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桃(こうはく)~Hold hands with you~  作者: 4G
第1章 紅葉
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第02話

悲鳴のした方に目線をやった冬樹は、目を疑った。人を殺す快楽を覚えた巨大ハチ公は葵めがけて、血に赤く染まった腕を振り上げようとしていた。冬樹は考えるよりも先に自分の足が動き出していたことに気が付いた。転がっている、ステージの一部であっただろう鉄パイプを拾い上げて、握りしめ、冬樹は巨大な魔物めがけて無我夢中で走った。


「あ...葵!」

「冬樹…?はっ!だっだめ、来ちゃだめ冬樹!殺されちゃうっ!冬樹まで殺されちゃう…。早く逃げて‼」


葵の叫びがかすかに冬樹の脳裏をなぞった。けれども冬樹はそれに答えてやる余裕など全くなく、ただ懸命に走った。冬樹の心臓は激しく脈打っている。


(間に合うかっ…。たとえ間に合ったとしても、こんな鉄パイプごときで何ができるって言うんだ、でも俺は…)


幼馴染の葵を助けるため、冬樹は握りしめた鉄パイプを大きく振り上げた。その動きを模写するようにハチ公も大きな前足を大きく振り上げた。葵は自分の身を守るために反射的に両手を前に突き出し、目をぎゅっとつむった。


「やめろおぉっ!!」

「やめてえぇっ!!」


二人の叫び声が響き渡ると同時に、渋谷の街は眩い光に包まれ、巨大ハチ公は粉々に崩れ散った。冬樹は何が起こったのか分からず、ただ茫然と立ち尽くしていた。冬樹は突然の強い衝撃と共に地面に倒れ、我に返る。


「葵?」

「冬樹のばかっ!本当にばかっ!!死んじゃうかと思ったじゃない…。どれだけ私が心配したと思う?生きた心地しなかったんだよっ!」

「ごめん、葵…。でも俺、葵を助けたくて、気がついたら体が勝手に動いてたんだよ」

「ばかっ、ばかっ、ばかっ…」


葵は冬樹の胸の中で、ばかと繰り返し口では強がっているが、その声は涙声で、震えている。冬樹たちは一体どれくらい長い間、瓦礫と屍が積み重なった、渋谷の真ん中で抱き合っていただろうか。


――――――――――――――――――――――――――――――


『お客様にご案内いたします。現在システムトラブルによりJR全線で運転を見合わせております。なお普及のめどは立っておりません。お客様にはご迷惑をおかけいたします』


「ねぇ冬樹…。私たちどうなるの、これからどうすればいいの…」

「とりあえず家に帰ろう。とは言っても電車は動いてないみたいだし、バスとタクシーもこの状態じゃ…なっ…。葵が歩けるなら少しずつでいいから歩いて帰ろう。どうだ葵、歩けそうか…?」

「うん…。ぐーちゃんとぴーちゃんのことも心配だし」

「お前本当に、魚好きだよな」

「いいじゃない!あの目、あの尾びれ、あの背びれ、あのフォーム、あの!」

「おっ、おう…。魚への愛は伝わった…」


(こいつ魚の話になると、魚みたいに話に生き生きするよな)

冬樹は葵のあまりの剣幕に若干引いていた。


「ふぅ、ふぅ…。はっ!」

「どっ、どした…?」

「いっ、今のは忘れなさい!さっ、早く帰ろ、冬樹」


冬樹たちは何気ない、日常の会話をしながら、帰路に着いた。葵はあれから冬樹の手を強く握りしめて離してくれない。いつもなら、冬樹と手を繋ぐぐらいなら死んだほうがましと平気で言う葵が自ら手を繋いできた。葵の性格をも変えてしまうほどの恐怖の中にいて、生きて帰れたのだと冬樹は実感した。


「ねぇ冬樹…。さっきのあれって何だったのかな…。これって本当に現実なのかな…。夢じゃないのかな…」

「あのハチ公が一体何なのかは俺にもわからない…。でも一つだけ言えることは、これは紛れもなく現実だって事くらいかな」

「なんで世界は、現実は急にこんなのになっちゃったの。私たちはただNGの集中イベントに参加しただけなのに、どうしてあんな怖い思いしなくちゃいけなかったの…」


冬樹は、震え、怯える葵にどう声をかければいいか分からなかった。冬樹たちは静かな街を、ゆっくりと言葉を交わすことなくただ、静かに歩いた。



瓦礫の山となった渋谷の街がまるで嘘みたいな、夕暮れ時の住宅街。冬樹たちは渋谷から、ゆっくりと、出来るだけあの地獄を思い出さないように歩いてきた。


どこからか匂ってくる、焼き魚のにおい。ここにはいつもの日常がいつもと変わらずある。本当にあの地獄は現実だったのか。もしかすると夢であったのではないのか。きっと二人ともそんなことを考えていただろうが、それを口にすることはなかった。


「ねぇ、冬樹。今日もおじさんとおばさんは家にいないの?」

「あぁ、ほんと自由奔放な両親だよな。息子の俺の事ほったらかしにして、二人で悠々と世界旅行だぜ」

「ふふっ」

「何だよ葵。俺、何か面白いこと言ったか?」

「いや、ただおばさん達がうらやましいなと思っただけ。私が今まで冬樹の話で笑った事なんて一度もないじゃない」

「うっ…」


なぜか心をえぐられた冬樹は、決まりが悪そうに目線を前の方にやった。遠くに見える夕日が傷ついた冬樹の心を優しく包み込むようだった。しばらく冬樹が感傷に浸っていると、葵が冬樹の腕を引っ張って、目線の先を指さした。


「ねぇ、冬樹。あれ人じゃないよね…」

「分からない、けど…、とりあえず様子を見てみるか?」


葵の指さす先には、電柱にもたれかかった人影のようなものがあった。二人は恐る恐るその影に近づいて行った。


「女の子?死んでるの…」

「いっ、いやまさか。この辺りはまだ、普通に人が暮らしてるじゃないか。まだ、あんなのは現れてないんじゃ…」


冬樹は影の主を恐る恐る覗き込んで見た。影の主は、小柄な女の子であった。顔立ちはかなり整っていて、栗色の長い髪の毛が夕日に照らされて、キラキラ輝いていて綺麗だ。さっきから一定のリズムで肩が上がって、下がっているのでどうやら死んではいないらしい。


「いや、息はあるみたいだから、死んでは無いみたいだ」

「そっ、そうよね…。変なこと言ってごめん…なさい…。でも、だったら、女の子が一人でこんなところで寝てたら色々まずいでしょ」

「やっぱり、起こしてあげた方がいいよな」


冬樹は女の子を起こしてあげようと、彼女の肩に手を伸ばした。すると、彼女の服がはらりとはだけ、白い肌があらわになった。


「ちょっ、冬樹の変態、むっつりスケベ!寝てる女の子の服を脱がすなんて、それも外で、何考えてるの。変態ヘンタイへんたい!」

「いっ、俺が悪いのか」

「黙れ、この変態。はっ、もしかして私の服も…。いっ、いや。近づかないで」

「だから違うんだって」

「あっ、あのぉ~…。私、襲われるんですか?初めてなので優しくしてください~」

「そうよ、このむっつりスケベの冬樹があなたと、私のことまで襲おうとしてるの。でも大丈夫、こいつを地獄に送り込んででもあなたの事は私が守るから」

「だから、二人とも違うんだって…。…んっ?」

「なにっ、まだとぼける気?この子にも、私にだって手は出させないんだから!……えっ?」

「とってもかっこいいです~!……どうされたんですか?私の事をそんなに見つめて?」

「いっ、いや。あなた起きたの…ね?」

「はい~。おはようございます。ところで…、お二人はどちら様ですか~?」


葵の腕の中の気持ちよさそうに眠っていた栗色髪の少女。彼女は、不思議そうに、きょとんとした顔で冬樹と葵を交互に見ている。


「えっ、あっ。おっ、おはよう?」

「いや、何普通に挨拶し返してるのよ。ねぇ、あんたお名前は?どうしてこんなところで寝ていたの?」

「名前…。えっと~…」


栗色髪の少女は、葵の腕の中で、頭を抱えて困った様子である。


「ねぇ、冬樹。この子大丈夫かな。こんなところで寝ていた挙句、自分の名前もとっさにでてこないなんて」

「そうだなぁ…。不思議な子ではあるよな。」

「ゆっくりでいいから、自分の名前言える?」

「えっと、私は紅葉っていいます~。紅葉の紅に紅葉の葉って書いて紅葉です~。えっと、お二人は…」

「そういえば、俺たちも名乗ってなかったな。俺は後藤冬樹で、そっちにいる小っちゃいのが三塚葵だ。よろしくな紅葉さん」

「冬樹さんと、葵さんですか~。ところで私はどうしてこんなところで寝ていたんですか~?」

「いや、それは私たちが聞きたいわよ!」


(葵のツッコミがきれいに決まったな…。にしてもこの子…。天然なのか?)


「えっと、昼下がりにこの辺を歩いていたところまでは記憶があるんですけど~…。えっと~…」


紅葉は頭をかかえ、考え込み始めた。冬樹と葵はその普通に生活していたらお目にかかることなどめったにないであろう天然記念物級の天然少女のことを目をパチパチさせながら見ている。


「ねぇ、冬樹…本当にこの子大丈夫かな。歩いてたところまで覚えてるって言ってるけど、どうしてその先を覚えてないの…」

「落ち着け葵。葵の言いたいことは十分わかるが、ぐっとこらえろ。」

「…分かった」

「いや、今の間はなんだ、間は」

「いやだって、誰でも突っ込みたくなるじゃない!」


その時、渋谷の街で二人が聞いたような、低くおぞましいあの魔物の唸り声のような音がどこからともなく聞こえてきた。葵は咄嗟に冬樹の袖をつかみ、目をぎゅっとつむった


「ふ、冬樹…。こわい…」

「また昼間みたいなやつがこのあたりにいるのか…。葵、にげれるか?紅葉さんも立てる?ここは危ない、とりあえずここから離れよう」

「えっ?えっ?何事ですか~?何が危ないんですか~?」

「あとで説明するから、とりあえず立ってくれ」


そう言い、冬樹は紅葉の手を引っ張る。しかし、紅葉は思うように足に力が入れられない様子で、うまく立てない。再び低い音が冬樹たちの脳裏をなでる。


「くそっ、もうそこまで来てるのか…」

「あの~…、冬樹さん~」

「話は後で聞くから、頑張って立ち上がってくれ。恐ろしい魔物が近くまで迫ってきているんだ」

「冬樹さん、だから話を~…」

「早くしてくれ紅葉さん。時間が無いんだ」

「あのですね~…、私おなかが空いて立てないんです~…。はずかしぃ…」


紅葉がそう言うと、もう一度あの低い音が、紅葉のお腹からから聞こえてきた。


「さっきからお腹空いてて何度もおなかが鳴ってしまっていたんです~。でも、初対面のお二人にいきなり『おなかがすきました』なんていうのもどうも気が引けて…。とっ、ところで魔物ってなんですか~?早く逃げましょう!」


冬樹は、呆れて言葉が出てこない。葵は、下を向いて、肩をプルプル震わせている。紅葉は、二人の反応が予想外のものだったのか、キョトンと首をかしげている。


「どうしたんですか~、お二人とも?」

「あっ、あなたねぇ!」

「ひぃっっ~…、ごめんなさいごめんなさいごめんなさい…」


夕方の住宅街には、当分の間、葵の怒声と紅葉のごめんなさいが響き渡っていたという。

こうして、冬樹と葵は不思議な天然少女、紅葉と出会ったのであった。


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