6.空
流石に、もうそろそろだろう。
今回か、少なくとも、次。
そんな予感があった。
だがそれでも、油断はできない。
それに、魔王が生き残るってことは、その数だけアランも死ぬってことだ。
まぁ、俺とは違いアイツには死んだ記憶なんて残らないだろうが⋯⋯だがそれでも少ない方がいい。
アランを追放後、俺にできることは何もない。
これまでも、追放イベントのあとに、まだ何かあるのではないか、と色々模索して来たが、赤字も青字も追加されることはなかった。
考えなかった訳ではない。
例えば、アランが魔王城へと攻め込む際、俺が勝手に助太刀として参戦する、とか。
だが、どうやってもそれはできなかった。
アランが覚醒した場合、俺の死の運命はよほど強力らしく、何をしてもそこに収束する。
だから、俺はもうそれを受け入れた。
アランのスキル覚醒のあと追加される文字は、黒字で記される結果発表だけ。
つまり俺は、彼を追放した時点でお役御免ということだ。
アランをしばらく生存させ、様々な経験を積ませたら、追い出す。
魔王討伐において、それが俺の、神だかなんだかに与えられた役目ってことだ。
だからこそ、もし今回アランが勝利することがあれば、追放時に餞別を渡せたこと、それが俺にとって、彼の為に最後にできたことだった、となる。
今までもそれは考えたのだが、価値ある品はレナの妨害があり渡せない。
だから用意できたのは、多少の金と、傷薬が入った瓶。
瓶の中身はそれこそ、どこにでもある低級の傷薬だ。
どうすれば追放という場面で渡せるか、レナの性格を考慮し、機転を効かせ、なんとか渡す。
それだけだ。
まぁ、死ぬまでの一年はちょっとした休暇、という見方もあるかも知れない。
追放後のアランの動向は、噂として伝わってくる。
追放されたあと、王国騎士団と連携しつつも、アランは基本一人で戦う。
誰かと、固定のパーティを組んだりすることはない。
もしかしたら、追放されたというトラウマから、人と組む、という事に拒否感があるのかもしれない。
俺の事を、ひどく恨んでいるかもしれない。
だが、追放した後は彼に会えないのだ、その心中を確かめるすべはない。
実は
「そろそろ魔王討伐が現実的だ」
と感じた百十回目から、俺はアランを追放して死ぬ日が近づくと、毎回行っていることがある。
人に頼み事をしている、それだけだが、もしかしたら余計な事かもしれない。
だが、青字も黒字も記されることはない。
魔王討伐には影響のない事なのだろう。
今回も無事、アランのスキルは覚醒した。
それから一年、俺は二十二歳。
さて、そろそろか。
毎度の事とはいえ、暗い気持ちになる。
アランの追放が必須だと知ってからは、彼がスキル覚醒しなかったケースを除けば、俺は毎回同じ死に方をする。
何度も変えようとした。
滞在場所、そしてそこでの行動⋯⋯。
だがその死に方は、何をしても変わらない。
だからもう、無駄な抵抗はやめた。
その日も、馴染みの宿で静かに眠った。
目を覚ますと、見慣れた場所にいた。
ある街の郊外、そこにある畑。
常に寝てる間にここに連れてこられる。
俺にとっての終焉の地。
晴れることのない空を見上げながら死ぬ、この場所。
「目が覚めた?」
「ああ」
俺は後ろ手に魔道具で拘束されたまま、拉致の主犯者を見上げる。
レナだ。
元パーティメンバーの、レナ。
彼女が俺の死神だ。
「アランを追放したのは、実際は私だ、って言いふらしているの⋯⋯アンタでしょ?」
毎回同じ事を聞かれる。
最初の頃は弁解していたが⋯⋯無駄だと気が付いてからは、やめた。
「そのせいで、私まで冒険者ギルドで爪弾きにされるし、最悪⋯⋯剣豪だなんて大層なスキル持ってるから加入してあげたっていうのに、アンタのパーティ入ったせいで⋯⋯!」
爪を噛みながら、イライラとした様子で告げてくる。
ちなみに、毎回彼女が俺にしてくるパーティへの加入希望は、正に懇願するといった感じだ。
どうしても、どうしても、という風に。
だから逆恨みも甚だしいのだが⋯⋯それを指摘したところで更に逆上するだけ。
無駄だ。
だからここ最近の俺の対応は一貫している。
黙っている、それだけだ。
そんな俺にしばらく彼女は罵声を浴びせ続けるが⋯⋯やがて自分の言葉に興奮するのか、彼女は毎回同じことをする。
「アンタなんか⋯⋯アンタなんかーーーー!」
そう叫んだあと、彼女は魔法を使う。
「死んじゃえ! 『爆裂散華!』」
拘束がなければ容易に避けられる魔法。
だがこの状況ではそれは不可能。
まともに呪文を受けた俺は⋯⋯右手がちぎれ、左足を膝関節とは逆方向に曲げながら、吹き飛ぶ。
そのまま、畑の肥料を貯蔵した⋯⋯つまり肥溜めに落とされる。
「あっはっは、クソ野郎にお似合いの死に方ね!」
この語彙力皆無の彼女のセリフも聞き飽きた。
糞尿にまみれながら、いつものように空を見上げた。
数百年。
ここ数回の周期では、七年毎に見上げてきた、見慣れた黒い空。
そうか。
繰り返す中、あまり考える余裕も無かったが。
俺は数百年、青い空を見ていないのだ。
もしかしたら、また、あの青空が見たい、そう思うからこの繰り返しを頑張れて来れたのかも知れない。
青空が、見たい。
みんなに、見せたい。
「ほら、死ぬ前に何とか言いなさいよ!」
これも毎回聞いてくる。
これまで答えたことは無かったが⋯⋯。
何かの気まぐれか、俺は初めてレナの言葉に返事をした。
「また、見たいな⋯⋯青い、空が⋯⋯お前も⋯⋯見たくないか?」
「は? アンタ何言ってんの、そんなの⋯⋯」
見れるわけないじゃない。
恐らく彼女はそう言おうとしたのだろう、空を見上げ──絶句した。
雲が、消え始めていたのだ。
そしてその切れ間から、青い空、そして陽光が降り注ぎ始めていた。
それが意味する結果は⋯⋯。
やった。
やってくれた。
ついに。
ついにアランが、やってくれたのだ。
良かった、一つ心配だったのは。
仮に、彼が事を為したとしても、死に瀕した俺はそれを知ることなく、この世から消えるのではないか、ということだ。
自分がやってきたこと、その積み重ねの結果。
それを知ることなく消えてしまうのではないか、その恐怖が、常につきまとっていたのだ。
青空が知らせてくれた。
俺がやってきたことは──無駄ではなかったのだと!
「はは、ははは、はは」
笑みがこぼれる。
口を開けた拍子に、沈みかけていた俺の口に糞尿が混じった。
最悪だ。
最悪の筈だ。
だが、そんなのはもう構わなかった。
ついに俺は、解放されるのだ。
「はは、やった、やった、やったぞ! はは、はは、ははははははは!」
出血で朦朧としながらも、俺の哄笑は止まらない。
そんな俺を、レナが不気味そうな表情で見下ろしてきた。
「ふん、アンタはここで終わるのよ」
ああ、その通りだ。
彼女も、たまには正しいことを言う。
俺は──やっと終えることができるのだ。
その事がほっとするようで、少し寂しい。
ああ、許されるなら。
アランに謝りたい。
そして、彼への賞賛を直に伝えたい。
そして──分かってほしい。
俺も、戦ってたんだ、と。
途中で袂を分かつ運命だったけど、それでも一緒に戦っていたんだ、と。
お前は俺なんて、所詮は追放した元パーティリーダーで、嫌な奴だと⋯⋯いや、もしかしたら、俺のパーティーにいた事なんて、自分の汚点だとすら思っているかも知れないけど。
俺はお前のことを、ずっと、いや、少なくともこの数十回のループの中では、戦友だと思っていたんだ。
何度も追放して、すまない。
魔王に何度も挑ませ、死なせてすまない。
勝たせてやることができなくて、すまない。
ずっと、そう思っていたんだ。
でもお前は、やってくれた。
やり遂げてくれた。
何度見ても虚弱で。
心配になるほど、なよっちいお前が。
遂にやってくれたんだな。
そして、俺の宿願を、俺の代りに果たしてくれたんだな。
そして再び、この青空を、俺に見せてくれたんだな。
「ありがとう、アラン」
俺は沈んでいった。
そのうち、空は見えなくなった。