最終話 白紙に戻って
「えっ、なっ、ちょ、エリウス! うわ、化けて⋯⋯えっ? えっ!?」
俺はアランと共に牢獄にやってきた。
俺たちの姿を見るや、レナは叫び声を上げた。
「いや、生きている。正確には、生き返った」
「生き返るって、そんな、無茶な⋯⋯聞いたこともない」
言われて思ったが⋯⋯なんせ俺は蘇生回数がゆうに百を越えるベテランだから、あっさり受け入れていたが⋯⋯そうだよな、普通なら有り得ない奇跡だ。
「とりあえず現実だ、受け入れろ」
「その物言い⋯⋯本当に、エリウス、なの?」
「ああ」
「そう、わかったわ。取りあえず信じる」
この切り替えの早さ、変わらないな。
俺は思わず苦笑いを浮かべそうになった。
レナはそのまま、質問をよこした。
「そう⋯⋯で、なに? 二人して笑いに来たの? それとも勇者様自ら処刑にでも?」
「いや」
「じゃあ、何しに来たって言うのよ!」
「レナ。お前に頼み事がある」
「何よ」
「俺のパーティー入って⋯⋯いや、戻って来てくれないか」
俺の言葉に。
レナはきょとんとした表情を浮かべたのち、俺のセリフへの理解が追いついたのか、怒鳴りつけてきた。
「な、何言ってんのよ! そんなの⋯⋯!」
「もう遅い、か?」
「そうよ、だって、私⋯⋯、あなたを、殺したのよ!」
「折角生き返ったことだし、もう殺さないでくれ」
「そっちの、アランにも、色々、ひどいこと言ったのよ!」
「今後はやめてくれ」
「そもそも、殺人犯なのよ!」
「まあ、俺は生き返ったし。アランも釈放に力を貸してくれるらしい。国の上層部にも伝手があるそうだから、何とかなるだろう」
「色々、ひどいこと、したのよ」
「違うんだ、レナ」
「⋯⋯えっ?」
「させたんだ、俺が。許して貰うのは⋯⋯俺なんだ!」
「なにそれ。⋯⋯意味わかんない!」
そうだ。
俺が何をすれば、何を選んだら。
レナが、何をして、どうするかはわかっていたんだ。
二人が同じパーティーにいれば仲違いするのがわかっていながら、あえて所属させ、最後にはレナに俺を殺させたんだ。
アランは言ってくれた。
俺に死の運命を救ってもらった、と。
じゃあ、今、レナがここにいることだって、俺が仕向けたことじゃないか。
俺が無力じゃなかったら。
俺が自分で魔王を討伐できてさえいれば、レナはそんなことをする必要はなかった。
そうじゃなくたって、別の運命だって、きっとあったはずだ、ハズなんだ。
神々が言っていたという、俺の「役割」。
誰かに与えられた物。
──そう、俺はいつのまにか、あの『導』が絶対の運命だと信じ込んで。
それ以外には運命などない、最上のマニュアルだと思い込んで。
大事なことを自分で選ぶのをやめたんだ。
ただ、ああしろ、こうしろ、こうすべきだ、という本の内容を盲信して、自分でろくに考えなくなっていたんだ。
そしてレナに罪を、全てを押し付けてしまったんだ。
アランを救うため、魔王倒すためには仕方のない犠牲、そんな言い訳を自分にすることで⋯⋯自分の死を受け入れてしまっていたのだ。
つまりそれは──アランとレナに優劣をつけて、彼女を切り捨て、救う事を諦めていたのと同じなんだ。
何年も、何百年も、一緒に過ごした彼女を。
それが俺の心残り。
そして、そんな致命的なミスを挽回する機会は今しかない。
これからは。
──大事な事は、自分の意志で選ぶ。
「レナ」
「何よ」
「何も遅くなんかないんだ、その辺は──」
そこまで言って、俺は再び現れた本の事を思い出した。
そうか。
きっと、そういう意味なんだ。
いや、意味なんてどうでもいい、俺がそう思う、それが大事なことなんだ。
「──白紙に戻そう。一からやり直そう、俺たち。情けなかった俺を許してくれ、もう、お前を切り捨てたりしない、絶対に!」
俺の話はほとんど伝わってないだろう。
このあと、詳しく話さなければならない。
だがレナは何かを悟ったように、顔を伏せ、肩を震わせながら言った。
「⋯⋯本当に、それで、いいの?」
「ああ」
しばらくして彼女は顔を上げた。
そして、ボロボロと泣きながら、それでも俺をしっかりと見ながら言った。
「うわぁあああん、ごめんなさい、エリウス、ごめんなさい⋯⋯私、あんな事するつもりなかったの、なのにしちゃったの⋯⋯この二年間、つらかった、つらかったよう⋯⋯」
「もう気にしなくて良いんだ」
「うん、ごめんなさい⋯⋯ごめんなさい⋯⋯」
彼女の謝罪の泣き声が、しばらく牢屋内をこだました。
彼女が落ち着いてから、俺はこれまでの事を話した。
しばらく黙って聞いていたレナだったが、唐突に言った。
「良くわからないけど、私は悪くないってことね!」
うーん。
見習いたい、この切り替えの早さ。
無事釈放されたものの、レナは牢獄生活でそれなりに消耗していたのか、しばらくは寝込んでいた。
それを看病したのは、アラン。
俺はあまり部屋に入れさせては貰えなかった。
なんでも、女同士の話し合い、だそうだ。
「とりあえず、夜討ち朝駆けはなし、と決まりました、正々堂々、ですね」
「いや、モンスターと戦うのにそんなの気にしてられんだろう?」
「もう⋯⋯ばか」
納得いかない、正しいのは俺、のはずだ。
自信ないけど。
まあ、二人が納得してるなら、いいか。
あと、アランの本名。
これはまだ教えて貰ってない。
アラン自身、もう偽名の方に慣れてしまい、本名はなんだか気恥ずかしい、とのことだ。
「エリウスさん、世の中には本名じゃないとダメな書類があるんだよ。そこにサインするときに教えるね」
とのことだが⋯⋯いや、書類なんて全部そうだろ。
そう思ったが、黙って頷いた。
「導」のスキルについては、吹聴してまわらないように二人にお願いした。
そもそも、赤の他人に話したところで、信じては貰えないだろう。
レナも快復し、いよいよ旅立つ日が来た。
決まっているのはとりあえず旅に出る、ということだけで、それ以外は未定。
行動の予定が立ってない、ということに妙な違和感というか、不安感がある、早く慣れないとな。
青空の下、街の外へと向かいながら話す。
「じゃあどこにいこうか」
「東の海を越えた所に、島国があるんだって! そこいかない? 色々好都合みたいよ?」
レナの提案に、俺は疑問を返す。
「好都合って、なんだ?」
「その国、一夫多妻制なんだって!」
「ふーん。で、それの何が好都合なんだ?」
「もー、わかってるクセにぃー、このこのー」
レナが俺の左サイドを、右肘で突っついてくる。
少し間を空けて⋯⋯。
「も、もー、わかってる、く、クセにー、このこのー」
何か対抗するように、俺の右サイドを、今度はアランが左肘で突っついてきた。
アランさん? 看病したせいで、何かレナが感染ってません?
まあ、二人が仲良しなんて数百年見たことないので、これはこれで、新鮮だ。
しばらく歩いた頃、今度はアランが提案してきた。
「天界で聞いたんだけど⋯⋯西の霊山に、『スキル仙人』っていう人物がいるらしいよ。なんでも『天授スキル』のレベルを一段階上げてくれるんだとか。まあ、神の摂理を乱す問題児、みたいな扱いだったけど⋯⋯」
すごいな、天授スキルの一段階アップか。
俺の場合は剣豪が剣聖になる、ってことか。
⋯⋯それもっと早く知ってたら、自分で魔王倒せたんじゃね?
とはいえ、だ。
「まあ、戦闘については別格のアランがいるしな⋯⋯今更俺が剣聖になってもな」
「え? 剣聖はめちゃくちゃ強いよ? エリウスさんが生き返るちょっと前に亡くなったんだけど『死ぬ前の最後の相手』に指名されたのでお手合わせしたら、ほとんど互角だった。全盛期ならー! って悔しがっておられました」
「え? そんなに強いなら、なんで魔王倒してくれなかったの?」
「何か霊気が高いところで無理やり寿命を伸ばしてらしたようで、そこを離れられなかったとか⋯⋯。そのせいで魔王討伐には参加できなかったみたい。それに、この先も世界に何が起こるかわからないんだし、エリウスさんも強くなって損はないよ!」
マジか。
死ぬ間際で、今のアランと互角。
もしかしたらこの世界、そんな化け物がゴロゴロしてるのか?
数百年生きたってのに、俺は随分狭いところでウロウロしてたんだな⋯⋯。
「しかし西か東、か⋯⋯どっちにするかな」
俺の呟きに、アランが笑顔で言った。
「どっちも行こうよ! ⋯⋯みんなで一緒に!」
それに続けて、レナもまた笑顔で言った。
「賛成! それに道中も楽しまないと損だよっ! ⋯⋯ねっ!」
二人の笑顔が移ったのか、俺も自然と口元が緩んだ。
そうか、そうだな。
もう、いちいち、あれはダメとか、こっちが効率的だ、とか。
そんなこと考えなくたっていいんだ。
最適解じゃなくても。
寄り道したっていいんだ。
「そうだな! 気になる所は全部行ってみようか!」
「うん!」
「はい!」
きっとそうだ。
これまで何百年も付き合ってくれた相棒の、新しい役割。
俺の蘇生を祝福するかのように、出てきてくれた理由。
きっと、俺に教えるためだ。
浮かんでくる文字に振り回される日々は、もう終わりだ!
だから、これからは──
書き込んでいこう。
俺達の冒険を。
少しずつ。
そして、その全てを。
──白紙に戻った、俺の本に。
後書き
正直な話。
最初は
「ヒャッハー、お前のざまぁはお見通しだぁ!」
みたいな話を書くつもりで執筆を始めました。
それが、最後まで書いてみたら何故かこうなってました。
自分としては「書いて良かった」と思える話になりました。
ここまで読んだあなたが「読んで良かった」と思えたなら、とても嬉しいです。
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また、すでにブックマークや評価して頂いた方々へ。
連載中に頂いたブックマークや★が更新の励みになりました。
ここで改めて、心よりお礼申し上げます。
では最後までお読みいただき、ありがとうございました。
※2020/3/6追記
皆様のおかげで、この小説が40000ポイントを超えました。
本当にありがとうございます。
現在完全版を構想中で、すでに執筆に入ってます。
今回以上に面白くなる! ⋯⋯と思います。
ある程度形になりましたら、この小説の最後部に「予告編」というか、お試し版を掲載する予定です。
是非ブックマークなどしていただき、詳細をお待ち頂ければ幸いです。
ブックマークや評価が、完全版執筆へのモチベーションとなりますので、ご協力頂ければ幸いです。
よろしくお願い致します。




