9.追憶
──あれはファランの故郷が抱えたトラブルを解決するため、マレー山の竜を討伐に行った道中、魔法都市バルハントでのこと。
アランは、露店で気になるアクセサリーを見つけた。
なぜか、妙に心惹かれるアクセサリーだった。
手にとって眺めていると、店主に声を掛けられた。
「お、お客さんお目が高いねぇ、それは掘り出し物だよ」
「え、そうなんですか⋯⋯ちなみに、おいくらですか?」
「本当は八百レーンだけど⋯⋯あんたに似合いそうだ、四百に負けとくよ!」
「え、いやあ、ははは」
訓練所通いのために、アランには余分な金はない。
それを言ってしまえば、そもそもアクセサリーなど買えるような身分ではないが⋯⋯。
曖昧に返事をして、戻そうとした時。
「四百だ、数えてくれ」
どこで見ていたのか、突然あらわれたエリウスが代金を払った。
アランは驚き、思わず声を上げた。
「ちょ、エリウスさん、ダメですよ、いくらリーダーだからって、こんな大金をパーティメンバーの資金から勝手に⋯⋯」
「いや、これは俺個人の分配金からだ」
エリウスは包装されたアクセサリーを受け取る。
どうやらこれは、アランにプレゼントしてくれる、ということらしい。
思わぬ流れに慌てて言った。
「え!? ならそれこそもっとダメです、貰えません!」
受け取り拒否の意志を見せるために、拳を固く握る。
するとエリウスは何かを考える様子を見せたのち、しばらくして静かに口を開いた。
「誰がお前にやると言った?」
確かに! と納得してしまった。
ん? じゃあ誰に?
レナ? それとも⋯⋯恋人、とか?
アランが納得と共に拍子抜けして⋯⋯。
「え、あ、そ、そうですよね」
しどろもどろになりながら、言葉を続けていると⋯⋯。
「冗談だ」
エリウスは固辞しようとするこちらの態度を、冗談を利用して剣士らしく油断を誘い、思わず緩めたアランの手に、包装されたアクセサリーをねじ込んできたのだ。
そして、まるで突き返す隙も与えないようにするためかのごとく、言葉で畳みかけてきた。
「アラン、良いところに目をつけたな。それはほんの少しだが、魔法に対する抵抗力を高めるという珍しい品だ。折角だから持っておけ。これを逃せば二度と買えない」
──言い出せなかった。
いや、単にデザインが気に入っただけだったんです、と。
しかし、二度と買えない、そう言い切るほどの品なのか⋯⋯。
これ以上は、せっかくのエリウスの好意に水を差す、そう思って大人しく受け取る事にした。
ただ一言、きちんと言い添える。
「あの、少しずつ返します」
「ああ。訓練がちゃんと終わって、足を引っ張らなくなったら受け取ろう。まあ、さっきのこと程度で油断するなら、まだ当分先だろうがな」
「⋯⋯うっ」
それは、ほとんど受け取らないって意味じゃ⋯⋯。
いや、悪く考えることは無い、今まで以上に訓練を頑張れば良いのだ、そう思い気持ちを伝える。
「⋯⋯大事にします、肌身離さないようにします」
「ああ。是非そうしてくれ」
そしてその後しばらく、エリウスは酒を断ち、食事を減らしていた。
アランに気を使わせないためか「健康のためだ」と言っていたが、さすがに下手すぎる嘘だと思った。
エリウスはいつも不器用で、それ以上に優しかった。
──その品は魔王の強力な魔法を、少しだけ弱めてくれた。
「祭りを見に行こう」
娯楽らしい娯楽に一切興味なさげに振る舞うエリウスが、珍しくそんなことを言い始めた。
「東の街の打ち上げ花火ね! 有名だもんね!」
祭りと聞いて、レナが嬉しそうに声を上げた。
数日後、東の街で花火を見ていると、エリウスが突然変なことを言い始めた。
「⋯⋯しかし、この花火も見飽きたな」
「えっ!? 始まったばかりですよ!?」
そんな事を話していると、花火職人が通りかかった。
「どうですかい! この花火! 綺麗でしょう?」
エリウスがさっきのような事を口走らないように、そう思って、アランは慌てて返事をした。
「はい、すっごく綺麗です! まるで火花が生きてるみたいに動いて⋯⋯凄いです!」
「お、嬉しいこと言ってくれるねぇ。こういっちゃなんだが、花火ってのは打ち上げるまで結果はわからねぇ、だからその瞬間まで不安なんだ。だからこそ、しっかり準備して、火花が計算通りに動いてくれる、その瞬間が職人冥利につきるってもんよ」
「動きを⋯⋯計算、ですか?」
「おうよ、寸分違わず、火花の動きを完璧に計算して、制御してこそ一流よ!」
「動きを、完璧に、計算、制御⋯⋯」
今思えば。
この時の会話での気付きと。
普段から見ていた、エリウスの未来を見通したような、計算しつくされたように戦う姿が、スキルの覚醒を促した一因だったように思う。