8.もう遅い
エリウスは強かった。
普段からもそうだが、特に、その地域で特段凶悪な「主」や「ボス」とされるモンスターとの戦いでその力を発揮した。
何というか⋯⋯動きが「計算されている」という感じだった。
的確に相手の行動を読み、弱点を突き、メンバーへのフォローも難なくこなす。
一度などは、もう少しで倒せそうなモンスターからあえて距離を取り、アランに向かって放たれた相手の岩石による投擲攻撃を、空中で叩き斬るようなこともあった。
まるで、相手がそうするのを知っているかのようだった。
エリウスの、その背中に憧れた。
「まるで、何度も戦ってるみたいですね!」
そんな賞賛を贈ると、彼は
「まあ、たまたま前に、似たようなのを見たことがある。あんなのは所詮初見殺し、大したことじゃない」
と、さも当然のように言っていた。
自分も、彼のように計算ずくで動けたら⋯⋯。
訓練中も、彼の動きを思い浮かべながら、その背中を追った。
パーティを追放されてしばらくして、スキルが覚醒した。
「数字の支配者」。
それはアランに大きな変化をもたらした。
戦闘において、どう体を動かせばいいのか。
それ以前の訓練において、どのようにするのが効率的なのか。
睡眠時間、摂取すべき食事の量。
すべてが「数値」として細かくはじき出される。
自分が日に日に強くなっていくのがわかる。
追っていた背中が、みるみる近づいてくる!
そしてそれゆえ、孤独になった。
ある日、臨時に結成された王国軍騎士からなるパーティに参加した時、それに気が付いた。
誰も自分に付いてこれない。
それに⋯⋯。
その当時戦った、魔王軍の幹部。
強くなったとはいえ、まだ発展途上のアランは苦戦した。
そして、確信した。
この戦いに巻き込まれたら、自分以外は誰も生き残れない。
だから、一人で戦うしかない。
そんな中、古巣である「竜牙の噛み合わせ」から復帰の打診を受けた。
噂は聞いていた。
アランを追放したことにより、エリウスたちは苦境に立たされている、と。
戻りたかった。
そして何より、誰にも見向きもされず、何者でもなかった自分を受け入れてくれ、今に至るきっかけを作ってくれた、エリウス。
彼に感じている返しきれないほどの恩。
それを、少しでも返したかった。
でも。
自分が戻れば、エリウスは共に戦ってくれるだろう。
一緒に戦いたい、こんなに強くなったんだ、その姿を見せたい。
その気持ちはある、だが、自分が戻れば──彼はきっと、魔王軍との戦いで死んでしまう。
エリウスの顔を見れば、見てしまえば、里心が生じてしまう、だから面会は強く断った。
そして断腸の思いで、相手に未練を残さないようにと、人伝に「今更もう遅い」と冷たく返事をした。
一人で戦う、そう改めて決意した。
少なくとも⋯⋯魔王討伐を果たす、その時までは。
魔王討伐を果たしたなら。
その時は。
戻る、また戻ってみせる、あの場所に⋯⋯。
魔王討伐、それはアランにとって、パーティ復帰と同義になった。
そう思えば、一人でも頑張れた。
この寂しさは、きっと、今だけだ。
アランは魔王討伐を果たし、国へと戻ってきた。
まずは、満身創痍の体を癒やすために入院。
大事なことだが、それすらもどかしい。
あまりにしつこく
「退院は何時ですか!?」
と聞いてしまい、医者を怒らせた。
その後、国から伝えられた感謝と祝福の言葉、名誉、報奨金。
どれも心惹かれなかった。
はやく、エリウスに会いたい。
そしてパーティに戻っていいか、と聞きたい。
それこそ「今更もう遅い」なんて言われたりして⋯⋯などと、無事退院してすぐ、期待と不安を胸に、エリウスを探していると⋯⋯。
「エリウス? ああ、奴なら死んだぜ。なんだっけ、元パーティメンバーの女に殺されてよ。なんか最後は酷く腐敗してたらしいぜ、まあ肥溜めに落ちて死んだらしいから当然か」
「え⋯⋯」
思わぬ事実に、アランが絶句していると、男は更に言葉を続けた。
「いやー、しかし明暗くっきりとはこの事だな、かたや救国の英雄、かたや肥溜めの主ってか、あんたも見返すような言葉を掛けられなくて残念⋯⋯」
「黙れ」
「え? 何言ってんだ、アイツあんたを追放したんだろ? あんな奴の事どう言おうが⋯⋯」
「黙れって言ってるんだ!」
「ひっ!」
思わず殴りそうになりながら、理性を総動員して止める。
だが、思わず発した殺気のせいか、男はへたり込むように座り込んだ。
踵を返しながら⋯⋯次々と後悔の念が押し寄せる。
あの時。
復帰を打診された時。
もし、戻っていたら?
愚にもつかない思いが、振り払っては浮かんでくる。
冒険中にモンスターに襲われたとき、エリウスは、
「大丈夫か?」
そう声を掛けてくれ、足手まといの自分を何度も助けてくれた。
あの時戻っていれば。
仮に、エリウスが戦いについて来れなかったとしても、自分が守れば良かったのでは?
そうすれば少なくとも、あの男に聞いたような悲惨な死を迎える事はなかったのでは?
でも、誰かを護りながら、あの魔王を倒せたか?
いや、そんな事は不可能だ。
しかし、だったらもっと強くなってれば。
魔王に挑むにしても、もう少し準備し、少なくともエリウスを護りながらでも戦えるだけの力を手にしていたら?
ぐるぐると、思考がループする。
何を今更考えても──もう遅いのに。
気が付けば、宿に戻っていた。
そして、
「ぁぁぁ⋯⋯」
自然と声が漏れた。
そして、その声は次第に大きくなり⋯⋯。
「ああああああああっ! ああああああっ!」
アランはその日、夜明けまで慟哭の声を止めることができなかった。
そして夜が明けても、ぐるぐると回る思考は止められなかった。
その思考のループの合間で、国に言われた行事をこなした。
忙しくすればその間、ほんの刹那の時間は、少しだけ忘れることができた。
そんな中、亡きエリウスから手紙が届いた。
エリウスはそんな人じゃない、そう思いながらも、もしかしたら追い詰められたせいで、自分への恨み事を綴ったのかも知れない。
もし、自分を責めるような言葉がそこにあったら、きっと、もう、立ち直れない。
そう思うと、怖くて手紙を開けられなかった。
秘書のミリアムに背中を押される形で、手紙を読むことになった。
アラン自身、いつまでも今のままではいられない。
そろそろ一区切り、気持ちに決着をつけなければならない。
この手紙を読み終わったら、どんなことが書いてあっても、前を向く。
その気持ちで、手紙読み始めたのだが⋯⋯。
そこに書かれていたのは、俄には信じがたい内容だった。
エリウスは何度も生と死を繰り返したこと。
そのスキルを他者に漏らせばリスタートとなってしまうため、誰にも言えなかったこと。
自分の力が魔王に及ばないせいで、アランをパーティから追放するしかなかったこと、そして魔王討伐の使命をアランへと押し付けるはめになった、その事への謝罪。
そして。
「お前はピンと来ないかも知れないけど、ずっと、一緒に戦ってきたつもりだ」
その一文で、アランの脳裏にエリウスとパーティだったころの日々、その記憶が次々と蘇った。