第28章
~出歩いて…落っこちて・第28章~
さて、ネテの町から戻ってから一週間の時間が流れた。
やることは普段と変わらず、町の雑用やゴブリン&イノシシ退治。
残った時間の大半は、魔法の研究に費やした日々だった。
――――――ところで僕は最近気になる事がある。
ソレは紅の事だ。彼女はクノルに戻ってから、良く一人で外に出る様になった。
彼女は仕事が終わると、ウィンディと一緒に、よく町の外に出ている。
彼女のレベルは、既にこの町の周辺の魔獣の強さを、蚊に刺された程度に感じるほどに強い。
だから、別に外に出ていても心配は無いんだけど、その理由を教えてくれないんだよね。
一緒に着いて行ったウィンディに訪ねても『紅さんとの約束でお教えできないんです』との一点張り。
偶に怪我して返ってくるから、何かしらの戦闘をしていたのは解ってるんだけど…。
理由を教えてもらえない僕としては、気が気じゃ無かったりする。
だってほら、大事な仲間が怪我してるのを見るって言うのは、あんまり良い気分じゃないしね?
でも、僕は彼女たちを信じて待つことにした。
いつか理由を話してくれることを信じて……そしてある日の事。
「なぁ、かなめ」
「ん?なに紅」
いつものように、ギルドで依頼(町の雑用)を受けに行こうとしたら、紅に呼びとめられた。
もしかして話してくれる気にでもなったのかな?
「あのよぅ…ちょっと聞きたいんだが、レンのとこってさ?」
「うん?レンさんの所が?」
「色々と…そのう、本置いてあるよなぁ?」
「そりゃ本屋だからね。一応。」
ラジャニさん…いやラジエルさん…いやレンさんか?もうラジャニで良いや…やっぱりレンさんで。
アソコは何故だかわかんないけど、ジャンルが恐ろしく多岐にわたってる。
魔導書もあるし、料理のレシピ本、建築関係、地図や法律書の様な実用的なモノから、
パズルやゲーム、何故か脳トレみたいな本まで置いてあったりする。
他にも、僕なんかは多分この先あんまり関係が無さそうな本も存在する。
例えば気功術に書かれた本とかなんて、魔法がある僕にはそうそう読む事も無いモノだ。
まぁヒマつぶしに読んだりしたから、それなりに理解してるけどね。
「何か読みたい本でもあるの?」
「いやさ…かなめは魔法が使えるだろう?」
そりゃ魔法使いだしね。自己流だけどさ。
「俺もさ、もうそろそろ殴りかかるだけじゃなくて、何かしら技でも覚えたいな…と」
「あー成程、そういう事…」
「かなめ?そいう事ってどういう事だ?」
「いやさ?最近スリ傷だらけで返ってくるのって…特訓でもしてたんでしょ?」
いい加減自己流じゃ限界だって思ったのかな?
でも、正直君のそのパワーなら、下手なワザとかは要らない気がするなぁ。
「あー、やっぱ解っちまってたか?」
「そりゃね。一応僕は君の相棒を自称したいんでさ?」
頭の後ろを掻いている紅を見ながらそう答える僕。
一応君とはさ?この世界に放り込まれた同士だしねぇ。
仲間意識はちゃーんと持っているんだよ。
「とりあえず、一から話を聞かせてよ」
「…………」
「………まぁ、言いたくないって言うなら良いけどさ」
「いや…話すからちょっと待て、上手い事言葉にできなくてよ」
どうやら話してくれる気になったらしい。
僕は近くにあった椅子を手に取り、彼女が口を開くまで座って待つことにした。
…………
……………
………………
理由は、なんて言うか…やっぱし僕が原因だったと言うべきか。
ポツリポツリと、少しづつ話してくれた内容は、そんな感じだった。
この間、あの『主無き錬金術師の屋敷』の地下に居たキマイラに、僕が殺されかけた時。
毒に倒れて見ている事しか出来なかった自分に歯がゆさを感じたんだって。
あの時は、僕が無事でウィンディも仲間になったりで、色々あって忘れてたんだけど、
こっちに戻ってから、もっと強くなるにはどうすれば良い?と考える様になったらしい。
町での雑用みたいな仕事を終えた後は、僕から離れ一人で鍛錬をしていたんだそうな。
と言っても、彼女は魔獣と戦う以外の鍛錬とかのやり方なんて知らない。
最初は剣の素振りみたいなことをしていたが、何かが違うと感じたらしい。
しかもこの間は、魔獣とかと戦ったりした訳じゃ無かったので、レベルUPも無かった。
コレじゃまずいと感じた彼女は、必死に考えを巡らしたらしい。
そして考えたあげく出たのは、とりあえず知り合いにでも相談しようって事だった。
だから、監督と言うかオブザーバーと言うか、ウィンディに相談したんだそうな。
ああ見えてウィンディは、かなり長い事存在している人工精霊。
だから、何か知っているかもと言う考えに至ったらしい。
そこにたどりついたことは、凄いと思う。
僕には相談なしって言うところが、ちょっと寂しいけど…。
けど問題は、相談された彼女もあまり役には立てなかった事だ。
確かに彼女は作られてから、かなり長い事存在していたらしい。
けどその存在のあり方は、殆ど封印されていた時間の方が長かったのだ。
ウィンディが知っている戦い方は、所謂自分専用の技であり、とても生き物には真似できない。
長く生きている間に、それまでの契約した人には、気まぐれで知識を教えてくれた人もいたらしいけど、それでも紅のように身体を使った戦い方をするタイプについては殆ど知らなかった。
「…で、レンさんに行きついたと?」
「ああ、アソコだったらソレ位あるんじゃないかと思ってさ?」
まぁ確かに。
「でも、何でソレを僕に?そのままレンさんとこ行けば良かったんじゃないの?」
「いやさ、ウィンディに言われたんだ。せめてかなめに一言言ってから行けってさ」
「そうなの?」
「ああ、他にもさ“戦いで失敗したくらいなんですか、その程度で落ち込んで、一人でやろうとするなんて愚かにも程があります。出来ないなら出来ないと考え、出来る人間に助言を請う事は恥ずかしくも何ともないんです”ってな?他にも何か言われたけど、コレが一番覚えてら」
へー流石は長生き、ソレらしい事も言えるんだねぇ。
「他にも“かなめ様に迷惑をかけたくないのは解りますが、心配をかけるのも頂けません”とか…」
「まぁ、僕彼女に君が何してるのか聞いたからね…心配だったんだよ。」
何故か外から帰ってくると、怪我してたからなぁ。
ソレを見ている僕としては心配だった訳で……アレ?
「そう言えば、毎回小さな怪我してたけど、魔獣と戦った訳じゃ無いのに何で怪我してんの?」
「いや、これは…」
『説明しましょう!』
「「わっ!」」
いきなり後ろから声がして、思わずイスから転げ落ちそうになった。
誰だと思って後ろを見ると…
「ちょっとウィンディ!驚かさないでよ!」
『すみません、いい加減見てるのに飽きたので…』
「飽きたって…あ、そうか今日は“中”に居たんだっけ?」
彼女は完全に実体化してるから単独行動もとれるけど、基本僕に括られてる。
だから、休む時は僕の中に入ってるんだってさ。原理は不明だけど。
『さて、何故紅さんが怪我していたかと言いますと。』
「スルーして話進めるのね」
『私と模擬戦をしていたからです』
「はぁ?」
模擬戦って言ったら、疑似的に戦うって事だよね?
??でもウィンディと紅が戦う??
―――師匠ぉぉぉ!!
―――このヴァカ弟子がぁっ!
…………なんか変なビジョンが見えた。
コレじゃ無い…コレじゃ無いって、ウン。
「ウィンディと模擬戦かぁ」
『でもコレは鍛錬にならなかったんですよね』
「え?何で?」
僕がそう聞くと、何故か紅から陰鬱な空気が流れて来た。
見れば、紅の顔が陰になっていて、表情が見えないくらい暗い。
な、なにがあったんだ?
「……アレはねぇよ。中距離からのハメ殺しなんて…俺が手も足も出せないなんて…」
『まぁ、自分の得意な戦闘範囲は各々違いますから、今回は私が良い位置に居たんですよ』
「えーと、その…ご愁傷様?」
とりあえず、これくらいしかかける言葉が見つからないや。
そういえば僕は、彼女が戦うとこ見たことが無いなぁ。
今度ちゃんと見せてもらおう。どれだけ戦えるのか見たいし…まぁ、もっとも?
「はぁ」
『た、溜息を吐くと、幸せが逃げちゃいますよ?』
「そう、なのか?」
アレだけ紅をへこませられるんだから、相当強い事は確かだね。
彼女は怒らせない様にしよう…ウン。
……………
…………
………
「話が脱線したけど、そろそろ元に戻そうか?」
「さんせいだぜ」
『私もです』
若干混乱が発生したが、いい加減話を進めたい。
「とりあえず、紅は新しく技を覚えたいで良いんだよな?」
「ああ、そうだ」
「問題は、レンさんが本を貸してくれるかってとこだなぁ…最悪買うか」
そう言えば、気にいった人にしか売らないって言ってたから、案外趣味なのかもね。
蔵書も以上に多いし、つーか元々研究者だったらしいから、アレくらい当然なのかもね。
「とりあえず、レンさんのところで、探してみようか?」
『それが良いでしょうね』
「そうだな……なぁ、かなめ」
「ん?なに?」
今日の仕事はキャンセルかぁとか思いながら、部屋を出ようとすると、紅に呼びとめられた
「今まで黙ってて…心配かけて…ごめんなさい」
「………その言葉が聞けたから、もう良いよ」
でも、出来れば今度からはちゃんと教えておいてほしいな。
そう言いつつ、今度こそ部屋を後にした。
***
「はぁ?必殺技が欲しいと?」
「いや、必殺技って言うか、所謂技とか奥義が覚えたいらしくて」
「要するに必殺技じゃろうが?」
「あはは…そうですね」
とりあえず、レンさんの本屋に来ている僕達。
気やそれ系統の本があるところは知っているけど、一応店主であるレンさんにお伺いを立てた。
「確かに、ウチの蔵書の中には、気功術の類が書かれた書物は、有るにはあるが…」
「………やっぱり、高いですか?」
手持ちのお金で足りるだろうか?あんまし高いと、今回は見送りに…。
「おや?珍しい。お主本を買うつもりじゃったか」
「流石にそういった類のモノは、立ち読みした位じゃ覚えられませんからね」
というか、立ち読みするの確定してたんかい。
まぁ普段が普段だったから、何とも言えないんだけど…。
「ふ~む、しかし紅嬢がなぁ…気功術は扱いが難しいんじゃが」
「心配しなくても、彼女は僕よりもずっと身体を使う事に関しては上ですよ」
「じゃろうな。お主よか力はあるだろうさ」
はっはっは、僕なんて魔力で身体を強化しても、素面の紅と同等でしか無いんだよね。
……………もっと、魔法覚えようかな。空飛ぶのとか…時間でも止めるだとか。
「ふむ、まぁ良いじゃろう。しばし待て」
そう言うと店の奥に引っ込むレンさん。
すぐに戻って来たこのヒトの手には、一冊の本が握られていた。
「コレが、初級から上級までの気功の扱い方を示した本じゃ。
世界でもココまでまとめられた本は少ないから、かなりのレアものじゃ」
「うわ、本当に高そう…」
「革張りの表紙、金細工…コレ本当に本か?」
『少なくても美術品的な価値もありそうですね』
「じゃから言っておろう?レアものじゃと」
恐らくは何かしらの幻想種の皮を使った表紙に、金の刺繍と細工が施されたその本は、
素人目から見ても、かなり値段が張るモノだと言う事が解る。ていうか…。
「さぁ紅、諦めようか?」
「早ッ!早いよかなめ!せめて値段を聞いてから…」
「ちなみにコイツ一つで家が立つぞ?」
「……うん、諦めようか」
「そんなぁ~うぅ…。」
だ、だってしょうがないじゃん!今の全財産を出しても買えないよソレ!
「うぅ~」
「そ、そんな目で見たってダメだって…」
紅にそう言うと、耳を伏せ、尻尾も力なく垂れてしまった。
しかし、諦めきれないのか、涙を溜めて上目使いでこちらを見ながら、うう~と唸っている。
「うう~」
「だからダメだって…」
「うう~」
「いや…だから。そんな顔しないで、な?」
そう言って、僕は彼女の頭に手を置き、小さな子供をあやすかのように撫でた。
「わう~…」
「………」
撫でてあげると、目を細めて気持ちよさそうな顔になり、尻尾をちぎれんばかりに振る紅。
……………何、この可愛い生き物?
「でもさ、今回は諦めようよ?」
「!うう~!!」
でも、やっぱり諦めきれないご様子。
う~ん、僕としても何時も世話になっている紅に、プレゼントの一つくらい…。
あれ?普段家事とかの世話しているのは、主に僕なんじゃ?
『かなめ様、いい加減諦めたらどうですか?男は甲斐性ですよ?』
「…どうして君がそんな言葉を知っているのか、少しばかり問い詰めたいんだんけど?」
『あら、問い詰めたいだなんて…ふふふ』
「前言撤回、その哂い方はやめてください。マジで」
その美味しく頂きます的な感じに哂わないでくれ…寿命が縮みそうだ。
こうして若干カオスになっている僕らを見て、溜息を吐きつつも、レンさんが口を出してきた。
「いちゃいちゃしとるとこ悪いんじゃが、お主らでも何とかなる方法があるんじゃが?」
「本当ですか?!レンさん!」
「ウソついてどうする。まぁ最も、本屋としてはあんまり推奨できるやり方ではないがのう」
そう言うと、レンさんはカウンターの下から何かを取り出した。
それは――――
「羊皮紙?」
「それと羽根ペン?」
『コレはインクですね?』
「お前たちでも何とかなる方法、それは本じゃ無くて知識のみ手に入れれば良い」
「それは…」
レンさんが言いたい事が解った僕は、良いのかという視線を送る。
一応はこれを商売にしているのに、そんな事を…。
「勿論、一ページ辺り金貨一枚くらいは頂くがな?」
「あはは…やっぱりタダじゃないんですね?」
「当たり前じゃ莫迦者。そんなことしたら本屋の意味が無いじゃろうが!」
そう言ってフンと顔をそむけるレンさん。
でも、コレは確かにありがたいなぁ。
「なぁ、かなめ?」
「ん?なに紅?」
「さっきからそっちだけ納得してるけど、俺にも説明してくれねぇか?」
『私にもお願いします』
あら?紅はともかくウィンディも解らなかったのか?
…………微妙に彼女もどこか抜けてるのね。
「じゃあレンさん、説明をどうぞ」
「な!私が言うのか?……しかたないのぅ。いいか一回しか言わんからちゃんと聞けよ?」
「「……ゴク……」」
「本を買わずにすむ方法はな?」
レンさんはそう言うと、羊皮紙を広げインクに羽根ペンを付ける。
それを紅に手渡すと、ある意味紅には辛いかもしれない言葉を続けた。
「写本を作れば良い」
レンさんの言葉に、紅の尻尾が石のように固まった。
ま、僕も手伝うから、ガンバレ紅!負けるな紅!
すごく大変だろうけど、これくらい頑張ろう?
そしてこの後、紅が再起動を果たした時に、彼女が不満げに唸ったのは言うまでも無い。
*ども、作者のQOLでやんす。
久々に書けたので投稿。次回は、来年かな?
以上作者からでした。