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炭都  作者: 小川藻
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 避難場所である立坑からつながる、第32片東向第3坑道を西側へ。かまぼこ型大坑道である第32片東向第3(サンニーサン)坑道は、消費電力モードになった非常用灯火モードのLTGライトによってわずかに淡く照らされている。



 天井にはいくつものパイプ。幅10メートルの坑道側面の左右には送電板。鋼材で組まれた堅牢……だったはずの枠足や成木。



 4日前までは各々の切羽に向けて黙々と歩く鉱夫や、レールを用いる運搬担当が行き交う場所だった。




 斃れた鉱夫を踏まないようにできるのは幸運だ。やがてもう1日もすればLTGライトの電力は尽きるだろう。そうなれば、常時暗視を保てる程の充分な電力を持つ者でなければ、岩と死者とを区別できなくなる。



 幸いな死者、不幸な死者。今はまだ、これらをまだ識別できる状態。




 岩石は高さのある坑道の天井から落下してきたようだ。それに配管も。



 巨大な岩石で頭を砕かれた者は、まず幸いだろう。命が尽きるまで沈痛システムが活きていた者もまた幸せだ。腕や足などに致命傷を受けて、たとえば死ぬまでにそれなりの時間を要した者が不幸な者に該当する。体の痛みを認知しないようするナノマシンは電力を食うのだ。まだそのころはLTGライトも充分な明るさがあっただろう。失血や潰滅した患部を見ながら、電力がなくなるのを眺めねばならなかったはずだ。充電が切れてナノマシンが停止し痛みが生ずる。ショック死。



 サンニーサン坑道には、落盤により死んだものがこうしたいくつかのバリエーションで斃れていた。



 6時間半をかけて、中央添斜坑に至る。これは産出した石炭をベルトで地上に送るための通路だ。サンニーサン坑道よりやや幅は狭く、天井はかなり低い、四角い坑道だ。石炭は鉱夫とは別に炭坑から出ていく。かろうじてまだ活きているLTGの淡い光では斜坑の先は50メートルと望めない。



 ぼんやりと、石狩湾の霧のような。



 ここは、地上に繋がっているだろうか。



 地下8000メートルから石炭を送るための斜坑は、それなりの角度でつづら折り、つづら折り、地面と平行に走る各所の坑道を合流させ地上へと続いている。長い旅になる。



 斜坑だって崩落しているかもしれない。多分、致命的な箇所があるだろう。ただし斜坑には管理する人間が移動に使う副道がたくさんあることを知っていた。



 研修でたまたま一緒になった中西という男がこの斜坑のメンテナンスの担当で、夜寝る前に宿舎でそんな話をした。



 みんなが避難した立坑は直線で地上とつながっている。どこか一か所ダメになったら使い物にならないだろう。そして、そんな場所は周囲の壊れ方を見るに何か所もありそうだ。もう4日目。これで救助も連絡も来ないなら、斜坑を自力で登っていくほうが、ズタズタの立坑で待つよりチャンスはある、と思う。



 中西は非番であればいいのだが。他にも多くの知り合いがいる。立坑で再会できた者も多い。ただ立坑直下で、不特定多数の人間という不安要素と心中するつもりにはならなかった。



 一人で考え、一人で死ぬか生きるかしたかった。



 改めて斜坑の上方を見やる。霞んで、さらに歪曲して見えない出口。



 手首に装備した標準供給デバイスを見る。電力を示す緑色のバーには48%とある。何の意味も持たない数字だ。派手に電力を使えばすぐになくなるし、黙っていれば減ることはない。



 ここまでの道中、〈ケアマシン〉という精神を安定させるナノマシンを作用させていた。薄明かりに照らされたグロテスクな死体に精神を擦り減らさぬよう心に(ふた)をするデバイスだ。また歩行運動を補助するアプリケーションも〈弱〉ボリュームで動かしていた。普通に歩くよりも25%ほど疲れを軽減できる。



 立坑での残存電力パーセンテージは51だったから、ほぼ電力消費なくここまでこれた。衣服や体内に仕込まれたラチェットによる発電の効果も大きい。



 ただしこのまま歩いて地上へは行けないことははっきりしている。途中で、坑内の非常用灯火LTGライトの照明が電力切れになり、そして自分のゴーグルの〈暗視〉の電力も切れて、暗闇に閉ざされてしまうだろう。



 暗い中、斜坑が寸断されていたらおしまいだ。ありうべき迂回路(うかいろ)を捜索する手段がなくなる。〈暗視〉と、それを支える電力が絶対に必要だった。



 だから、炭鉱を、深く降りねばならないのだ。

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