第16話
おまたせしました...
クリクリした可愛らしい目、しかしそのサイズ感はどこかおかしい。冬樹たちの目の前に立ちふさがるその巨体は、いつもは己を狩る側の人間を、今回ばかりは狩る側としてその優越感に浸っているように見えた。
「とりあえず、紅葉さんはこの陰に隠れててください」
「はい~、ありがとうございます~!」
「できればでいいので、何か武器になりそうなものを探してもらっても?」
「武器になりそうなものですね、探してみます~」
背中に負ぶっていた紅葉を近くの物陰に座らせ、武器の捜索をお願いした光春はそのままの足で、巨大ねずみと対峙している冬樹たちの元へと歩み寄った。
「俺の掛け声で三方向に分かれるぞ」
「いい?あたし達は丸腰なんだから無理するんじゃないわよ」
「あぁ、あくまで俺たちの目的は生きて帰る事だからな」
「よし、いくぞっ」
冬樹の掛け声と共に、3人は一斉に走り出し、三方向に分かれる。それと同時に巨大ねずみも獲物を追いかけまわすため加速し始めた。
「えっ、ちょっと!なんであたしが狙われてるのよっ!」
「葵、余計なことは考えないでとにかく走れっ!」
「そんなこと言われたってぇ!」
分かれた三人のうち、巨大ねずみがターゲットにしたのは葵であった。葵は必死に逃げているが、あれよあれえよという間に追いつかれてしまった。
「葵っ、あぶないっ!」
「もう、こうなったら…」
冬樹の叫び声を皮切りに、葵はその場に立ち止まりくるっと向きを変えて、拳を大きく振り上げる。
「こっちじゃなくて、どこかほかの所行きなさいよ…ねっ!」
葵はタイミングを合わせ、その拳を振りかざす。葵の拳は、突進してきたねずみの鼻先に見事命中したが、巨大ねずみはビクともせず、ただ進路を右に変えただけであった。一方の葵は、巨大ねずみのあまりの勢いにそのまま吹き飛ばされてしまった。
「いったぁ…」
「大丈夫か、葵」
すぐに、光春が駆け寄ってきて葵に声をかけた。吹き飛ばされた衝撃で体を地面に打ち付けた葵だったが、おしりをさすりながらその場に倒れこむ余裕はあるようだ。
「渋谷の時は、私でもハチ公を倒せたのにどうして今回はだめだったのかしら…」
「打ち所の問題かもしれない。体の方は大丈夫か、立てそうか?」
「うん、ちょっとおしりが痛むけど全然平気よ。ところであいつは」
「葵に殴られて、ターゲットを変えたのか、今は冬樹の事を追ってる。ほら、あそこ」
光春の指さす先には、ねずみから必死に逃げる冬樹の姿があった。その姿をみて、葵は思わず立ち上がる。
「冬樹、もっと速く走ってっ!そいつ速いからすぐに追いつかれるわよっ!!」
葵の声が届いたのであろう、冬樹は左手を大きく突き上げ葵と光春に合図をした。
「冬樹があいつを引き付けてくれてるうちに、一旦紅葉さんの所に戻ろう。武器を探してもらうように頼んであるんだ」
「そういう事ね。あたしの拳でも太刀打ちできないことが分かったから、すぐにでも行きましょう」
「葵の拳に対する絶大な信頼は一体何なんだ…」
「蹴りも自信あるわよ。冬樹で鍛えてるからね」
「あぁ、そういう…。まぁこの続きは後にして、冬樹の体力が持つうちに急ごう」
「ええ」
冬樹が巨大ねずみとの逃走劇を繰り広げているのを横目に見ながら、葵と光春は紅葉の元へと急ぐ。先ほど光春が紅葉をおろした場所には、紅葉とそれを取り囲む鉄パイプや模造刀、それにどこから持って来たのか分からないすこし大きめのクラッカーなどが置いてあった。
「葵さん、光春さん!無事で何よりです~」
「紅葉さんも無事でよかった。お願いしていた武器探しもありがとう」
「いえいえ~、これでお役に立てるかは分かりませんけどぜひ使ってください~」
「じゃああたしは…、この模造刀を使うわ」
「じゃあ俺は、この鉄パイプにするよ」
「ということは、冬樹さんがクラッカーですね~」
「このクラッカーどうしたの?」
「これですか~?これは、武器を探している時に運よく道の真ん中に落ちていたクラッカーです~。何かの役に立つかも⁈と思って一応集めておきました~」
「道の真ん中に…」
「落ちてた…」
「怪しさ満点、というか怪しい以外の何物でもないわね」
「あぁ、でも背に腹は代えられない、工夫して使おう。ありがとう、紅葉さん。余裕があれば引き続き武器探しをお願いできるかな」
「任せてください~!」
「ありがとう。よしっ、葵。俺たちは急いで冬樹の援護に回ろう」
「分かったわ。それじゃあ紅葉さん、無茶はしないでね」
「はい~!お二人もお気をつけて~」
旅人がつかの間の休息で立ち寄った宿屋の女将さんに見送られるかように、戦いのための十分な兵力を蓄えた二人は、紅葉に見送られながら冬樹の元へと急いだ。
「はぁはぁ…。おぉぉーい、そろそろ限界なんだけど…」
葵と光春が武器を手に入れる時間を十分に稼いだ冬樹は、追いかけてくる巨大ねずみとのハイスピードチェイシングにそろそろ体力の限界が来ているようであった。疲れ切った声で仲間に助けを求めている。
「おぉーい冬樹、こっちだ!」
冬樹の助けを求めを声に応えるかのように、遠くから仲間が手を振りながらこちらに近づいてきている。
「おぉーい、早くしてぇっ」
冬樹も気の抜けた返事と、弱弱しく挙げ、振っている手でその呼びかけに答えた。冬樹の表情にも、若干の余裕と安心感が生まれた。しかし、その瞬間
「うわっ!」
安心からか、走るスピードが若干落ちた冬樹の隙を、獲物を狙う狩人が見逃すはずもなく、ねずみはその小さく、また大きな鼻つつき、勢いよく押しやった。スピードが落ちたとはいえ、走っていた冬樹がその後方からのフェイントに対応できるはずもなく、冬樹の体はまるで漫画の様に全身で地面に転げた。
「冬樹っ!」
「大丈夫か、冬樹!くそ、葵は冬樹の事を頼む。俺は少しでもあいつの注意を冬樹から引き離す!」
「分かったわ」
冬樹がこけ、狩人が以前こけて冬樹の事を狙っていることに気が付いた葵と光春は、軽く声を掛け合いそれぞれに課されたミッションをこなすため、ギアをもう一段階上げて走り出した。
「大丈夫、冬樹?」
「あぁ、ただこけただけだからな…っ…!」
「って、膝すりむいてるじゃない!ごめん、今私ばんそうこう持ってない…」
「大丈夫初めから葵の女子力には期待してない」
「はぁっ?なんですって、もう一度言ってみなさいよ!」
「だから、葵の女子力に…
「繰り返さんでええわぁっ!」
そう言いながら冬樹に飛んでくるのは、葵の鋭い蹴りである。当然、冬樹がそれをよけきれるはずもなく、蹴りは見事横腹に入ったのであった。
「ぐはっ…。おっ、おい…俺が一応怪我人ってこと忘れるなよ…」
「はっ!ごめん冬樹…」
そういいながら、葵は持っていたハンカチで冬樹の膝を拭いた。この傷は意外と深いのだろうか。葵が拭いても拭いても、血はどんどん湧き出し、あっという間に葵のハンカチは真っ赤に染まった。一方そのころ、光春は
「うぉりゃぁぁぁぁ!」
大きな雄たけびと共に、巨大ねずみにむかって鉄パイプで攻撃をしようとしていた。見事ねずみの胴に決まった鉄パイプであったが、ねずみにとっては虫にさされた程度としか思っていないのだろうか。痛がる素振りもなく、自分の最も近くにいる新たな生きのいい獲物に狙いを変え、光春の方へと歩み寄り始めた。
「くそっ、会心の一撃だったのにほとんど効いてないじゃないかよ。もう一回っ!」
もう一度、ねずみの胴に攻撃を仕掛ける光春。しかし、返って光春の体が跳ね飛ばされてしまった。道に軽く体を打ち付けた光春は、打った腰を気にしながら倒れていた体を起こし、目線を前に戻した。
「…っ」
体を起こした光春の目の前には、大きなクリクリとした目がこちらを覗き込んでいたのであった。
とうこうひん...ど...