世界一偉そうな王妃は夜会で燦然と光り輝く (下)
すみません、ちょっと初投稿時に冒頭が切れてて話が繋がってませんでした……不覚……。
メイド長、ブリジット・ディーは大変焦っていた。
王妃の今宵のドレスを見繕おうと扉を開けたら……衣装室に大量に、なんかゴマみたいなものが落ちていたのである。多分なんかの種。
「ぎゃーーーっ!何よこれ!やった人は尻叩き百回の刑よ、鞭でぶん殴るわよ!!!」
メイド長らしくない悲鳴をあげながら、ブリジットは部屋の中を掃除しようと試みる。そこで気がついた。
種は、床だけにあるわけではない。というかむしろ、何かから落ちてきている。多分、その、うん。ドレスから。宝石をふんだんにあしらった美しいドレスから。
「サイテーーー!!!!ちょっと!王妃様今夜夜会じゃないのよ!!!!どうすんのよこれ!!!」
叫んでは見たが絶望感がすごい。このゴマみたいなやつ……否、服にくっついてくる植物の種、通称くっつきむしをあと三時間で全部剥がせと!?とても無理である。とてもとても無理である。新しいドレスを用意しなければ。彼女は急いで2つ目の衣装部屋に走って、そこでまた悲鳴をあげた。
厳重に鍵をかけておいたはずの2つ目の部屋の中も、くっつきむし塗れだったのである!おわかりいただけただろうか!
タンスの角に小指ぶつけろみたいな些細な怨念を百倍にしたみたいな嫌がらせの仕方に、ブリジット・ディーは頭が痛くなった。
まあ、どんなみみっちい嫌がらせでも、三時間で完璧に綺麗にするのは難しい。王妃様の今夜の夜会の衣装がなくなってしまった。
なんて報告しよう。ブリジット・ディーはとぼとぼと王妃の居室へと向かった。
王妃は言った。
「ふむそうか、では今夜はなしでよい」
「夜会をご欠席ですね?」
「いや?」
王妃はいつもの世界一偉そうな笑みを浮かべた。
「ドレスは要らぬと我は言ったのだ」
夜会当日。デルフィーヌ・ブーケは大輪の花のように勝ち誇っていた。
王妃のドレスが全てだめになり、王妃はドレスを諦めたと言う噂が社交界の裏側を駆け巡ったからである。
彼女は紫色の扇を開いてほくそ笑む。サラ・マーニュが逃げ帰ってきたのに失望し、自分で黒ずくめの服を着てくっつきむしを大量に撒いて正解だった。
まあ、黒づくめの服をわざわざ着込んで種をドレスにすりつけているのを誰かに見られたら人生が終わっていただろうが……。
(ふふ、まあいいのよ……これで今夜はわたくしが勝ったわ、この社交界はわたくしのもの。
最も今社交界で力のあるわたくしと、初めて顔を合わせるパーティで王妃側が逃げたとなれば派閥の流れは完全にわたくしに傾く。
先代の王様はわたくしのものだし、現王もわたくしのことをよく気にかけてくださる……この地位を失うわけにはいかないわ……!そう、この社交界は……わたくしが耕した畑みたいなもの……!!!貴族はみんなタネイモよ……)
発想が農家である。
デルフィーヌは美しくて強そうでしたたかに見える割に、考え方がなんか、こう、農家だった。
元々は農業中心男爵家の娘なので、どうしてもそうなってしまう。外遊びに強く、花輪も作れるし、小さい頃は花を摘んで中に入ってる蟻を捨ててから花の蜜とか舐めてた娘だった。外見から全然そう見えないので、しょっちゅう踊り子あがりに勘違いされるのだけれども。
礼儀作法が完璧なわりに、変なところで農家知識を披露しがちなところが先代の王に愛された所以であったが、デルフィーヌ自身はそれに気がついていない。
というわけで、妖艶でしたたかな農家の公式愛妾は勝ち誇っていた。
王妃が来ないということは、暫く社交界ではデルフィーヌが有利だと囁かれるだろう。貴族の世界の女である以上、この世界の駆け引きに勝つことが、ある意味存在意義なのだ。
「デルフィーヌ様、本日も素敵なお召し物ですわね」
「デルフィーヌ様……今日もお美しいですわぁ……」
ああ、みんながわたくしに群がってくるの、なんて気持ちいい、勝利に酔うってこういうことよね……。
しかしその幻想は一瞬だった。
パーティホールの奥、壮麗な階段の上のバルコニーの大扉が、兵士たちの手によって開かれた瞬間、彼女の仮初の勝利は終わった。
「王様、王妃様のご入場ー!」
(なんですって!?)
デルフィーヌはバルコニーを見やる。
そこに、王と王妃が立っていた。
王はいつも通りの美しく荘厳なマントを羽織った姿。王妃はーー……輝かんばかりの、男装であった。
一拍置いて、あたりがめちゃくちゃざわざわした。きゃーっと小さく悲鳴をあげた令嬢も多かった。あまりにイケメンである。あまりに輝いている。サンシャイン王妃ヴィクトリアである。
「なっ、な……!王宮の舞踏会で、王妃が男装ですって!?そんな無礼な真似許されると思っているの……!?」
「許される」
「まあっ、なんて無作法で無礼な……!!何故か先端だけが二つに割れて出荷できない人参みたいないやな女……!!」
その例えはちょっとわからない。
「いいか、ブーケ嬢。我がルールだ」
ヴィクトリアの後ろで後光が溢れ出る幻影をみんなが見た。死ぬほど偉そう。
隣にいたフレデリック王は、いや僕が基本はルールなんだけども……と思ったが、飛び火を食いたくないので黙った。あとから二人きりになった時に、あんまりそういうこと言っちゃダメだよと注意はしよう。
男装の王妃は、微笑みながらゆっくりと階段を降りる。
ヴィクトリアは金色の髪を一つにゆるく結って、後毛すらも美しい。黒いタフタのリボンでまとまった髪の眩さは光そのもの。深い赤色の上着に、金色の鮮やかな刺繍。強く真っ直ぐでうつくしい瞳。そして全身から溢れ出す覇王感。どうあっても爽やかな美青年にはなれない。
何人かの古い貴族たちが、あれって昔のフレデリック王の衣服じゃなかったっけ……と思った。さりげない彼シャツである。
デルフィーヌは咳払いをして、扇で口元を覆った。
「……恐れ多くも国王陛下と貴族諸侯の前で、ご自分がルールだなんて。随分と偉いのですね、王妃様というものは」
「貴族諸侯と言ってもほぼグローリア家だから身内だが。まあ偉いぞ、王妃様だからな」
メンタルオリハルコンか?
一拍置いて王妃は言った。
「しかし、一応我にも礼儀を尽くすという考え方はある」
「……あら、それは知りませんでしたわ。王妃様は覇気がお強くて、誰にも頭を下げぬ女傑と噂されていますもの」
「なるほど、そうか。では一曲相手を」
「話聞いてました?」
頓珍漢な返事をされてデルフィーヌはキレそうになったが、王妃が手を差し伸べてきたので挑戦的に手を取った。今の曲はステップが早めのワルツ。踊り慣れない男性パートをさりげなく邪魔して転ばせてでもしてやる。
周りの貴族たちは、突如勃発した王妃VS先代の王の公式愛妾のバトルに興味津々で目線を向けてくる。化物には化物ぶつけんだよ!と誰かが興奮した声でささやいた。だれが化物だよ。
ワルツが鳴り響く。二人は、踊り始める。
デルフィーヌは口の端だけで笑う。ダンスで転ぶなんて女性にとっては相当な恥だ。あれだけ、遠まわしに忠告してあげたのに。舞踏会に来るなと、わたくしと派閥を争うなと言ったのに。
それでも来てしまった王妃様には、たっぷり恥をかいてもらおう。
そう思ったはずだった。
(なにっ……なにこれっ……すごい……!)
手を取って回り始めた瞬間、あまりに踊りやすすぎて、リードが上手すぎて、デルフィーヌは完全にされるがままになってしまった。
デルフィーヌが右へ動けばさりげなく体重を支えるように王妃の腕に力がこもる。ターンをすれば支える手の力加減は絶妙だ。
(すごい……踊りやすいわ……こんなの初めて……っ!)
即落ち二コマであった。
体が羽のように軽い。最近毎日ダイエットしても贅肉がぷにぷにしてて取れないなと思っていたのに。途中で当初の目的どおり足を引っ掛けようとしても、さらっと避けられる上にその動きまで、ダンスに取り込んでいく……!!
デルフィーヌのターンのところで周りの貴族がわあっと拍手をする。おかしいな、さっきまで険悪なバトルに興味津々じゃなかったっけ。
「デルフィーヌ嬢」
「……なにかしら?」
「我がこうしてダンスを申し込んだのは、そなたと一対一で話す機会が欲しかったからだ」
なるほど、ダンスの間は密着して小声で語れば周りには聞こえないからか、と愛妾は思う。
「そなたは我を好きではなかろう」
「まさか……王妃様を嫌うだなんて」
「そなたがなにをやったかは聞かぬ。そなたの髪にくっつき虫がついていたが、まあ我のドレスとの関連性は聞かぬ」
普通にバレていた。
「デルフィーヌ嬢、別に嫌おうが構わぬ。そなたの好きに生きよ、生を謳歌せよ。」
生を謳歌とか初めて言われたなとデルフィーヌは思った。言葉のチョイスが覇王。
「ただ、取り巻きに……謀反につながるようなことをやらせるのは、やめるがいい」
「……サラですね」
「そうだ。一度目は赦したが、二度目はない。我が許さぬのではない、法が許さぬのだ。あの娘が死ぬのは嫌だろう?」
「……」
ピンクの子犬のようなサラ。デルフィーヌ様と慕ってきてくれるサラの笑顔がちらついて、小さくため息を吐く。冷酷に人を切り捨てることが、このデルフィーヌ・ブーケはあまり得意ではなかった。年齢に言及されて腹を立てた結果、兵士とか執事とかは地味に全部農地送りにしていた。その年の収穫量が上がった。農業万歳。
サラが死んだら。そう思うと、かすかに胸が痛む。
王妃がゆっくりとデルフィーヌをリードしながら言う。
「こうして近くで話しているとわかる。情に厚く、なんだかんだで慕うものを捨てられぬのであろう。あのサラという令嬢だって、いつ放り出してもよかったはずなのにそうはしなかった。我はそなたのそういう所が好みだ、愛い。……踊り子生まれとの噂だが、実際は辺境の男爵の娘でありながら、妖艶な容姿と完璧な作法。実に努力を重ねて愛妾となったのだろう、努力をできる娘も良い、実に好みである。先代王の愛妾でなければ我が召し上げていた、そなたがどうであろうと我はそなたを好いている!」
「ーー胸に刻め、」
告白された。
しかも、ダンスのステップでお互いが密着するその合間、最後の一言はふっと耳元に唇を寄せられて囁かれた。かすれたハスキーな声で。乙女ゲームの俺様キャラが急にデレてきたみたいなとんでもねえ破壊力であった。
デルフィーヌは年の功で辛うじて腰砕けになることは耐えた。
(イッケメン…………ッ!!!!!!!!)
が、心の中は耐え切れてなかった。もう腰どころか全身複雑骨折の勢いでときめいていた。魅了魔法でも使われたか?という勢いで即落ちしていた。なんだこれ。
一曲が終わる。
そなたとのダンスはとてもよいものだった。王妃はそう言って微笑み、丁寧に男性式の礼を取る。
デルフィーヌも優雅に美しくドレスの裾を持ち上げ宮廷式の礼をした。
きらびやかなダンスに宮廷は実に華やぎ、拍手が飛び交う。貴族たちは最近よくわからないまま拍手をすることばっかりだったので、これは確実に拍手していいタイミングだぞと確信を持って盛大に手を叩いた。
こうして王宮の紫陽花デルフィーヌ・ブーケと、輝ける王妃ヴィクトリア・ウィナー・オーストウェンの邂逅は終わった。
デルフィーヌはとりすました顔で王妃のそばから離れ、そのあともごく普通に過ごしていたが、その後王宮内に密かに『王妃様にまた男装してほしいファンクラブ』が立ち上がったという。
主催者は『人参好きのとある令嬢』だそうだが、それがだれなのかは不明である。
今日は本日22時にもう一回投稿。ここまで読んでいただけて嬉しいです!