第35章
~出歩いて…落っこちて・第35章~
魔法学校で生活を始めて、2週間が経過した。
あのタロスとのトラブル以外特に目立ったトラブルに巻き込まれる事も無く。
平和と安穏の内に、シエルさんのお仕事をしている僕である。
紅はついに気功術を修めた・・・と、言っても初歩の初歩を修めただけで、まだまだ道は長い。
タロスに僕が捕まった際に彼女が使用した技と、肉体強化が使える様になっただけでも凄いけど。
手帳の方に、技として記述が出たので、彼女もこれからは楽に使えるだろう。
最近では獣形態の時に、気功術が応用できないか試行錯誤しているらしい。
彼女は結構ガンバリ屋だから、恐らく何かしらの成果が出ると思う。
それを手伝っているウィンディも、ハァハァ言いながら彼女との訓練に付きあっていた。
そして、今日もシエルさんのところでお仕事だ。
―――――――さぁ今日も一日ガンバロー!!
「―――では紹介するわ。今日の特別授業を受け持ってくれる。かなめくんよ」
「・・・ご紹介にあずかりました。五十嵐かなめです。今日一日よろしくお願いいたします」
さて、現実逃避はおしまいにしようか?
今僕は、何故かシエルさんの受け持つクラスの教壇に立たされている。
どうしてこんなことになったのか?それは少しばかり前に遡る。
***
ガラクトマンに来て5日目、その日仕事が少し長引いたのと、研究室から近いという理由で、
シエルさんを僕たちが使っている部屋に呼び、料理をふるまう機会があった。
「それじゃ、すぐ作りますから、そこで寛いでいてください」
「ええ、ありがと」
この間、たまたまゴミ捨て場に行った時に拾ったソファを直したものに座ってて貰い、
僕は何時ものように、調理台に使っている壁際の机の前に立った。そう、いつも通り・・・。
「あら?調理器具も何も無いじゃないの」
「ん?ああ、僕はそう言うの要らないんですよ」
「じゃあどうやって料理を作るつもり?」
「簡単です。調理器具が無いなら作ればいいんですから・・」
そう言って僕はいつも通り魔法を発動させる。
普段通りITで調理を開始したのだ。
本日の料理は簡単美味しい、田舎風ミネストローネ。
田舎風って言っても、只単に具材がやや少ないだけの事である。
というかミネストローネ自体が、田舎風スープだもんな。
名前の意味なんて“ごちゃ混ぜ”と言うのだから、
イタリア人のネーミングセンスって言うのは意外とストレートだ。
何せ鍋の中は、色んな野菜と肉少量、そしてホールトマトが混ざり合ってカオス状態である。
実に的を得ているネーミングだと思う。まぁこの世界にイタリア人はいないけどね。
「さてと・・・ブイヨンを出して・・・」
「あら、そのお鍋は・・?」
「ん?コレですか?僕が作ったブイヨンが入ってるんですよ」
この世界には固形ブイヨンやコンソメの素の様な便利商品が無いのである。
ちょうど鳥はあったから、数種類のハーブを加えてその他香味野菜等と一緒に煮込んでみた。
そしたら、ちょうど良い塩梅のコンソメっぽくなったから、大量につくって保存した。
「ちがうわ。鍋の中身の事じゃなくて、その鍋の事よ。なんで鍋から魔力を感じるの?」
「え?だってコレ僕の魔法で出したIT究極お・な・べ☆ですもん」
「・・・・星をつけるのはやめなさい」
いやまぁ、なんて言うかノリで・・・。
「と言うか何?あなたずっとこの鍋を出し続けてるの?」
「だってそうしないと、せっかく作ったブイヨンがもったいないじゃないですか」
シエルさんは、何当たり前のことを聞くんだろう?
幸いITだから、温度の調節は自由自在なんだよね~。
レイラインを繋げておけば、魔力切れで鍋が消えるなんて事も無いし。
「・・・そう、まあいいわ。料理に戻ってもいいわよ」
「?――わかりました」
何故か微妙な表情をしつつも、テーブルに戻るシエルさん。
はて、どうかしたのだろうか?
「ま、いっか」
とりあえずチャッチャと作らないと、ウチの欠食児童が唸りを上げてしまう。
まぁ後は刻んだ野菜を鍋に放り込むだけだから、時間掛かっても20分くらいだ。
間の工程はちょっと省くけど、それでも食べられるモノという事にかわりは無い。
疲れてると良くやる手抜きカレーを作るみたいなものである。
最悪具材を鍋に放り込むだけで完成するというあの手軽さだ。
ああ、そう言えばカレーとか食べたいなぁ。カレールゥがこっちには無いし・・・。
贅沢言わんから、この際インドカレーでも構わないや。
案外どこかにあるかもしれない。この世界あっちと似てるとこあるしね。
「おっと、沸騰してきたから温度ゆるめてっと・・・」
しかし良いよねぇ、圧力鍋ってさ?時間短縮がすぐにできる。
おまけに僕には、水に関してはプロフェッショナルであるウィンディが居る。
彼女との契約により、僕は以前よりも水系統に関する操作能力が上がっているのだ。
具材の中の水分を操作して、出汁を具材に滲みこませるなんて芸当も今じゃ出来る。
感覚的に水分子自体を操作して、鍋全体に熱がいきわたるようにするのも朝飯前である。
細かいところはウィンディより下位の精霊さんから手伝って貰えばいいから楽なのだ。
一応人工とはいえウィンディは自我持ちの高位精霊さんである。
分類的には自然界における中位の精霊とおんなじ位の力量だ。
なので、自分よか下の位の精霊さんを従わせる事も理論上可能なのだ。
もっとも平和主義者の彼女は、同族を無理やり従わせるのはなんとなく嫌らしい。
なので大抵は、まずはお話をしてから手伝いをお願いするんだそうな。
コレの陰で、消費するMPコストの削減に一役買っていたりする。
・・・・段々、精霊術師にもなれそうな気がしてくるのは気のせいだろうか?
ちなみに、やろうと思えば水分子達を振動させ、電子レンジの如く温めるのも可能である。
・・・・と言うか一気にお湯にしたい時は、大抵そうやって沸かしている。
本気でやれば、たったの1秒で大きめのお風呂一杯分のお湯が瞬時に沸かせるのだ。
最も、ものすごく疲れるから、普段は火属性を付与した魔法で沸かしているんだけどね!
そんな訳で、僕は微妙に魔法でチョコチョコ操作しつつ、ミネストローネを作っていった。
――――――そして、しばらくして、周りに良い匂いが漂い始めたのであった。
………………
……………………
「あ、紅!お皿出しといて!」
「りょう~かい~」
……………………
………………
「―――ふぅ、おいしかったわ」
「お粗末さまでした」
全員が食べ終わったので、鍋に残ったミネストローネを木の器に入れる。
「アイシクルブラスト」
そして威力を落し物質的な干渉を起さないよう調整したアイシクルブラストで一気に凍らせた。
こうする事で、作った料理のおいしさを落さず、次の日も美味しく食べられるのである。
コレはいわば、生活の中で身に付けた知恵ってヤツなのだ。
後はこれに氷の刻印を刻めば、明日の夕がたまで普通に待つ。
魔法ってやっぱり凄いなぁ。冷蔵庫要らずって所がありがたいよホント。
「・・・・」
そんな僕を見つめる視線を感じる。
視線の出所はシエルさんだ。
「それにしても、良くそこまで出来るわね?」
「まぁ、生きてくのに必要でしたから」
僕はちょっと苦笑しながらもそう答えた。
人の居ない森に住むとなったのはまだいいけど、人間らしい食事が出来なかったしね。
やっぱ衣食住は人間を構成する重要なファクターだよ。うん。
「複数制御だけじゃなくて、長期間の術式維持まで出来るなんて結構凄いわよ?」
「え?そうなんですか?」
「そりゃね。私ならともかく、普通ココまで細かい魔法を扱える人間ってすくないんじゃない?」
そんなものかしらねぇ?普通に使っちゃってるモンだからそういった実感わかないんだよね。
だってもはや生活基盤の一部だし・・・魔法は。
「普段からどんな魔法鍛錬してるの?」
「ええっと、基本は偶に瞑想する程度ですね」
「・・・・それだけ?命を削るかのような修業をした訳でも無いの?」
う~ん、ぶっちゃけやったのは最初のサバイバル程度だしなぁ。
それ程凄い訓練とかはしてないし、精々魔力の流れを感知出来る様にした程度だし。
あとは・・・・。
「――――あとは今さっきやってた事も、鍛錬と言ったら鍛錬でしょうね」
「今さっきって・・・あの調理してるのが!?」
僕の答えに驚愕の視線を向けるシエルさん。
いや、だってああいった料理に魔法使うのは、かなりの鍛錬になるんですよ?
温度調節の為に常に簡易サーチみたいに魔力を流して微妙な温度変化を考え。
鍋を魔力で形成しつつ、それを一定の温度に保ち続け。
調理の時間短縮の為に、複数の調理器具を同時使用&並列術式制御して。
尚且つ流れる様にスピーディに、それでいて正確に鍋の中の対流も考えて。
料理が残ったら、保存の為に連続レイライン確保をしつつ料理を凍らせて。
――――数え上げたらキリが無い位、色々やっています。ハイ。
普通ココまでやらないけど、美味しい料理を作る為なら妥協はあんまししません。
・・・・偶に手は抜くけど。
「―――まぁそんな感じです」
「成程ねぇ。“料理は魔法”ってワケ?」
「上手いですね。僕なら“魔法は台所で作られる”とか考えてました」
「言い得て妙ね」
魔女とかだったら、イメージ的に大鍋の前でイィ~ヒッヒとかやってる絵が思いつくんだ。
まぁ、そんな事する人がいたら、とりあえず頭の病院逝きだけどね。
「でも・・これは確かに良い訓練になるわ」
「でしょう?結構コレでやると覚えるの速いんですよ。食事は毎日食べなくちゃいけないから習慣になるし」
「そうね、凄いと思うわ・・・・ねぇかなめくん」
「ハイ、なんですか?」
この時、ついつい自分の得意分野を褒めてもらえて内心喜んでいた僕。
なので――――
「今度、この調理魔法にについて授業をしてくれないかしら?」
「ハイ、いいで・・・はい?」
「言質はとったわ。それじゃ、かなめくん。ごちそうさま」
「え・・・あ、ちょシエルさん!?」
こうして、気が付けば授業を行うという事にされてしまっていた。
そう言う訳で、雇い主であるシエルさんの“お願い”を断る訳にもいかず。
(謎の薬片手に持って、ニッコリと邪気のない笑みで言われたら・・・・)
正直、この時返事さえしなかったらと何度か思ったけど後の祭り。
特別授業って事で、一回だけの特別授業をさせられる羽目になってしまった。
僕は人にモノを教えるなんて事した事が無いんだけどなぁ。
どちらにしろ、こういった事には色々と時間が掛かるだろうと、この時は高を括っていた。
しかし、シエルさんは・・・考えて見ればものすごく優秀な人でした。
ギルド所属の僕を、実戦を知る魔法使いの講師って事で書類を作成してくれたのです。
お陰で想定外のボーナス付いたけど、何だかなぁ。
―――――そして場面は最初に戻るのである。
***
とりあえず教壇に立った僕は事前に用意しておいたカンぺ通りに講義をする事にする。
教えるのは、このクラスは十年生まであるガラクトマン魔法学校の5年生達である。
人数はざっと見ておよそ20名くらいだから1クラス分ってとこかな?
所謂、ようやく魔法使いとしての第一歩を踏み出した子供たちで、
魔力の出し方が理解できる程度の力しか今はもっていない。
しかし、ココから鍛え続けることにより、挫折しなければ高みを目指す事も可能な子達である。
年齢的には13~15ってところかな?飛び級制度もあるからどうだかわかんないけど・・・。
一応一度っきりとはいえ、未来を背負う子供たちの授業を任される訳で・・・。
正直、かなり緊張しておりますですハイ。口調も丁寧になるわさ。
「さて、僕は一応魔法使いではありますが、その実こういった魔法学校には通った事が無い、所謂我流の魔法使いというヤツです。高度な魔法理論を習った訳でも、高次元で高尚な考えをもつ様な人間ではありません」
とりあえず、己の事を軽く紹介する。
ちなみに上のは事実ではあるが、自称神からのボーナスにより感覚的に大抵解るので問題無し。
今のところクラスの子達は大人しく聞いてくれているようだ。
「で、皆さんとあまり年が離れていない私が招かれたのは、皆さんが魔法使いとして社会に出る際に、これをしておくと役に立つかもと、シエル女史に目をつけられ・・・もとい、先に社会に出ている魔法使いの先輩として、教えて欲しいとの要望があったからです」
若干本音がポロリと出てしまいそうになった。
あぶないあぶない。
「まぁこうしてダラダラ喋って授業を進めるのもいいのですが、ソレだと皆さんの貴重な時間を無駄にしてしまいそうです。なので、今回は普段シエル女史がどういった授業を展開しているのかは知りませんが、せっかくの特別授業なので今日は楽しんでいこうと思っています。ココまでで何か質問はありますか?」
ココまで一気に喋ったので、クラスの子達の表情が見れなかった。なので今見て見た。
教壇から見ているので。生徒たちのする色んな表情がココから見える。
戸惑う顔、驚く顔、めんどくさいと考えている顔、純粋に楽しみにしている顔など様々だ。
「質問が無いみたいなので「ハイ!」・・・ええっと何か?」
質問が無いかと思ったら、律儀に一人だけ手を上げてくれた子がいた。
手を挙げている以上、無視する訳にもいかないので、続きを促す。
「カナメ先生は、ギルドに所属している現役魔法使いですよね?」
「うん、そうだけど?」
「カナメ先生はどんな魔法が使えるんですか!?」
うわっ、超純粋な目でコッチ見てる。
あ~う~、何だか心の奥を見透かされてるみたいで落ちつかないよぉ。
「先生?」
「ん?ああ、ごめん。少し考え事をしてました・・・・そうですね。攻撃と回復が少々ってところでしょうか。後はオリジナルが少々」
実は攻撃魔法はまだ初歩くらいなんだよねぇ。
ブラストは本来初心者位が使う魔法だからさ?
馬鹿みたいにドデカイ魔力があるおかげで、ちょっとした戦略兵器並みに出来るけど・・・。
「オリジナルってどんな魔法ですか?」
「う~ん、いま見せて上げても良いんだけど、ソレは授業の中でと言う事で」
「わかりました!」
うん、元気よく返事してくれた。
子供は元気が一番だよね!
「他に質問は・・・ないみたいなので、これから授業を開始します。まずは皆さんの座っている机の真ん中に、布が掛かっているモノがありますね?その布を外してください」
おいてあるのは、今回の為にシエルさんが学校の魔法道具鍛冶師に特別に作らせた代物である。
イヤね、まさかこんなに早く作るとは思わなかったさ。
まぁもう解っているとは思うが、置いてあったのは所謂調理器具達。
フライパンとボウルとマナ板とナイフ、包丁の調理基本セットである。
料理は余程こったモノでなければ、これだけの調理器具で作る事が出来るのである。
「さて、そこにある調理器具達は、シエル女史に頼み“特別”に作って貰った調理器具達です。使い方は今から説明します。カマドを使わない調理法を皆さんにはして貰いますのでそのつもりで」
ざわっと動揺が広がる。この世界では一部の魔法関連の施設を除き、今だカマドを使っている。
その為、火も使わずに調理は出来ないと普通は考える事だろう。
最も、僕の場合はこのフライパンすら使わなくても、調理できるんだけど・・・。
「さて、釜戸も無しにどうやって調理をするかなのですが・・・」
僕は手もとのフライパンを手に持つ。フライパンの形は僕の居た世界とおんなじだ。
そのフライパンの底には薄いながらも小さな溝が掘りこんである。
この溝が、今回重要な役目を果たしているのである。
「今回は皆さんはまだ魔力制御が不安定という事で、その制御を兼ねてこのフライパンを使います」
僕はそう言って、フライパンに少量の油をひき、魔力をフライパンに流し込む。
魔力はフライパンの底に掘られた溝にそって進み、一つの術式を構成した。
途端、フライパンは熱されて、陽炎が立ち上る程になっていた。
「っと、やり過ぎた。まぁこのように今回使われる調理器具には、このように簡単な魔法術式が掘られており、魔力を流し込むことで反応します」
僕は用意された食材から卵を取り出して、最近覚えたので片手で卵を割ってフライパンに乗せた。
熱されたフライパンの上のった卵は見る間に白くなり、目玉焼きに変っていく。
「一見簡単そうですが、今僕は一定量の魔力放出、放出維持、放出魔力量の調節の三つを同時に行っています。今言ったどれかが一つでも崩れると・・・・」
僕は半ばワザと込める魔力量をあげる。すると―――
≪ボフン!≫
途端目玉焼きから黒煙が上がり、フライパンの中身はダークマターへと変化してしまった。
ちょっともったいないけど、実演は大事なのである。
「・・・・ケホッ。まぁこのように、なっちゃいます」
そして、予想外の煙がもくもくと出た上、至近距離にいた僕は思いっきりかぶった。
若干部屋が煙い。とりあえず窓を全開にして風属性の魔法で換気を行った。
実践するのは良いけど、ちゃんと考えないとダメだ。失敗失敗。
「それじゃあ練習も兼ねて、簡単な卵焼きからやってみましょう。順番を決めてフライパンを持ってください」
「「「「「「はーい!」」」」」」
この授業、簡単に言えば調理実習見たいな感じなので、シエルさんが気を利かせて、
通常一時限辺り1時間半程度なのだが、2連続きに繋げて3時間取ってくれている。
こういった料理を教えるって言うのは、調理の合間に説明入れたりして時間を食うから、
これ位がちょうどいいんだよね。
各々全員がフライパンを手に取ったのを確認し、まずは魔力を込めるという事をして貰う。
もちろんフライパンが熱くなるので、魔力を込めたら不用意に触らない様に注意しておく。
「あ、言い忘れてましたが、ココで作った料理は皆さんのお昼になるので、なるべく失敗しない様にね」
こう声を掛けたら、俄然やる気が向上したグループがあった。
やはり食にかける情熱は人間どこでも変わらん人がいるのだろう。
そんな事考えつつも、次に作る料理を準備する僕であった。
はて?魔法訓練の話の筈が、何故か料理に・・・。
まぁいいか。




