3.会計スキルのアラン
冒険者ギルドを訪れ、パーティー立ち上げの手続きをする。
新規立ち上げに際してはギルドマスターとの面談や、推薦状なども必要なため実際は数日の作業ではあるが、今日はその最終日だ。
あとは必要書類の記入だけ。
まあ、これまで何度も行った作業、滞る事もない。
「パーティー名は『竜牙の噛み合わせ』⋯⋯ですね?」
「ああ」
「では、こちらに記入を」
用意された書類に書き込んでいると、そいつはやってくる。
「あの⋯⋯パーティーを立ち上げるんですか?」
「⋯⋯ああ」
そう、俺がパーティーを立ち上げる為に冒険者ギルドを訪れると、最終日に、必ずソイツは声を掛けてくる。
中性的でナヨナヨとした、黒髪黒目の頼り甲斐の無さそうな男。
「あの⋯⋯」
「なんだ? アラン」
「え?」
しまった。
毎回自己紹介されるから、つい先走って口にしてしまった。
この男、アランは「会計」というスキルの持ち主だ。
珍しいスキルだし、確かに場合によっては有用なスキルではある。
特に必ず加入させる必要がある「レナ」は少し金遣いが荒く、彼女が加入する事になって以来、俺は毎度金の遣り繰りに苦労しているのだ。
「あの、すみません、ご存知頂けてるとは思ってもみなくて、その、驚きました」
「まあ、『会計』のスキル持ち、なんてのが冒険者になりたがるってのは珍しいからな、噂は聞いてるよ」
実際は本人の口から何度も、なんだけどな。
俺の言葉にアランは目を開き、驚いた様子とともに、やや興奮気味に、何度も頷きながらまくしたてた。
「は、はい! それで、もしよかったら、エリウスさん、あなたがパーティーを立ち上げるのなら、是非加入させて頂きたくて⋯⋯!」
アランはどこで聞いたのか、毎回事前に俺の事を知っている。
まあ剣豪というスキルはかなり珍しいからな、事前審査の事もあるし、噂になるのだろう。
だが。
俺はコイツをパーティー加入させる事はなかった。
普通の冒険者パーティーなら、まだいい。
駆け出しのパーティーなら、会計がいれば運営の安定に多少は繋がるだろう。
だが、俺の目的は魔王討伐なのだ。
魔王を倒し、この繰り返しを終わらせる、それが目的なのだ。
「会計」などというスキルで、戦闘をこなすことができない奴など、入れる余地はない。
しかも、俺はコイツの運命を知っている。
俺にパーティー加入を断られたアランは、後日他の弱小パーティーに何とか潜り込むが、初めて受けたクエストであっさり死ぬ。
死ぬのがわかってて放っておくのもなんなので
「冒険者なんてやめとけ」
何度かそうアドバイスしたり、他のパーティーへの参加を妨害、なんて事もしてみたりしたが、コイツは結局死ぬ。
毎回同じ結末だ。
他にも何人か、逃れられない死の運命を抱えている奴は知っているし、だいたいがして俺自身、二十二歳のある日死ぬ、って運命なのだ。
つまり「初めてのクエストで死ぬ」、それがコイツの運命なのだ。
どうせ仲間にしたところで、コイツはすぐに死ぬのだ、その後また仲間を募集するなんて二度手間だ。
⋯⋯と、今までは考えていた。
だがもう、進展のない生と死を繰り返し過ぎたせいで、俺はウンザリし過ぎていた。
やけっぱちになっていたのだ。
恐らくレナあたりは、戦闘が出来ない奴をパーティーに所属させるなど大反対だろう。
「そんな奴のせいで分け前減るなんて、考えられない!」
そのくらいは言いかねない。
だが、それすら考えるのも億劫になっていた。
「いいよ」
「ははは、ダメですよね、戦いも出来ない会計係なんて⋯⋯え?」
「いいよ」
「⋯⋯ほ、本当ですか!?」
「ああ、ついでだ、ここに書け」
パーティー立ち上げの書類、そのメンバー欄を指差す。
俺の指先をじっと見ていたアランが、恐る恐るといった様子で口を開いた。
「本当に、本当に良いんですか?」
「しつこいな、ならやっぱり⋯⋯」
「か、書きます!」
勢いよく羽根ペンをひったくり、アランが名前と性別を書き込んだ。
名前:アラン。
性別:男。
その様子を眺めながら、俺は声を掛けた。
「よろしくな」
短い付き合いだが、な。
アランは、こっそり追加された俺の心の声など当然知る由もなく、満面の笑みを浮かべながら言った。
「はい! よろしくお願いします!」
こうして、実に約百年ぶりに、俺の「導」の本に新たな赤文字が記される事になった。
「会計、アラン加入」