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炭都  作者: 小川藻
9/15

8

 セットした時刻のずっと前に目が覚める。何か、音が聞こえる。



オオオオオオン、オオオオオオオン。



 西口はすでに起きていた。「何の音だろう」と尋ねる。西口はすぐに応えない。昔、東京の池袋の安宿に泊まったことがある。クーラーのない宿で、窓を開けた。深夜なのに、車やなにやら都会のうごめきが、連続した音でこだましていた。そんな音。この連続した機械とも楽器ともつかない音に混じって、短い柏手のような音が聞こえてくる。短い音は、坑内で響いて何重にもこだまして、第35片西向第2坑道の切羽予定地にやってくる。



「地下にこんな音を出せる機械は残っていないでしょう。だから、人間が、遠くで争っている音、なんでしょうね」




オオオオオオン、オオオオオオオン。




 私は無意識に作業着を起動していた。そして右手で左肩を強くつかんだ。あわててゴーグルを探す。ゴーグルをつけていないから探せない。手の甲でゴーグルをはじいてしまった。壁際まで飛んだゴーグルをつかみ起動し、消音モードを起動する。



オオオオオオン、オオオオオオオン。



 あれは人間のつながりが瓦解して、諍い、殺し合う時の声なのだ。音も逃げ場所は無い。炭鉱の胎界で響いて響いて反響して、ここまで届いてくる。同僚の顔を思い出す。いくら消音モードにして〈ケアマシン〉に〈帰依〉しても、記憶にこびりついた音は消えない。



 消音モードで気が付かなかったが、大声を出していた。西口に肩を揺さぶられて、それに気づく。多分情けない高い声で、大きく叫んでいたのだろうが、わからない。解らないのだ。だからまた、叫ぶ。



 西口が私のゴーグルを外す。自分の声を認知する。荒く息をしていることに気が付く。呼吸が静まらない。吸うときも吐くときも声のような音を出してしまう。



「石井さん、聴いていますか? ゴーグル、外していた方が、いいかも知れません」



私はせき込みながら叫ぶ。



「おまえは……何で平気で居られるんだ!」


「それに慣れていないからですよ」



 私は人間が争う音が聞こえている間、毛布にくるまって耳を押さえていた。しばらくすると自分が何をしているのか解らなくなってくる。音は40分くらい続いて、ついに聞こえなくなった。その後は静寂。



 〈ケアマシン〉がずっと働いている。静かになったのに、全く不安が拭われない。〈ケアマシン〉の副作用が鎮静作用を凌駕していた。〈ケアしびれ〉と言われる、中毒の状態。吐き気がする。吐き気を抑えるために〈ケアマシン〉が作用する。〈ケアマシン〉の効果で吐き気がする。吐き気を抑えるために〈ケアマシン〉が作用する。



 昨晩食べたサバを、宿直室の土間に吐き戻してしまった。〈ケアマシン〉がさらに作用しようとする。吐瀉に対する気持ちの悪さは、完全と言っていいほど拭われている。しかしそれがあまりに現実と乖離していて不安として認知する。〈ケアマシン〉が作用する。目眩がする。



「作業着、オフにした方がいいですよ」



 西口はさらっという。



  作業着のスイッチを切ると、自分の心理的な責任が全て圧し掛かってくる。身体が重い。子供のようにだらしなく蠢いて、少しでも楽な体勢を求めて横向きになる。しばらく苦しんだけれど、少しだけ楽になってきて、それで眠気がやってきた。知らない間に意識を失っていた。



 夢は見ていた。西口に関する夢だったけれど、起きた後全て忘れてしまった。



 西口と簡易デバイスによれば、私は丸1日寝ていた。



 目覚めた後、身体がだるく、また1日寝たり起きたりを繰り返した。西口は規則正しく生活していた。籠って4日目にようやく起き上がれるようになり、飯を食って、5日目には歩けるかどうか身体を試して、上る準備を整えた。

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