11.暴かれた真実
またか。
目覚めた途端、がっかりする気持ちが湧き上がる。
「今回は⋯⋯行けたと思ったんだが、な」
数百年ぶりの青空を眺めながら、百十五回目の死を迎えた。
最後の筈だった。
「なんだろう⋯⋯もしかして魔王を討伐する前に、雲を払う方法が見つかった⋯⋯とかか?」
そこまで考えて、俺は思いついた。
「確認すればいいのか」
普段ならすぐにそうしていたのに、何故だろう、今回はちょっと変な感じだ。
「『導』」
俺は口にした⋯⋯が。
「あれ? 本が出ないぞ⋯⋯おかしいな」
首をかしげていると、ドアノブが回る音がした。
ああ、そうだ。
母さんが起こしに来る、毎回起こるイベントだ。
そう思い、ドアへと目をやると⋯⋯。
入ってきたのは、アランだった。
「アラン?」
なんだこれ。
今回やっぱり何か変だぞ。
というか、よく見れば⋯⋯ここ、全然知らない場所だ。
俺の問いには答えず、しばらく固まったように佇んでいたアランだったが⋯⋯やがて生まれたての小鹿のごとく、ぷるぷると震えながらこちらに歩み寄ってきた。
「起きた⋯⋯エリウスさん、起きた⋯⋯」
そしてベッドの側まで来ると、アランは
「良かったー! 頑張った甲斐があったよー!」
ベッドに飛び込んで来ながら叫び、抱きついてきた。
⋯⋯説明を、求む。
その後語られたのは、今は魔王討伐から二年経っている、ということ。
アランは無事俺の手紙を受け取り、真相を知った。
そして何を思ったのか、俺を生き返らせるために奔走したらしいのだ。
俺が何度も生死を繰り返したことから
「この世界には同様のスキルか、蘇生を可能にする存在がいるのでは?」
と考えたらしい。
各地の死者蘇生の伝説を調べ、その中に天界に辿り着いた一人の英雄の記録を発見した。
その記録そのままに、天界へと続く門を発見。
門番⋯⋯どうやら魔王の数倍強かったらしいが
「何かあったら、誰かを護れるように」
と、魔王討伐後も訓練していたアランは、こいつをコテンパンにしたのち、天界へと無事到達。
そして、神々と対面。
手紙だけではわからなかった、俺に関する色々な事もこの時に聞きだしたらしい。
そして俺の蘇生を依頼すると、神々はこう言ったという。
「いやぁ、あいつの役割はもう終わったし⋯⋯」
まるで、悪徳商会の経営者のセリフである。
俺の蘇生を渋る神々と、本人曰く粘り強く交渉した結果、俺は蘇生した。
いやあ、しつこかったんだろうなぁ。
アランに会計を任せていた頃、冒険に必要な道具の仕入れなどの担当もまた彼だった。
少しでも安く、希望の金額で買うためなら、長時間粘り交渉する。
道具屋につけられたあだ名は
「値切りのアラン」
だ。
だが、俺は目を覚まさなかったらしい。
どうなっとるんじゃコラァ、と天界にクレームを入れる為に再び訪れたところ、門番は最敬礼でアランを迎えた。
そして神々に事情を聞いたところ、肉体に入れる筈の、記憶を受け継いだ魂は冥界にある、とのこと。
「約束通り蘇生はしたよ? 魂が無いだけで⋯⋯」
神々はそんな屁理屈言ったらしい。
まるで詐欺師のセリフである。
アランは冥界への道を聞く。
だが、神々はこれまためちゃくちゃ渋った、とのこと。
なんでも冥界の入口には、門番の代りに番犬がいるらしく、これがまた凶悪なやつで、何人もの神を噛みころした「神噛み殺しの犬」と呼ばれているらしい。
だからできれば刺激せず、こっそり入る方法があるからそれで、と頼み込まれたとのことだ。
アランは当然、その方法とやらを詳しく尋ねた。
するとその方法とは、皆既日食が起こっている間に限りその犬は眠りこけるから、その間にコッソリ冥界に入る、とのことだった。
「次の皆既日食いつですか?」
アランの問いに、神は笑顔で答えた。
「あ、すぐだよ、八十年後」
アランは神々の制止を振り切り、速攻で冥界に向かった。
そしてそのカミカミ犬もコテンパンにし、ついでにお手を仕込んだ、とのこと。
無事俺の魂を確保した帰り道で出会った際、そのカミカミ君はアランの姿を見た瞬間、ゴロンと横になり腹を見せ、最初会ったときは「グルグルルル⋯⋯」みたいな唸り声だったくせに、「くーんくーん」って媚びてきたそうだ。
「まぁこんなの、エリウスさんがやったことに比べれば、全然大したことないけどね⋯⋯」
何言ってんだこいつ。
俺に何馬身差を付ければ満足するんだよ。
「謙遜も過ぎれば、嫌味だぞ」
「謙遜なんてしてないよ⋯⋯あ、そうだ、つい色々話しちゃったけど、本当は目を覚ましたら最初に言おうとしてたことがあるんだ」
それまでの話で和らいだ空気を引き締めるように、アランは居住まいを正して、言った。
「エリウスさん、ありがとう。僕を⋯⋯死の運命から、救い出してくれて」
嬉しかった。
青空を見れたことより。
俺の事を認めてくれて。
そしてなにより。
俺に礼を言うために頑張ってくれたアランの、気持ちと行動が、なによりも。
それとも、これはやっぱり、死ぬ間際の妄想か何かなのだろうか。
だってこんなの⋯⋯。
まるで、夢見ていた未来のようだ。
魔王討伐時点での、俺とアランの「死の因果」は、相当に濃い。
何度も繰り返す中で、それは確信していた。
だから思っていた。
もし、どちらかが生き残り、相手を蘇生させるなんて事があったら。
そんなバカな妄想を。
だから繰り返す中で、探した。
「死者蘇生」
だが、そんなものは何度もループして、何百年過しても見つかることはなかった。
でも、もしかしたら、魔王を倒すほどに成長したアランなら、探し出せるのではないか。
そんな、バカげた妄想すら、心の支えになっていた。
「魔王を倒した褒美に、一つだけ願いを叶えよう」
神があらわれてそんなこと言って、アランが俺を選んでくれて⋯⋯。
そんな、バカげた妄想をしたこともあった。
そんなことでも考えないと、逃れられない死の前に、正気を保てない夜もあった。
まぁ、アランの話を聞く限りでは、神は絶対そんなこと言わなそうではあるな⋯⋯。
とにかく⋯⋯。
「礼をいうのはこっちだ、アラン。ありがとう」
俺の方からも礼を言うと⋯⋯アランは何かを噛み締めるような表情で、少し涙を浮かべて言った。
「へへ、嬉しい。なんかやっと、エリウスさんと少しは肩を並べられた気分です」
いや、何言ってんだ。
ぶっちぎってるってば。
「充分だ、だからそろそろ敬語はやめろ」
「え? そんな、うーん⋯⋯よし、わかったりました!」
何語だそれは。
と思うが、なんだかこの空気が気恥ずかしく、俺は視線を外した。
とそこで、テーブルの上に置かれたものに気が付いた。
「『導』の本⋯⋯?」
「あ、それ、エリウスさんの肉体を復活させたとき、側に現れたんだよ」
「そうなのか⋯⋯中、見たか?」
「いや、見てないよ、なんか日記みたいだし、開くの失礼そうだったから」
まぁ、確かに日記みたいなもんか。
俺のこれまでが記されているわけだからな。
「別に見ても良かったんだけどな」
言いながら、本を開くと⋯⋯。
白紙だ。
「あれ?」
おかしいな。
別に今は一枚一枚数えてみた訳じゃないから、確証は持てないが⋯⋯大体最後のループの時と同じページ数っぽいが。
「どうしたの?」
俺の様子を不思議に思ったのかアランが怪訝そうに尋ねてきたので、事情を話す。
するとアランは少し考えたのち、自分の考えを述べた。
「もう、役割を終えた、ってことじゃないです?」
そうか? そうなのだろうか?
役目を終えたなら、出てくる必要もなさそうだが。
心の中で色々考えていると、アランがおずおずと聞いてきた。
「それで⋯⋯エリウスさん、あの、お願い⋯⋯じゃない、聞きたいことがあるんだけど」
「なんだ?」
「これから⋯⋯どうするの? もう、冒険者は引退?」
あ、そうか。
そうだったな。
やっと⋯⋯俺には「これから」があるんだ。
「そうだなぁ、すぐにどうこう、ってのは何も思いつかんが」
「何かやってみたかったこととか、ないの?」
「やってみたいこと、か」
最初の頃は、そんなのもあった気がする。
だが数百年を経ているうち、そんなものは忘却の彼方に消えた。
目の前のことで精一杯だったからな。
⋯⋯この数百年で、できなかったこと、か。
「うーん、そういえば俺、結婚とかしたことないな」
単なる思い付きで、そんなことをいってみる。
「え、う、あ、そうなの?」
「というか、女と付き合ったこともないわ、それどころじゃ無さ過ぎて」
「そ、そうなんだ、ふーん、そう、じゃあ、立候補してみようかなー、なんて」
「ははは、面白い冗談だな。神様に性別でも変えてもらうのか?」
「⋯⋯はっ?」
「え?」
⋯⋯正直な所。
俺はアランの表情、その全てをコンプリートしていた自信があった。
普段の顔、笑顔、真剣な表情、そして、泣き顔。
だが、その表情はこの数百年で、初めて見せる表情だった。
怒り、戸惑い、落胆、その全てを混ぜたような。
そしてその表情のまま、アランは言った。
それはこの数百年、暴かれることのなかった、真実。
「ぼ⋯⋯私、女、だけど」




