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出歩いて、落っこちて、どこだろう?第八話

 体調の悪化とリアルの忙しさに翻弄されて非常に間が開きましたが、なんとか書けたので投稿します。大変長らく遅れて申し訳ない。


 結果的に言うと、回復薬は持っていてもいいことになった。カテドラルさんが中継してくれた先人さんたちの意思いわく《生きても死んでもいないから、もっててもしゃーない。だからあげるよ》だそうだ。なんか凄い物だというのに扱いが軽い。彼らにはこの程度の物は路肩の石と大差なかったのだろうか?


 ともあれ、回復薬の持ち出し許可を得たついでに、この遺跡内に置かれている物で使えそうな物が残っていれば、持てる分だけ持っていってもいいという許可も得られたのは幸運だった。

 なにせ今の僕の持ち物は運よく爆発しなかった斑に光る石が幾つかと完全な光る石が数個、壊れた携帯電話にその携帯用の長いストラップ、後はもう使うことは無いだろう長財布と着ている衣服一式くらいのものだ。原始人も真っ青な貧乏な懐具合である。


 特に僕についてきてくれることになった仲間?の紅。彼女にいたっては僕のパーカーを羽織っている以外、完全の文無し。パーカーを除けば裸一丁という豪快さである。元がワンコであったとしても女の子が裸に服一枚というのはやはり良くないだろう。早急に衣服を探してやる必要があると僕はこの時、心を燃やしていた。


「おう…ほう?おお!」

「紅、さっきから変な声だしてどうしたの?」

「いやさ、人間の体ってのは不思議だ。なんで後ろ脚で立てるんだ?それにこの魔力とかいうのはおもしれぇもんだなあ。こうやって集めるとグネグネするしさ」

「ああ、確かに…ホント面白いよねー」


 まったくだ。前に居た世界じゃ絶対に味わえないもんね。僕も僕で手に持った光石を見つめる。不思議な事にこの石、魔力を当てると光が強くなる。少なくても豆電球からLEDレベルになるのだからだいぶ明るいといえよう。手元が見えるだけでも大収穫である。


 ホントのところは何気なく懐から取り出したら、カテドラルさんがこれまた教えてくれたんだよね。何ゆえ暗くしたまま使うのかってね。これ以外に光源が無いし、この遺跡の照明の殆どはすでに死んでおり、通路の殆どが暗闇に満たされていたからカテドラルさんの指摘はホント為になるなぁと改めて思ったのである。 


「あ、部屋がある。多分ここだ」


 それはさておき、カテドラルさんに相談して教えてもらった道筋をたどっていた僕たちは、ようやく目的の区画に到達したようだ。明るくなった光石に照らされた通路の壁に、石を積み重ねたアーチを描いている出入り口がぽっかりと口を開けていた。尚、扉は無い。


「カナメ、ここで何をするんだ?」


 立ち止った僕をいぶかしげに見てくる紅。何をするって、そりゃあーた。


「物色さ」


***


 部屋の中に入ると光る石で照らされて全容があらわになった。広さは大体十畳ほどだろう。天井はドーム状で中心部が高い為、視覚マジックで見えている以上に広さを感じた。壁の構造を見る限り、出入り口のアーチのような石を積み上げてというよりかは、天然の岩盤をくりぬいて作ったという感じだった。

 どこか海外とかで一時話題となった洞窟ハウスに近い感じを覚える。かつて洞窟から抜け出した人々が再び洞窟で生きるというのは文明人としてどうかと思ったものだが、テレビの特集で見る限り快適そうな暮らしぶりだったのが記憶に新しい。

 それはともかくとして、…うーん、なんかこの場所には違和感がある。なんだろうか?


「あ、そうか。電灯がないんだ」


 天井ドームは非常に滑らかである。つまり何も置かれていない。シャンデリアとかいうような照明器具らしきものは何もないのである。部屋の壁にはこれまでにも何度か見かけた魔力の球が浮かぶためのスペースがあるが、すでに効力を失っているのか窪みには埃しか溜まっていない。


 とはいえ未知の照明しかないという訳でもないようだ。その証拠に他の灯りらしき物体は部屋の隅に三脚台のような形で置かれている、粘土を焼いただけの簡素な取っ手付きの平たい壺だろう。その昔、古代文明特集の番組なんかでやっていた古代のオイルランプらしき物に似ている。


 作り自体は装飾もない簡素な物だが、考えてみればここは居住区なので実際に人が生活していたという名残でもある。手に取ってみれば壺から伸びた火を灯すための細長い管の先に煤が付着しており、これが実際に使われていたという証がそこにあった。そこに所謂人類の足跡というべきものを感じ、ちょっとだけロマンを感じた。


「でも、これはいらない」


 一度は手に取った古代ランプを元の場所にそっと戻す。なんせ灯りにはデフォー深淵部で拾った光る石がある。また、このオイルランプ、どれだけの時間が経っているのかは解からないけど、ランプの中には燃やすためのオイルは残ってないみたいだしね。持っていてもしょうがない。

 仮に残っていてもマッチもライターもない。火を起こせる物がないのだから使いようがなかった。


「紅、そっちは何かあった?」

「ペッペッ!蜘蛛の巣しかねぇや。あとは襤褸切れの山だぜ」


 僕は同じように部屋を探してくれている彼女に声をかけた。どこに潜ったのやら、髪に蜘蛛の糸を絡ませた紅が手に持ってきた物は、言われた通り確かに襤褸切れだった。カビが生えているとか、汚れているとか、もはやそういうレベルじゃなく、風化して砂に返るまで残りあと少しといったところ。

 実際に手渡してもらい直に見てみると、虫食いにあったみたいで各所に穴が開いており、もはや布としての機能はほぼ失われている。箪笥に放り込む防虫剤って偉大だったんだなぁと、これを見るとしみじみ感じてしまう。もっとも防虫剤にも使用期限があるから、仮に使われていても遺跡になるくらいまで放置されれば結局はこうなるか…。


 そしてこの部屋にある収納スペースといえる場所を全て調べた結果、集まったのは人間サイズの山となった襤褸切れだった。少しくらいは使えそうなのが残ってれば良かったんだけど、その全てがど真ん中に穴が開いていて、手に持つと自重で連鎖的に穴が拡大していく始末。使い物にならない。

 集めた襤褸切れの山を前に溜め息と付いた僕とは対照的に、襤褸切れの御山を見ていた紅は、何を考えたか子犬のようにその山に飛び込んで飛び跳ねていた。ちょっと悪戯はやめてください。埃が凄いことになっているんですけど?でもまァ、元々彼女はワンコだから、こういう悪戯は可笑しくは無いのか、な?


「たのしい?」

「わりと」


 そっかー、よかったねー。君が楽しいなら良かったよー。


「うーん。薬の甕が残されていたから何かしら目ぼしいものがあるかと思ったんだけど…」


 巻き起こる埃の煙から逃れるように壁際に逃げた僕は、なんとなく魔法の品である外れない手甲を眺めながら、ポケットにしまっておいた魔法回復薬の甕を取り出してみる。

 一見すると陶器のような材質の白い甕なのだが、よく見ると凄く細かい細工というか掘り込みが刻まれている、匠の心意気を感じさせる品だった。まぁ衣服とかと違って陶器とかは経年劣化も少ないだろう。古代ランプも中身はなくとも原形は保っていたのだし。

 

「はぁ、楽しかった。ところでカテドラルの旦那は何かしらねぇか?」

『――さて、な。小さき物たちと我とでは生き方が異なる故――』

「あー、じゃあ解からんか」

『――すまぬ…――』

「それなら仕方がないですよ。でも、困ったな」


 何時の間にか遊びから戻ってきた紅が念言を用いてカテドラルさんにも尋ねるが、結果は芳しくない。まぁ身体の大きさから生活様式の一切合財が違う筈のドラゴンが、何故か人間とかの生活に詳しかったらおかしな話になるからしょうがないのだが。


 結局、この部屋で発見できたのは襤褸切れくらいで、ほかには何かの雑貨の残骸が見つかるくらいであった。一部、壁の形状が盛り上がっている部分は煤のこびりつき具合から考えて窯なのだろう。その付近の棚からは食器らしき物が見つかっているが…、そのほとんどは土器を除いて錆びついていたり風化がひどく使い物にならなかった。


 試しにおそらくはナイフだったであろう形状の棒を手に取ろうとすると、あっけなく折れてしまう。さびていても中身が大丈夫なら表面を削れば使えるかなぁと思ったが、これでは望み薄だろう。


 遺跡から出るのであれば着の身着のままというのはさすがに避けたい。食事は今のところ大丈夫とはいえ、このまま食事なしでいたいなら深淵部に生える光樹ニキシー松からあふれ出る光水を飲まなければならない。


 しかし、生命力や魔力を補填できる不思議な水であるらしいが、僕や紅の身体に何らかの変化を与えたのもあの水である。あの水に含まれている力は強すぎるのだ。しばらくは平気かもしれないが、飲み続けていたらファンタジーに良くある様にクリーチャーになりましたとかは御免こうむりたい。


 それはさておき、道具の話だ。この部屋では使えそうな代物は見つからなかった。つまりハズレの部屋だったという感じだろうか。開けられそうな引き出しは全部開けたのでもうこの部屋にいる必要がない。

 仕方ないのでこの部屋から紅を伴って出た。カテドラルさんいわくこの先にも同じようにこの遺跡、デフォー修練場を使っていた者たちの部屋が通路に沿って均等に配置されているそうだ。

 深淵部埋葬室に眠る偉大なる先代の方々から、生きている僕たちが必要な道具は持ち出してもいいと許可を得ているので、さらに道具の探索を続けていった。暗いなかを紅と共に光る石で照らして進み、その後も5つもの部屋を探索した。

 

 結果は、ほとんどダメだった。どの部屋も分厚い蜘蛛の巣に浸食され、置かれた物は砂に返っている物がほとんどだった。襤褸切れの布を使うくらいならカーテンの如く垂れ下がっている蜘蛛の巣を使った方がましだと思える程だ。

 使えるものを持って行っていいと言われたが、ここまで収穫なしだとは予想だにできなかったのはしょうがない事だろう。カテドラルさんですらこの遺跡から人がいなくなってどれだけ立ったのか解からない程の年月が経過しているのだ。その時の流れを推し量れというのは、さすがに酷だった。


「はぁ、出てくるものでてくるもの全~部ボロボロ…どうしよう」

「気ィ落とすなって。まだ部屋はあるだろう?」

「確かに、まだ全部の部屋は見てないからなんともいえないね。ありがとう」

「おまえさんがしっかりしくれねぇと着いて来たオレも共倒れだからな。けっしてお前さんの為だけじゃねぇから気にスンナ」


 若干能天気な発現だったが、一応は励ましてくれたであろう紅に苦笑する。そのまま会話なく歩き続けて再び部屋を見つけた。だがそこはこれまで探索した部屋とは異なり、木製のドアで区切られていた。

 ドアと言っても一枚の削りだした板にこの遺跡でも良く見かけた紋様のようなものを、恐らくは染料か何かで描いて飾ったものに、ノブの代わりにロープを取り付けたような簡素なものだった。


 しかし、これまでの探索から解るとおりこれは異質だと感じた。遺跡に置かれていたものは石や土器以外、その殆どが風化によって損壊を受けていた事を考えるに、通路と部屋を仕切るこの木製ドアの存在は、この遺跡においてはかなりおかしい事だった。


 とはいえ、ここで立ち止まるわけにもいかない。僕たちの…紅は付いてきてくれているだけなのかもしれないが…少なくとも僕の目的はこの区画にある生存に使えるような物の確保にある。 

 深遠部で見たような見事な石のアーチが列石する埋葬部屋などを見て古代浪漫に浸るのも少し楽しいかもしれないが今はそんな状況ではない。腐らないドアの考察も捨てがたいところだが、ここは生きる為の行動を優先すべきだろう。


「なんかここだけ変だな」

「うん。ドアが付いてるしね。これまでにない変化だ」

「うーん。それもあるけどよ…」


 歯切れが悪い紅に僕は振り向いた。みれば彼女は眉間に皺を作り唸っている。


「なにか気になるの?」

「いやさ。ドアの上か?なんか変な模様とかあるんだよ」

「模様?あ、ホントだ」

「なぁ~んか、気になるんだよなぁ。何でだろう?」

 

 言われたとおり木製ドアのやや上の石材の部分に、飾り模様とは違った点と線を組み合わせたような紋様が掘られている。これは以前なんとなく見た歴史浪漫の番組で紹介されていた中東諸国で使われている文字に似ている気がする。アラビア文字だったか。

 

 でもそれとも少し違う気がする。異世界なのだし違う言語なのは想像付くが、それ以外にも点と線の他にも絵のような…、エジプトの壁画に描かれる象形文字?にも似た模様が使われている。うーん、テレビで見ただけだから詳しくは解らないけど印象は言語を混ぜ込んだ絵っていう、そんな感じを覚えるな、これ。

 

 当然、僕は読めない。英語ですらもたつく男が中東の言語に似た文字を読めるはずが無いのだから…、だが。


「“旅…?保管…?”」

「どうしたんだ?」

「え!いや――なんでもない」

「そうか。じゃあ兎に角はいってみようぜ」


 すこしだけぼーっと何も考えずに文字だと思われる模様を見ていた僕は、いつのまにやら自らの口から発せられた言葉に驚き困惑した。半ば無意識であったがジッと見ているうちに、なにかこう、こういう意味なのでは?というのが囁かれる様にして脳裏に浮かび口に出たのだ。

 思わずもう一度ドアの上の紋様に眼を向けたが、そこには得体の知れない紋様が掘られてあるだけで読もうとしても理解できない。では、さっきのは一体なんだったのだろう? 文字に込められた意味が解ったような気がしたのは一体? 魔力という得体の知れない力を身につけて身体が変質してしまったからなのだろうか?


 ふと思考が迷宮に入りかけていた事に気が付いた僕は、兎に角一度頭を振って思考をリセットした。考えても時間を浪費するだけなので、今は先に進むべきだろう。なので紅に促されるがままにドアの取っ手に当たる部分に取り付けられているロープを手に取った。 

 実のところ得体の知れない現象に恐怖を覚えたので、考えるよりも行動するという現実逃避に入っただけなのだが…、この時の僕はこれが意味するところを知らなかった。


 ともあれドアから伸びるロープは見た感じ学校の運動会で使う綱引きのロープに近い肌触りと重さをしている。ドアに開けられた穴から伸びたそれは握りやすいくらいの長さのあたり硬結びが造られていた。

 これは恐らく引くことを前提としているだろうと考え、ゆっくりと引いてみた。実のところ考えすぎなのかもしれないが、ドアノブのある位置の穴から伸びるロープを引くとそれが何かのスイッチで仕掛けが動くかもと思っていたのだ。

 

「入らないのか?」

「……いや、うん。入るよ」


 もっともドアは軋みすら上げずにあっけなく開いたので、予想は外れてしまったのだが…なんだろう?この胸の中にこみ上げる小さな空虚感…。


「うわぁ…」


 それはともかく、部屋に入った僕は思わず声を漏らしていた。なぜならこの部屋、コレまでに無いほど…埃とゴミの山だったのだ。色んな部屋で見かけた襤褸切れが堆く積まれた山やかつては杖だったと思わしき物体。壁のラックに吊り下げられていた沢山のカバンはその殆どが紐ごと千切れて床に転がっている。

 道具の保管庫らしかったが、これではただのゴミ部屋だ。またハズレの部屋かと思い失意のまま部屋を後にしようとする。だがその時、紅がついてこない事に気がつき彼女を探すと、彼女は部屋の奥の壁の前に突っ立っていた。


「どしたの?」

「んー、ここだけ変だぞ?」

「変?」

 

 彼女が見つめている壁を僕も覗き見る。見た感じ特に異常はない普通の壁なのだが…。野生の勘で何かを感じ取ったのだろうか?


「何が変なの?」

「こっちの壁から妙な感じがする。ちょうどカナメが持ってるそれに近い気配だ」


 そういうと彼女は僕の右手の手甲を指差した。ていうか気配?


「気配なんてわかるの? 漫画じゃあるまいし」

「マンガってなんだ? んー解るぞ。つーか生き物ならできて当然だろ?」

「……僕、できないけど」

「ああそういえば人間ってのはそこらへん鈍いんだっけな。地震とかも起こらないと気が付かねぇし…まぁオレも感覚でしかわかんねェけどさ。ここの入り口にあった扉もおかしかったし」


 もしかして動物のもつ第六感が囁いているのだろうか? 昔話題になった事に犬とか動物は人間には感じられない何かを感じられるらしいというのがあった。渡り鳥が行き先を間違えなかったり、遠くに居る飼い主の下にたどり着いたり、飼い猫が何も無い空間を見つめていたりという不思議な力の事である。

 かつては人間も持っていたらしいが、そこんところどうなんだろう。それにこの動物的第六感は本当なのか疑わしい。同じ動物でも地震を察知できなかったりするし、動物の中にも迷子になるのもいるらしいのだ。

 だから眉唾と思っていたんだけど…。


「なんつーかな、こう耳をすませる時みたいに静かにしてると、なんか解るんだよ。眼ェつぶってもいいみたいだぞ?」

「………マジ?」


 真顔で説明してくれる紅の顔をみれば嘘や冗談だとは考えにくい。というかコレまでの彼女の行動を見る限り、人をだましたり貶めるほど物事を考えているようには思えない。彼女はいい意味でとてもまっすぐで純粋な思考をしている。コミュニケーションが取れるようになってまだ短いが、それでも的外れではないと僕は思った。


 なので半信半疑ながらも彼女の言う事を僕は試してみた。眼をつぶって耳をすませるように意識を集中してみたのである。言われたとおり何かが変だと感じた。これを言葉で言い表すのは難しかった。あえて言うのであれば眼をつぶる事で感覚的には暗黒の世界が広がっているはずなのだ。

 だがその世界にボヤッとした複数の輪郭が重なった何かがあるのが解るという感じだ。もちろん視覚ではない。頭の中というか意識がそれを見つめているというか、というかさりげなく手元の手甲から発せられる輪郭が強い。ホントにどうなってるのだろう?


「カテドラルさーん!」

『―――呼んだか?小さき者よ――』


 というわけで、こういう不思議で訳が解らない事をよく知っていそうな御方に尋ねてみる。カクカクシカジカでコレコレウマウマなのですと、この謎の感覚について心竜相談センターに問い合わせてみた。なんか竜さんに甘えすぎな気がするが、何ぶん魔法的な出来事なので普通の人だった僕には解らないのである。

 ちょっと情けないがしょうがないじゃないか。知らないものは解らないんだから……。まぁとにかく、カテドラルさんに紅が言ったことも含め、いま起きた現象についても説明した。しばしの沈黙の後、カテドラルさんは口を開いた。


『――ああ、それは確かに気配を感じているといえばいいだろう――』

「なんか含みがある感じですね」

『――正確には、魔力を感じている、が正しい。特にそなたはな――』


 どうやら、ニキシー松の光水による肉体の変化は感覚にまで及んでいたらしい。というか魔力を扱えるなら誰しも持つ感覚なのだそうだ。そりゃ自分の中に流れる力を感じ取れるんだから、外に流れている魔力の流れをなんとなく理解できるのも解るというものだ。

 ま、少し変な感じではあるが、今のところ害はなさそうだし放っておこう。なお詳しく聞いたところによると、紅の感じている感覚はどうやら野生の勘と併用しているっぽい。さすがは元野良犬ワイルドだ。


「んで問題は…この壁の向こうね」


 紅が感じ取ったなにかがこの壁の向こうにある。となればやることは一つかな。


「うーむ、これで…どうだ?」


 僕は壁に手甲のある右手を向けてキネシスを使った。すでに大体の使い方を覚えたこの魔法を用いて、薬品部屋と同じ要領で押し込むように壁を床に押したのだ。案の定、壁は音もなく沈み込む。厚さ的に壁というよりかは仕切りだったようだが、部屋を分け隔ててまで置いてあるのは何だろうか。

 部屋を仕切っていた壁が完全に沈み込み、新たなスペースが顕わとなる。相変わらず暗いので光石を掲げて奥まで光が届くようにしてみたところ、部屋の全貌が見えてきた。

 

 まず目に付いたのは、木製のチェストが収められた棚だった。僕の背よりも高く、4段ほどの棚には子供が一人くらい入れそうなチェストが置かれている。その棚が4列部屋の中に均等に並んでいた。

 驚くべきなのは状態のよさだった。これまで見てきたどの部屋でもこういった品、とくに木製品や布製品などは経年劣化に伴う風化が著しく、木にいたっては乾燥してボロボロで土に返る寸前があたりまえだった。


 だというのにこの木製チェストたちは角を補強している金属に錆が浮かんで入るものの、木本体は殆ど傷んでいない。ワックスを塗られてから数年たった机程度の痛み具合であり、これだけでも特別な何かであることを感じさせるのに十分すぎた。

 考えてみればこの部屋の扉もまた木製だったのに原形をとどめていた。これは何か関係があるのだろうか?さらに見てみればチェスト表面には手甲と同じく紋様が刻まれている。僕の手甲と同じくこれもまた魔法の品ではないかと僕は直感した。

 事実、眼を閉じて意識を集中するとこのチェストの表面からなんらかの力が流れているのを感じた。魔力だと思うが、だとすれば魔力というのは風化を抑える力とかがあるのだろうか?


「なんか不思議な感じがある木だな?―――おろ?」


 僕がチェストを観察している間に、紅も棚に近寄ってチェストに触れた。するとチェストは音もなくスライドし、紅の手で押し出される形で反対側にふわりと落ちた。いや正確には着地したというべきなのだろうか。重力を感じさせないその動きに僕は唖然とするしかない。間違いなくコレは魔法がかけられている。

 

「開けてみよう」

「おう」


 そして、僕たちは意を決してこの魔法の箱を開けてみる事にした。そっと蓋の淵に指をかけて押し上げる。この中に収められていたのは―――!


「………カバン?」

「カバンだな。噛みつきたくなってくる」

「ワンコの悪戯本能全開だね」


 ごく普通の皮製の肩掛けカバンだった。ちなみに中身は入っていない。大きさ的にはデイバック程度の大きさで肩から提げるには問題ないようなカバンだ。飾りっけも一切ない、実用性重視のカバンが10個ほどチェストの中に積まれていた。

 他のチェストも開けてみたが同じカバンが詰まっている。隣の棚のチェストを開けると布地が見えたので一つの棚に一種類なのかもしれない。そして布地だがコレは服だった。薄茶というかベージュというか、首筋や袖口に手甲やチェストと同じ紋様が縫われている以外は飾りが無い簡素な服だ。


 袖が長く分厚い素材で出来たシャツに、同じ布地でチャックの変わりに紐で社会の窓を閉じる長ズボン。それに足首まで覆うブーツみたいな革靴。それにフードつきのマントみたいな外套…旅装ともいえる服がチェストに納められていた。これまでこれといった収穫がなかったのでこれはうれしい。

 はやる気持ちを抑えつつ残った棚にあるチェストも調べた。このチェストは他よりも大きめで僕が膝を抱えれば横になって中に入れそうな大きさがある。旅装っぽいのが見つかってるからこれもその類にもれないんだろうなという考えは当たり、チェストを開けると中には太くて丈夫そうな杖が収まっていた。


 装飾など一切ない、精々が紋様を焼き印してある程度の木の杖である。ただ、持ってみると思ったよりも重い。密度が詰まっているというのか、鉄とか石とはまた違うがそれでも相当に硬く頑丈そうである。

 よく見ようと思い、適当に一本取り出してみる。僕の背と同じ程度だから短めの物干し竿くらいの大きさだろう。石突から頭の部分まで完全に一つの削り出し。上はTの字に似た撞木(しゅもく)のような形状をしており、その重さと硬さもあいまって小さい木槌がついているかのようだった。


 ゲートボールとかパターゴルフのパターにも見えなくは無い……。


「ちゃー、しゅー、めーん…どわっは!?」

「何してんだ?」

「あいたた。なんでもない、なんでもないったら」


 思わず持ち手の部分を下に向けてゴルフの素振りっぽい事をやってしまった。だけど重たいし、長いし、しならない。この三拍子が揃っていたのであまりマッチョじゃない僕は物理法則に振り回されて一回転した挙句転んでしまう。

 ああ、僕をそんな眼でみないで紅さん。なんとなく魔が差しただけなんだ。

 呆れた眼で見られている気がして恥ずかしくなった僕は、とりあえず痛む尻を無視してスクッと起き上がり、杖を近くに置いてから最後のチェストのほうに足を向けた。その間も僕を見る紅の視線を感じる。


「お前って、時々馬鹿なんだなァ」


 うう、ごもっともです。


 と、とりあえず気を取り直して次いって見よう。最後のチェストに収められていたもの。まぁここまできて旅装に関係ある物以外でるとは思えないが、なんとなく空ける瞬間はドキドキした。こう宝箱を開ける感覚だろうか?あれも言い換えればチェストだし。

 相変わらず謎の仕組みで抵抗なく棚から出てきた魔法のチェスト。この最後の箱の蓋に手をかけてそっと開けて中を覗いてみる。箱の中にあったのは、皮袋だ。口にキャップがついているので、おそらくは革の水筒ではないだろうか? 旅をするのなら飲み物は必需品だよね。これもいただきだ。

 

 さて、こうして全てのチェストを確認した訳だが、どうも魔法のチェストに収められていた旅の道具たちは、この部屋で半ば朽ちて放置されていた襤褸切れやガラクタの類と同じ物のようだった。

 チェストに入っていた方は、中古品レベルだけど状態がよかったので、非常に判別しにくかった。だがこの部屋に落ちていたガラクタの中には、半ば朽ちてはいるが辛うじて原型を留めているガラクタもあり、それらと照らし合わせると、どちらも形状も材質も似通っていたのだ。

 外見上の違いという違いはなく、あるとするなら風化度合いくらいだが、一つだけガラクタとチェスとの中身の品とでは違うところもある。チェストに収められていた物品には僕の手甲に掘られたのと同じ紋様が付けられており、そこから微弱な魔力が感じられるという点が共通している。


 魔力を感じるそれらは殆ど劣化していない。魔力には劣化を防ぐ力でもあるのだろう。だからこそ保管庫の中でも奥のほうにチェストに仕舞われて大事にそうに保管されていたのかもしれない。大事なものほど丁寧に扱うのはどこの世界でも同じだろうしね。


 それにしても、この部屋は旅装の保管庫だったのか――あれ?そういえば、さっき部屋に入る前に突然頭に浮かんだのも“旅”と“保管庫”だったような…偶然か?なんとなく思いついただけなのか、偶然にしては妙にはっきりと浮かんだんだけど、うーん、わからん。 

 なんとなく疑問が残るが、今は置いておく事にしよう。それよりも今は収獲のチェックチェック。サイズあわせとか色々やらないとね。 


「それじゃあ着れそうなのを探そう」

「おー!……おう?」

「いやー服が入ってて良かったなァ。丈夫みたいだし良い物あったよ。ってどしたの?」

「んーなんかなー、これ今着てるヤツよりも肌触りが良くないぜ…?」

「そりゃあね。紅が今着てるのは僕の服だし、安物だけど化学繊維製の服だもん」


 紅のぼやきも当然だ。恐らくは自然由来の布地で作られているだろう旅装は丈夫な分、肌触りが若干悪い。僕としては分厚い木綿みたいな布だからあんまり気にはならないんだけど、まだ服に慣れていない紅には違和感があるようだ。


「そうだ。カナメはこれを着てオレはカナメの着ていた服を貰えばいい!オレって天才だな!」

「だーめ。僕の服は男物だし大きさが合わないよ。これから外に出るかもしれないんだから、ちゃんとサイズが合う衣服のほうがいい」

「えー、やだー」

「体に合わせないと大変なんだよ?いまよりももっと着心地が悪く」

「やだ!合うの探せ!」

「なるから…。あいあい、わかったよ」


 うーん、ちょくちょく常識が通じない。仕方ない事だけど覚えてもらわないと…。


「とにかく体に合う服を探すからこっちに来て欲しいな」

「へいへい。人間様は大変だぁな」

「皮肉?」

「うんにゃ、本心だ」


 僕もそう思うよ。少なくとも一人じゃ着れない君の着付けは僕がするんだからね。

 ちょっと面倒くさいと思い吐いた溜め息は、いまだぶー垂れる紅の文句に紛れて、暗闇に溶けていった。





 そして数十分後、僕たちは旅装に着替え終わっていた。


 この旅装はどうやら下から順に小さいサイズの服でまとめられていたらしく、僕は二段目の普通サイズ。身体の小さな紅は一番下のチェストに収められていたのを纏っている。

 若干サイズが大きいので違和感があるが、着ていればそのうちに慣れる。実際、僕は服を着る事に慣れているからか、じゃっかんゴワゴワとした素材でできたこの旅装の肌触りを好ましく感じ始めていた。


「ちょっと固いけど…気に入ったかな」

「オレは、びみょ~」


 もっとも紅はあまりいい気持ちではなさそうだがそれも仕方がない。僕と違いこれまで服を着た経験がない彼女には慣れない感覚であるし、同時に今、彼女はズボンを後ろ前を逆にして穿いているのだ。

 なぜそうなったのかというと、彼女の尻にはフサフサとした立派な尻尾がおっ立っていたからだ。ワンコらしいモフモフとした尻尾なのだが、これがズボンの中でどういう事になるのかは解からないが、少なくとも彼女の動きやすさが下がってしまうのである。


 おまけに感触がチクチクするらしく、余計に服を着たがらなくなる始末。何とか宥めすかしてズボンを穿かせようと思ったが、尻尾を尻から出さないと穿きたくないと頑固として拒否された。

 一瞬、穿かなくてもいいじゃないかという邪まな考えが脳裏を横切ったが、即座に切って捨てた。さすがにそれは色んな意味でアウトであろう。なんせ下着になる物すら今はないのだから余計にマズイのだ。上着とマントとブーツだけという、ちょっとナチュラルエロスな姿になってしまう。


 てっとり早く解決するには彼女の穿くズボンの後ろに尻尾を出す穴を作ればいい。ただし、この部屋には針も糸も、もちろん穴をあける為の刃物すらない。石か何かとがったものを使うという手もあるが…いたずらに服を損傷させるだけであまり意味はないだろう。


 考えた挙句、ズボンを前後ろ逆にして男用のズボンのチャックに当たる部位、つまり社会の窓がある位置を背中側に向ける事にした。こうする事でうまい事尻尾が出せる穴が出来る。前後の区別がつく地球製の衣服と違い、前も後ろもあんまり形状が変わらない簡素なつくりだったのが幸いした。


「やっぱり着心地が変」

「んー、それじゃあマントはカバンに仕舞って、袖は腕まくりにして、襟元を緩めれば――」

「お!少しはましに成ったぜ。ありがとな!」

「どういたしまして」


 犬の姿なら自前の毛皮で何とかなっただろうけど、今の彼女は人間の姿で玉のお肌を露出しているのだ。服がなければ葉っぱとかで怪我したり、虫に食われたりする可能性もある。そういった意味で本当に服があってよかったと思った。


 一番大変な作業だった紅の旅装の調整も終わった。色気もクソもありゃしない。とりあえず脱がせた彼女の旅装をまだかなりの開きスペースがあるカバンに仕舞いこむ。旅装一式は手に入ったけど道具とかは未発見だからほぼ空っぽなんだよね、カバン。


 それを彼女に持たせた後、僕の服も自分が担ぐ予定の大きめのカバンに仕舞いこんだ。ついでにマントも予備を一枚丸めてカバンに詰めておいた。万が一マントが破けてもコレで安心だ。


 そして空の水筒を肩から下げる。水筒と言っても何かの革で出来た大き目の袋といった感じだが、魔法瓶なんて無いだろうからなぁ。別の意味で魔法のビンとかはありそうだけど…。


「あれ?紅は杖は持っていかないの?」

「いらねぇな。それ持ちづらいからな」


 ブーツの紐を調節していると、すでに準備終わりとばかりにウロウロしている紅が視界に入る。どうやら杖を使わないようだ。削り出しで硬くて丈夫そうないい杖なんだけど全体的に太めなので彼女の指の長さだと掴みきれないのだという。

 確かに彼女のほうが僕よりも身体は小さいから、手の長さもそれに比例するのも当然だ。それに彼女はまだ“物を掴む”という行為に慣れていない。四足歩行で暮らしていたので掴むというのに違和感があるらしいのだ。

 まぁそういった人型生物の感覚はおいおい覚えてもらうとして、とりあえず分離杖は僕が持っておけばいいや。一本でもあれば使いたい時にお互い交代で使えるだろうから問題ない。 


「とりあえずこの部屋で手に入るのはこれだけか」


 紅が部屋を見渡しながらいう。たしかに魔法の保管チェストは全てチェックした。この先役に立ちそうな物は幾つか手に入れたが、正直いってこれでは足りない。

 せめてもう少し、カバンに詰められる程度の道具が欲しいが残っているのは埃とガラクタばかりだ。

いくら持って行ってもいいと言われていても、この先にある物で使える物がどれだけ残っているのやら…。


「道具が足りない。もっと欲しいから別の部屋の探索を…「いやだ」…え?」

「なんか飽きた。めんどうくせぇ。いい加減次のところに行きたいぜ」


 紅はそういうと床においてあるチェストに腰掛けて脚をぷらぷらさせながら身体を揺らしている。どうやら彼女、探索に飽きてしまったらしい。全身からあふれ出る飽きたオーラが半端では無い。

 これでは次の部屋の探索に一緒に行くというのは難しいかもしれない。こうなると彼女にはこの部屋に残っていてもらい、僕はもっと深部の探索に赴くという事も出来なくは無いが、このデフォー修練場遺跡は風化が著しく場所によっては、それこそつい先ほど経験したような意味の無い落とし穴になるような事も起こりえるのだ。

 そういったのに備えて一緒に行動したいのだが…。

 

「どうしても、イヤ?」

「イヤだ。暗くて埃っぽいし狭い。身体動かしたい」


 フンスと鼻から息を吐く彼女。まるで子供を相手にしているようで頭が痛い。僕はガシガシと頭の後ろを掻いたが、それでいい案が浮かぶなら世話はない。

 少し状況を整理して考えてみよう。結構な時間をこの遺跡の居住区の探索に費やしてきたが、これまでで役に立つ物がある部屋はほとんど…いや、この部屋以外にはなかった。

 あるいは魔法で隠されていたりして見落としている可能性はあるが、さすがに今更引き返してまで探したいとは思わない。体力は体が変化した影響で問題ないんだけど、精神的に疲れている感じがする。ハズレばっかりだったからなァ…。

 

 おかげで僕の心の一部が紅の意見に盛大に賛同しているのが解かる。このままむやみやたらに探索を続けるのは正しいのだろうか? この体になってから乾きも飢えもまだ感じていないが、それは光樹ニキシーからあふれる水のお蔭だと聞いている。

 いつまで、この状態が続くのかは解からないが、いずれは乾きも飢えも襲ってくるだろう。ギリギリまで探索を続けたいところだが、水も食料もない岩の世界で生き残るのはちょっと無理かな。


「それじゃあ、出口に向かおうか」

「…おうよ!」

「持てる物は持っていくからね」

「こいつを持てばいいな!さぁ行こうぜ!」


 先行きは不安だが仕方がないが、使える物が幾つか手に入ったのは僥倖だ。それに一度出口さえ見つけてしまえば、もう一度遺跡に出直して来て、内部を探索しに来る事も出来るだろう。そう楽観的に考えた僕はとりあえず出口に向かうと決め持てるだけの荷を持って立ち上がった。

 出口に行こうと告げた途端、先ほどまでのどこか緩んだ雰囲気から一転して元気になった紅はパパッと鞄を担ぐとドアの向こう側に消えてしまった。そんなに詰まんなかったのかな…。

そんなある意味で解かりやすい彼女に内心で苦笑しつつ彼女を追ってこの不思議な保管部屋を後にした。

 

 さて、出口に向かうと決めたものの、僕自身は出口の方向すらも解からなかった。コンパスもない、地図もない、あげく太陽も星もない。そんな遺跡の中で方角を知る方法があるなら誰か教えてくれないだろうか?年輪を見ればいい?木の切り株はこの岩の世界のどこにあるんですかって感じだ。

 だから本当ならお手上げ状態。あきらめて放心するか、あるいは迷路で迷わない方法の一つであるハンドオンザウォールという片方の壁に手をついて歩き続けば、いつかは出口に辿りつけるかもしれない。だが遺跡がどれほどの規模なのか想像がつかないし、あまりおすすめは出来ないだろう。

 もっとも今このときにおいては迷子になる心配はなかった。何故なら僕らには心優しき竜のガイドがあったからだ。この遺跡、デフォー修練場はカテドラルさんの住処だけはあり、彼もある程度この遺跡の構造を覚えており、出口までの道筋を覚えていたのである。


 ゆえに僕らは彼の導きに従って歩いていけばいい。その筈だった。


「―――だめだ、ここも崩れてる」

「穴掘りしたら確実に崩れるな」


 時間とは時と場合により、本当に残酷だ。かつては繋がっていたであろう岩壁と岩天井の通路はところどころ崩落を起こしていたのだ。

 どうも外、つまりは外周部に近づけば近づくほど風化がひどくなっているらしく、カテドラルさんの部屋から出た時に落ちたあの穴よりも大きい大穴があいていた。もうニキシー松の近くで暮らした方がいいんじゃなかろうかと思ったほどである。


 このあまりのひどさに、そういうのがまだよく理解できない紅も、近くの崩れ落ちた瓦礫を蹴りながらしかめっ面をしていた。キネシスを使えば通路を開通出来るかもしれないが、崩落したという事はここが脆くなっていたからだ。

 そう考えると、この崩落したところを掘り返すのは危険だといえる。よしんば掘れても、狭い通路には掘り出した瓦礫を置くスペースがない。掘り返すのはあきらめるしかなかった。


『――その通路もダメであったか…――』

「はい…。他にルートはありませんか?」

『――そうであるな。直通の通路はそれで最後だ――』

「ええっ!そんな……」

「まさかの生き埋めか――ん?この場合は生き埋めにあたるのか?」


 紅がそうつぶやく。いやいや間違いでないけどそれは何か違う気がする。


「なんで紅はそんなに冷静なの?出られなかったらいずれはミイラだよ?」

「はっはっは、なぁに。オレには非常食もあるからな」


 そういって目を細めて僕を見る彼女……ま、まさか。


「なんで僕の方を見るのかな?」

「大丈夫だ。オレは選り好みしないんだぜ?」

「まってなにそれ怖い」

『――まてまて。慌てるでない。直通はないが他の場所を通過する道は残っているかもしれん。通路先ほどの分岐まで戻るのだ――』


 ちょっと冗談にしては洒落にならない狩人の如き鋭い眼な彼女に冷や汗を流すしかない僕。そんな意味もない漫才みたいなやり取りをしている間に、カテドラルさんはもう次善の策を思いついてくれていた。

 なんというかホント、彼がいなければどうなっていたことやら……すくなくとも碌な死に方ではなかっただろう。カテドラルさんと巡り会えて良かった。現に、かの存在に導かれる事で僕たちは一応出口に向かっていたのだから――。


 改めて優しき心竜に感謝の念を送りつつも、かの存在に導かれるままに一つ前の分岐へ戻った。先ほど進んだ道の方角から考えて次に進もうとしている道はどちらかといえば遺跡内部に向かう道なのだが……なにか考えがあるのかな?

 すこし不安を覚えるがここまで来て諦めるという選択肢はなかった。だってあきらめたら…多分だけど僕は彼女の食糧確定だしね。たとえあれがウィットに飛んだ冗談だったとしても、この息が詰まるような暗い地下での生活は、ちょっと御免であった。


 そのあとは特に会話もなく進んだところ、暗い通路の先に何かが見えてきた。手に持った光石を掲げ、より強く照らすために魔力を注ぐ。そうして見えた先にあったのは大きさが大体2m程の黒い木製の扉であった。周囲のひび割れた壁と違って、その扉には腐食や風化の痕跡は見られない。一見するとまるで最近作られたように見える。


 しかし、それはあり得ない。カテドラルさんの話が正しければこのデフォー修練場に生きた人間は僕たち以外存在しない遺跡なのだ。一部人でない方々が眠っておられるが、彼らの殆どは最下層の地下埋葬室で過ごしているので除外する。少なくとも今僕や紅がいる階層には動くモノはいない。

 だから余計に、この妙にきれいな扉が異彩を放っていた。場に合わないそれに不気味さを感じながら、僕は扉の取っ手に手をかける。扉を動かすのにさほど力はいらなかった。まるでつい最近作られた新品の如く、扉は軋む音一つ立てずに開かれた。扉の先は相変わらず暗いまま、闇が奥に続いている。


『――この先だ。小さき者たちよ、臆する事無くすすめ――』


 伝わってくるカテドラルさんの思念を背に、僕は光石を掲げて闇の中に踏み込んだ。


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