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炭都  作者: 小川藻
11/15

10

 第20片坑道から西部斜坑に至る交差路で、死体だと思っていた者にいきなり足首を掴まれた。まだ息があったのだ。



 あわてて振りほどく。掴まれた手とは逆の手に、両ズルが握られていたのを見た。そしてそれが振り回されるのも見た。西口が水の入ったペットボトルと何らかの缶詰を相手に投げつけた。男がそれに気を取られ、水を補給しようとした間に、我々は男の視界の全く届かない10メートルほど先まで逃れていた。



 本斜坑の崩落地点から7時間をかけて西部斜坑に至る。



 西部斜坑は本斜坑の数ある枝の一つで、規格は本斜坑のそれに準じている。私と西口は、また階段を昇り始める。



 堅牢さは不充分なようで、至る所でそれなりの規模の崩落が起きていた。そしてやはり、致命的な場所に至ってしまった。通れそうもない。



「上のほう、隙間ないですかねぇ」と、西口はいつもと変わらない口調だ。



「もう下に戻りたくない」と述べて、崩落個所をよじ登る。



 上の方は鋼材が押し曲げられグシャグシャに密集しているが、若干の隙間がある。暗視モードを強めて、見えざる向こうを眺めやる。



 近くの鋼材が強力に反射し視線を妨げる。暗視モードの感圧を調節しながら、奥へと這い入る。パイプと鋼材の隙間は、ある一点の一番狭い頂点を抜ければ、向こうに渡れそうだ。だが、そこがどうしても抜けられない。天然の複雑なパズル。パイプと鋼材と空間とが配置されている。答えは無い。



 難儀しているうちに、私は西口の体臭のようなものを感知した。彼女はパズルを眺めながら、どこがどうどれだけ動くのか叮嚀に調査し、どこからともなく持ってきた鋼材の棒を操り、梃子の原理で、よく分からない場所の空間を開いた。そして思いもよらぬ身のよじり方をして、向こうの空間に這い出る。理論的には無理がない動作だけれど、普段、生活していたら絶対にそう使わないような身体の動きだった。まねして身をよじる。



 西口は男の私が通れるように調整してくれていた。雑嚢が向こう側にある。無理に引っ張るが、引っかかって動かない。ここには予備電力と食料が入っている。まだ必要だ。ここで捨てなくてはならないのか? あせる。



「あはは石井さん、一人が一旦戻って、中身をばらして隙間から渡すことにしましょうよ」西口の楽しそうな声で自分がかなり愚かなことをしていたことに気がつく。



 荷物の個別受け渡し作業をしていたところの近くに「石炭カーボン……」という途中で途切れた巨大なアルマイト看板があり、自然に目に入る。「石炭カーボンの産出を堅持しよう!」的なスローガンが書いてあったのだろう。途中からは潰れてしまっている。



「石炭カーボンって間抜けな表現ですよね」西口がまた楽しそうに言う。「石炭炭素。語義重複してません?」


「石炭由来のカーボン素材だということだ」


「解ってますって」

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