世界一偉そうな王妃は夜会で燦然と光り輝く (終)
「そういえば君、結局僕と踊ってくれてないじゃないか。」
不意に言われて、夜の寝台の上で王妃は王に視線をやった。夜の寝台というといかがわしい感じだが、別に特にいかがわしくはなかった。フレデリック王が急に夜に寂しいと訪ねてきたので、寄り添って過ごしていたのである。
フレデリックは今日は完全に影に徹し、輝かんばかりの男装の王妃が華やかに場を取り仕切ってパーティは終わってしまった。
王妃には令嬢たちが踊りたいと殺到し、王は実質ずっと放置されていた。可哀想。
呆れたように王妃が言った。
「お前とはいつも踊っているだろう?」
「そう、かもしれないけど……」
フレデリックは寝巻きでちょっと言い淀む。言い淀んだところで、どすっと重みがきて押し倒され、顔の脇に片手がつかれる。王は王妃を見上げた。さらりと王の顔に王妃の金髪が落ちてくる。だんだんちょっとこう、押し倒されることに慣れてきたなあ。
フレデリックは訴えた。
「僕だって踊りたかったんだ、君と」
ヴィクトリアは婉然と微笑む。いつもの覇王感がちょっと薄れて、愛おしいものを見る目であった。
「実に愛いぞ。よい、今夜は甘やかしてやろう」
セリフは乙女ゲーの俺様キャラであるが。
フレデリック王の頬を白い手が撫でる。眼差しが優しい。そっと顎を撫でる指先は少しだけ艶っぽくて、フレデリックは普通にどきどきした。どっちが女の子だかもうわかんないな。
唇を開いて、とじて。フレデリックは王妃に眼差しを向ける。
「じゃあ、……今から僕と踊ってくれるかい?」
「今から?なんだ、ここは私が獣性を解放してお前をむさぼる展開じゃないのか」
「今二人きりだからいいけど、そういうこと絶対外では言わないでね、頼むよ」
王家の威信に関わりそう。
王は起き上がり、王妃を体の上から下ろす。豪奢な部屋の端に置かれていたレコードを少し調整してかけると、小さい音で静かなワルツが流れ出す。小夜鳴鳥のワルツ。夜にふっと迷い込んだ小鳥が歌うような、ひそやかでうつくしいワルツ。
差し込んでくる青い月明かりと相まって、部屋の中が小さなダンスホールになる。
王は手を差し伸べる。一度は婚約破棄を申し渡した、元婚約者に。
(彼女があの時僕を止めてくれなければ、きっと今の僕はない。)
いい感じに思い出しているが、貴族諸侯の前で王が口説き落とされたあの時の話がめっちゃ民の間で語り草になったことをフレデリック王は知らなかった。知らぬがなんとやらである。
王妃は寝台から立ち上がり、金の髪を揺らして王に歩み寄った。
「踊ろう、ヴィクトリア」
「仕方がないな、フレデリックはうさぎのように寂しがりだ」
「僕がウサギなら君はライオンだね……メスだけどたてがみある感じの……」
超偉そうで抗えない感じがよく出ている。
王の手を取って、ネグリジェの王妃は踊り始めた。くるくると美しく、たおやかに支えられて。レコードのかける音楽の中、二人きりでステップを踏む。今だけは僕だけのヴィクトリアだ、とフレデリック王は思った。今なら、もしかしたら。男らしくそっと抱きしめて、口づけすることが許されるんじゃないか。いつもは勝気で女王様みたいなヴィクトリアだけど、いまだけは。
フレデリックは音楽の途中で足をとめ、王妃の美しい目の中を覗き込む。
そっと唇を触れーー……
触れた瞬間にめっちゃ濃厚に上手なキスをされた。
超うまい。ボロ負けである。
「なんで君はいつもそうなんだ!!??」
「怒るな、実に愛いぞ。寵愛を与えてやろう」
「どう考えても王妃のセリフじゃないよね今の?」
笑いながらヴィクトリアは王をベッドまで引っ張っていく。
次の日の朝、王が顔を覆って寝台の中で蹲りヴィクトリアが満足げに葉巻をふかしている様がメイド長ブリジットによって目撃されたとか、されなかったとか。
今日も相変わらず、ヴィクトリア王妃は世界一偉そうである。