第30話
ちょっと遅めのクリスマ(殴
「なんであんなところにぬいぐるみが…」
「子供が落としちまったんだろう。それより、早く隠れようぜ。女子たちに見つかったらまずいって言ったのはお前だろ」
「あ、あぁ…」
「どうした冬樹。いつにも増して腑抜けた返事して」
「いや…、あのぬいぐるみおかしくないか」
「おかしいって?」
「これだけ人がいて、スタッフや警備員も展望階だけでもいろいろな所にいて、お客さんの案内とか巡回とかしてる。なのに、あんなに分かりやすく通路の真ん中に落ちてるぬいぐるみに気づかないなんてことあるのか…っ⁉」
「冬樹⁈」
冬樹は突然話を遮り、人混みを押しのけながら走り始めた。
「紅葉さん、危ない!離れろっ」
「へっ?って冬樹さん⁈どうしてここに?」
「いいから早く!」
突然の冬樹の登場に驚きを隠せない紅葉。冬樹はそんな紅葉のことなどお構いなしで、彼女を抱きかかえるようにしてそのままの勢いで床に倒れこんだ。
「っていきなり何なんですか⁈」
突然目の前で起こった出来事に周囲にいた人々も奇異の目で二人の事を見ている。突然押し倒された紅葉も同様、自分の身にいったい何が起こっているのか、どうして自分が奇異の目にさらされなければならなくなったのか分からないと戸惑った顔で周りのオーディエンス達の顔と冬樹の顔とを交互に目線を移している。
「いきなりどうしたんだ冬樹!急に駆け出して、そうかと思ったら紅葉さんにいきなり抱き着くなんて。とうとう性犯罪者への道を目指すことにしたのか?」
「あほか!それより急いでここから離れよう」
「ちょっ、はぐらかすなよ。っておい聞いてるのか⁈」
光春の呼びかけを横目に、冬樹は紅葉さんを支えながら立ち上がるとそのまま、依然自分たちを好奇の目で見るオーディエンス達をかき分け、展望階の端へと移動した。
「どうしたんですか冬樹さん!さっきから変ですよ」
これまで冬樹のなすが儘に床に押し倒され、展望階の端まで移動させられてきた紅葉がこれまでの疑問を冬樹にぶつける。彼女の顔は不安と恐怖が渦巻いていた。それもそうであろう、自分よりも力の強い男にいきなり公衆の面前の前で押し倒されたかと思えば、次は逃げるようにこんな端まで追いやられたのだ。いくらその人の内面を知っていたといえど、その瞬間瞬間にその人が何を持っているのかを慮る事は不可能なのだから。
「ちょっと冬樹!いきなりあんな大勢の前で紅葉を押し倒して、その次はまるで白馬の王子様気取り⁈あんたは一体何がしたいのよ!」
「はぁはぁ、どっからこんなに人が集まって来たんだよ。かき分けて外に出るのでこんなに疲れるなんて…。ってそれより冬樹、お前何を考えてるんだ。さっき何かに気が付いていきなり駆け出したみたいだったけど、いったい何に気が付いたんだ」
ものすごい剣幕で冬樹に迫る葵と、ゆっくりと親友の事を諭す光春。三人は冬樹の言葉を今か今かと待っていた。その時、冬樹は再び何の前触れもなく駆け出した。けれども、駆け出す前のほんの刹那な時間で、彼の目は大きく見開かれ、その血気は一瞬で失われたのであった。冬樹の駆け出したその先には、先ほど紅葉が手を伸ばし、拾い上げようとしたぬいぐるみを見つけて拾い上げようとしている女の子の姿があった。目いっぱい手を伸ばす冬樹、そんな彼の頬を冷たい感触が伝わっていく。それを拭うと、彼の手の甲は赤一色となっていた。
「きゃぁぁぁぁぁぁっ!ばっ、化け物‼」
女性の悲鳴を皮切りに、人々は少女をくらうぬいぐるみだった物から少しでも距離を取ろうと駆け出す。感情と理性のダムが決壊した人々は、その恐怖の感情を押し殺すことを忘れ、自らの恐怖を周りに示すかのように絶叫している。譲り合いの精神なんて幻想かのように、自らが生き残るためならば他の犠牲を厭わない社会動物だった者たちは、我先にと唯一地上へとつながるエレベーターに走り出した。
「冬樹っ!」
手を伸ばし、助けようとした少女が目の前で咀嚼される様子を自らがぬいぐるみかのように薄気味悪い目で見つめる冬樹の手を、逃げ惑う人々をかき分けどうにか彼の元へとたどり着いた光春が取る。
「まさか、さっき紅葉さんがあれを拾い上げようとしたときものすごい剣幕で走り出したのって」
「あぁ、確証はなかったんだけどな…、なんだか嫌な予感がしたんだ」
「はぁはぁ、二人とも…っ!」
「光春さんまでいきなり走り出さないでくださいよ……ひゃぁっ!」
「二人は見ない方がいい」
冬樹と光春の元へとなんとかたどり着いた葵と紅葉は目の前の惨状を目にするなり、言葉を失い絶叫した。目の前の惨い状況を女子たちの視界に入れないため、光春は咄嗟に目線を外すように二人の視線を明後日の方に誘導した。
「もっ、もしかして…、あの時冬樹さんが押し倒してくれなくて、私があのぬいぐるみを拾い上げていたら…」
「今それを考えちゃだめだ。それよりも目の前のこいつをどうするか…。どうする冬樹」
「いつもみたくがむしゃらに戦う事しかできないだろ。葵、紅葉さん二人は後方支援を」
「…分かりました!」
「あたしも戦えるっ!」
「相手の戦闘力も分からない最初からこっちの戦力を全投入は危険すぎる。冬樹の言う通り最初は俺の冬樹の後方支援を頼む」
「そういう事なら…」
「冬樹、これを使え」
「これは…」
「サバイバルナイフだ。正直今日はこうなる事も予想できたからな。念のためにカバンに忍ばせておいたんだ」
「お前は昔から用意周到だよな」
「褒めるのはこの戦いが終わってからな」
そう茶化したように話す光春がその口調と対照的に鋭く険しい眼光で見つめる先には、少女の腕が口から飛び出しているぬいぐるみだった物の姿であった。骨の一本をも残さず自ら捕まえた獲物をたいらげるその食欲には、どこかおぞましいものがある。食事を終えた、ぬいぐるみだった物は物惜しそうに立ち上がり、口の周りについた血を手の甲で拭き取りながら、次なる獲物を探し始めた。
「行くぞ冬樹」
「あぁ、死ぬなよ」
冬樹の返事を皮切りに、二人は左右に分かれて走り出した。ぬいぐるみだった物はかつての小さな背丈ではなく、冬樹と光春の背丈は優に超える巨体へと成長していた。そんな巨体の横腹辺りをサバイバルナイフで切り裂く光春。ぬいぐるみだった物はうめき声をあげなあら、自らを傷つけた憎き相手の姿を捕えようと辺りを見渡す。その隙に逆の方向から近づく冬樹が横腹を再び切り裂き、走り去る。横腹から綿があふれだすぬいぐるみだった物は零れ落ちた綿を拾い上げ、傷口から自らの体内にそれをせっせと戻している。
「良い切りつけだな冬樹っ」
「お前もな光h
冬樹の体が宙を舞う。何かに躓いたのだろうか。否、そうではない。宙に舞いながら冬樹が後ろを振り返ると、長い頭で自らを傷つけた憎き相手を突き、器用に転ばしたぬいぐるみだった物の長い頭の先が背中のすぐ後ろにあった。
「冬樹っ!」
葵の悲鳴が冬樹の脳裏を撫でる。次の瞬間、彼の目の前には、スカイ君の大きな口が冬樹を食べようとしている光景が広がっていた。
次回の投稿が今年中になるよう努力します…




