第36話
「冬樹、終わったのね」
激しい戦いが終わり、葵はその立役者の一人である冬樹からそれを聞くためにどのラノベのヒロインもが一度は口にするであろうテンプレを問いかける。その後ろには冬樹の次の言葉を固唾をのんで今か今かと待ちわびる紅葉の姿もある。
「あぁ、なんとかな」
「よかった…。今回ばかりは流石にダメかと思ったわよ」
「でも流石のコンビネーションでした、お二人とも!」
「あぁ、まぁな」
「いや、本当に君たちの息の合った切込みには驚かされたよ。ありがとう、君たちがいなかったら僕たちはこの朝を迎えられなかったかもしれない」
「そういえばこの人たちは一体誰なんだ、林さんはさっき自己紹介してもらったから分かるけど他の二人が分からないんだが」
「落ち着いたことだし、自己紹介させてください。私はチケットブースを担当してます緑井といいます。昨日みんなにもチケット販売したんだけど覚えてくれてるかしら」
「ほらあれだよ光春。俺たちがエレベーターホールで小競り合いしてた時仲裁してくれたお姉さん」
「あー、あぁぁっ!その節は大変ご迷惑をおかけしましたぁぁぁっ‼」
勢いよく膝を床につけ、額をこすりつけながら詫びを入れる光春。緑井は若干困惑した表情を浮かべながら、
「いえいえ、別に詫びてほしいとかそういう事じゃないから大丈夫」
冬樹は、完全に立ち上がるタイミングを失ってしまったであろう光春の肩をつかみゆっくりと立ち上がらせる。気前の悪そうな表情を浮かべる光春が立ち上がったのを確認して、緑井は他の二人の紹介を続けた。
「そして、この人がスカイタウンの設備管理をしている林くん、こっちがサービスカウンター担当と近藤ちゃんよ」
緑井から紹介があり、続けて冬樹たちが自己紹介をしたところで、両者はそれぞれ気になっていたことを質問し合い始めた。
「とりあえず、林さん。さっき言っていたあいつが初めてこのスカイタウンに出現した日の事を教えてもらってもいいですか」
「分かりました、では」
そう言うと林はゆっくりと2か月前のことを話し始めた。
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「緑井さーん」
「どうしたよ近藤ちゃん、なにかトラブル?またクレーマー?」
「いや、今回はクレーマーじゃないんですけど、お客様がお財布落とされちゃったみたいで」
「そうなんだ。げぇっ、それハイブランドのやつじゃん」
「そうなんですよ、中も結構入ってて…っていたっ」
「こらっ!お客様の落とし物の中をのぞかない。それで、ハイブランドだからちょっとびびっちゃったってこと?」
「いや、流石に私でもそんな理由で緑井さんに泣きつきませんよ。それが、さっき無線でこの持ち主っておっしゃるお客様が展望階で落としたのに気が付いたらしくって、お土産も買えないからさっさとここまでもってこさせろって騒いでるらしいんですよ」
「あぁー、でカウンターで一番若い近藤ちゃんがその命を受けたってことね」
「そうなんですよ~~!でも、財布落としたの自分が悪いじゃないですか。それなのに、騒ぎ散らかすお客さまに一人でこれ持って行って対応できる気がしなくて」
「なるほど。で私について来てほしいと」
「お願いしますっ」
「まぁ、私ちょうど今から休憩だからいいわよ。その代わり」
「その代わり?」
「今日のランチは近藤ちゃんのおごりね」
「えぇーそんなぁ」
「じゃあ私は先に一人でランチ行ってくるわね」
「わわわ、分かりました!ランチ奢らせてください‼」
「それじゃ行こうか展望階」
チケットブースを後にした二人はその足で従業員用のエレベーターに乗り込んだ。こちらはお客用のエレベーターとは違って従来のゴンドラ型が採用されているが、一般的なマンションやショッピングモールに設置されているものと比べれば圧倒的に広々としたものである。
「あ、林くんじゃない」
「緑井さんに近藤ちゃん、お疲れ様です。どうしたんですか、二人が展望階に行くって珍しいですね。もしかして景色をただ見ですか?」
「失礼なっ。実はかくかくしかじかで…」
「あー、いますよねそういう面倒なお客様。お疲れ様です」
「林さんめっちゃ他人事じゃないですか!」
「だって実際他人事ですもん。僕はお客様の接客しないし」
「まぁーね。でも設備管理も大変な仕事だから不満言いたくてもそんな言えないわ」
「逆に自分は人と話すことが苦手なので、接客してる皆さんには頭あがりませんよ」
「まぁ、みんなそれぞれの仕事に感謝して仕事しましょうってことね。っていい感じで私がまとめたところで展望階ね。近藤ちゃんいくよ」
「はい!林さんもお疲れ様です」
「おつかれー」
軽く林に会釈しながら先にエレベーターを降り先を行く緑井に追いつくため小走りで駆け寄る近藤。彼女が自分に追いついてきたことを横目で確認しながら、これからのお客様対応のポイントを確認し始める。
「いい、近藤ちゃん。何を言われても笑顔で」
「我を殺すんですよね。大丈夫です、何回も緑井さんに叩きこまれてますから」
「よし、それじゃあ行くわよ。近藤ちゃん財布貸して」
「あっ、はい」
近藤から財布を受け取った緑井はその勢いでテナントショップに向かう。アンテナショップには少しばかり人だかりができていて、その中心ではいかにも小金持ちのような容貌したマダムが一人場違いに騒いでいた。
『だーかーらぁぁぁぁぁっ!いつまであたくしを待たせる気なの⁈あなた達はすぐに財布の一つもぉぉぉぉx持ってこれないのぉぉ?』
「お客様―」
『何よって、やっと来たわ財布。あんたたち、いつまでもあたくしを待たせるんじゃないわよ。あたくしの時間だって有限なんですからね。分かってるのぉぉぉぉぉぉ?』
「申し訳ございませんでした」
『謝って済むことじゃないでしょ。あたくしのプライスレスの貴重な時間を無駄にしたのよぉぉぉぉぉぉぉぉ⁈あんたたち、時間返してちょうだいよ』
「申し訳ございません。」
『そっちの若いの、あんたも黙ってないで何か言いなさいよ』
「あっ!も、申し訳ございませんでした」
『あんたたちはそれしか言えないのかしら⁈もういいわ、あんた達みたいなぺこぺこ謝罪するだけのアンドロイドと話してても埒が明かないわ』
そういうと、マダムは緑井の手から財布をひったくるようにとり、ぶつぶつ言いながら会計を始めた。二人はその隙に軽く会釈をしながら、その場を離れた。
「いやぁー、今回のお客様も強烈でしたね」
「だねぇ。あそこまでヒステリックになって私たちのこと罵らなくてもねぇ」
「私途中から面白くなっちゃって笑っちゃいそうになりました」
「あの状況で笑いそうになる近藤ちゃんって若干サイコだね」
「いやぁーそれほどでも~」
「いや、褒めてないよ近藤ちゃん」
「えっ…」
慕っている先輩にべた褒めされたと思っていた近藤は、緑井からのまさかの一言に分かりやすく肩を落としている。
『ぎゃぁぁぁぁぁっ!』
「なに、今の悲鳴」
「さっきのお客様の声じゃなかったですか」
「近藤ちゃん、念のためにバックヤード戻って何か威嚇できそうなもの取って来てくれる。出来るだけ早く」
「了解しました」
ただ事ではない悲鳴から、何かあったに違いないと咄嗟に近藤に指示をしながら、アンテナショップに戻る緑井。彼女の胸はどこかざわざわしていた。
『いだぁいいだぁい。だずげでぇぇ』
「なにあいつ…」
『うでぎゃぁもげだゃぁーだれがだじゅげででぇ』
マダムの断末魔が次第に小さくなっていき、周りの取り巻き客の悲鳴がマダムの最後の悲痛な叫びをもかき消す。
「はぁはぁ、近藤さん。とりあえず模造刀持ってきました」
「近藤ちゃん、見ちゃダメ」
「えっ…なんですk…。えっ。なんですかあれ」
緑井の忠告空しく近藤が見たもの、それは四肢や胴を喰いちぎられる痛みで顔が涙でぐちゃぐちゃになり、もはや怪物の形相と言ってもいいマダムがスカイくんに丸のみされている光景だった。辺りには、時の流れが永遠にでもなったかのように近藤が落とした模造刀が甲高く鳴り響いた。
いつも読んでいただきありがとうございます。
(やっと)来週の金、土、日に3話連続投稿する予定です!
楽しみに待っていただけると幸いです。




