で開き、インターホン越しに開いたことを確認するこえが聞こえてくる。二人は軽くアイコンタクトを取り、頷くと敵の本拠地に足を踏み入れたのだった。
「どうして葵がここにいるんだよ。昨日乗り気じゃなかったよな」
「さっき田中さんから電話があったのよ。今日のホームカミングデーは二人以上で来るようにっていう通達があったらしい、だから行くなら二人で行ってくれって」
「だから急いで追いかけてきたのか」
「そうよ、本当はあんたが施設に入る前に今日はいったん出直すように言おうかと思ったんだけど、もうインターホンならしててそれもめっちゃ怪しまれてるから咄嗟に…」
「妹のふりしたのか?確かに俺とお前の身長差なら恋人よりも、兄妹のほうがしっくりくるな」
「こ、恋人って…。あ、あんたねぇ、折角人が恥ずかしさを押し殺して来てやったのになによそれ。蹴られたいの?」
「ここで蹴ったら、それこそ怪しまれるぞ」
「それもそうね…。ただ、帰ったら覚えときなさいよ」
「なんでそうなるんだよ」
「まぁ、この話は一旦置いておいて、この施設やっぱり変じゃない」
「葵もそう思ったか」
「えぇ、窓もないし、看板もない。周りに普通の住宅が建ってるのにこれは目立つわよ」
「ただ、看板がないから近所の人も何をするところか分かっていない説はあるよな」
「確かにそうね。それにしても、近所で噂くらいにはなるんじゃない?」
「確かに近所では噂になるかもしれないな。でも、それを例えばSNSに載せて拡散するほどのインパクトはない気がする」
「まぁだって、ただのコンクリートの箱だものね」
「あぁ、だから昨日田中さんが言ってた仮説は間違えかな」
「それも確かめましょう。とりあえず、目立たないように研究所の情報を探る。あたし達のミッションはこれよ」
このコンクリートの箱は、地上に出ている部分はそれほど大きくないが、地下にいくつか階がある構造になっているらしく、二人は何度か階段を登ったり、下ったりしながら案内板にそって研究所を進んでいく。
「ねぇ、冬樹。なんだか様子が変じゃない…?」
「ホームカミングデーとか言う割には、他のグループがいない、特に催しものをやっているわけではない、それに…」
「そもそも、さっきから誰一人会っていない」
薄暗い施設の廊下を黙々と歩いていた二人だが、ホームカミングデーだというのに人気がない施設の様子に違和感を覚え、ちょうどT字路のように廊下が分かれている場所で立ち止まった。案内板は右側に進むように促している。
「葵、一旦順路を無視してみないか」
「えっ?でも、そんなことしたら怪しまれるんじゃない」
「もしも見つかったら、迷子になりましたとでも言えばいいだろ」
「それはそうだけど…」
「このまま順路に沿って行ったら、相手の思うつぼ…なんだかそんな気がする」
「…分かったわ。でも、一つ約束して。危ないと思ったらすぐに逃げる。これだけはお願い」
「あぁ、分かったよ」
そう言うと冬樹は、迷いなく突き当りをロープが張ってある左側へと進んでいく。葵は、得体の知れぬ不安を抱えながら冬樹の後に続く。二人は薄暗い廊下に飲み込まれるかのように消えていった。




