2.導(しるべ)
それは奇妙な本だった。
成人の儀式を終え、俺は「剣豪」のスキルと共にもう一つ「導」というスキルを授かった。
「導」と口にすると、良くわからない本が現れる。
初めて見たとき、その本にはページが一つだけだった。
「この本は魔王の死、その結果を導く」
とだけ書かれた本。
「いや、導くって⋯⋯何も書いてないじゃねぇか」
そう思わず呟いたものだ。
だが、同時に興奮もしていた。
自分は選ばれたのだと。
魔王を討伐する、その英雄に。
俺が成人した年に、魔王を名乗る存在が現れた。
どこから来たのかは、不明。
ただ、奴が出現して以来、俺たちの住む大陸は黒雲に包まれ、人々は朝日が地平線から天に登るまでの間、僅かな時間しか太陽を拝むことができない。
俺ももう何年も⋯⋯いや、何百年も青い空は見ていない。
スキルを授けられた当時、俺は自分が魔王を誅し、この黒雲を払う役目を担っていると思っていた。
俺は剣を握り、冒険者となり、魔王を倒す旅に出た。
成人の儀式から七年後、二十二歳で魔王の手下であるモンスターに殺された次の瞬間、俺は実家の自分の部屋で目覚めた。
両親に話を聞くと、それは十五歳の成人式を終えた、その翌日だった。
混乱しながらも「導」のスキルの事を思い出し、本を開いてみた。
すると、一ページ増えていた。
白紙のページだ。
訳がわからないまま、俺は再び魔王討伐の旅へと赴いた。
俺がこのスキルの『真の特性』に気が付き始めたのは八回目だ。
それまでの七回、俺は様々な冒険者パーティーに参加していた。
だが、その都度魔王の部下に殺され、成人式の翌日に戻る、ということを繰り返した。
俺を殺す相手は毎回違ってはいたが、死ぬのは決まって二十二歳のある日だ。
八回目の時、人のパーティーに参加するのではなく、ふと自分でパーティーを立ち上げてみようと思った。
冒険者ギルドに赴き、パーティー立ち上げの申請を行ってみた。
スキル「剣豪」の宣伝効果は抜群で、パーティーにはその日のうちに、様々な参加希望者が現れた。
俺はその中から僧侶、斧使い、盗賊を選んだ。
その日の夜、ふと「導」のスキルを発動した。
当時は白紙の本を見てもしょうがないと思い、あまり使うことは無くなっていたのだが⋯⋯。
そこにはまず赤い文字で、こう記されていた。
「パーティーを立ち上げる」
その下に、今度は黒い文字で記されている文章があった。
「斧使い、僧侶、盗賊」
と。
それから何度か繰り返すうちに、本には新たなページ、そして文字が記されるようになった。
文字の種類は三つ。
赤い文字、青い文字、そして黒い文字だ。
繰り返す中で、その文字の違いについておおよその見当がついてきた。
赤い文字で記される内容。
恐らくこれは、魔王討伐における『必須事項』。
これを行わなければ、絶対に、魔王討伐という結果に結び付かない、という核となる行動。
つまり「パーティーを自ら立ち上げる」というのが、魔王討伐において外せない行動なのだ。
そして確信は持てないが、青い文字で記されるのは『やや重要な事項』。
どこそこの街に行った、とか、○○魔導具店を訪れた、とか、そんな情報だ。
必須ではないが、これを積み重ねるほど魔王討伐が近付く、といった類の行動。
別の言い方をすれば、多少替えの効く行動だ。
そして、黒い文字。
これは恐らく、取り返しのつかない失敗。
なぜそう思うかというと、黒い文字が出た時点で、その後そのページには赤や青の文字で追記される事がなくなるからだ。
それに気がついてから、俺は何度もパーティーを立ち上げ、様々なメンバーを加入させた。
パーティー立ち上げの次に、新たに青い文字で記入されたのは十回目、次の文章だった。
「槍使い、ファラン加入」
その時はまだ文字の違いに気がつく前だったが、文章が追加された事に興奮したものだ。
「おお! 槍使いはどうやら重要そうだな!」
そんなことをひとり呟いたように思う。
その後しばらくは黒い文字ばかりだったが、二十六回目、久しぶりの赤文字が追加された。
「魔法使い、レナ加入」
正直な所、レナのスキル「炎術」は珍しいスキルとは言えず、加入させても魔王討伐には結び付かないだろう、と、長らく候補から外していたのだ。
個人的な事を言えば、レナという女性の性格は苦手だ。
我が儘で、ずけずけとした物言い。
だが、魔王討伐に欠かせない人物。
上手く付き合おうと決めた。
「クソ、まただ!」
四十回目、俺はまた戻ってきた自室で思わず叫んだ。
レナの加入以降、何の進展もない。
俺はウンザリしていた。
七年を、四十回。
二百八十年だ。
レナの加入以降で考えても十四回、約百年。
終わらない負の連鎖。
この間、色々試した事もある。
このスキルの事を人に話し、相談する事。
だが、これはダメだった。
他人にこのスキルの存在を明かすと、その時点で黒字で
「『導』の秘密を他者に漏らす」
と記されてしまう。
スキルを他者に知られるのは御法度、ということだ。
自殺した事もあった。
だが、それも無駄に終わった。
俺が死んだ時点で、かならずあの夜に戻ってしまう。
俺は追い込まれていた。
なんせ百年もの間、なんの進展もないのだ。
その間、自らをとことん鍛えようとしたこともあった。
それこそ、一人でも魔王を倒せるくらいに、と。
しかし、どれほど鍛えようとも七年経てば、あの夜に戻ってしまう。
もちろん戦闘の経験自体は無駄ではないが、肉体的な強さは鍛え上げる上限があるのだ。
なぜ「剣豪」なんだ、「剣聖」じゃないんだ!
その事に、絶望しかけたこともあった。
だが、絶望は許されない。
絶望した所で、結局また繰り返すのだから。
旅に出ない、そんな選択をしたこともあった。
だが、それはすぐ「家に残った」と黒字が記され、その後は国に徴兵され、結局二十二歳の時に魔王軍との戦いに駆り出され、そして殺された。
結局、旅に出て、パーティーを立ち上げるしかない、という結論に至った。
だが、俺はパーティーを立ち上げるのも嫌になっていた。
何故なら、パーティーを立ち上げると必ず起こる、ある種のイベントのようなものがあった。
それは、多少日時を変えても毎回起こる、お馴染みのイベントで、その事が少し億劫だった。




