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桃(こうはく)~Hold hands with you~  作者: 4G
第1章 紅葉
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第04話

「ふわわわわわぁ~。このカレーとっても美味しいです~」

「ふふっ、紅葉さんはとっても美味しそうに食べてくれるから、作った甲斐があるわね。ねーえ、冬樹はどう、おいしい?」

「と、とっても美味しいよ、いつもありがとな葵」

「………」

「いやっ、無視かよっ!」


(これじゃ、一人で家で食べるのと同じじゃないか…。にしても、葵は料理上手いな。あぁー、美味しいなー、カレー美味しいな……。…っ⁉)


冬樹は一人、リビングのローテーブルで寂しくカレーを頬張り、一人悲しい葛藤をしていた。一方、ダイニングで食事中の女性陣はというと


「葵さん~、カレーのおかわり頂けますか?」

「はいはい、喜んで」


紅葉の皿をひょいっと手に取り、葵は手馴れた手つきで台所に向かう。炊飯器のふたを開けると、白米のいい香りがしてくる。


「紅葉さん、今日は泊っていってねー、後で布団を出しておくから」

「本当ですか~!助かります~」

「ところでさー、いくつか聞いておきたいことがあるんだけど」

「はい?なんですか~?」

「何回も聞き返すようで悪いんだけど、紅葉さんはどうしてあの電柱の下で寝ていたか覚えていないのよね?」

「はい~。気がついたら、目の前に葵さんと冬樹さんがいらしたので~」


葵は炊飯器のふたを閉じ、弱火でカレーを再び温め始めた。時折、カレーが焦げないように優しくおたまでかき混ぜている。


「そうなんだ、家とか、家の周りの景色とか、何か少しでも覚えてることってある?」

「そうですね~。うーんと…。一つ言えるのは、今日私が葵さんと冬樹さんと出会ってから

葵さんの家までくる道中の景色は、見たことないな~、あれなんだろう~、という感じでワクワク、新しい発見の連続だったことですかね~」

「つまり、少なくともこのあたりの住宅街に住んでいるわけではないって事ね」


見るからに熱そうな、人参とジャガイモがごろごろ入ったカレーを葵は慣れた手つきですくい、真っ白な白米の上にかけた。


「はい、おかわりお待たせ」

「わぁぁぁぁ~、とってもアツアツです~」

「火傷しないように食べてね」

「あーん~。………っ⁈」


アツアツのカレーを大きな口で、美味しそうに頬張った紅葉の顔はたちまち真っ赤になり、紅葉は透明なグラスに注がれていた水で、そのカレーを一気に流し込んだ。


「どっ、どうしたの紅葉さん⁈のどにつまったの、早く水飲んで!」


葵は空になったグラスにおかわりの水を注いだ。紅葉は水が注ぎ終わるのを待つことなく、おかわりの水も一気に飲み干した。


「かっ、からいです、このカレー…。激辛です~」

「……はっ!もしかして」


葵は椅子から勢いよく立つと、小走りでキッチンへと向かった。IHの上には鍋が二つおいてあり、どちらにもカレーが入っている。葵は、恐る恐る、自分がついさっき温めなおしたカレーを味見した。


「…⁈げほげほっ…。も、紅葉さんごめん…、これ冬樹を懲らしめようと作った超絶激辛カレーの方だ」

「なっ、何が入っているんですか~」

「唐辛子、七味、タバスコはもちろんの事、ハバネロにブート・ジョロギアもはいっているわよ…。普通の人が、これを無理にでも食べたら…」

「ひっ、こわいです~」

「あっ、そうだった、ぐーちゃんとぴーちゃんにもご飯あげないと」

「ぐーちゃんとぴーちゃん?誰なんですか~?」

「この子たちよ」


そういうと葵は、紅葉の座っている席の後ろに置かれてた、小さな水槽を大事そうに抱え上げた。


「わぁ~、おさかなですか~」

「そう、グッピーのぐーちゃんとぴーちゃん。かわいいでしょ。ちなみにこっちの凛々しいのがぐーちゃんで、こっちの御淑やかなのがぴーちゃんね」

「凛々しい…?御淑やか…?」

「もしかして紅葉さん、ぐーちゃんとぴーちゃんの見分けがつかない感じの人?それはだめよ、この目をみて!このキリっとした男らしい目、ハンサムな背びれ、この尾びれなんてもう、たまんないよ~」

「はっ、はあ~?」


女子たちがダイニングでお魚トークに華を咲かせているころ、リビングでは一人、絶対にカレーを残すわけにはいかない男の静かなる戦いが続いていたという…。


――――――――――――――――――――――――――――――――


「うっ、おしりがヒリヒリする。絶対昨日のカレーのせいだろこれ」


翌朝、冬樹は激闘を共にしたおしりをねぎらうように、優しくさすりながら、教室に入った。

窓側、最後列。ラノベの主人公にしか座ることが許されていないと言っても過言ではない、ベストポジションに自身の席を構える冬樹は、できるだけおしりを驚かせないようにゆっくりと椅子を引いた。


「おはよう、冬樹」

「ぎゃぁぁぁぁぁぁあ!」


教室中、いや、このワンフロアの視線を一堂に集めるほどに大きい悲鳴をおしりは上げた。


「朝からうるさい!冬樹はサルなの?」

「真面目な顔して、ゲスいこと言わないでくれ。昨日の誰かさんのカレーのせいでおしりがいたくて痛くてしょうがないんだよ」

「それは冬樹の自業自得でしょ、このむっつりスケベ」

「もう勘弁してくれよ…」

「あっ、紅葉さんの事だけど、しばらくはうちにいてもらう事にしたから」

「いいのか?おじさんとおばさんもいるだろうに」

「あぁ、それなら心配ないわ。お父さんは大阪に1週間の日程で出張だし、お母さんはお母さんで高校時代の友達と一緒に3泊4日で旅行だから。昨日の夜、事情を説明したら、何か思い出すまでとりあえずうちにいて良いって言ってくれたから」

「そうか、それなら良かった。ところで、紅葉さんの様子はどうだ?」

「昨日の夜はピンピンしてたわよ。昼間、あんなところで寝てたから眠たくなかったんでしょう。朝、私が家を出るときは爆睡してたけど」

「あはは…」

『ほら、席付けー。ホームルーム始めるぞー』

「あっ、先生来ちゃった。じゃあまた後でゆっくり話しましょ」

「おっ、おう」


葵は冬樹の返事を聞く間もなく、足早に自分の席に駆け戻っていった。席に着くと、周りの女友達と楽しそうに会話を始めた。


『えぇー、みんなも楽しみにしていると思うが、そろそろ修学旅行の準備を進めていく時期になってきた。組む班は自由だからぼちぼち考えとけよー』


「「「いやっっっっっふぅぅぅ!」」」


先生の口から修学旅行という単語が発せられるや否や、朝一のお通夜テンションだった教室は一気に、夏休み前のホームルームのテンションにまで跳ね上がった。


(修学旅行か…。一緒に回るなら誰かな、やっぱり葵とあいつの3人かな。ははっ、結局いつメンだな)


冬樹は、机に頬杖をつき、真っ青な空を見ながら、そんなことを考えていた。

冬樹にとって、学校は普通の場所である。人並みに勉強はできるし、人並みに友達だっている。けれども、いつでも一緒に、班を組んだり遊んだりするのは決まって葵とあいつだった。


(そういえば、今日あいつ、学校に来てないな。またさぼりか…。仕方ねぇやつだな、あいつは)


冬樹は、斜め前のぽっかりと空いた席を見ながら、そんな、どうでもいいようなことを考えていたのだった。


学校の一日はあっという間だ。冬樹は、購買部でイチゴジャムパンを買い、いつものように体育館の裏で一人、牛乳を相棒に、パンを頬張っていた。


「あっ、やっぱりここにいた。なんであんたはいつも教室でお昼ご飯食べないのよ」

「いや、別に食べてもいいんだけどさ、最近みんなの絡みがうっとうしくてさ」

「うっとうしい?どんなことされるのよ」

「…怒らないか?」


冬樹は恐る恐る、葵の顔を見ながらそう問うた。葵の表情はいかにも怪訝そうである。


「怒るって何よ。そんなにやましい事なの?はっ、もしかしていやらしい…」

「違う!断じて違う。てか、最近それが十八番ネタなのか?なんか聞き飽きた感がすごいぞ」

「うっさいっ!でぇ、いやらしい事じゃないなら何よ、やましい事って」

「…俺とお前が付き合ってるんじゃないかって、そうあいつらが昼休憩の間、毎回毎回問いただしてくるんだよ」

「なぁっ!…、ばっかじゃないの、どうしてあたしが冬樹となんか付き合わないといけないわけ、マジ最悪」

「だから、言っても怒らないかって聞いたじゃないか」

「もう知らないっ!私教室に帰って、みんなと一緒にご飯食べるから!」

「おう、そうしろそうしろ」


葵の遠ざかる後姿を、イチゴジャムパンを頬張り、牛乳を相棒に見守る冬樹。けれども冬樹は、葵の顔が、イチゴジャムをつけているわけでもないのに、ほんのり赤くなっていたことを知らなかったようだ。


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