第20話
「って、もうこんな時間か。なぁ冬樹、今日泊まってもいいか?」
「俺は全然いいけど、葵と紅葉さんは光春泊めても大丈夫?」
「はい~、全然構いませんよ~」
「まぁ、今更私たちに変なことするとは思わないし、いいわよ。でも、もしもあたしと紅葉さんに変なことしようとしたらこうだからね」
そういいながら葵は、自分の目の前で拳を手のひらで受け止めて見せる。バチバチとなんとも恐ろしい音が部屋中に響き渡り、光春は思わず後ずさりする。
「まぁ、今日はみんな疲れてるだろうし早めに休むことにしよう」
「そうね、先にお風呂入ってもいい?」
「あぁ、いいぞ。さっきお湯張っておいたからすぐに入れるはずだと思う」
「葵さん~、一緒に入ってもいいですか~?」
「いいわよ!誰かと一緒にお風呂に入るなんて久しぶりだから嬉しいわ」
「なんだ葵、だれか一緒にお風呂に入ってほしかったのか?言ってくれれば一緒に…
「黙れ」
そういうと葵の足は風を斬り、部屋に鈍い音が響く。次の瞬間、冬樹は悶絶しながら床に倒れこんだ。
「あわわわ…、大丈夫ですか~⁇」」
「そんな変態放っておいていいわよ。さぁ、いきましょ」
「はい…」
とっとと部屋を出ていく葵と、床に倒れた冬樹のことを最後まで心配しながら部屋を出て行った紅葉。光春は目の前で起きた戦慄の光景を恐れおののいて、ただ茫然と見ていた。
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「なんであいつはいっつもあんな感じなのかしら…」
「まぁ、冬樹さんらしいですけどね~」
布が肌を滑る音が狭い脱衣所に響く。一糸まとわぬ姿になった葵と紅葉はそろって風呂場に入り、手のひらでお湯の温度を確かめる。
「あいつにしてはなかなかいい温度じゃないかしら」
「ほんとですね~!私先に体を洗わしてもらってもいいですか?」
「あたしが洗ってあげる!座って座って」
「いいんですか?」
「いいっていいって、ほらほら」
そう言いながら葵は紅葉に椅子をすすめる。少し遠慮がちに紅葉は椅子に座り、それと同時に葵が紅葉の髪を洗い始める。
「紅葉さんの髪の毛ってとっても長いし綺麗よね」
「ありがとうございます~。でも長くてお手入れが大変なんですよ。洗うのも乾かすのもとっても時間がかかっちゃって」
「長いと色々苦労もあるわよね。あたしも昔伸ばしてたんだけど、面倒くさくなっちゃって切っちゃった」
「私もいつかばっさりいきたいです~」
「えぇ、もったいない…。でも、あたしが言えた事じゃないか」
「もう一度伸ばしてみたらどうですか?」
「うーん…。伸ばしてもいいけど、なにかこう一歩踏み出せないというか…」
「多分ですけど、冬樹さんは長い髪が好みだと思います~」
「………ななな、なんで冬樹の話になるのよ⁈」
「もう、隠さなくってもいいですって~。葵さんが冬樹さんの事どう思ってるか、薄々気が付いてますよ」
「……いつから?」
「そうですね~。みかんゼリーの一件からですかね」
「結構最近…」
「まぁ、当の本人は葵さんの気持ちに全く気が付いてないみたいですけど。あんなこと言われて普通みかんゼリー買いに行くって発想に至りますかね」
「も、もしかしてだけど…。紅葉さんあの一件のこと大体知ってる…?」
「はい!」
「やぁぁぁぁぁぁっっっっっ!」
あまりの恥ずかしさに悶絶した葵は、水桶一杯のお湯をシャンプーでもこもこ真っ白になっている紅葉の頭に一気にかける。突然の出来事で、紅葉は大層驚いている様子だ。
「葵さん!落ち着いてください~!!」
「はっ、ごめん…」
「私もちょっと意地悪しちゃいました。ごめんなさい」
「まぁ、お互いさまって事ね。…ところでさ………、紅葉さんはあたしが冬樹のことどう思ってるか、薄々気が付いてるってことだよね…」
「はい。なんとなくは気が付いてました。ただ、あんまり面と向かって葵さん本人にいう事でもないかな~と思って」
「うぅ…。まぁ、ばれてるのなら仕方ない………。あ、あたしは冬樹の事が…………」
「好きなんですよね?」
「きゃぁぁぁぁぁぁぁぁぁっっっっっ!」
「あっ、ちょっ、葵さん落ち着いてください~~~~~!」
「ごっ、ごめんなさい…」
「いいですよ~。ふふっ、ちょっと葵さんの以外な一面が見れて嬉しいです~!」
「ん?」
「私の中で葵さんは初めて出会ったときから、とっても凛としてかっこいい人なんです。今もそれは変わらないですけど、恋をしてる葵さんはとってもかわいくてお茶目なんだなって」
「…っ⁈………面と向かって言われると照れるわね」
「もっと言いましょうか?」
「紅葉さんって意外といじわるな所もあるわよね…」
「さっ、次は私が葵さんのこと洗いますよ!」
「えっ、ちょっ…」
「はい抵抗しないでください~、シャンプーつけますよー」
葵に有無を言わせず、葵の髪の毛を洗い出す紅葉。あっという間に葵の頭はもこもこの泡だらけになり、葵も諦めて紅葉に体をゆだねることにしたようだ。
「ひとつ聞いてもいいですか?」
「ん?どうした?」
「葵さんっていつから冬樹さんのこと好きなんですか?」
「へっ⁈ななな、なんでそんなこと聞くのよ…」
「女子会だからいいじゃないですかー!それもはだかのお付き合いですし、もうこの際言っちゃいましょうよ~」
「うぅっ……」
「ほらほら~、恥ずかしがらずに~」
「……分かったわ。でも、笑わないで聞いてね…」
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「なぁー葵!おっぱい見せろ」
「はぁっ?」
セミがせわしく鳴く夏休み。小学生にとっては、普段の学校生活では体験できない色々なことができる楽しい8月の良き日、冬樹の家でだらーっと過ごしている幼馴染み二人。
「暑いからさぁー、なぁ良いだろー」
「あほじゃないの⁈誰が冬樹なんかにあたしのおっ、おっ…」
「とっと」
「ちっ、違う!!とにかく、そういうのは好きな人にしか見せちゃダメなんだから、絶対に冬樹には見せてあげない!」
「けちー」
「けちじゃない!!」
小学高学年にもなると、男子たちはちんちんやおっぱいと言った微笑ましい下ネタで盛り上がる。それは冬樹も例外ではないようだ。
「二人ともー、準備できた?はやくしないと、海おいてっちゃうわよ。って、あっちゃー海に行くの内緒だったんだった…」
「海⁉っしゃぁあ!早く行こうぜ」
「もう、海なんかではしゃいじゃって、ほんと子供なんだから」
「何してんだよ葵。早く準備しないとおいていくぞ」
「うっさい……きゃぁぁぁぁぁぁぁぁぁっっっっっ!ななな、なんでここで脱いでるのよっ‼」
「水着に着替えるんだよ。海についたらすぐにでも遊びたいじゃんか」
「だからってあたしがいるのに着替えることないでしょっ!冬樹サイテー!」
「あーもううっさいな。俺着替えるからでていけよ葵」
「言われなくても出てくわよっ!」
思春期の男の子と女の子は難しいもので、ふたりはいつものようにひと悶着起こして冬樹の家を出発した。
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「海だぁっ!俺いっちばん‼」
「ちょっと冬樹―!走ったら危ないわよー」
「ほんとそうよ。こけたらどうするのかしら」
「流石葵ちゃんはしっかりしてるわね。冬樹ももうちょっと落ち着いてくれたらおばちゃん心配減るのになー。ってごめんね、葵ちゃんに愚痴る事じゃなかったわね。さっ、葵ちゃんも海で泳いでいらっしゃい」
「はーい」
冬樹の母親に軽く背中を押され、葵は砂浜を駆け、冬樹の後を追う。
「おーい、葵!なにもたもたしてるんだよっ!先泳いでるぞー」
「分かってるわよっ!あたしも今から泳ぐんだからっ!!」
「じゃああそこの滑り台まで競争しようぜ」
そう言いながら冬樹が指さしたのは、岸からほど近いところに設置された子供用の滑り台である。いくら夏休みといえど、世間ではなんの変哲もない平日。滑り台で遊んでいる子供はそこまで多くないようだ。
「えっ、ちょっと遠くない…?」
「なんだ葵、負けるのが怖いのか⁈」
「なにをぉぉぉぉぉっっ!いいわよ、そこまで言うなら勝負してあげる!絶対吠えずら書かせてやるんだからっっ!」
「そうこなくっちゃ!じゃあ先に滑り台にタッチした方が勝ちって事でいいな?」
「えぇ、いいわよ」
「それじゃあ、用意どんっ!」
澄み渡るように青い夏の空。それに映える大きな水しぶきと共に、冬樹と葵の熱い水泳レースが幕を挙げたのであった。
本当に秋になったのだろうかってくらい昼はまだ暑い...溶ける...