1.俺は何度でも追放する
「アラン、お前は追放だ」
今日の滞在先となった宿の食堂で俺が告げると、アランは驚いた表情を浮かべた。
「ま、待ってくださいよエリウスさん」
俺の名を呼び、アランはそのまま言葉を続けようとするが、パーティの魔法使いレナが言葉を遮った。
「あのねぇ。あなた自分が足を引っ張ってるって自覚ないの?」
「いや、確かに戦闘面では役に立ってるとは言えないかも知れないですけど⋯⋯でもその分、パーティ運営に不可欠な『会計』の面では、十分役に立っていると⋯⋯」
アランの異議申し立てが不満だったのか、レナは顔を紅潮させて叫んだ。
「はあああ~!? 会計なんて誰でもできるでしょ!? ほかのパーティだって、わざわざ専門の会計なんて雇わなくても上手くいってるんだし!」
「それは⋯⋯そうかも知れませんが、でも!」
アランが更に言葉を続けようとするも、今度はパーティの槍使い、ファランが呆れた様子で話を被せた。
「お前さぁ、『会計』なんて戦闘に役立たずのスキルで、このSランクパーティ『竜牙の噛み合わせ』に今後も居座ろうって魂胆か? お得意の算盤を弾いた結果ってか?」
ファランの言葉は、別段大きく間違っている、という事でもない。
冒険者パーティーにおいてはそれぞれに役割分担がある。
だが、冒険者稼業においてどうしても外せないのが『戦闘』だ。
特にここ最近は『魔王復活』の影響により、モンスターが人里近くでも跋扈しているのだ。
数年前なら、非戦闘職が冒険者パーティーに加入する事も珍しくはなかったが、最近では『戦闘技能+α』というのが当たり前で、戦闘に適したスキル持ちでないとお払い箱になる事は珍しくないのだ。
そんなスキルは主に三種類に分類される。
成人の儀式によって神に与えられる『天授型』、自ら研鑽して身に付けた『取得型』、天授型と取得型がシナジーを発揮して強化される『覚醒型』だ。
「いや、お前を責めるわけじゃねえ、だけどよ、神様が『会計』なんてスキルをお前に与えたのは、戦う為じゃないんじゃねぇか、ってことよ。俺の優しさわかってくれよ、な?」
一転、諭すように言うファラン。
一方俺はやり取りを黙って聞いていた。
何故ならここで俺が何か言うのは、重要な『因果』ではないからだ。
「その点も⋯⋯確かに今は、わた⋯⋯僕は戦闘の足を引っ張ってるかもしれません、でも、分配金は全部つぎ込んで、休みの日には訓練所に通ってますし、何より⋯⋯、もう少し、もう少しで、何か掴めそうなんです!」
そう。
アランは色々な意味で、あと一歩の所まで来ている。
だからこそ。
「アラン」
俺が声を掛けると、アランは整った中性的な顔立ちに不安を滲ませ、縋るような表情を浮かべる。
⋯⋯何度見ても慣れない。
だが、これは⋯⋯避けられない『因果』なのだ。
「お前がどう言おうと決定は変わらない」
俺が厳しさを込めた声色で再度告げると、アランは諦めたようにうなだれた。
「急な追放だが⋯⋯とりあえず最低限の金銭、道具は渡す」
俺が言うと、レナがまた不満げに声を上げた。
「えー? こんな奴に餞別なんて⋯⋯」
まだまだ続きそうなレナの言葉を手で制しながら俺は言った。
「俺たちはSランクパーティーだ。いくら役立たずだったとはいえ、着の身着のままで仲間だった人物を放り出したとなれば、外聞も良くないと思ったのだが⋯⋯まあ、そんなこと気にしなくてもいいか⋯⋯そうだな、レナの言うとおり⋯⋯」
「えっ、ちょ、ちょっと待って、確かにこんな奴でもまぁパーティーに所属してた訳だし、まあ、ちょっとくらいならいいかな?」
ふう。
レナはいわゆる内弁慶って奴で、パーティー内なら不遜に振る舞うが、外からの見られ方は異常に気にするのだ。
今回はそこを突いてみたのだが、上手くいった。
これで餞別を渡せる。
といっても、役に立つかどうか分からないが⋯⋯。
「取りあえず大した金額じゃない、それに低級にはなるが傷薬だ。受け取れ」
「低級の傷薬! あなたにはお似合いね!」
レナの罵声を無視し、アランは黙ってそれを受け取り、建物から出て行った。
アランの追放劇は終わり、俺は部屋に戻った。
一人になった事を確認し⋯⋯と言っても、このタイミングで誰もこの部屋を訪ねてこないことは既に何度も経験しているが。
とにかく俺はスキルを発動した。
「『導』」
俺が呟くと、右手に本が出現する。
本は百十五ページ。
俺が「繰り返した数」だ。
「百十五ページ」
指定すると、本のページがパラパラと自動的にめくられる。
最終ページが開かれ、そこに追加された文言を確認した。
『アランの追放(餞別あり)』
と、アランの追放の部分は赤文字で、餞別ありの部分は青い文字で書かれている。
この餞別あり、の部分は新発見だ。
「お、どうやらそれなりの因果だったようだ⋯⋯やれやれ」
成人の儀式で神から与えられる『天授型』のスキルは、通常であれば一人一つだ。
だが、何故か俺には二つのスキルがある。
一つが「剣豪」、そしてもう一つがこの「導」だ。
剣豪のスキルは、剣で戦う上での才能を表している。
剣にまつわるスキルは「戦士」「剣士」「剣豪」「剣聖」の四つで、戦士が大体千人に一人、剣士が一万人に一人、剣豪は十万人に一人、そして剣聖は世界に同時代で唯一無二、たった一人しかいない才能の持ち主だ。
剣聖ほどではないが、剣豪もかなり強力なスキルだ。
歴史に名を残すような猛者も多数いる。
だが⋯⋯足りない。
足りないのだ。
それはもう一つのスキル、「導」による。
「一ページ」
俺は再度ページを指定し、そこに書かれた文を見る。
「この本は魔王の死、その結果を導く」
と書かれている。
何度も繰り返し見た、その文章。
最初は興奮した。
しかし次第に、見る度に不快感を覚えるようになった。
それでも、俺は何度もこの文章を見て、決意を奮い立たせる。
このくだらない繰り返しを、絶対に終わらせてみせる、と。
そう、このクソったれな本は、魔王の死、その時まで俺を永劫繰り返す運命に縛り付ける──呪い同然の存在なのだ。