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桃(こうはく)~Hold hands with you~  作者: 4G
第2章 冬樹
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第48話

夏が置いていった暑さがまだ身に応える。猫も、あまりの暑さに日陰で微動だにせず、長い長い休みももうすぐ終わりだというのに子供たちは家に籠ってその場にいない友達とともにこの世界ではない広大な別世界に狩りにでかける。


2043年、人類はあらたなステージへと到達した。現実と仮想世界の境界を超越する技術、多世代型移動通信システム、通称「NG」で人々は仮想世界に足を踏み入れ謳歌できる、そうなるはずだった。


――――――――――――――――――――


暗く、ムッとする家の中。一人の少女が、まだ湯気がたちほんのりあたたかい食事ののったお盆を慎重に運びながら階段をゆっくりとあがる。目的の部屋の前に着くと、大きく空気を吸い込み、吐きだす。そして器用にお盆を片手で持ち、ドアを二度ほどノックする。


「冬樹、ご飯もってきたから、部屋の前に置いとくわね。今ならできたてアツアツでおいしいわよ」


葵の呼びかけに、部屋の向こう側にいる冬樹からの返事はない。


「はぁ、今日も返事は無しか…」


葵の足元には、冷え切った食事が彼女が数時間前に持って来たのと同じように置かれていた。一つも手をつけてないだな、葵はそう肩を落としながら慣れた手つきで持って来たお盆を置き、冷え切ったお盆を持ち上げる。


「冬樹、気分が向いたら少しでもいいから食べてね。いくらあんたが引きこもり生活してるからって言って一つも食べないでいるとそのうち死ぬわよ……っ!」


「死」という言葉、葵は言ってから後悔した。いまの冬樹にとってこの言葉ほど彼を追い詰める凶器はない、葵はそれを何よりも分かっていたかったのに。


「じゃあ、食器洗ってお風呂に入った後にもう一回食器下げにくるから、じゃあ」


葵は自分の愚かさから逃げるように、階段を駆け下りた。


持ち帰ったお盆を勢いよくシンクにたたきつけ、皿にしてあったラップを力任せに引き裂き、冷め切った生姜焼きを三角コーナーに勢いよく叩きつける。蛇口をあげると水が勢いよく流れ、皿にあたった水が飛び散り葵の服をびしゃびしゃに濡らした。


「あたし、ばかだなぁ…」


力なく台所にへたり込む葵。水の音が静かだった家を騒がしく駆け巡る。


―――――――――――――――――


「はいはいー。こんな早くから誰よ」


朝食の片付けも終わり、一休みの休憩をしようとしていたところに騒々しいドアチャイム。葵は、むすっとしながらもそれに応答するために玄関に向かった。


「おはよー、葵」

「なによあんたか。宅配便が来たのかと思って印鑑持って来たじゃない」


右手に握りしめられた印鑑を、腕を伸ばして光春の目線の高さに掲げる葵。光春は、ひょいっと印鑑を葵から取り上げる。


「まぁ、新妻が様になって来たじゃないか葵」

「あんまりアホ抜かしてると、蹴るわよ」

「あぁーこわこわ。まぁ、これ買ってきたから機嫌直せって」

「これって、駅前にできたシュークリーム専門店の1日限定20個のフルーツもりもりもりシューじゃない」

「流石JKはこういうスイーツの情報には抜け目がないね」

「そういうことなら、早く言いなさいよ。ほらあがって、外は暑かったでしょ。冷たいミルクティーを入れてあげるわね」


うっきうきでシュークリームを抱えて台所に消えていった葵の背中をみながら光春がやっぱり新妻じゃんと思ったのは秘密にしておこう。


「にしても、あんたよくあのシュークリーム屋さんのそれも限定品のこと知ってたわね。冬樹の家から駅って真逆の方向なのにわざわざ買いに行ったの」

「夏休み、暇だったからな。特にどこに行くわけでもなかっただろ、だから家で珍しくテレビ見てたらこれを特集してたから買ってみようかなって、でも男が自分の分だけ買うのは恥ずかしいだろ、だからお前たちの分も買って来たってわけ」

「最近はスイーツ男子も珍しくないでしょ。男の子がスイーツ食べるの恥ずかしいっていつの時代の話をしてるのよ」

「あんまりスイーツ食べないからな…。」

「確かにあんたがスイーツ食べてるのあんまり見たことないかも…。そんなあんたがシュークリーム食べたいなんてどういう風の吹き回しよ」

「まぁ、たまにはいいだろたまには」

「別に攻めてるわけじゃないじゃない」


少しすねながら、葵は宝石箱を開けるかのように箱をあける。そこにはデコポンやマスカット、イチゴにキウイと果物がこれでもかと挟まれ、ホイップクリームで純白の化粧が施されたシュークリームが並んでいた。


「うわぁ!なによこれ、めっちゃかわいいっ!写真とらなきゃ」

「女子ってすぐ写真撮りたがるよな。後で見返すわけでもないだろ?」

「まぁ、そうね。でも、おいしいとかわいいは正義だもの。写真撮らないで食べるなんてできないわ」

「そういうもんか」


映える角度を模索し、シュークリームの周りをなんども往復する葵のことを頬杖を突きながらみていた光春。手持ち無沙汰になった彼は、気になっていたことを葵に聞くことにした。

「冬樹は」

「…っ」


葵は、写真を撮る手をぴたりと止め、俯きながらゆっくりと椅子に腰かけた。


「まぁ、その反応から察しはつくし。ここにくるって決めた時からなんとなく…」

「あれから、もう一か月経ったのよね。一か月ずっとあたしは冬樹と同じ屋根の下で暮らしてきた。でも、冬樹の姿を見たことも、声を聴いたこともない。ずっと閉じこもったままなのよ……。あっ、そうか、ちょっと待ってて」


そういうと、葵は食器棚からケーキ皿を取り出し、箱の中からシュークリームを一つ取り出し器用にもりつけ、お盆にアイスティーとセットにして光春に渡した。


「あんたが行ったら冬樹、何か話す気になるかも。いっつもバカやるのはあんたと一緒」

「バカとは心外だな。まぁ、分かった。持って行ってくるよ」


光春はお盆を持ち、階段を上がっていった。


「あんたがわざわざあたしとお茶しに尋ねに来るっておかしいと思ったのよ。最初からあいつに会いに来たって言えばいいのになんで見栄張るのかしらね」


皿の上おかれたシュークリームを一気に頬張った葵は、箱の中に残った最後のシュークリームに満面の笑みで微笑んだ。


「ん、おいし」


お知らせもせず約一ヶ月更新わせず、申し訳ありませんでした。

これからは自信の都合上、月曜日投稿とさせてください。

思った以上に1章を書き終えた達成感と虚無感に苛まれていましたが、その腑抜けた脳にムチを打って書いてまいりますのでこれからもよろしくおねがいします!

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