第29章
~出歩いて…落っこちて・第29章~
「指名…ですか?」
「ええ~そうなの~」
その日、一人でギルドに訪れていた僕は、受付のお姉さんに呼ばれた。
何でも、僕個人に対して依頼が入っているらしい。
「でも、そう言ったのって、もっと有名にならないと普通は来ないんじゃ?」
「あら~そうでもないわ~。定期的に来る依頼とかで、依頼主に気に居られたりしたら~、こんな風に指名を受けるとかってザラなのよ~。例えギルドランクが低くても~、依頼主にとっては威張りくさった高ランク保持者よりも~、低ランクでも丁寧な人の方が好み~って人もいるしね~」
「へぇ、そうなんだぁ」
まぁ確かに、納得かな?
「あと~一応指名って形だから~、ギルドとしては信用を落とさない為に~今回の依頼、拒否権はないわ~。ギルドの一員と言う事を考えて行動してね~?」
「うわ、それは大変そうだ。ところで僕個人の依頼らしいですけど、紅達は連れて行っても良いんですか?」
「う~ん、依頼書には一人で来いとは書いて無いから~、そこら辺の判断は任せるわ~。
でも~もしも依頼人がイガラシ君一人って言った場合は~、残念だけど…。」
「解りました」
僕はいつも通り、依頼書や依頼先の書かれた地図を受け取ると、ギルドを後にする。
つい何時もの感覚で、依頼を受けた僕だったが、この時何で自分に指名が来ているのかと言う疑問を、すっぱりと忘れていた。
そして、とりあえずココに居ない紅達と合流する為に、道を歩いて行った。
***
クノルの町を囲う城壁にある、大きな門をくぐり抜け外に出る。
この門は普段開けっぱなしだから、実質出入自由なんだよね。
そんで、僕はそのまま壁沿いに歩き、少し開けている所に来た。
何でココに来たか?それはね―――――――
「お~い、紅ー?ウィンディ?いる~?」
「お!かなめ仕事か?≪ビュンッ!≫うわっ!あぶねぇって!」
僕に気が付いて、駆け寄ろうとした紅のすぐ目の前を、何かが通過した。
それは、紅のすぐ足もとを抉りとり、そのまま空中を飛んで、ウィンディのところに戻って行った。
『ほらほら、よそ見はダメですよ?行きなさい私の水達…』
「おいッ!ちょっと待てって!」
『実戦で待ったなんて無いんです!』
そう言うと、彼女が普段背中に浮かべている水のリングが、形を変えてムチの様になる。
彼女はそれに触れることなく、自在に操っているみたいだ。
えーと、と言うか…いまやっているのは、実戦じゃなくて訓練の筈なのでは?
「とりあえず、お仕事の話があるから、早めに切り上げて欲しいんだけど?」
『では後一戦だけお待ちいただけますか?』
「お、おいッ!」
「良いよ、仕事は実質明日からだし」
「かなめ~」
一応訓練の途中ッポイしね。
キリの良いところまでやった方が良いでしょ。
『それじゃあ、遠慮なく…』
「だー!解ったからいきなり始めようとすんじゃねぇッ!!」
二人は距離を取った。僕はこの二人の模擬戦に巻き込まれない様に、彼女たちからかなり離れる。
そして用心の為に、IT大盾を展開して、もしもに備える。
さてさて、二人の闘いを、フードに隠れているチビと一緒に見る事にしますかね。
『行きますよ?ウォーターアロー!!』
ウィンディがそう言うと、彼女の周りに浮かぶ水のリングから、棒状の水が射出される。
込められた魔力量から察するに、かなり手加減を加えてあるらしい。
確か、かなり魔力を減らすことで、殺傷力を抑えられるんだよね。
「ハァッ!」
紅も只見ているだけでは無く、飛来してきた水の矢を、剣で叩き落す。
良く漫画とかでこういった描写を見るけど、実際叩き落すにはかなりの動体視力が必要なのだ。
しかも、さっきの矢は水で出来ている為、本物の矢よりも落すのが難しい。
『流石にこの程度では、やられませんよね?』
「たりめぇだ。何回コレを喰らって、水浸しになった事か…」
『クス、そうですね。では、コレはどうですか?』
「やらせねぇよッ!」
ドンという音が聞こえそうなくらいの速さで、ウィンディに突っ込む紅。
対してウィンディはその場から動かずに、紅に向けて手をかざした。
『避けられるかしら?アクア・ストリングス!』
彼女の指先から、細い糸のような水が、紅に向けて放たれる。
紅はぎょっとした顔をすると、サイドステップを踏んで水を避けた。
糸のような水は、そのまま近くの岩に当たり、見事に貫通。
しかもウィンディが腕を振るった途端、まるで豆腐の如く岩が切れてしまった。
「おいッ!今のは当ったら死ぬだろうがッ!!」
『だって避けられるでしょう?少しくらい危険が無いと訓練の意味が…』
いやいやいや、やり過ぎるのはまずいと僕は思いますよ?ウィンディ。
だけど、水で出来た鋼糸か…コレ本当に紅に不利だね。
紅は接近戦型だから、相手に近づかないと、その力を発揮しづらい。
だけどウィンディは、中~遠距離が得意そうだから、そうそう接近は許さないだろう。
さて、紅はどうするんだろうか?
『それと、いい加減アレ、使ったらどうですか?』
「……いや、まだ安定しねぇ、あと疲れるし」
『別に使わないのは勝手ですけど、下手したら死にますよ?』
「ゲッ?!」
『アクア・ストリングス!連射!!』
ウィンディは、どうやら紅が言った今の台詞に、少しばかり怒りを覚えたらしい。
連射される水の糸、しかもウォーターアローも混じって、隙間の無い弾の壁を形成していた。
「うわっ!よッ!ホッ!」
『ほらほら、疲れるなんていい加減なこと言わないで使いましょう?』
「ええい!こなクソォォォッ!!」
対する紅は、身体能力をフルに使って、紙一重で避けているけど…。
掠り始めているから、命中するのも時間の問題かな?
「掠った!掠ったぞオイッ!!」
『魔力量増やしましたから、辺りどこ悪いと怪我じゃ済まないですよぉ?』
ああ、ウィンディ…ものすごく楽しそう…。
やっぱりS何だろうか?彼女……。
『逃げるだけじゃ倒せませんよ?』
「うっせい!それどころじゃねぇっての!!」
確かに、それどころじゃ無さそうだよねぇ。
常人じゃ絶対避けられないのを避けてるんだもの。
僕だったら魔法を使わないと、絶対ぼこぼこにされてるね。
『はぁ…コレも結構疲れるんですけど…』
「……チッ、だったら使ってやるぜ!」
紅はウィンディが溜息をついたのを見て、少しばかり青筋を額に浮かべている。
彼女、負けず嫌いだモンなぁ…その紅を上手い事乗せるウィンディも、凄いと思うけど。
「……セイッ!」
『やっと使いましたか』
紅が全身に気合を入れた途端、彼女の身体が一瞬発光し、すぐに元に戻る。
見た目はあまり変わっていない様に見えるけど、先ほどと違い彼女は水を避け無くなった。
と言っても諦めたわけでは無く、只単に避ける必要がなくなっただけである。
彼女が気合を込めた途端、彼女は水鋼糸にあたっても全くの無傷で居られるのが、その証拠だ。
「コレで、水の糸は怖くねぇゼ!」
『でもまだ4分しか持たないんじゃありませんでしたっけ?その気功術の初歩』
「……たりめぇだ。そんなすぐ使えたら苦労しねぇよ」
そう、彼女が行ったのは、気を発現させ身体能力及び、その防御力を一気に上昇させる技である。
もっとも、技と言うよりかは、気を身体に纏った際の副次的効果なので、厳密には技じゃ無いけど。
「今度はこっちから逝くッ!」
『字が違うような?』
「問答無用ぉぉ!!」
『使いどころが違いますよ?!ソレ!?』
先ほどよりも、もっと早いスピードで、一気にウィンディの至近距離に詰め寄った紅。
練習用の木剣でウィンディに斬りかかろうとしたが、ウィンディが空に浮かんで後退した為、カラ振りで終わってしまった。
しかし、彼女は諦めずに、そのまま大地を踏みしめ思いっきり飛びあがった。
気を使う事にはまだ慣れていない彼女は、短期決戦で決めようと考えたらしい。
「はぁぁぁッ!」
『くッ!これくらいでッ!』
だが、ウィンディは魔力を込めた水のリングを自分の周りで回転させる。
それリングは、紅が放った斬撃を受けとめ、さらに受けとめた所以外の水が触手のように伸びる。
ソレらは紅に向かって、まるで……あー誘導ミサイルの様に逃げる彼女を追いかけた。
「うわっと、毎度、気色悪い動きだなソレ!うひゃっ!」
『そうですか?光を反射して綺麗だと思いますけど…』
一応自身の身体の一部であるので、そう言われるとあんまし良い気分ではない様だ。
紅は一度地面に降り立ち、再度木剣を構える。
というか、ウィンディは物凄い殺傷能力高い技使ってるんだけど…。
なんで紅は律儀に木剣で、模擬戦をしてるんだろうか?
これくらい危険だったら、真剣で模擬戦しても問題無いような気がするんだけど…。
「落ちろぉッ!」
『調子に乗らないでッ!』
紅は思いっきり力を込めて、木剣を振るう。
どうやら無意識らしいが、気功術により強化が行われているらしい。
『私の水糸がッ?!』
「へっ!まだまだぁぁ!!」
だって、岩を切り取るくらいの水糸が、木で出来ている筈の剣で壊せるわけがない。
恐らく紅自身も気がついてはいないだろうけど、傍から見れば一目瞭然だ。
「でやぁぁぁぁぁッ!!!!」
『くっ、ならこの攻撃なら!!』
ウィンディはさらに魔力を高め、周辺の水気を集め始めた。
紅の攻撃を水のリングで逸らしながらも、強大な水滴が空中に現れる。
『潰されなさい!アクエリアス・ハンマー!!』
「なぁぁ!!ゴボボ…」
うわぁ…凄いって言うかなんて言うか…。
紅の居た辺りが水没してる。というか、コレは本当に模擬戦か?
『はぁ…はぁ…これなら』
紅は水滴にのみ込まれて、浮かんでこない。
ま、まさか溺れた?!――――と僕が思った瞬間!
≪ザッパァァァッ!!!≫
「油断大敵ぃぃぃッ!!!」
『え?きゃぁぁぁ!!』
水の中から紅が飛び出し、ウィンディに掴みかかる。
飛んだ勢いで、そのまま放物線を描き、地面へと着地…というか墜落した二人。
そのままゴロゴロ転がり、紅は木剣を、ウィンディは魔力を込めた手を相手の首にかざした。
「………コレは、引き分けか?」
『………みたいですね』
二人はそう言い、お互いに手を下した。
と言うか……。
「明らかにやり過ぎじゃ無い?」
「くぅー…」
少し離れたところで、僕とチビは先ほどの闘いを見て冷や汗を流していた。
IT大盾をドーム状に展開してたから水没しなかったけど、流石に心臓に悪い。
止めれば良かったって?…アノ二人の間に入る勇気なんて持って無いよ僕は…。
情けない言うなよ?こっちだって、まさかココまでスゴイ事になるなんて予想できなかったんだ。
ソレはさて置き――――――
「ねぇー、おわったー?」
「ああ、終わった…ぜ…」
『べ、紅さん?!……って寝てますね』
突然、グラッと重心を崩した紅を慌てて支えたウィンディはそう呟いた。
まぁまだ慣れていない気功術を使って、ココまで動き回ったんだし?
幾ら改造済みの僕たちでも辛いものがあるだろうさ。
「これじゃ話は出来そうもないね?取りあえず宿に戻ろうか?」
『すみませんかなめ様…あ、紅さんは私が』
「ううん、僕が運ぶよ。君も疲れたでしょ?」
『ああと…その、それじゃあお願いします』
「はいはい」
僕は紅を背中に担ぐと、そのまま町に向けて歩きだす。
ウィンディは僕の横に並んで一緒に着いて来た。
しっかしまぁ眠ってしまうほど、動き回るなんて、紅は凄いなぁ。
それにさっきの水の中からの強襲は見事だった。
でも彼女は確かドワーフの身体とおんなじだった筈だ。
ドワーフと言う種族は、確かカナヅチである事が多い。
丈夫に出来ている分、見た目よりも身体の比重が重いから、水に沈みやすいんだ。
まぁ、担いでいる僕からすれば全然軽いから、ソレは無いみたいだけどね。
「くかぁ~すぴ~」
「ふふ、いい気なもんだなぁ」
『ああ、紅さんは寝顔も可愛いんですねぇ~ハフゥ』
……ちょっとお隣が紅の寝顔にときめいていたけど、無視して門の中に入って行った。
***
「ん~……はふ?」
「あ、紅起きた?」
僕がチビを愛でていると紅が目を覚ました。
まだ眠たいらしく、目をコシコシと擦っている。
ああ、なんか和むわぁ…。
「……ココは?」
「いつもの宿だよ。アノ後紅眠っちゃったからココまで連れて来たんだ」
「そーなのか?」
「そ、だから顔洗って来た方が良いよ?」
「…ん、わかった」
とてとてと、洗面器を持って井戸に向かう紅。
寝ぼけている所為か、千鳥足状態だ。
『あ~、可愛いらしいですねぇ♪』
「ウィンディ…」
『いやだって戦っている時はアレだけ闘志むき出しなのに、今は全くの無防備なんですよ?』
「だからどったの?」
『なんか、こうクルものがありませんか?』
「いや、全然。いつも見てるし」
『そうなんですか?あんなに可愛いのに…』
「……………(彼女ってこんな性格だったっけ?)」
『うふふ、今度訓練で勝ったら、ペナルティって事で着せ替えでもしちゃおうかしら…』
だめだコイツ、早く何とかしないと…。
しばらくして、顔を洗いすっきりした紅が戻って来たので、今回の仕事について説明する事にした。
「ふ~ん、ご指名ねぇ?」
「別に断る理由も無いし…というか雰囲気的に断れないらしいから受けようと思うんだ」
「いいんじゃねぇか?なぁ?」
『ええ、かなめ様が決めた事なら、私たちは付いて行くだけですし』
「先方が僕だけって言ったら、君たちは留守番だけど?」
ピシっと固まる紅とウィンディ。
「よし、止めようか?かなめよ」
『………私はかなめ様の中に居れば良いか』
「まぁ向う次第だから、今はわかんないんだけどね」
「というか、考えたら俺も犬になっていれば良いのか…」
『相手が動物にアレルギー持っていたらダメですけどね~♪』
まぁとりあえず、どうなるかは依頼主に合えば解るって事で良いんじゃないかな?
さてと、とりあえずどこに行けばいいのかな?…………マジ?
「かなめ、どうした?」
『かなめ様?』
「依頼主と会うところが……ガラクトマン魔法学校って書いてある」
どうしよう?嫌な予感しかしない。
というか依頼人は誰なんだ?
「依頼人は………シエルさんだ」
「…………逃げた方が良く無いか?」
『ダメですよ。一応コレ正規のお仕事なんですから。
下手に断ると噂が広まって、この手の業界じゃお仕事出来なくなりますよ?』
「あうぅ…ちゃんと書類貰う前に、目を通しておけば良かった」
うう、時折僕ってこういうポカしちゃうんだ…。
シエルさんかぁ…悪い人じゃないのは解ってるんだけど…。
「正直苦手なんだけどなぁ…アノ人」
『後悔先に立たずですね』
「てかさ?何でシエルがかなめを指名してるんだよ?」
「う~ん、ソレも僕にはちょっとわかんない」
僕なんか彼女にしたっけ?
「はぁ、どっちにしろ拒否権ないらしいんだよなぁコレ」
『じゃあ、しょうがないですね』
「諦めて行くとするか。な、かなめ?」
「そうだね。それにシエルさんだったら二人を除け者にはしないだろうし…」
『……今回だけは除け者でも良いんですけどね』
「言えてるぜ。嫌な予感がぷんぷんするからな」
いたしかたないさ。覚悟を決めて逝きましょうや?
「とりあえず、今日はもう休もう?どっちにしろ依頼人に会えるのは明日からだしさ?」
「賛成、俺まだ寝たりねぇからちょうどいいや」
『そうですね…私も今日は予想外に消耗してしまいましたから…』
「じゃ、寝るか?」
「『賛成~』」
こうして、今日はもう床に就くことにした。
ガラクトマン魔法学校か…どんなとこなんだろうか?
案外、悪い予感もするけど、それ以上に面白い学校だったりして…。
――――――そんな事を考えつつ、僕の意識は闇に落ちて行った。
***
・ウィンディの技
ウォーターアロー
【自身を構成する水を棒状にして発射するだけの技】
射程 中~遠距離
消費MP(使った分だけ消耗)
必要CP0
アクア・ストリングス
【魔力により圧縮した水をワイヤー並の細さで射出、対象を切ったりできる】
射程 近~中距離
消費MP(使った分だけ消耗)
必要CP0
水環の守り
【普段は背中にあるリングを周辺に浮かべ防御する。敵の攻撃を受けると自動で発動】
射程 近距離
消費MP(使った分だけ消耗)
必要CP0
水環の手
【普段は背中にあるリングを周辺に浮かべ、そこから触手を出し攻撃する】
射程 近~遠距離
消費MP(使った分だけ消耗)
必要CP0
アクエリアス・ハンマー
【空気中の水分を集め、巨大な水の槌を形成する。環境によって威力が変化】
射程 中~遠距離
消費MP(使うとかなり消耗)
必要CP0
※尚、ウィンディの技名は、あくまでかなめ達が名づけたものである。
本来、これらの技を使う事は彼女にとって、呼吸するのと同義なのである。
まぁ本人は結構気に入っているので、技名を叫んだりしているのは御愛嬌。
ちなみにこれらはごく一部で、まだまだ色々と技があったりする。
*新年最初の投稿だぜ!今年もよろしく!!