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出歩いて、落っこちて、どこだろう?第三章

          



―――イチ、ニ、サン、はい!腕をぶんぶんと回しましょう!


「うぉぉぉぉ!!!!とれませんよーっ!!」


 暗い遺跡の中で無我夢中に腕を振り回す人影、言わずもがな僕である。

 台座に触れたと思ったら手甲をはめられていた。意味がわからない。


「ハァ、ハァ……がっちりマンデー」


 疲れているらしい。

 とにかく、吃驚して少しばかり錯乱したが、声を上げたら落ち着いた。思えば何を恥ずかしい事を叫びながら腕を振ってるんだと思わなくもないが、錯乱しないだけマシかなあと思ったり思わなかったり。 

 自分の精神力のタフネスに少し驚きつつ、僕は懐から光石を取り出してみる。豆電球レベルの光しか出さないが、目が暗さに慣れているので近づければなんとか見える。改めて見てみると手にはめられたのは、いわゆる手甲と呼ばれる物っぽい感じがした。知識元がロールプレイングゲームや映画なので詳しくは不明だったが、すくなくてもほんの数十秒前には装着されていなかった物であることは間違いない。

 

 色はおそらく赤茶、いや赤銅に近いだろうか。手にしっかりというかぴっちりと、まるで癒着しているかのようにぴったりとはまっており、手甲が嵌っていない手で握ってみても動く気配がない。表面は直角と直線を組み合わせた線で覆われており、模様としては遠めでみると四角い渦を巻いているように見える。

 なんというか、外国のお土産でこんな模様のがありそうだ。手甲の色からすると銅製に見えるのであるが、片手が一回り大きく見えるほど大きいのに手に重さをほとんど感じない。どうやら謎金属で出来ているようだ。さりげなくオーパーツだったりして。


「うー、とれない…」


 そして、このオーパーツを前に僕は途方にくれていた。この手甲はかなりがっちりとした作りをしているらしく、引っ張っても叩いても取れそうもない。石でできた台座でこすってみたら台座のほうが削れる始末、手甲は傷ひとつ付いていない。本当に何で出来ているんだか…。


「はぁ、もうなんか疲れたよ…」


 何かもうコレの所為でやる気が一気に削がれたからか、僕はこれ以上奥に踏み込む元気をなくしてしまっていた。そろそろのどの渇きも限界だったし、一度ワンコがいるあの光る木のところに戻ろう。


 そう思った時だった。


《――――ゴトン》


 遠くの…いや、わりかし近い?なにかが落ちる音が響いてきた。

 空耳?なんだろう――― 


《――――ゴトン》


 空耳じゃなく、また聞こえた。

 見えないほど高い天井があるこの空間に異様に響く。


《―――ゴトン、ゴトンゴトンゴトンゴトン》


 墓石が倒れた時のような音が暗闇に響く。だけどありえないほど沢山その音が響いてくる事に恐怖を感じた。当たり前だ。僕の周りは手元の光石を除けば明かりがないから真っ暗なのだ。暗闇の向こうから響いてくる怪奇音に恐怖を覚えないわけがない。


《――――ゴトン》


 不気味な音が響く中、僕は動けなかった。音がやむまで台座のそばに立ち尽くしていた。本能は逃げろと警鐘を鳴らしたが身体が蝋みたく固まり動こうとしてくれなかったのだ。その直後、誰かの呼吸するような音が聞こえて胸が飛び上がりそうだった。くぐもったあまり鮮明ではないが確かにこの地下空間に響いた自分以外の息の音。だがそれは、一体誰の出した音なのだろう?

 この遺跡に最近人がいた形跡はまだ見つけていない。一体全体誰が?と思ったが、よくよく耳を済ませてみると、この恐ろしく響く息吹の音は自分の吐息の音である事に気がつき内心ホッとした。どうも緊張のあまり息が上がっていたことに気がつかなかったらしい。なんともはや、自分の息の音で驚くなんて…。


《―――ずる》


 しかし、僕は気がついてしまった。


 暗闇の中に、いる。何かがいる。ゆっくりとであるが、こちらに近づいてくる。

 

 心臓を鷲づかみされたかのように心臓がドクンッと唸る。

 

 理解不能の事態に自分の呼吸が止まっていた事にも気がつけない。


 暗くてわからないが、遠くに現れたのは人ではない。僕の勘がそう告げていた。


 怖い。怖い怖い怖い。身体が震える。寒気がしてきた。


―――ここにいてはいけない。


「――っ!!」


 そう考えた時、気がつけば僕は弾かれるようにして台座の側から逃げ出していた。逃げろ逃げろとせっつかれるかの如く、とにかく元来た道を辿るようにして走り出した。台座から離れると再び重たい物が落ちる音が聞こえた。僕はまるでその音にせかされるように気がつけば全力で走っていた。この先に出口があったかもしれないという考えは、すでに僕の脳裏から消えていた。今は離れなければ、命が危ないのだと、本能が叫んでいる。


「―――ハァ、ハァ、ハァっ」


 許されるなら、恐怖のあまり叫んでしまいたい。

 だけど叫べば呼吸が乱れて走れないと感じ、僕は奥歯をかみ締めるようにして寸での所で出そうな声を押しとどめていた。叫んだら、力が抜けてしまう。そう考えられる程度には理性は残されていた。


「ハァ、ハァ―――うわっ!!??」


 だが、こんな時に限って僕の身体は言うことを聞いてくれない。怖さの所為か縮こまってしまったのか、足がほつれて転びかけた。あわてて手を突いたので転びはしなかったが、僕の手は石床によって擦り切られ、どろりと血が流れ落ちる感覚を覚える。痛い、なんなんだよ。何でこんな場所でホラー映画みたいな事を僕が…。


 そこまで考えた時―――


《ゴトゴトゴト――!!!》

「ひぅ!?」


 転んで倒れてしまった場所から、手を伸ばせば届きそうな位置。この広間に均等にある柱の根元。そこに安置されている黒い箱が震えていた。光石をかざした僕は、長方形な形をした箱の上底がスライドしていくのが見えた。


《ゴトン》


 そして箱の蓋が外れて床に落下し、先ほどから響いていた得体の知れない音と同じ音が響いたのを聞いた。ああそうか…重たい石棺の蓋が落下した音、これの音なのか…。そう納得した反面、すぐにこの場から逃げないとという思考が頭を占める。


『―――………ヵァァァ』


 だが、僕の目は見てしまった。箱の中から伸びる、細い手を――。


「あ、ああ――うわぁぁぁぁぁぁあああああ!!!!!」


 もう限界だった。まるで海外のアクションホラーの一面みたいだった。映画ならエンターテイメントで楽しめるが目の前で実際に起きていれば話が違う。得体の知れない事への恐怖、なんでこんな目にという恐怖、ここはどこなんだという恐怖、すべてがごちゃ混ぜだ。

 明らかに僕よりも細い腕。それどころか一部白骨が見えているソレが、あの何百kgもありそうな石の蓋を持ち上げて捨てたという現実。そして何よりも、指が4本しかない。腕が箱のふちを握り、肩が見え、背中が起き上がり、足が箱の縁から投げ出されて立ち上がった。

 

 叫び声をあげた僕のそれが聞こえているのかいないのか、ゆっくりと身体ごとこちらに向くソレ。光石にぼんやりと照らされたソレは、一見すれば人間のようなモノ。頭髪はないが頭もちゃんとあり、目も鼻も口も人間と同じ配置……だが、その身体は干からび、乾燥により閉じられない口は食いしばるように開かれ、そして見開かれている眼孔には、目玉は存在しなかった。

 ミイラ、即身仏?僕の中の知識で出てきたのは、エジプトのそれが符号するが、あれは死体を処理しただけであって、目の前の人在らざる存在のように僕の常識から考えるとありえない状態であるのにもかかわらず動いている事はありえない。

 

―――そのはずだった。

 



『…………』

(こっちを見てる!?)



 ないはずの眼が、窪んだ暗い眼孔が、間違いなく僕のほうを見つめていた。

 ゾワリと背筋が震える。アレが見つめているのは僕なのだ。

 そして気がついた。ここは生きている存在が僕だけであると。


『………カァ゛ス ヴァルガ ガギズ』


 そして乾燥した口から漏れる音、いやこれは言葉?理解できない言葉をしゃべる化け物が目の前にいる。その視線が僕を眺め、そして手を伸ばしてきた。


「ひっ」

《――パン》


 ソレが伸ばしてきた手を、とっさに撥ね退けられたのは僥倖だったのかもしれない。我に返った僕はずざざと四つん這いのままで、わさわっさとその場から逃げ出そうとした。まるでゴキブリみたいな動きだったが、こっちもこっちで必死だったのだ。そのまま立ち上がろうとした僕をまだアレが追いかけてきていた。

 恐怖と混乱で今にも卒倒しそうな僕は化物に近づかれたくなくて、とっさに目印においてきておいた斑光石を投げつけていた。なんでそうしようと思ったのかは解らない。ただ少なくても石に怯んで歩みを止めてくれればと願い石を投げつけたのだ。慌てて投げた石は放物線を描き狙いも甘く、思っていたよりも手前に落下する……その筈だった。


《―――カッ!》

『ゴォズ!?』

「うわたっ!?なにさ!?」

 

 化物に命中せずに落下した斑に光る石は床に叩きつけられると同時に光を発して砂になってしまった。それはどこかフィラメントが最後に輝く瞬間によく似ていた。もっとも暗闇に慣れきった僕の目にとってみればかなりの光量であり、一瞬だけ眼がくらむ。

 その瞬間ハッとなった。目の前に化物がいるのに眼が見えないなんて……その先を考えると鳥肌がとまらない。思考が回る。思い出すのは何時か見たホラー映画。あれはゾンビに襲われる映画だったが、化物に襲われるというパニック物である事に変わりは無い。ああ、僕も襲われて殺されて、最終的に奴等の仲間入りを果たして暗闇をうごめく干物になってしまうんだろうか?それは、すごく嫌だな…。


『ォォォォオオッ!!』 


 そう思った直後、僕の鼓膜を叩く幾つものパイプに風が吹き抜けたような不快な音が響く。音がしたほうに眼を向ければ、そこには腕を前に突き出して光をさえぎろうとしたようなポーズを取っている化け物が居た。

 眼がないはずの化物のほうが眼がある僕よりも効いている。どうしてなのかは解らないがこれはチャンスである。逃げるなら今のうちだ。僕は何とか足に活をいれて立ち上がるとポケットに手を突っ込んで斑光石を握り締め、目印を頼りに元来た道を走り始めた。



***

 

「ううっ!もう出てくるなよっ!」

『………カァ゛ス ヴァルガ ガギズ』

「それしか言えないのかっ――てのっ!」

《――パーンッ》


 これで何度目だろうか?斑に光る石を床にたたきつけたのは…もっとも、これが最後の斑に光る小石である。あの化物は台座を中心に順に目覚めていたらしく、逃げる道でもどんどん起き上がってきたので、逃げる為にポケットに入れておいた小石を使ったのだ。

 小石が最後の輝きと言わんが如き光を発すると、化物は『ヴォォォォッ!』と叫んで、光を嫌がり大きく怯んだ。その繰り返しの後、僕は怯んだ化物たちの脇をすり抜けて、この石棺だらけの部屋の入り口へとたどり着いていた。


 あの化物たちの足は思っていたよりも速くない。まぁ干物みたいなそれがスプリンターも真っ青な速さで追いかけてきたら、僕はいまここにいないだろう。とにかく、ここからはほぼ一直線に駆け抜ければ、地下湖があるあの空間にたどり着けるだろう。

 背後にどれだけ化物どもがいるのかが気になるが、立ち止まることは出来ない。怖くて背後を振り向けないのもあるが振り向かなくても自分以外の不規則な足音が聞こえるからだ。もう手元には小石は無いが近付く気配が狭まったところで、飛迷わないようにこれまで落としておいた斑に光る石を飛び上がりながら踵で思いっきり踏み抜いた。

 只踏むだけでは光もしないが、飛び上がった事で威力が増した踵を受けると、パキッと小気味いい音と共に小石はあっけなく砕けて発光した。その光を嫌がった背後から追いかけてくる化物たちの乾いた風のようなうめき声が響くのを背に走り続ける。


 ここさえ抜けてあの光る木の袂にたどり着ければ、少なくてもアレらは手が出せないだろうと僕は思っていた。斑に光るあの石の光でアレだけ嫌がるのだから、灯り代わりにしている光石のような大きなのがゴロゴロしているあそこならば、近づこうとしないだろう。

 必死に足を動かして行き止まり、あのアーチを描く大扉の前に出た。すぐにアーチの扉を蹴飛ばして開き、そこに駆け込んだ。あとは締めるだけだ。だがその直後、僕の体が何かに引っかかった。


 いや違う、引っかかったのではない。


『エディア ガル ウルス』

 

 扉と壁の隙間から伸びた腕が、僕の右腕をつかんでいた。

 すごい力で通路のほうに引き寄せられている。


「はなせっ!はなしてよっ!僕が何したって―――っ!」


 暴れても腕は引き寄せるのをやめない。そのまま回転扉の中に引き摺りこまれ壁に叩きつけられた。背中を打ち付けられた痛みで肺から空気が抜けて咳き込んだ。どうしてこんな目にあうんだ。僕は、僕は、なんでこんなところにいるんだろう。いたいよぉ。助けて、誰か。

 扱いの理不尽さに泣いた。でも化物はそんな事は関係ないのだろう。片手で僕を持ち上げると手甲の部分を握り締めてぶんぶん振り回し始めた。まるで手甲を取り外そうとしているかの……ん?手甲?!もしかしてコレは持ち出してはいけないとかそういうモノだったのか!?


「こ、これは外れない!外れないんだっ!」 


 必死に叫ぶ。取れるものならとっくに外している。というか何で台座に触れただけで装着されるようなからくりがあるの!?ここの設計ミスでしょっ!?

 そんなに大事なら金庫に入れといてくれれば―――

 

《―――ジャキ》

「へっ?は、はひぃぃ!!??」


 変な音がしてそちらに目を向けると、化物はどこからだしたか、剣と思わしき影を握っている。いや相手が首に下げた光石の光を嫌がって、腕を限界まで伸ばして僕をつかんでいるもんだから相手側の手元が見えないのだ。

 その剣を手甲が着いている僕の右腕に向けている。もしかして取れないなら腕を切り落とすの!?あせった僕は拘束された右腕以外をつかって暴れてみるが、向こうは怯みすらしない。


『ガァァァァッ!!!』


 振り下ろされる。剣が、僕の腕を切り落とす?―――そんなの……


「みとめ、られるかぁぁぁぁっ!!!」

 

 ある意味、キレた。

 同時に僕はとっさに、これまで使わなかった予備の光石――何度か使おうと思ったけど、大きすぎてどんなことになるか分からなかったそれ――を、乾燥ゾンビの化物の顔面と思われる場所めがけて投げつけていた。

 光石は化物の顔にめり込んだ。発泡スチロールに固いものを差し込んだときみたいなボスって音がした。

 

 腕とか胴体が叩こうが振り払おうとしようが壊れない癖に、顔はどうでもいいって事なのか?ロボットみたいに頭は飾りですといいたいのだろうか?とにかく思っていたよりも抵抗なく、光石が化物の頭部にめり込んだ事に驚きを覚えた。


「ぁぁぁぁあああああっ!!!」

 

 それで化物がようやくひるんで、光石がめり込んだ頭部を掻き毟るように動いたことで僕は解放された。化物は乾燥した唇が裂けて割れるくらいに食いしばり、声はあげなかったが恐ろしく苦しんでいるように僕には見えた。

 だけどこの時に動転していた僕は、逃げるでもなく目前の化物の顔、すなわち光石がめり込んでいる顔面目掛けて、手甲の突いた右手を持って殴りかかっていた。怖くて、怖くて、恐ろしくて。ひたすらどこかへ消えろ、僕から離れろ、と念じ殴りかかったのだ。

 その瞬間、手甲の溝に沿って黄色い光が流れたかと思うと、よく分からないが疲れていたからだに活力が宿り、僕はコレまでの人生の中で最高の速さの拳を化物に振り上げる。


「もう、どっかにいっけぇぇぇ!!!」


―――そう口に出しながら、離れろと、どこかに行けとイメージした瞬間。


《ヴォォォ―――》


―――手甲が振動し、直後。


《ドッゴォォォォォン―――!!!》


 およそ、人間の…それこど一介の学生風情が出せるわけもない音と共に、空気が弛み、僕の目の前で凄まじい衝撃波が巻き起こった。驚く暇もなく衝撃を纏った僕の拳が化物の顔に突き刺さる。拳がめり込んだ光石を衝撃はによって砕いた瞬間、斑石とは比較にならない程の光が小規模な爆発を起こした。

 衝撃は留まる事を知らず、僕はそのまま衝撃の反動で弾き飛ばされていた。再度壁に叩きつけられた痛みが意識を揺さぶるが、何とか気絶せずに済んだ僕は敵のほうを睨んだ。

 しかし、この予想だにしなかった攻撃により、化物は上半身ごと吹き飛んでいた。あまりのあっけない事態に、あれ?なんで僕までこんな映画みたいな事をしてるの?やっぱり、これ夢じゃないの?と疑問符を浮かべる。


「ああ、うぁぁ……ああ……」


 軽く現実逃避しかけたが、直後に手甲を中心に広がる激痛に夢じゃない事を強制認識させられた。あえていうなら火傷の痛みが十倍濃縮されたようなのが、僕の腕の中で暴れ周り破裂しそうな痛みと形容すればいいのか。あまりの痛みに気絶すら出来ず、さりとて頭も痛みのあまり朦朧とした。


《―――ザッザッザッ―――》

「うぅぅ…に、にげない、と――」


 その後は良く覚えてはいない。気がついた時には光る木の袂に戻ってきていたからだ。ただ僕はあの時、再び化物たちの近づく足音を聞いたんだと思う。激痛が走る右腕を押さえながらそこから逃げ出したのを覚えている。痛みと疲労と恐怖に磨耗した精神が逆に気絶すら許してくれなかった事が、僕を救った。

 最後に覚えていたのは、斑に光る石を頼りに木にたどり着き、木の根元にたまった泉の中に倒れこんだ事。そして、そのままでは窒息すると、最後の力を振り絞り顔だけ水面に出した後で、僕の意識は完全に途絶えたのだった。


 

 もう、探索はこりごりだった。こんな目にあうなら、もうここでずっと眠りたいと僕は思った。

 そう考えた時の泉の水は、とても温かく感じた。



***


 

――地底生活三日目――



 正直、何日経ったのかは分からなかったが、目が覚めると一日経過と考えている。そもそも地下空間で時計もないのに時間を測れと言う方がおかしい。そして目を覚ました時、僕は完全に水没していた。おぼれる一歩手前といったところで慌てて水面に顔を上げると気管支に入り込んだ水を咳き込みながら吐き出した。 

 おかげで目覚めは最悪である。気絶するにしてももう少し場所を選べと気絶する前の自分に投げかけたい。またしっとりと濡れてしまった僕は、薄暗い地下空間の中で唯一の明かりが灯るこの木の根元に座りながらため息を吐いた。体は、自然と回復していた。アレだけ逃げ回ったのが嘘みたいに疲れがほとんど残っていない。水だけしか飲んでいないのにこうも元気なのも異常な事なんだろう。


 異常といえば意識を失う前に起きた出来事。思い出しただけで背筋がぞっとした。夢だ嘘だ幻だと思いたいけれど、あいにく右腕に忌々しくもくっついたままの手甲と、あの謎のエネルギーを発揮した時に感じた痛みが、まだジンワリと存在を主張し続けている。この腕の痛みが昨日のアレが現実だといい続けている。

 なんとなく手甲をまじまじと見つめてみるが、あの時みたく光ったりはしていないようだ。だけど、確かにあの時は手甲自体が発光していた。それだけでなく、コレまで発揮したことがないくらいのパワーと謎の衝撃波がこの手甲から放たれたのは間違いない。僕は確かに童貞であるが、まだ魔法使いまで10数年近くあるはずなんだけど……むろんこの場合の魔法使いとは30を超えた人のことであるが。

 

 いやいや、おかしい方向に思考がずれている。童貞30年の魔法使いさんが実際に魔法を修得したなんて話は聞いた事がない……僕が知らないだけでそういう裏の世界があるのかもしれないが、そういうのは想像だけで勘弁して欲しい。僕の右手がうずくとかみんな離れろとか俺はある機関に作られたとか叫ぶ時代はとっくに過ぎている。


「………くそ、あれが本物ならエスパーにでもなったっていうの?」


 僕は右手の手甲をニギニギと開いたり閉じたりしてみた。確かにあの時、僕の右手はスパークしていたような気がする。腕に走った苦痛も最悪だったけど、それが逆にそういう事が起きたという証となってしまっているとは……はぁ、男の子はいくつになってもと呆れ顔の女子が言った言葉が、今じゃ本当に身に染みる気がするよ。


 そういえば、いつの間に世界はホラー映画の世界になったのだろうか?いままで考えないようにしていたけど、もしかして僕は違う世界にいるのでは?ベタな考えだが、死体らしき化物たちが動いて追いかけてきたり、こんな光る石や光る木が存在していると思うと、そうとしか思えなくなってくる。


 神隠し?それともコレは不幸な事故で頭を打った僕の妄想世界?どれだとしてもあまりいいものではないことだけは分かるから始末が悪い。最悪。ああ、欝だ。


「………お腹減った」


 欝な考えが堂々巡りして思考が立ち行かなくなった時、僕はまったく違うことを考える。もちろん腹は減っていない。これは気分的なものだ。今のところ食欲はないのかあるのか良くわからないし、事実腹具合は良くも悪くも減っているような減っていないような、どっちだといいたい。何かが僕の体に起こっている。だけど何が起きているのかが分からない。


 僕は光る木からあふれる水を手に掬い。飲んだ。体に染み込み馴染むようなこの感覚は心地がいい。しかしこれ以外飲食可能なモノがない。いやすぐ近くにナマモノがいるが、流石に犬を食べるのは……幸いそこまで腹が減っていないのだからそれでいいじゃないか。というか、なんでワンコを食べる思考になってるんだ?その話題は考えないようにしないと…。


 頭を振って考えを消す。疲れも取れて落ち着いたあたりで、ふとワンコのほうを見た。あれから一向に目を覚まそうとしない。打ち所が悪かったんだろうか?


「って、こんな事考えている場合じゃなかった」


 ワンコのことよりこれからの事だ。唯一外に出られるかもと思った遺跡は化物の巣窟だった。

正直再びあそこに踏み入れる勇気はない。となれば、険しいがもう一度反対側の壁を攻めてみるべきだろうか?すくなくてもあの時は足が濡れるのがいやだからその先の探索を断念しただけだし―――そこまで思考した時だった。


《――ザッ……ザッ……》

「げっ!ムグ(忘れもしない!この乾いた布を引き摺るような音!)」


 声を上げそうになった口を慌てて押さえる。遠くの方で音がした。間違いない。あいつ等だ。化物たちが近づいてきている。ああもう、そういえばあそこからここまで一本道じゃないか。ゆっくり動いたとしてもこっちにたどり着くことくらい普通に考えれば分かるじゃないか。

 ここにはアレらミイラたちが嫌う光の石が沢山落ちている。だけど考えてみると嫌がるだけで光だけじゃ傷ついていないんだ。大きな光る石なら光だけで蒸発しそうだったけど、あれはある意味自爆に近い。至近距離であの爆風を何度も体で受けたら僕の身のほうが持たない。


 大体ミイラたちが近付きたくなくなるほどの光を放つ光石は小さな泉の中にしかない。周囲のほとんどは斑に光る石。せいぜい怯ませる事しか出来ず、ソレでいてそのままだと全然怯ませることも出来ない。

細かいから投げつけるのは楽なんだけどね。うう、どうして地下空間なんだよ。ここがせめて外なら朝日が昇るのを待てばいいのにっ!ゾンビみたいな連中なら、朝日とかに弱いでしょ!


(こうしちゃいられないね。ここからも離れたほうがいいかも……)

 

 大きめの光石を何個か懐に突っ込んで、ズボンのポケットには大量の斑に光る石をつめる。恐怖に駆られ必死に逃げたときはここまでくればいいと思ったけど、やっぱりここにいても囲まれて終わる。


 囲まれる→逃げられない→ここは水しかない→バッドエンド一直線。


 それはなんかいやだ。ここまで来たならもう一度逃げ切ってやる。僕はワンコを背負い、音から静かに遠ざかるように移動した。ワンコも連れて行った理由は良くわからない。唯でさえ体力が減っているのにそれでも連れて行ったのは、なんとなく同郷の士を置き去りにして死なれたくなかったのかもしれない。犬が同郷というと頭おかしいんじゃないかと言われそうだけど、僕にとっては間違いじゃなかった。


 でも犬って体躯の構造的に背負い難いんだって改めて思った。


………………………


…………………


……………



 こうして静かに逃げ出した僕は、反対側の壁まで来ていた。


「うわぁ、やっぱり水浸しだよ……」


 水浸しというかモロ地底湖なんだけどね。

 他にいけそうな場所は無いし、とにかく行くしかないと思った僕は水の中に足を踏み入れた。


「うっ!」


 ちょー冷たい。頭に浮かんだ感想はソレだった。さらに詳しく書くと突き刺さるような冷たさ。幼い頃サウナに入った後に飛び込んでしまった水風呂のような感じ。あれ結構きついよ、心臓がつかまれるような感じがするもの。

 だけどしばらく浸ってればある程度慣れてくる……というか冷たさで麻痺してくるというか。あんまり長く漬かっていると身体によくないな。


《ザッ――ザッ――ザッ――》



―――ってそんな事考えている場合じゃなかった!


 水が流れる音に混じり確かに聞こえるどこか規則的な足音。間違いない、奴らだ。あの光石が沢山ある木のフィールドをどうやって抜けてきたんだろうと思ったが、改めて考えてみると光石がある部分はごく一部で、あとは斑に光る石が点在しているだけ。斑に光る石は強い衝撃を加えない限り発光しないから、ゆっくりそこを移動すれば通れるって訳で……光嫌がる癖になんて執念深い奴らなんだ。


(ひー、だんだん水が深くなってる気がする)


 でも今は冷たさのほうがまずいかも。休んだ事で少しだけ余裕を持っていた僕は水を搔き分けて更なる深みへと進むが、後ろから迫るあんな得体の知れない奴らに捕まるよりかはマシだと自身を励ました。地味にワンコが重たいが、今更放り出せないし、背中に担ぐとこれはこれであったかい。毛皮というのは偉大である。


 

 されど、進む足はどんどん牛歩になっていった。


 疲れと疲労が完全には回復していなかったみたいだった。


 だけど背後が気になった僕は、足を止めなかった。


 鉛みたいに手足に溜まるそれが苦しみとなって僕を襲う。


 疲労の蓄積は、意思の力じゃ止められない。


 そうしているうちに不安がドンドン増していった。

 

 この先に進んで大丈夫なのか、どこに通じているのだろうか。


 そして何よりも、暗闇に対する恐れが酷くなってきた。


 無意識に抑えていたものが、どんどん噴出して襲い掛かってくる。


 もう前は見えない。


 手元の明かりは足元の水面と右手の壁を照らす以外、なんの役にも立たなかった。

 

 ジワジワと染みこむようにして心へ、精神へと恐怖が伝わっていく。


 それが呼び水となって、あの時、怪物たちに群がられたときの記憶が蘇って来た。


 水死体の様に灰色の乾燥した肌。


 何も映さない孔が開いているだけの眼孔。


 向き出しの歯茎。


 人型ではあったが、決して人ではないナニカ。

 

 それが追いかけてくる。


 後ろから、背後から、黒い、クロイくろい恐ろしいナニカ。


 理解できない。


 理解できる事じゃない。


 それがどうしようもなく怖くて、恐ろしくて―――


「―――あっ」


 気がつけば、そんな声を漏らして僕は止まっていた。

 前は暗闇。背後は恐怖。動く事ができない。


「え、あ、い…あぁあ…ぐ」


 気を入れようと声を出そうとしたが、声が出ない。その間にも暗闇が僕を包み込んでいく。

服が雨風で湿っていくように、ゆっくりとだが眼に見えるくらいはっきりと、心から空気が抜けるようにしぼんでいくのがわかる。水の冷たさまでもが、酷く僕を突き刺していく。歯の根も合わない。身体が震え始めた。


 そんな中で僕は恐ろしい想像をしてしまう。僕は、すでに死んでいるのではないか?現実ではありえないような自然、あの化物、そして良く分からないこの空洞。死んだ人間が行き着くあの世。もしくは地獄。何もないココが地獄かなにか?絶望する。僕が、僕がナニをしたって言うんだ。何もしていないじゃないか。普通に生きてきたじゃないか。平々凡々と暮らしてきただけじゃないか…。



 本当に、なにもしてない。


 なんにも。



「……もっと善行積めば、よかったのかなぁ」



 何時の間にか膝を折っていた。腰元どころか下手すれば胸元まで水に沈みかける。背中に乗せたモノが重たい。立ち上がれないくらいに重たい。だけど捨てる気になれなかった。何でだろう?


「つかれた」


 疲労感の中で搾り出して呟いた言葉は、口から漏れでたのはそんな言葉。

 もう駄目だと僕は壁に寄りかかるようにして手を置いた。いや置こうとした。


「うわったっ!?」


 壁にめり込んだ。ナニを言っているのか解らないが、そうとしか表現できない。よく見るとあの外せない手甲が再び光を宿している。化物を吹っ飛ばしたあの時とは違い、怪しげな燐光を放つ我が手甲に驚愕を覚えつつ、僕は壁の中に吸い込まれたのだった。



今回はここまで。

次は・・・仕事が明け次第。

それでは失礼ノシ

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