表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

10/16

10.誓い

「相談がある」


 ある日、エリウスから珍しく相談事を持ちかけられた。

 エリウスは普段、まるで迷いなどないかのように物事を決める。


 初めて訪れた筈の場所でも、まるで既知のように振る舞う。


 だから相談されたことは数えるほどしかなかったし、それは大体同じような内容だった。

 アランは相談内容を察し、迷いなく答えた。


「何を購入したいんですか?」


「話が早くて助かる。瓶だ。正確には、その瓶を構想中の魔導具職人への投資だが」


「瓶?」


「ああ。『自動服薬瓶』だ」


「聞いたことないですね⋯⋯」


「まだ試作段階でな。開発資金の目途が立たずに停滞している。このままだと製品化はもちろんのこと、試作品の完成も間に合わないからな」


「間に合わない?」


「ま、それはこっちの話だ。とにかく完成を早めたい、せめて⋯⋯一年以内に試作品が完成するように、な。それには資金がいる」


 冒険者にとって、情報収集は重要だ。

 エリウスはその点でも一流だ。


 どこから聞いてくるのか、誰よりも早く新情報を集めてくる。


「どんな効果があるんですか?」


「致命的な一撃を受けた時、瓶の所有者に、瓶の中身が自動的に服薬される、という効果のある魔法具だ。といっても試した事があるわけじゃない。完全に、とは言えないが、本来なら命を落とす場面でも、命を繋げる可能性がある」


「へぇ、便利ですね⋯⋯ちなみに、いくらですか?」


「予想になるが⋯⋯たぶん二万もあれば何とかなるのではないか、と思う」


「にっ、二万!? パーティの資金を全額つぎ込んでも足りませんよ!? 幾つかのクエスト受注を担保に前借りしないと⋯⋯」


「命の値段と考えれば安いもんだ」


「はぁ⋯⋯わかりました。どうせダメって言っても⋯⋯ですよね?」


「話が早くて助かる。あと、俺以外の他のメンバー⋯⋯特にレナやファランの分配金には影響が出ない範囲で、何とか調達してくれ」


「もう。その代わり、完成したらちゃんと見せて下さいよ?」


「⋯⋯ああ。約束するよ、必ず見せる」


 ──その後、その瓶は高価なだけではなく、使い捨てタイプで、一度使用されると砕けてしまう予定だ、と聞いて、アランはますます頭を抱えたのだった。








 チクリ。


「う、あれ⋯⋯、どこだ、ここ」


 指先に痛みを感じ、アランは目を覚ました。

 気を抜けば、すぐ混濁しようとする意識を叱咤し、状況を思いだそうとする。


「あ、そうか、僕は⋯⋯魔王と」


 戦っていた。

 それは覚えている。


 そして断片的ではあるが、少しだけ思い出してきた。


 激しい戦いの末、アランが魔王にトドメの一撃を放った瞬間、相手は驚くべき行動に出た。

 どこにそんな力が残っていたのか、魔王はそれまでの威力を遥かに凌駕する魔法を放った。


 自爆の魔法。


 自らの命を魔法力へと変換し、アランと刺し違えようとしたのだ。

 アランはとっさに「数字の支配者」を使い、自らの生存確率を計算した。

 自身の体力、魔法の威力、目に映るありとあらゆる要素を抜き出し、数値化して計算した結果──


「0%」


 ──自身の理解が及ばない要素がない限り、生存不可能。


 そこで記憶は途絶えた。




 そこまで思い出し、アランは首を捻った。


「見間違い⋯⋯かな?」


 咄嗟の状況、もしかしたら、10%を見間違えたのかもしれない。


「それか、僕が死を払いのける運命を持った英雄⋯⋯なんて、ね」


 一人おどけてみるが、また意識が暗転しそうになる。


 生き延びたとはいえ、満身創痍。

 ギリギリだ。


 急いで戻る事にした。







「おかしい⋯⋯、無い、無い、なんで、なんで!」


 パーティーを追放されてから、アランには心の支えとしていた物があった。

 「竜牙の噛み合わせ」にいた頃の──エリウスとの思い出の品々。

 


 挫けそうな時は、貰ったアクセサリーと共にそれらを眺め、心を落ち着かせていた。


 エリウスの死を知り、それらをもう一度眺めようとしたが、どうしても一つだけ見つからない。


 使うつもりはなかった、無くなることなどない筈の品なのに。


 盗まれた? あんな安物を?


 自分にとっては、それこそ数値化なんて出来ないほどの、価値ある品。


 だが、他の人間にとっては、二束三文の品の筈なのに。


 どれだけ探しても、見つからない。


 ──パーティーから追放されたあの日に、餞別として渡された傷薬だけが、どうしても見つからない。






 一人だと思っていた。

 少なくとも、追放されてからは一人で戦っていると思っていた。

 だけど違った、違ったのだ。


「ずっと、一緒に⋯⋯戦ってくれていたんだ!」


 部屋を飛び出したアランは一人叫んだ。


 確かにアラン自身も、何度も繰り返したのかもしれない。

 でも、自分が覚えているのはたった数年。


 一人になって戦った記憶も、一年かそこらだ。


 それなのにエリウスは、何年も、何百年も、一緒に、そして孤独に戦っていたのだ。


 それだけではない。


 今の自分の強さも。

 自分が現在浴している名誉も、地位も。


 すべて、エリウスに与えられたもの。

 自分は、ただ彼の敷いた道の上を、それとは知らず歩いただけ。


 エリウスは知っていたはずだ。

 アランが魔王を倒すことは、自分の悲惨な死と同義であることを。


 それなのに、魔王を倒し、あの黒雲を払うために、その身を犠牲にしたのだ。


 アランと──この国の人々の為に。


 それだけではない。

 エリウスは悩んだのか?

 いや、悩むことすらなかったのか?


 自動服薬瓶。


 最近になってようやく、無名だった職人により製品化された品。

 おそらく、本来なら現時点での製品化はもとより、魔王との戦いの時点では試作品すら存在するはずのない技術。

 おそらく、繰り返す中でエリウスは開発の噂を聞き、お金をそこに投資し、未来を引き寄せた。


 じゃあ、こうは考えなかったのだろうか?


「これがあれば、俺は(・・)生き残れるかも知れない」


 そう、強力な死の運命からエリウス自身が生き残るために、それを利用しようとは考えなかったのだろうか?

 おそらくアランへと渡すうえで、レナの性格を考えて、中身を低級の傷薬にしたはずだ。

 エリウス自身が利用するなら、きっと、もっと高価な傷薬でも利用可能だったはず。


 考えたかも知れない。

 考えもしなかったかも知れない。


 それはわからない。

 わかるのは──彼は持ちうる全てをアランに託した、それだけだ。


 命を救ってくれた、あの剣豪の言葉が蘇る。


「自分じゃない誰かのために、精一杯頑張る。それができれば、誰だって英雄だ」


 彼はそれを、誰よりも実践したのだ。




 


 駆けながら、向かう。

 知ってはいたのに、どうしても行けない場所があった。


 それは無縁墓地──エリウスの眠る場所。

 身内には「一家の恥」と言われて、代々の墓に入る事を拒否されたとのことだ。


「⋯⋯ここだ」


 その墓は、魔王討伐を為した「真の英雄」に似つかわしくない、小さな墓だった。

 誰かがいたずらでもしたのか、泥のようなものを掛けられ、無縁墓地の中でもひと際汚れていた。


 アランは魔法で水を生成し、墓を洗った。


 そして、誓いを口にした。


「エリウスさん、僕も諦めない。運命なんて⋯⋯変えられる、それを教えてくれたのはあなただ。

 だから今度は──僕の番だ! 僕だって、変えられる、こんな運命、きっと変えてみせる!」


 魔王討伐?

 それがなんだというのだ。


 今自分が生きてるのは、エリウスから渡された命のバトン、そのおかげだ。


 英雄になるのは──いや少なくとも、自分で自分を英雄だと思えるようになるのは、まだまだこれからだ。

 尊敬する彼に、肩を並べてみせる。


 その決意を胸に、アランは動き始めた。



評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
 ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄
新作
是非こちらもご一読を!

魔将軍最弱の俺[タイプ:格闘 弱点:魔法]が、なぜか最強の魔王だと勘違いされている! ~接近戦特効の俺は、只今勇者を捜索中。さっさとぶっ飛ばして、美しい魔王様を嫁にします!~

その他の連載作品もよろしくお願いします!

『俺は何度でもお前を追放する』
コミカライズ開始は2022/5/4から! 画像クリックで配信先に飛べます!(白泉社マンガpark様、アプリ版もあります)
i642177

 ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄
書籍化作品! 画像クリックでレーベル特設ページへ飛びます。
i443887 script?guid=on
小説家になろう 勝手にランキング
― 新着の感想 ―
[気になる点] う~ん?何をどうするつもりなのか 死者蘇生とかエリウスの時戻しみたいな能力がないと、 どうしようもないと思うけど
[一言] (´;ω;`) ……バスタオルどこぉ……
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ