第34話
小さいころ、ぬいぐるみ独特の生気のない目に見つめられると背筋に水が這う感覚に取りつかれることがあった。いつもはかわいらしく思える目も、愛くるしいその姿も、こちらにやさしく笑いかけてくる笑顔も、その生き血が通っていない目に見つめられると途端に友達からおぞましい物へと変わってしまう。ぬいぐるみは光と影の写し鏡のようなものである、私は小さいころ、いや、今もどこか思っている。
「なぁ、光春。俺たちに勝算はあるか?」
「どうだかな。ただ、さっき展望階であった俺たちのアドバンテージはあれのせいでなくなっちまったがな」
「あんたたち、そんなだべってる暇はないみたいよ」
「みなさん、来ます!」
紅葉の叫び声と同時に、暗闇をギラリとスカイ丸が風を斬る。極度の緊張から生まれる集中力と、直前の紅葉の忠告から一同は前に下、上に後ろにと思い思いのステップでその刀をかわした。続けざまに何度も何度もスカイ丸が振られ、四人に反撃の余地を全く与えないその攻撃は数時間前、数千メートル上空での屈辱を晴らすかのような一撃一撃に魂のこもったものだった。
「はぁはぁ、流石に守備だけってのもってきゃぁっ!」
「葵っ!」
バランスを崩してその場に倒れこむ葵。その一瞬できた隙をスカイ君が見逃すはずもなく、スカイ丸を大きく振り上げ、勢いよく振りかざす。葵は恐怖のあまり声の一つも出ず、体を縮こませ目をぎゅっと瞑った。次の瞬間、葵の耳には金属と金属が激しくぶつかる甲高い音が聞こえた。
「大丈夫ですか⁉」
葵が恐る恐る目を開けると、目の前には自らが持つスカイ丸とスカイ君の持つスカイ丸をはわせ、その攻撃から葵の事を守っている女性の姿と、スカイ君本体に両サイドから近距離攻撃を仕掛けている男女の姿があった。唯一の攻撃手段を葵めがけて振りかざし、防がれたスカイ君がその攻撃を防ぐ手立てなどあるはずもなく、あっけなく左足と右腹に攻撃を許してしまった。その攻撃にスカイ君が怯んだすきに、葵を守っていた女性はスカイ丸を跳ねのけ葵の手を引いて商品棚の後ろに隠れた。
「あなたは…」
「私はスカイタワーのチケットブースを担当している緑井と言います。ところで、あなた達はこのスカイタウンの状況を理解できてるんですか?」
「…っ⁉もしかして、あなた…緑井さんはスカイタウンがボロボロになっている事も、夕方に展望階であった事件の事も分かるんですか⁈」
「えぇ、私以外にも数名ですが今スカイタウンで起こってることを分かる者はいます。ただ、その説明は後で!今はこいつを倒しましょう」
「葵、この人たちは⁈」
商品棚の陰で葵に合流した冬樹と紅葉は葵に手短に説明を求める。葵と緑井に簡潔に要点だけ伝えられた冬樹は一瞬驚いた表情を見せたがすぐに緊張した面持ちに戻り、2、3葵に確認した後、未だ交戦中の光春の援護に向かうべく商品棚の陰から飛び出した。紅葉は葵の軽い手当てをするためその場に残った。
「冬樹っ!この人たちは一体…」
「スカイタウンの社員さんたちだそうだ。この人たちにはこの状況が理解できているっていったら分かるよな」
「まさか、そんな…」
「俺も最初耳を疑ったけど、あいつと戦ってる姿を見せられたら納得するしかないよな」
「他には何か言ってなかったか」
「とりあえず、この状況を打破してお互いにゆっくり話し合おうってことだ」
「そういうことならとっとと倒さないとな」
「あぁ、そうだな」
ひとしきり会話を終えた二人は再びスカイ君の方を向く。スカイタウンの社員二人が一人がナイフで、もう一人が普通の長さの日本刀でスカイ君と未だ交戦を続けていた。
「俺たちも加勢します」
「ありがとう。なんとかここまで持ちこたえたんだがどれだけ攻撃してもスカイ君には効いてないみたいんだ」
「とりあえず攻撃の手を緩めてはダメです。一度隙を与えててしまうとさっきみたいにその隙をつかれる。四人で攻撃の弾幕を作って隙を与えないようにしましょう」
「分かりました。それじゃあ」
「行くぞ、光春っ!」
少し距離をとった冬樹は体勢を屈め勢いよくスカイ君に駆け寄る。自分に迫る殺意に振りかざされたスカイ丸は男によって受け止められて、冬樹の攻撃の手は止まらない。正面からスカイ君の腹の真ん中あたりに決まった冬樹の攻撃。スカイ君はここで少し体勢を崩し、後ろによろけた。
「効いてるぞ、冬樹!」
「よしっ、腹の真ん中です!そこを重点的に狙っていきましょう」
「分かりました」
「スイッチだっ、光春!」
「まかせろっ」
光春の陰から飛び出した光春は再びスカイ君の腹の真ん中あたりめがけてナイフを握りしめる。しかし、スカイ君は同じ攻撃を二度もくらいまいと体をねじりその攻撃をかわした。勢いそのままに交わされた光春は体勢を崩し、勢い良くその場に倒れてしまった。
「光春っ!」
隙を作ってしまった光春は、即座にスカイ君の標的となり、スカイ丸を振りかざされる。その攻撃をどうにか床を右に左に転がってかわした光春の横から女がスカイ丸を掬いあげるように模造刀をスカイ丸に沿わせながら振り上げた。アンテナショップの中に刀が床に落ちる音が鳴り響く。
「武器をやつから遠ざけろっ!絶対に奴に武器を持たしちゃだめだっ!」
「まかせろって」
冬樹の指示を受け、光春は勢いよく立ち上げり、スカイ丸を蹴飛ばした。武器を失ったスカイ君は自暴自棄になったのか、光春目掛けて口を大きく開き、鋭い歯を暗闇に光らせながら迫る。
「させるかっ」
それを許すはずもなく、男がナイフをスカイ君の口の目の前に構え、スカイ君の通過をひたまつ。一瞬の出来事で、その勢いを殺すことができず次の瞬間、その顔は真っ二つに割れた。
「あぶないっ!」
「えっ…」
男の体が宙を舞う。頭の上半分が無くなったその胴体は未だ動き続け、次なる攻撃手段――拳で自分の頭を切り落とした男を殴り飛ばしたのだった。
「こっ、この化け物めっ」
刀を構え勢いよくスカイ君の胴めがけて走る女。その攻撃は腹の真ん中に綺麗に決まった。しかし、スカイ君の胴は今度は体を思いっきりねじり、遠心力で女の事を吹き飛ばした。
「どういうことだ…。あいつの弱点は腹の真ん中じゃなかったのか」
「頭が切り落とされたから弱点の位置が変わった…?」
「そんなことありえるのか⁉」
「だって、頭が半分なくなっても動き続ける化け物だぞ⁉そういうのもありじゃないか?」
『きえぇぇぇぇぇっっっっ』
「なんだっ!?」
その奇声はスカイ君の胴から発せられたものだった。
「うるさいだけで、特に精神攻撃とか催眠攻撃とかではなさそうだ。逃げるためのカモフラージュかも…」
「どうした光春」
「あれ…」
光春の指さす先…
『『『『『『きえぇぇぇぇぇっっっっ』』』』』』
そこにはスカイ君の胴が発した奇声に応えるように、群れになって冬樹たちの方に進行してくる大量のスカイ君のぬいぐるみたちが大きな口を開きながら進行してきていたのだった。
戦闘シーンは難しい…




