世界一偉そうな王妃は夜会で燦然と光り輝く (中)
ヴィクトリアが公務を終えて部屋に帰ると、何故か部屋に大量のプレゼントが置かれていた。
「ふむ。良い心がけのものがいたようだ」
彼女は誰も見ていないのに偉そうに頷くと、プレゼントを物色し始める。一つ一つ包みを解いていく。
なんかちょっと古着みたいなドレス。これは使えないだろ……というイミテーション宝飾品。埃っぽい絹の手袋。賞味期限が切れていそうな紅茶の缶。めっちゃくちゃ古い男物の豪華な服。リアル半魚人もこもこぬいぐるみ……「当社比、生足美脚度50%アップ!」のタグがつけっぱなしである。なんだこれ。
「ゴミか?」
王妃はあらゆる意味で豪速球な感想を放った。
「王妃の部屋をフリーマーケットの景観に変えるとは。随分とユニークなセンスの者が宮廷内にはいるようだ。」
そう言ってから、ヴィクトリアは改めて机の上を見やる。
ゴミではないものがひとつだけ混ざっている。
超高い、恐らく1000万ゴルド相当の高級ワイン。これだけピカピカである。あきらかに飲んでくださいと言わんばかりに、何故かグラスも用意してある。
わかりやすいほど罠。それはもう罠。
王妃はワインを開けると、ちょっと匂いを嗅いだ。うーん、毒。舐めなくてもわかる、普通に猛毒!
ヴィクトリア・ウィナー・オーストウェン王妃がワインのポイズンスメルを楽しんでいる時、まさに扉の隙間から一人のご令嬢が様子を伺っていた。
見張りの兵士たちは彼女が持ってきた護身用のバールのようなもので殴られて床で伸びていた。というか、ご婦人に手をあげるわけには……と躊躇ったうちに殴り倒されていた。不覚である。
倒れた兵士たちをちょっと横にどけて部屋の中を覗いている女。
彼女こそがこの恐るべき毒殺を企てた張本人、サラ・マーニュであった。
(そこだ行けっ、飲んじゃえ!そしてお腹痛いので苦しめっ!デルフィーヌ様を守るんだ!そしたらサラのことをもっと寵愛してくださるはず……えへへ……)
サラ・マーニュはデルフィーヌ愛妾が大好きであった。まるでわんこである。ピンクのふわっふわポメラニアンである。
サラにとってデルフィーヌは主人であり『推し』であり、サラは比較的『推し』のためならなんでもする人間だった。迷惑ファンじゃん。
(だって、デルフィーヌ様、ばかなサラにも優しいし!)
今は昔忘れもしない、社交界デビューで怖くて震えていたサラに彼の愛妾は声をかけてくれた。エスコートしてくれて、面白い話で笑わせてくれた、サラの話で笑ってくれた。それだけで救われた気分になった、だから。
(デルフィーヌ様のためにっ!その腹痛ワインをごくごくって!王妃様早く!)
飲んだら普通に『死』であるが、サラはよく考えてなかった。普通に阿呆である。
ヴィクトリアが瓶の中身を、グラスに注ぐ。
グラスを持ち上げる。口元に持っていく。
(今だいけーーー!!!)
すっ……とヴィクトリアはグラスをいきなり下ろした。
飲まない。
サラはしゅーーーんとなった。
ヴィクトリアはもう一度口元にワイングラスを持ち上げる。
サラはテンションがすごく上がった。
(今だーーーー!!!!)
やっぱり飲まない。
サラはしゅーーーーーーーんとなった。
うん。全力で遊ばれているのに本人だけが気がついてなかった。
しゅーんとしていたサラは、不意打ちで部屋の扉が開いたことにものすごく驚いた。
目の前に、いきなり黄金の髪の王妃が立ち塞がったのである、眩しい。美しい眼力、美しいワインレッドのドレス姿は迫力満点で、サラはまるで狼の前のウサギ、ヘビに睨まれたカエル、ライオンの前の小鹿ちゃんになってしまった。
「なっ、な、なななななっ、なに!?なんですか!?」
「何ではない。そなた、確かマーニュ侯爵領の娘だな?我に何か用があるなら声をかければよいものを」
現れた女帝は腕を組み、胸をそらして見下しポーズだ。
わあ……すごい……世の中にこんな遥か高みから人を見下ろすような目をする人っていたんだ……。
「よっ、よよよ用事なんて……っ」
「隠さずともよい。贈り物を我に大量に送りつけるほどには言いたいことがあったのだろう、申せ。この王妃が聞き届けよう」
ヴィクトリアはまるで覇王のように微笑む。
サラはその背景に後光を見た。うわーーー王妃様すっごい光ってる、光り輝いている。すごい。すごくすごい!!!!
「なんでもって、なんでもですか?」
「ああ、なんでもだ」
「じゃあ……今夜の夜会は、出ないでいただけると嬉しいのですがっ!!!」
王妃はちょっと黙った。
サラは真面目な顔でヴィクトリアを見つめた。
サラ・マーニュ侯爵令嬢は、身分差だとか立場の差を考慮するのも苦手な上に、オブラートに包む行為が最高に苦手すぎて城ではちょっと浮いている娘であった。
いやかなり浮いていた。高度百五十メートルぐらいにはいた。
「ほう……それは何故だ?」
唐突に失礼発言をかまされても、王妃は堂々としたものであった。
「それは……ひ、秘密ですっ!サラの大事な人のために、とにかく夜会を欠席していただきたくっ!」
「うむ。それは我を嫌っているのか。怯えておるのか?」
「そ、そうです!妃殿下が怖いって……すごく……だから……」
ああ。怒られちゃう?怒られちゃうよね。王妃様だって理由もなく夜会を欠席しろなんて言われたら腹が立つに決まってる。もしかしたら、サラここで捕まって牢屋とかに入れられちゃうかも、失礼すぎて縛り首かも。そうしたらデルフィーヌ様は……ど、どうしても王妃様を夜会に出させないように……でもっ、でもどうやって……
「だっ、だからっ、だからあっ、そのっ、え、えっと、あのっ」
不意にビリビリと震えるような低い声で王妃が唸った。
「落ち着くがよい、王妃の前ぞ、控えよ」
「はっ、はいっ!!」
サラは反射で跪いた。
威厳が凄すぎて騎士みたいな跪き方をしてしまった。
なんで女の人なのにあんな重低音な声が出せるの。よくわかんないけどすごくすごい。あとなんかすごく偉そう。王様より偉そう。
「よい。お前が自分の大事な相手のため、我を身を呈して止めようとしたのはわかった。その献身、褒めて遣わす。」
「え、で、でも、私は王妃様が腹痛になるよう、毒を……」
「よい!!!!!」
「はいぃっ!」
王妃ヴィクトリアは魔王ばりの威厳で言った。びりびりと彼女の声で床や壁が震えた。めちゃくちゃ偉そうである。実際偉いし。
「毒入りの酒の件は我しか知らぬ事。そなたの胸の内一つに納めて去るがいい!この判断を甘いと詰るものもいるだろう、王妃たるもの毒殺未遂を許すなど甘すぎると。だが構わぬ。それが忠義のためであるというのならば、我は赦そう。愛のためだというのならば赦そう、それはたしかに悪であるとそなたが自覚しているのならば、我は赦そう!!!!」
「じょっ、女王様………ッッッ!!!!!!」
違う。
何故かタイミング良く廊下を通りかかった兵士と、メイドの集団がよくわからないままヴィクトリアの声だけを聞いて拍手をした。なんでだ。
ワインレッドのドレスの王妃は、ふわりとその裾を翻して背中を向ける。背中だけで威厳を語る王妃は令嬢に言う。
「明日の夜会までに、その『大切な人』に伝えるがよい。我は引かぬ、逃げぬ!夜会にてあいまみえようぞ!!」
果し合いかな、と通りかかったメイドの何人かが思った。
王妃は振り向き、唇の端だけで少しだけ笑って扉の向こうへと消えた。
夜会まであと三時間。
ところ変わって、王妃のためのドレスが納められた衣装室。
そこに、黒ずくめの怪しい人物が紛れ込んでいた。人影は王妃の私物であるドレスひとつひとつに何かを思い切りぶちまけてから、何も言わずに部屋から出て行った。